6「バトル・後篇」
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一度使ってしまった魔法のキャンセルはできない。それが魔法の不便な所でもある。もちろんそれ以外にも不便なところは有ったりするのだけれど。
ソグの手のひらから、光が放出された。
「うわあああああああああああああ!!!!!」
だから、止めておくべきだったんだ。こうなるとは、予想だにしなかったけれど。後悔先に立たず。この諺が大きく圧し掛かる。
眩しい。何も見ることができない。
悪魔のような――否、輝きという点においては天使のような、天使が舞い降りてきそうな5秒間が終わって、光が止んだ。
光が止んでも、目を開けることができない。目は瞑れてはいないようだけれど、しかし完全に見えるようになるまでは、まだ数秒かかる。
魔法場で神教魔法を試したときは、百万分の1倍だった。しかし、今はその威力は1倍。本来の算段では、目を瞑るはずだった。しかし、予想外のことが起きてしまったから、目を開けたまま喰らってしまった。それが仇になった。
「ケラキ・クアード・クライシス!!」
この声は、向當君!
そしてこの呪文は、高等魔法!
位置と魔法の内容だけは分かる。ただしかし、どうにも状況が掴めない。
この魔法は、水放射の軌道を好きなようにできる+威力増大版。厄介な魔法を使ってきた…。
とりあえず、位置も分からないけれど、何もしないよりはマシだ。脳内詠唱で自分の周りの水気をすべて弾く、という防衛のための魔法を唱える。
おそらくほかのみんなも同じようなことをしているのだろう。あとは、ソグに任せておけばどうにかなるだろう。ソグが、このくらいの奴に負けることはないだろうから。
「あれ、どうしたの?」
この声は…ソグだ。目が慣れてきた。ようやく何とか見えるようにはなった。
目を開けるとそこには、俺が想像していたような蠢く水の砲撃と電気が走る勝負の図なんてものはなく、一方的にやられた向當君の姿があるだけだった。
「これは…どういうことなんだ?」
「どうもこうもないでしょう。ただただ私が倒したのよ」
「いや…それはそうなんだけれど…というか、大丈夫か、ソグ」
ソグを見てみると、体には外傷は何一つなかった。それこそまさに、圧勝。
「大丈夫よ。労ってもらうというのは、なかなかに悪い気分じゃないわね」
「労ってもらうのが悪い気分なんだったら、いい気分にはいったいどうやってなるんだよ」
無駄口を叩けるくらい余裕があるようだ。
しかしそれでも、確かに魔法を使う声は聞いた。その水魔法の跡形が―――ない。
「それはそうと、ああいう非常事態には、まず自分の体から守ること。じゃないと、私が守る手間が増えるでしょ!」
「お、おう…」(防御魔法はかけたと思っていたんだけれどなあ…)
しかし、戦っていたのは、見えていたのはソグだから、何も反論することができない。
「しかしまあ、してやられましたわね。ソグ、魔法詠唱はキャンセルはできませんが、しかし途中で詠唱を中断することは出来るんですよ。確かに、咄嗟の状況把握は難しいでしょうけれど、ああいう場合は対応を速やかに行わなければいけません。」
これは、嗾だ。やはり実力者というだけあって、説得力がある。この魔法部において、というか、魔法部自体が学校における強いものの集団なのだから、この学校において、一番強い魔法使いは誰かといえば、それは嗾だ。
純粋な魔力をたくさん持つものと言えば、それはギザだったりするのだけれど、しかし戦闘力とか強さという部類においては嗾の右に出るものはいないし、嗾に劣るものしかいない。
他の追随を全く以て許さない。常人とはかけ離れた無類の強さがそこにはある。
ただしかし、今は集団という場所の中なので、その強さというものは緩和されつつあるのだけれど、昔――そう、およそ1年前、まだ嗾が単独行動をしていたときの強さは計り知れない。
それにしても―――。
「しかし、これで神教魔法の効果がはっきりしましたね」
そういったのは、嗾だった。
俺は、全く意味が分からないが。同じように、ギザも俺の隣でぽかんとしている。そして、ソグは神妙な顔つきでこちらを見ている。この状況が分かっているのは、ソグと、嗾だけのようだ。
向當君が、後ろで伸びているからなのだろう。嗾は、しっかり『神教魔法』と言った。
「やはり、神教魔法と言われるだけあります。『神』に『教』わる魔法。神様だけしか知らないような、特別な魔法のようです」
「…」
「…」
俺は何も言わなかった。というか、言うまでもなくそういう物だということは分かっている。だからこそ、肯定の意味で何も言わなかった。
「ただ、これはそんじょそこらにあるありきたりな電気魔法の強化版みたいなものではなかったんです。神教魔法というものは、それこそ魔法というものの根源にかかわるような魔法――まあ、根源的な魔法とでも言いましょうか。魔法をどう使おうか、とかいう立場の概念ではなく、魔法をどうしようか、とかそういう立場での概念だったんです。」
根源的な――魔法?
