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あたしのカレは異能力者だ。

というのはもちろん嘘で、本当は自分を異能力者だと思い込んでいるただの厨二だ。

名前は垂水(たるみ)。ちなみにあたしの名前は音緒(おとお)

それでその異能力がどういうものかというとーーーーー


「世界五分前仮説ての、知ってる?」

「知らない。なにそれ。どんなの」

あたしはカレ、垂水が言うことならなんでも興味をもつ。垂水以外の誰かが世界ナンチャラとか言っても全く興味ないけど、興味ないどころか「なんだこいついきなり何言い出したんだ世界ってなんだよやべーよ聞こえなかった事にしよう」とかまで思うけど、垂水の口から出たことなら意味がない事は何一つないのだ。

「理論的には、世界が5分前に突然生まれたという可能性を、否定する材料はない、という思考実験の事」

……垂水の口から出た事で意味がない事は何一つない、とは思うけど、意味が何一つ分からない事もよくある事だ。

「……えっと、まず、5分前に世界が突然出来たってのが、どういう事かよく分からないんだけど、あたし達、20分ほど前に校門出た所のいつもの本屋さんで待ち合わせて会ったよね? ていうか、否定する材料しかないんだけど」

「だから、そういう記憶ごと、その記憶をもったまま5分前に世界が丸ごと突然発生した、という話だ。20分前に僕らが待ち合わせしたのも、そういう記憶をもっているだけ、っていう仮説。そういう仮説をたてて考えてみるっていう思考実験だよ」

「ああ。思考実験、つまり作り話ね。それならまあ、そういう事を考える人もいるかもね」

「でもそれは事実なんだ」

「は?」

こんな話、本当に垂水じゃなかったら全く耳を貸さないんだけど。

「僕達は、この世界は、この世界を舞台にした僕達のこの物語は、ほんの1分前に始まったばかりなんだ」

ーーーーとまあ、こんな按配。これが

垂水の異能力。

垂水の説明によるとそれは「メタ領域へのアクセス」とかいうらしいんだけど。これだけだと、何を言っているのかよく分からないと思う。要するにこの世をマンガやアニメなどのフィクションと見立てて、自分をその登場人物だと思い込み、架空の作者や読者に突っ込んだりする能力なのだ。

てゆーか、これを能力とか言っちゃダメだよね。能力じゃないよね。むしろ心の病気だよね。

つまり、垂水はオタクなのだ。オタクという、重い病気。病気なんだから仕方がない。

とはあたしは言わないよ。

いやオタクなのはいいんだよ。よくないけど。はっきり言ってオタク嫌いだけど。でも問題はそこじゃない。

あたしは今の彼の言葉の中に、引っかかりを覚えたのだった。引っかかりを覚えたというか「ちょっと待て」と思った。もっとはっきり言うと、癇に障った。

ほんの一分前に始まったばかり、とかいう、そこらへんの部分。

それはつまり、ちょっと前に待ち合わせしたあたしらの記憶が、そういう記憶をもってるだけ、という事かと。

昨日会った時の記憶も、その前の記憶も。私が告白して、それを受け入れてもらって、すごく幸せになって、それが全部、ただの記憶だと。ほんの一分前に作られたものだと。

そういう事を言うのかキサマは!!


と思った時にはその背中に飛び蹴りを食らわしていた。


「ぐあっ!」

のけぞって反対方向に「くの字」になる垂水。

あたしは平均よりチビだし体重も軽いし、そもそも飛び蹴りと言ったってピョンと飛び上がって蹴っただけで全然体重なんか乗ってなかったけど、それでも垂水は油断していたので全く抵抗なく綺麗に折れ曲がった。油断してたので変に身体を痛めたみたいだけど、いや全然心配じゃないわこれ。ホントなんていうか、ざまあざまあ。


そこで背後から声をかけられた。

「魔法少女になってはいけません」

別に暴力を止める声じゃなかった。

というか全然脈絡もなかったので、最初自分にかけられた声だとすら思わなかった。

だから振り返ったのも、急に声がしたから、何だろうと思って反射的に振り返っただけだったんだけど、そこに異様なものがあった。思わず

「…こすぷれ?」

と呟いてしまった。


とはいえ、本当にそれをコスプレだと思ったわけじゃない。ただ、自分の知っているモノの範囲で、他に当てはまるものがなかっただけだ。それでも、それを当てはまっているというにはかなり無理がある。


