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新たな力

「くッ…!!」



何て重い一撃。


右手に持つ炎を纏ったチェーンを使いありとあらゆるものを薙ぎ倒しながら進んでくる。


魔法障壁を張って防御したとしても、恐らくあの攻撃は防ぎきれない!


炎を纏った髑髏からギラギラと輝く赤い目はこの世の怒りと憎悪を現しているかのよう。


こんな化け物、私も初めて見る…



「フレイムイーター…. 」



この炎を纏った髑髏の巨人の名前。


本来なら学園の真ん中にいきなり出現することは絶対にない。


なぜなら、フレイムイーターは第6階級の上級魔導士以上でないと召喚出来ない魔獣だから。


つまり、どこかの誰かがこの場所に何らかの目的を持って召喚したということになる。


顕現して最初の攻撃が私と悠だったところを見ると、おそらく異世界人である悠の方が狙われたと考えるのが妥当。


異世界人の悠を消して得する人物がいるとすれば、それは…



「聖アダムス教団の差金ね?」

「ゴォォオ…. 」



フレイムイーターは応えない。いや、正確には応えられないのか…?


おかしい… 本来のフレイムイーターは自意識がある筈、でもこのフレイムイーターはまるで与えられた命令を実行する為だけに動いているような、そこに自分の意思がある様には伺えない。


フレイムイーターに対峙し、戦闘体制をとっている私にこそ反応しているが、周りで逃げ回っている生徒たちには一切目を向けない。



「…試してみるか」



私は即座に魔法を放つことができる戦闘体制を解除し、フレイムイーターに道を開ける。


するとフレイムイーターは私から目を離し、ゆっくりと天月悠が逃げていった方向に進み出した。


これでフレイムイーターの目的がはっきりした! このまま天月悠を追わせて周りに被害が及ばない学園の外に誘い出し叩く、それまでには応援も到着するはず…


ゆっくりと進むフレイムイーターの横を並走しながら進路を確保する。幸いにも建物が立ち並ぶ場所は通らずに済みそう。



「な、何なんだよコイツはァア!? く、来るなあっち行けぇええ!!」



ゆっくりと歩くフレイムイーターの進路上に1人の逃げ遅れた男子生徒が立ちはだかる。その背後には足を怪我したのか蹲っている女子生徒。



「止めなさい! 魔力を込めないで!!」



私の声は男子生徒に確かに届いているはずだけど、男子生徒は目の前の強大な敵に対し戦闘体制を取ってしまう。



「くそぉおおおおおッ!!!」



フレイムイーターは目の前の戦闘体制を取った男子生徒に右手のチェーンを振り上げる。



「お願い! 間に合ってーッ!!」



一瞬で戦闘体制を取った私は、魔力障壁を何重にもして男子生徒と女子生徒の前に発現する。



鈍い音を立てて崩れていく魔力障壁が最後の一枚で持ち堪える。障壁によって守られた2人は傷一つない。



「早く逃げて!!」

「でも… 」


「早くッ!!」



私の必死の呼び掛けに反応して、男子生徒が足を怪我した女子生徒を抱える様にして逃げていく。



2人が逃げ切るまで、それまでは何とか私が引きつけないと!



