4.「お似合いなお二人で…」
パレードの後に行われたパーティーはエンドバール国と交流のある国の王族たちが招待され華やかに行われた。私とロブは国王様と王妃様と共に各国の王族たち一人一人に挨拶をして回った。
一通り挨拶が終わるとあとはもう自由に動き回り立食スタイルの食事を楽しんだ。遠くでは国王様と王妃様、そして私の父が何やら楽しそうに会話をしている。他の人たちもみなそれぞれに飲み物や料理を片手に、会話に盛り上がっているようだ。
会場内を見渡しながら、私の視線はつい扉付近でじっと止まってしまう。そこにはフィル様の姿があった。彼は王族として今日のパーティーに参加しているのではなく、騎士長として護衛をしているのだ。見てはいけない。そう思っていても視線が自然とそちらへ向かってしまう。
フィル様のもとには騎士の制服を着た部下らしき青年がかけより、耳元で何かを報告している。フィル様がそれに頷き合図を出すと、部下の青年はその場を離れた。――と、フィル様が私の視線に気が付いたのか、ふと顔をこちらに向けた。私は慌てて視線をそらすと、フィル様に背中を向ける。
「ルーシー。この肉めちゃくちゃ美味しい」
すると誰かに背中をポンとたたかれ、振り向くとお皿の上に大きなお肉をのせたロブがいた。
テーブルの上のお皿にはたくさんの料理がのっていて好きなものを自由に取ることができるビュッフェ形式になっている。どこから持ってきたのかロブは骨のついた大きなお肉を持ってきて、それを私に見せびらかすように豪快にかぶりついている。ロブの頬にはお肉のソースがついていて、こういうところは本当に王子っぽくないと思うけれど、私はこういうロブもまた好きである。
「ロブ。ここにソースがついているよ」
私はロブの頬についているソースの位置を教えてあげようと自分の頬を指さした。
「え?どこ?」
ソースを取ろうとロブの手が頬をこするけれどまったく見当違いな場所を拭いていて取れそうにない。
「ここだよ、ここ」
見兼ねた私は持っていたグラスを近くのテーブルに置くと、置いてあった紙ナプキンを取り、それでロブの頬についたソースを取ってあげた。
「ありがとな」
そう言って、またお肉にかぶりつくロブを見つめながら私は自然と笑みがこぼれていた。
「ルーシーも食べるか?」
「私はいいよ。そんなに大きなお肉食べられない」
「そうか」
ロブが食べかけのお肉を差し出してきたのでやんわりと断った。
そういえば小さい頃からそうだった。こういったビュッフェ形式のパーティーのときロブはいつもお皿から大きなお肉を持ってきて私に自慢するように大きな口を開けて食べていた。あのときとロブは何も変わっていない。思い出した懐かしい記憶にふと笑みがこぼれた、そのとき。
「お久しぶりでございます。ロバート様」
声がした方を振り返れば、ピンク色のドレスを着た可愛らしい女性がいた。ロブに声を掛けてきたということは彼の知り合いなのだろうけど、ロブは不思議そうな表情を浮かべている。
「誰だっけ?」
ロブ、失礼だよ。せっかく声を掛けてきてくれたのにそんなストレートに言うなんて。ロブは思ったことをすぐに言ってしまうからいけない。それだけは直さないと。私は肘でロブの腕を軽くつついた。
「ロバート様はわたくしのことをお忘れなのですね。エンドバールのお隣にありますルシナエ国の第一王女にございます」
「ああ!お前、アンジュか」
ようやく思い出したらしい。ロブに名前を呼ばれたアンジュ王女は嬉しそうな笑顔を見せた。
「はい。アンジュでございます。思い出していただけました?」
「ああ、思い出した。ずいぶん久しぶりだよな」
「ええ。最後にお会いしたのがたしか5年前、ロバート様が12歳で、わたくしが10歳でございました」
「もうそんなに経つのか」
ルシナエ国は小国ではあるがエンドバール国の友好国の1つだ。私も一度だけお父様に連れられて旅行へ行ったことがあったけれど、緑豊かな素敵な国だった。アンジュ様はそこの王女様らしい。ロブとはきっと王族のパーティーか何かで知り合ったのだろう。
「初めましてルーシー様。ルシナエ国が王女アンジュと申します。このたびはご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
私にも丁寧な挨拶をしてくれるアンジュ王女はこうして近くでみると本当に可愛らしいお方だった。私よりも少しだけ背が低いのだろうか。長い睫にぱっちりとした大きな目、肩までの長さの栗色の髪は肩より少し上でカールされていて、まるでお人形さんのようだ。
「ロバート様のお妃様はどのような方なのだろうとずっと思っておりましたが、やはりとてもお美しい方なのですね」
「いえ、そんな…」
お世辞もとても上手である。ここで私も上手なお返しができたらいいのだけれど言葉が出てこない。可愛らしいアンジュ王女を褒める言葉はたくさんあるけれど、とっさに出てこなかった。私が思いつくよりも先に、再びアンジュ王女が口を開いた。
「美男美女で、とてもお似合いなお二人で羨ましく思います」
「ありがとうございます」
「でわ、どうぞお幸せに」
そう告げてアンジュ王女は私たちのところから離れていった。きれいにカールされた彼女の髪が歩くたびにふわふわと揺れている。
また知り合いを見つけたのだろうか、アンジュ王女が新たな相手に声をかけている。パーティー慣れをしている彼女の姿に自分がとても恥ずかしく思えた。自分よりも年下なのに私よりもずいぶんとしっかりとしている。
「おい、ルーシー」
ぼんやりとアンジュ王女の後姿を眺めていると、ロブに声を掛けられた。
「お前、さっきから飲み物しか飲んでないだろ」
「うん、食欲なくて」
するとロブが大きなため息をはいた。
「パーティーが苦手なのはまだ直ってないんだな」
「うん…ごめん」
私は小さい頃からこうしたパーティーがすごく苦手だった。人ごみが苦手だったし、もともと社交的な性格ではなかったから、父親に連れられて行っていた貴族家が集まるパーティーではいつも父親の背中に隠れていた。もう数えきれないほどのパーティーに参加しているといのにこの雰囲気にはいつまでも慣れない。
特に初対面の人が多いパーティーは緊張してしまう。話しかけることもできないし、話しかけられてもどう返していいのかわからない。
貴族家の娘としてパーティーへの参加はとても大事な仕事だったけれど、こうしてロブの妃となれば王子の妃としてますますパーティーへの参加は増えるだろうしそこでの行いもとても大切になってくる。今までのようにはいかない。もっと社交的にならないと。
「あっちにフルーツもたくさんあったから、好きに取って食べて来いよ。フルーツなら食べられるだろ?」
「うん、そうするね」
ロブにあまり心配かけないようにしよう。
「ちょっと行ってくるね」
そう言うと、私はロブから離れた。
ふと後ろを振り返るとロブの周りには煌びやかなドレス姿の王女たちの姿があった。その中心で楽しそうに話をしているロブを見てから、私はそっとパーティー会場の外へと続く扉を開けた。