異様、と表現したが、むしろ異質と言うべきだろう。それは、獣の耳をもった少女だった。すぐそばで地面に手をついて背中をさすっている垂水のいつもの言い方で言うと

「ケモミミ少女」。

てことになると思うんだけど。

それは顔だけ「ケモミミ少女」で、身体は完全な四つ足の獣だった。

そして垂水も、今回ばかりはそれを「ケモミミ少女」とは呼ばなかった。顔を上げた垂水は惚けた声で

「……くだん?」

と呟いたのだ。


さてここで少し状況を整理しておこう。なぜここで急に状況を整理しだすのかというと、あたしの脳が状況の認識を処理しきれなくなって一時的に仕事を放棄したからだ。もしくは状況の認識をリトライする為に再起動し始めた、と捉えてもいいかも。

とにかく今の状況を確認する。あたしと垂水は学校からの下校途中で、ひと気のない廃工場横の小道を辿っている所だった。垂水の家はこっち側じゃないけど、時々こうやってあたしの家まで送ってくれるのだ。

そこで、その妖怪は現れた。

そう、妖怪、なのだ。信じがたい事だが、どうやらあたし達は妖怪の存在を、今まさに目のあたりにしているらしい。

そうか、妖怪か。なるほど、よしよし、だんだんと私の認識が現実に追いついてきたようだぞ。

いや待て、これホントに現実か?

私は垂水の方を見た。

「マジか。くだんだ。くだんがいる」

くだん。垂水はさっきもそう呟いていた。それがあの妖怪の名前だろうか。

「……お知り合い?」

「な訳ねえ。あんな友達いたら学校で自慢してまわるわ。あれは《くだん》ってゆー生き物だ。『件』と書いて《くだん》。人面の牛の妖怪だな。様々な予言をして数日で死ぬと言われている。あ、そうか、タイトル! あれ、『魔法少女になってはいけないという(けん)』じゃなくて『魔法少女になってはいけない、と言う(くだん)』て読むのか! 実にくだらん!」

「え、タイトル?」

「いや、何でもない、気にするな。ただ、物語が始まった早々にもうオチがついてしまったようだから、この後どういう展開になるのか、ちょっと心配だな、てゆーかただの出オチじゃねえか、ホントどーすんだこれ」

ああなんだ、また例の異能か。スルースルー。


「そう、私は(くだん)。牛の身体に美少女の顔を持ち、的中率8割を誇る予言をする生き物」

その生き物は真っ直ぐあたしの方を見て言った。それに対してあたしの横で垂水がボソリとこぼす。

「百パーセントじゃなかったのか。思ってたより存在意義が微妙な生き物だな」

「聞こえたぞ。失礼な事を言うな。なんだお前は」

「そんな小さい女の子の声で威嚇されても可愛いだけだが、一応自己紹介はしておこう。僕は垂水、個人情報は非公開だ」

「自己紹介になってない!」

「あの、ちょっと待って」

とあたしは手を上げて口を挟んだ。

「つまりあなた、牛なの? 牛にしてはサイズがかなり小さいと思うんだけど」

「ええ、私、子牛なんです」

その(くだん)という子は、垂水に対してするのとは一転して、私に対しては穏やかな声で答えてくれた。

(くだん)は短命なので、原則的に成体というのはいないんですよ」

「なるほどー。ていうか垂水、あんた、顔があんな状態なのに身体が牛だってよく分かったわねー。子牛だからよけいに、牛だか馬だかそれとも他の動物なんだか、あたしにはよく分かんなかったけど」

「馬はひづめが分かれてないのだ。見ろ、あれは牛のひづめだ」

「私の顔がこんな状態なのに、ひづめの方を見てた! こいつ変なヤツだ!」

あたしのカレが変な生き物に変なヤツ認定受けてた。まあ否定は出来ないけど。

とにかく、今までの会話でこの(くだん)という妖怪が危険のない生き物である事はなんとなく分かった。垂水に対して敵意を向けててもなんか可愛いし、あたし自身には害意なさそうだし。そうなってくると、そもそもの目的が気になってくる。

「それで、えっと、くだんちゃんって呼んだらいいのかな。もしかして、あたしになんか用事?」

あたしがそう言うとパッと花が咲いたように嬉しそうな表情をしてこくこくとうなずいた。

「ええ! ええ! そうなんです。最初にちょっと言いましたけど、つまり魔法少女になってはいけないですって言いに来たんです」

「え、ならないけど」

「ですよね」

終了。


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