「ゴォォオッ!!」



即座に反応したフレイムイーターがチェーンをそのまま私の方へと振り回す。


私は急いで魔力障壁を張り応戦するも…



「障壁の数が足りない!?」



障壁を薙ぎ倒しながら飛んでくるチェーンが私の左腕に到達し、物凄い力で吹き飛ばされてしまう。



「ぐはぁッ!!?」



障壁によってかなり威力は抑えられたけど、直接ダメージを受けた左腕は勿論、全身のダメージが大きすぎて身動きが取れない…


その様子を見ていた男子生徒が再び魔力を込めようとしているのが目の端に映る。



「くッ…!!」



戦闘体制を解除することもできず、私は辛うじて動く右腕を持ち上げ、掌に魔力を込める。



「ゴォォオ….!!」



私の魔力に反応したフレイムイーターがゆっくりと私の方に向き直り、チェーンを振り上げる。


私もここまでか…


ごめんね… お父さん、お母さん…



「…ルディ、今そっちに行くよ… 」



目を瞑り覚悟した瞬間、身体がフワッと宙に浮いた感覚を覚える。



「大丈夫か、セレス?」



耳元で優しい声が聞こえ、ゆっくりと目を開く。


すると、すぐ目の前に天月悠の顔があり、私の顔をそっと覗き込んでいた。



「ゆ、悠…? どうして貴方がここに!?」

「わりぃ、どこに逃げたらいいか分かんなくて戻って来ちった」



私の体を安全な場所へそっと降ろした後、そう言って優しく微笑んだ悠はきっと最初から逃げる気なんてなかったんだろう…



「アイツ強そうだな? 戦ってみたいけど、なにせ武器がないしなー。殴ったら熱そうだし…」


「何言ってるの!? アイツは貴方を狙っているのよ?」


「それなら俺が引きつけておくから、セレスは安全な場所に逃げてくれ」



そう言ってヒョイっとフレイムイーターの前に飛び出した悠は、あからさまにフレイムイーターへ挑発を掛ける。



「やーいデカ物、俺はこっちだぞ〜!」

「ゴォォオ….!!」



フレイムイーターはゆっくりと悠の方に向き、チェーンを振り回しながら悠へと迫っていく。



「無茶よッ! 貴方には魔力もなければ武器もない!!」



フレイムイーターの攻撃を間一髪のところで交わしている悠だが、交わしているだけはフレイムイーターを倒すことはできない!


それに、相手は第6階級に匹敵するほどの魔獣、それと同格かそれ以上の相手でない限り、戦闘で魔力の枯渇はあり得ない!


フレイムイーターがチェーンによる連続攻撃に左手からの火炎弾を加え、悠に放つ。



「うおッと!? 危ねッ!!」



悠は火炎弾を紙一重でサイドステップでかわすが、制服の袖に擦り小さく火が上がる。



「あちちちちッ!!」



急いで反対側の手で袖を叩き火を消すが、悠が油断している間にフレイムイーターのチェーンが振り下ろされる。



「危ないッ!!」

『ズゴーンッ!!』



振り下ろされたチェーンが悠に当たる直前、炎の渦がフレイムイーターの胴体に直撃し横に倒れ、反動でチェーンが悠のすぐ横に外れ地面にめり込む。



「第4階級魔法、フレイムトルネード!?」


「私の下僕に手を出してるのは何処のどいつよッ!?」



フレイムトルネードが放たれた方へと目を向けると、学舎の屋上に特徴的な紅い髪を靡かせたティア・ルーナ・エンドールが右手に魔装フェニックスを構え、銃口をフレイムイーターに向けていた。



