1.「一つだけ聞かせてほしい」
「お前が好きなのは俺じゃないだろ?」
結婚式を終えた夜、二人きりになった部屋で夫となった相手にそうたずねられた。気付かれていたのか…と私は全てを打ち明けることにした。
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私の名前はルーシー・ミラース。結婚をしたのでもうミラースを名乗ることはできないけれど、ミラース家といえばこの街では知らない人がいないほどの有名な貴族家だ。私はそこの娘。
そして今日の結婚式により正式な夫婦となり、私の夫となったのがロバート様。ここエンドバール国の第2王子だけれど、王位継承権1位の次期国王でもあるお方だ。そう、私は今日をもって未来の国王の妃となったわけなのだけれど……。
「お前が好きなのは俺じゃないだろ?」
と、冒頭の言葉に戻る。
「やっぱり気付いていたんだね、ロブは」
ロブとは私が幼い頃から呼んでいるロバート様の愛称だ。他の人の前ではさすがに【ロバート様】と呼んでいるけれど、こうして二人きりになると昔の呼び名を使ってしまう。
ミラース家は王家に次ぐ権力をもつ由緒正しい貴族家であり、王族とも親交が深い。私とロブは同い年ということもあって幼い頃からよく遊んでいた。そしてこの結婚も親同士により決められたものだ。
「俺とお前の仲だ。すぐに分かるって。お前、今日の式の間もずっと兄貴のこと見てたぜ」
「ウソ!?なるべく見ないようにはしていたんだけどな…。みんなにバレていたかな?」
「ああバレバレだろうな。お前、分かりやすいから」
「本当に!?どうしよう、ロブ」
「って、ウソだよウソ。お前は名女優だった。しっかり俺の花嫁を演じてたよ」
「……ごめんね、ロブ」
「ま、俺は最初から全部分かっていたけどな」
「本当に?分かっていて私と結婚したの?」
「まぁな。ルーシーは小さい頃から兄貴一筋だったもんなぁ」
「…ごめんなさい」
「あんまり謝るなよ。なんだか俺が惨めになるじゃねぇか」
「うん。…ごめんね」
私はロブを利用したのかもしれない。
私が本当に好きなのはロブの兄であるフィル様だ。そもそも私の最初の結婚相手はフィル様だったのに理由があって弟のロブへと変わってしまった。
この結婚をロブはどう受け止めているのだろう。もともと親同士が決めた結婚で私たちは従うことしかできなかったけれど、ロブは私のことを本当はどう思っているのだろう。小さい頃からずっと一緒にいたから幼馴染としては好かれていると思う。私も幼馴染としてならロブのことは大好きだ。けれど、夫婦としての好きが生まれるかどうかと聞かれたら、私はロブのことをそういうふうには見られない。
じゃあロブは私のことをどう思っているのだろう。
私とフィル様の結婚話がなくなって、その弟のロブと私の結婚が決まったのは二人とも10歳のときだった。それぞれの父親から聞かされたのだけれど、それからも私とロブは今まで通り普通に幼馴染を続けていて二人の間に「結婚する」「夫婦になる」という言葉は一切出てこなかった。それから8年が経ち18歳になって私たちは親同士の約束により結婚をした。
ロブはこの結婚に乗り気だったのだろうか……。
一度だけロブにたずねたことはあった。あれはたしか結婚式の3か月前。「私でいいの?」そう問いかけるとロブは笑いながら「お前でいいよ」と答えてくれた。
でも、あのときからきっともうロブは私が本当は誰が好きなのかを知っていたのかもしれない。親同士が決めた結婚だから逆らうことはできなかったけれど、結婚相手に他に好きな人がいると知っていて結婚を決意したロブの気持ちを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私のフィル様への恋は叶わない。
けれどフィル様のそばにいたい。
そばにいるためには王子であるロブと結婚をして王宮に住むこと。
そうすればずっとフィル様のそばにいられる。
フィル様のことを近くで見ていられる。
私はロブと結婚をしたけれど、私が好きなのは彼の兄のフィル様だ。ロブのことは好きだ。でも、それは幼馴染として。それ以上にはなれない……。
気が付くと涙がどんどん溢れていた。
「ルーシー、泣くなって」
ロブが私のそばへ歩み寄って来て、そっと髪を撫でてくれた。そんな優しさが今はとてもつらい。私は優しいロブを利用してこの王宮へとやって来た。
「やっぱりこんなのいけないよね。フィル様のそばにいたいから、ロブと結婚をするなんて。そんな思いでいたらいけない。この結婚はなかったことにしたほうが…」
「おい待てって!そんなことできるわけないだろ。もう結婚しちまったし、だいたいこの結婚は親が決めたことだ。今更どうしようもできねぇよ。それに、そんなことしたらお前の立場が悪くなる。家にだって戻れねぇぞ」
「それでもいいよ。このままだとロブに申し訳ない。ロブにはもっと良い人がいるよ」
「俺のことなら気にするなって。お前の気持ちを知っていて俺もこの結婚を承諾したんだ。それよりもお前は俺の兄貴のそばにいたいから俺とこうして結婚して王宮へ来たんだろ?だったら最後まで自分の想いを突き通せよ、な?」
――――そこまで気付いていたんだ。
ロブは優しい。小さい頃はケンカをしたり落とし穴に落とされたりしたこともあったけれど、私が困っているときは1番にかけつけて助けてくれた。そんな彼の優しさがこんなときにまで出るなんて。どこまでお人よしなんだろう、ロブは。
フィル様ではなく結婚相手がロブと決まったときに、いっそのことロブのことを好きになれたらいいと思った。こんな初恋、早く終わればいいのに。
でも、ダメだった。私はやっぱりフィル様のことが好きだ。
「ルーシー。一つだけ聞かせてほしい」
珍しく真面目なロブの声に、私は涙をぬぐって顔をあげた。
「俺のことはこの先も兄貴以上に好きにはなれないってことだよな?」
「……うん」
「そっか…。わかった」
ロブは笑っていた。
嘘でもロブのことを好きになると言った方が良かったのだろうか。でも、そんな嘘をついてもロブにはきっと気付かれてしまう。そして私はやっぱりフィル様が好きだから、そんな自分に嘘をつきたくはなかった。
私はとても最低だ………。
「だったら俺はお前の恋を見守るぜ!」
ロブの言葉に、私はただただ泣くことしかできなかった。
結婚は誰もが夢見る素晴らしいものだけれど、私の場合はとても悲しくて苦しい――――。