唯の会話にしては、あまりにも言葉が考えられている。ということは、嗾も言葉を選んで慎重に語っているということなのだろう。
「もちろん、今見た具体例は一つです。しかし、その具体例一つが、あまりにも今までの概念とはかけ離れている。立場が違いすぎている。ええ、こんなに溜めていても意味がありませんね。ズバッと言います。この魔法は、『一時的に魔力を使えさせなくさせる』魔法です。一時的に、というのは私が今試してみて使えたからなんですけれど」
俺だって、頭が悪いわけではない。だがしかし、この状況についていけというのはあまりも無理な話だ。
むしろ、この状況を一瞬にして呑み込んで、それを飄々と話している嗾は流石だ。確かに――そう考えれば、辻褄があう。というか、辻褄が合うように話を考え直したらこういう結論に至ったというのが妥当なのだろうけれど。
これを離しているのが、嗾でなかったら、きっと俺は信用していなかっただろう。また誰かの戯言だ、とでも思って、軽んじて、流していただろう。
やはり、嗾には圧倒的なまでの説得力がある。それは、今までの強さに起因するものなのだろうが。
皆、何も言わない。それはつまり、反論がないということだ。考えられうる原因は、これだけという訳ではないだろう。反論することだって、その余地だって、十分にある。ただ、だれも彼女を疑ったりはしない。
「それで、根源的な魔法ってわけか。向當君が魔法を放ったことは、聞いていて分かったけれど、その水の跡はどこにも…ないな」
そんな魔法は…規格外だ。
「そして、この状況下で私から提案があります。」
嗾は、だれの反応も見ずに、続けて言った。
「この魔法は―――隠しておきましょう。私達以外の誰の眼にも触れないようにしませんか?いつだって、世界に不合理なものはお偉いさん方が隠してきました。今回、私たちはそれを見つけてしまいました。私達だけならば、何も問題は起こらないと確信して言うことは出来ますが、しかしそれがここから外に漏れてしまうとどんな問題が起こるか計り知れません。今までも、そのような流れはありましたが、今回の件を持って、もっと厳重にきちんと隠し通すべきです」
嗾の意見には、いつだってみんなは無言でうなずいてきた。しかし、今回ばかりは俺が意見を言わせてもらおう。
「いや、それでもいつかは露見するときがくる。こういう魔法が存在するのは事実。それはこの魔法の発見を遅めるだけだとは思うんだけど…」
「それでも、です。あなたのお祖父さんは、何故これを持ち続けていたのか、考えてください。持ち続けて、かつ、あなたに開示したのかを考えてみてください。それは、あなただけにその魔法を受け継いでもらうためだったのではないのでしょうか」
そんな重要なことを任せるか―――というか、話が飛躍しすぎていないだろうか。
「そうですね。これは私の一存で決められることではないですね。あなたが決めてください。とりあえず、今のところは彼の処遇を決めましょう」
こうして、僕達は事なきを得て、侵入者を退治した。このように、この高校の平和が守られているのである。
サブタイトルに、バトル、って入っているだけでなんだかそれっぽい感じがするなと思うのは私だけなんでしょうか。