2
「終了。じゃねーよ!」
「わっ! びっくりした!」
いきなり叫び出したあたしのカレに、くだんちゃんはうろたえたようにその小さな四つ足を後退りさせた。
くだんちゃんは件という人面牛の少女だ。少女というか、むしろその顔立ちは幼女に近い。人間の部分が顔だけなので顔立ちでしか判断出来ないけど。あと、身体は子牛だ。といってもあたしも子牛なんかちゃんと見た事ないから、そうだと言われてそうかと思っただけなんだけど。まあでも、本人がそうだと言うのだからそこは間違いないのだろう。
そのくだんちゃんは驚いた拍子に少しヨロヨロとした足取りであたしの後ろに回って身を隠すようにした。
「何ですかこの人一体どうしたんですか不安定ですか、あーこわっ、あーこわっ、お姉さんももう少し離れて。あとこの人の付き添いの人に早く連絡して」
「付き添いの人なんかいねーよっ!」
「野放しですか! あ、お姉さんが付き添いの人なんですね。ごめんなさい、知らなかったから、てっきり彼氏さんだとか勘違いしちゃってました」
「いやあの、彼氏さん、なんだけど…」
「音緒も、なんでそこ躊躇いがちなの」
音緒というのはあたしの事だ。それでさっき突然大声で叫び出したのがあたしのカレ、垂水。
「いやだって」
急に大声出すとか、普通にガチの人だし。くだんちゃんの言うのも分かるってゆーか。
「いや突然大声だしたのは悪かった。大丈夫だから。前回のオチに突っ込んだだけだから」
全然大丈夫じゃないんだけど、言い訳がもう既に常軌を逸しているんだけど。
「あの、お姉さん。前回ってなんでしょう。あの人何を言ってるんですか」
もうくだんちゃんも直接お話せずに、こっちを通して会話するつもりのようだ。
「あー、えーっとね。うーん、どういったらいいのかな」
しばし黙考する。どう説明したらいいのか。メタ領域にアクセスするとか、正直あんまり他の人との会話で口にしたくない。てゆーかぶっちゃけメンド臭くなってきた。
「要するにそういう病気なの」
「なるほど大体わかりました」
「ちょっと君達、そこ大事なトコだから。簡単に処理しないでくれる? きちんと説明するから」
そう言って垂水は、自らの異能について説明しだした。
垂水は自分を、マンガやアニメなどのフィクションの物語の登場人物であるという思い込みをもっていて、自分はその物語世界の作者や読者に突っ込みを入れる事ができる、と言うのだ。それがつまり、彼のいう異能「メタ領域にアクセスする」とかいうヤツで、本当にごめんなさい。
一通り聞いたくだんちゃんの反応。
「なるほど大体わかりました。そういう病気ですね」
説明聞く前と寸分も変わってなかった。
垂水はハア、と諦めのため息をついた。
「…まあ、その反応はもう慣れてるからいいよ。説明した上での事なら仕方ないと諦めも納得も出来るし」
「いやだってメタとか括弧笑い。どー考えても頭がおかしいでしょプークスクス」
くだんちゃんはあたしの後ろに隠れて覗くようにちょっとだけ顔を出し、真顔でそう言った。
「ええー、どっちかってゆーと、頭の部分がおかしいのは件ちゃんの方だと思うけど」
「あ、それはもしかして私の顔の事を言ってるのですね。私の顔が美少女な事を言ってるのですね。お姉さん、この人、女の子の身体的な事を言って悪口言いましたよ。最低です。別れた方がいいと思います」
くだんちゃんは糾弾するためなのかなんなのか、あたしの後ろから身体を現してそう言った。
「あ、そうだ。私は件ですから。予言ですから。別れた方がいいですよっ」
「それ絶対予言じゃないヤツじゃん!」
「うるさいですよお兄さん。私はお姉さんにお話ししてるんです」
「あの、垂水。さっきのはさすがに、あたしもどうかと思うよ?」
くだんちゃんの気持ちをなだめる為に、少し頭を撫でてあげると、くだんちゃんは気持ち良さげに眼を細めた。
「あー、それは…うん。」
垂水はあたしに言われると決まり悪げにうなずいた。
「確かに、僕もちょっと勢いでいらん事言ったかも」
「かも?」
くだんちゃんが眉間に皺を寄せて細かい言葉尻に食いつく、
「いや、ゴメン。いらん事言いました!」
「私の頭の部分は別におかしくないですよね?」
「え、うん。おかしくない、おかしくない。てか、おかしいはずがない」
「ですよね。むしろ可愛い?」
「うん、むしろ可愛い」
「ふむふむ、いいでしょう。ではどこらへんが可愛いか具体的に言ってみて下さい」
「え。」
垂水はそう返されるとは思ってなかったらしい。一瞬固まってから、取り繕うように何とか言葉を繋げる。
「…っと、まず、顔、かな。うん、顔がめっちゃ可愛い」
あー、くだんちゃん、満足げな顔してるなー。尻尾もぷらんぷらん動いてちょっと嬉しそう。
「顔のどこらへんが可愛いかもっと具体的に言うといいと思いますよ」