「さんきゅーティア、助かった!」

「下僕の癖に生意気! もっと這いつくばって感謝しなさいよねッ!?」


「えー、そこまではちょっと…」

「それよりアンタ、武器も持たずに何やってんのよッ!?」


「お前に壊されたんじゃねぇか!?」

「あら、そうだったかしら?」


「ゴォォオ…!!」



倒れていたフレイムイーターが再びゆっくりと起き上がる。


ティアのフレイムトルネードは不意打ちの直撃だったはずなのに、ダメージは殆ど見受けられない。



「このデカイの相手は私がするわ! アンタはそこに転がってるセレスを連れてどっかに引っ込んでなさい!!」


「へーい、ティア1人で大丈夫か?」

「何も出来ないアンタがいても足手纏いよ!」


「それもそうか」



フレイムイーターは悠の方を追いかけるように身体を動かすが、すかさずティアの弾丸が背中に3発命中し、足を止める。



「この私が目の前にいるっていうのに、アイツを追いかけようとするなんて…!! どいつもこいつも天月悠、天月悠っていい加減にしなさいよッ!!」



まるで怒りを爆発させるようにティアがフレイムイーターに向けて魔法を連発する。


しかし、その全てがフレイムイーターに命中した所で纏っている炎と同化していく。



「コイツ、炎を吸収してるッ!?」

「ゴォォオ…!!」



流石に気に障ったのかフレイムイーターが悠からティアに標的を移し、左手からの炎弾を発射するが、先程悠に放ったものより遥かに大きく威力のある炎弾だった。



「くッ!?」



ティアは直ぐに学舎から飛び降り回避するが、ティアのいた場所に目掛けて飛んで来た炎弾が学舎に命中し、建物を飲み込むほどの火柱が爆音と共に上がる。


ティアはそれでも攻撃の手を緩めず、フレイムイーター目掛けて魔法を放ち続けている。



「このままじゃ… 」

「セレス、逃げるぞ」



悠が私の元に駆け寄り、動けない私を持ち上げようとするが静止する。



「ダメ、このままじゃティアもやられてしまう…」

「どうして?」


「フレイムイーターは文字通り炎を喰らって自分の魔力にする、だから魔力特性が『炎』のティアじゃ相性が悪過ぎる」


「あれま、何かいい方法はないんですかね?」



真剣に聞いているのかいないのか、よく分からない悠が私の顔を覗き込む。



「私の魔力特性は『氷』、だから私ならフレイムイーターを倒すことができる」

「でもセレスは動けないだろ?」



当然のように悠が私に聞き返すが方法はある。



「私の魔力を貴方に譲渡する… 」

「いやいや、それは出来ないって話だったろ?」


「まだ方法はある、魔力を直接貴方の体内に流し込めば魔力譲渡が出来るかもしれない… 」

「そう言えばそんな事言ってたな、それで今すぐ出来るのか!?」


「…出来る」

「よし、なら頼む!」



いつになく真剣な表情で私を覗き込む悠に、私の心も決まる。



「顔を近づけて」

「こうか?」


「もっと!」

「これでいいか?」



お互いの鼻と鼻がくっ付きそうな距離まで近づけられた悠の顔、その唇に私の唇を重ねる。



「んぐッ!?」

「ちょっとアンタたち!? こんな状況で何やってんのよーッ!!?」


いきなりのことで驚いたような悠だったが、魔力を体内に送り込まれるのを感じて大人しくなる。


世間的にはこの行為を口付けとか、キスとかと言うのかもしれない。けどこれは天月悠に魔力譲渡をしているだけであって、決して私のファーストキスを悠に捧げた訳じゃない!



「ん… んんッ… 」



ある程度、魔力を天月悠に譲渡した所で唇を離そうとするが、ある異変が起こる。どんなに悠の唇から私の唇を離そうとしても、どうしても唇を話すことができない!


それどころか、私が魔力譲渡を止めたはずなのに、まるで吸い込まれるように私の魔力が悠に流れ込んでいく。



「ん…!? んんッ、んーッ!?」



それに合わせるように、唇と唇を重ねるだけのものだった魔力譲渡が、舌と舌、唾液と唾液が合わさり、激しい、深いものへと変わっていく…



「ちょっと…!? 何!? そんな激しいの見たことない… 」



フレイムイーターと戦闘を続けているティアも私たちの魔力譲渡に違和感を感じているみたい…


ダメ… これ以上は…


私の魔力の全てが悠に吸い取られ、やっと唇が解放される。すると、悠の身体に異変が起こり始めた。


黒髪だった髪が私と同じ銀色の髪に変わっていき、眼の色も澄んだ青い色に変わる。そして全身からは銀色のオーラを発し、それが体内から魔力を発しているのだと告げている。



「何だこれ、体の中から力が溢れてくる… 」

「ゆ、悠… 私の腰の辺りにソードデバイスが… 」



異世界から持って来ていたソードデバイスを使ってと悠に言いたかったのだけど、魔力を全て悠に吸い取られてしまい、上手く喋ることも出来ない。



「お、これこれ! この感触!!」



悠は私の腰に下げていたソードデバイスを手に取り、ブレードを出現させて自分の手に馴染ませるように感触を確かめる。



「ゴォォォォォオオオ!!」



ティアと戦闘を行っていたフレイムイーターが悠の身体から溢れている魔力に反応したのか、右手に持っているチェーンをティアから吸収した魔力で更に強化させて悠に目掛けて振り下ろす。


しかし、チェーンが悠に届くより前に、持っていたチェーンごとフレイムイーターの右腕が胴体から切断され凍りつく。



「ゴォォオォォォオオオ!?」



何が起こったのか理解出来なかったのフレイムイーターも2、3歩後退り、そこにあったはずの自分の右腕を確認している。



「あのデカ物、倒していいんだよな?」

「うん… 」


悠は私の方に顔だけ向けながら尋ねる。おそらく悠がフレイムイーターの右腕を切断したのだろうけど、何が起こったのか私には全く分からなかった。


それは私だけでなくティアの方も同じようで、魔法を発動するのも忘れて驚愕の表情を浮かべている。



「じゃあ悪いけどデカ物、俺はお前を斬る!」



ゆっくりと自分の方にに向かって歩いていく悠に恐れをなしたのか、フレイムイーターが更に2、3歩、後ろに後退る。


しかし、悠が左手に構えたソードデバイスを振り上げ、スッと振り下ろすと、まるで見えない斬撃によって斬られたかのように、フレイムイーターの体が真っ二つに分かれ、凍りつきながら消滅した。



「な、何なのよ…? アンタ… 」

「悠… 貴方はいったい… 」


















「くッ!!?」



男は左手の人差し指に嵌めていた指輪が凍りつき、真っ二つに割れた瞬間に手を引っ込める。



「何だ今のは? 奴は魔力を持たない異世界人じゃなかったのか?」



黒いコートを着、フードを深く被った顔からは表情を知ることは出来ないが、その声は間違いなく驚愕の声色をしている。



「カイン様より預かったフレイムイーターをこうも容易く退けるとは… まあいい、次の機会はいくらでもある… 」



男はまるで自分に言い聞かせるかのような言葉を残して、学園の闇に消えていった。

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