しかも更に催促してきた! 凄いなこの子。
「くだんちゃんって、褒められるの凄い好きな人っぽいね〜」
何気なくそう言ったら
「私、褒められるの大好きですよ!」
めっちゃキリッとした表情で言われた。
「あたしは、顔ももちろんだけど、尻尾とかも可愛いと思うなあ」
「あ、し、尻尾ですか? その発想はありませんでした」
と言いつつ尻尾がさっきより激しく左に右にと揺れている。これは、なかなか良い。
「それはそうと」
ご機嫌マックスの様子を見て、垂水がすかさず話題の転換をはかるフレーズを入れてきた。
「魔法少女になるなってのは、どういう事なの?」
「あ、もうその話はいいんで、忘れてもらっていいですよ」
「え、いや、いいですよって言われても」
垂水が困惑した表情をこちらに向けてきた。その視線を受けてあたしも
「あたしもそれ気になるんだけど。くだんちゃんはなんでその、魔法少女の話? わざわざあたしに言いに来たのか、とか」
「いやだって、魔法とか、今時あり得ないじゃないですか。これからはむしろ科学! これです」
妖怪の女の子から凄い科学推しされてるんだけど、どうしよう。
「来ますよこれから。科学の時代が!」
いやもう来てるんだけど。
「それでですね、お姉さんにはぜひ『科学少女』になってもらおうと思ってるんですよ」
「科学少女! 科学少女かあ、あんまり聞かない概念だな」
垂水が横で声を上げた。
「でもイメージ的には、魔法少女と対をなす概念ではないような気がするんだが」
「うん、だよね。分かる。どっちかっていうと、白衣着て試験管とかもってて、化学部で実験とかしてる女の子のイメージだよね。あたし、理数系、あんまり強くないんだけど」
「はい、そのイメージで大体合ってます。化学部というのがなんなのか分かりませんが、超短い白衣でパンツをチラチラさせながら手に持ってる試験管の中身を敵に振りかける感じです」
「あたしのイメージと全然合ってないんだけどそれ!」
「ま、イメージはいいんだけどさ、具体的になにするの? その科学少女は」
「もちろん、変身して敵と戦いますよ! 」
「……魔法少女じゃないの?」
「あー、確かにそこだけ見たら魔法少女と区別つかないかもですけど、ほら、よく言うじゃないですか、高度に発達した科学は魔法と区別がつかないって」
「それはそういう意味じゃないと思うんだが」
「は? 敵って、敵がいるの?! いやいやいやいやムリムリムリムリ! ムリだからフツーに。そんな仮面ライダーみたいに初対面の人にケンカ売っていくようなのとか、あたし絶対ムリだし」
「あー、ムリですかー。じゃあ、まあ、そこはなんとかするとして」
「いやちょっ、なんとかできる部分かそこ?!」
「もちろんうちの技術班と相談してからの話ですけど、まあなんとかなりますでしょう」
「技術班の人いるんだ。そこは科学っぽいなあ」
「だから言ってるじゃないですか。魔法とは違うんですよって」
「でも今の科学技術で“変身”はさすがにムリなんじゃないの?」
「たしかに“今”の科学技術ではムリかもしれませんがね」
と、くだんちゃんがそこでちょっと得意げな顔をする。小さなお鼻が、こころなし「むっふ~」って感じだ。
「お兄さん、私が件だって事、お忘れじゃないですか」
「いや、片時も忘れてないけど。その見てくれだし」
「件と言えば予言! つまりですね、未来の科学技術を予言して博士の人に教えたのですよ、何代か前の件が!」
「え、それお前関係ないんじゃないの?」
くだんちゃんがそこでびっくりしたように顔を上げて、垂水の顔を見上げた。大きく見開かれた目が見る間に潤んでいく。
「ほ、ホントですね。…私、何を浮かれてたんでしょう……」
あたしは反射的に垂水の太ももに蹴りを入れた。
「いてっ。ああ! ごめん。よく考えたら関係なくはなかった! 俺もじいちゃんの自慢とかフツーにするしな。やっぱ自分と関係する人がなんか手柄たてると嬉しいし! それと同じだよな」
「……………ですよねっ!」
くだんちゃんの幼い顔が緩むのを見てホッとする。しかしメンタル弱いなこの子。
「まあ、なにはともあれ、とりあえず変身してみましょう。実際に変身してみたら案外『あ、これはこれでアリかも』ってなるかもですよ」
「えー、でも、それって、どうするの。科学少女って、辞められるの?」
「科学少女は職業じゃないので、辞めるとか辞めないとかいうものじゃないのですが、変身してみて、やっぱりムリ、ってなったら、変身しなかったらいいだけですので、簡単ですよ」
「なんかその論法。あやしげなサプリの通信販売みたいなんだけど、大丈夫かそれ」
垂水の表情もいぶかしげだ。
「じゃあお姉さん、ちょっとパチンコって言ってみてください」
「パチンコ?」
突然、膨大な量の光の爆発が、あたしを包んだ。