5「バトル・前篇」
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「ここだな、うちの学校の魔法部は…。」
俺たちが会話をしている間に入ってきた乱入者は、すっきりとした顔立ちのムカつくぐらいのイケメンだった。
「えーと、何の御用で?」
こんな雑談しかしていない魔法部に、いったい何をしに来たというのだろうか。
「いやいや、君たち自身には、あまり考えてもらう必要はない。僕に倒されればいいだけだからね!!!!」
おおう、何だこのいきなり展開。想像の斜め上を来たよ。
「みんな、応戦するぞ!」
俺がそういうと、部員全員が「おう」と答えてくれた。
なんだか、やっぱりこういうのって気持ちいい。
魔法部。
それは代々伝わる由緒と、歴史のある部活動。そして、学校には昔から云われ続けてきたことがある。
『学校を変えたいのならば、魔法部を倒すこと』
そんな突飛なことを言い始めたのはいったい誰なのか、突き詰めて詰問したいくらいだけれど、しかし言われ続けてきたその歴史は変わらない。もちろん、そんな突飛な事にも、もちろん理由はある。
昔から、魔法部と言えばその学校を代表する部活動であり、魔法部が強ければその学校の知名度も名誉も評判も上がるという習慣がある。そんな全校を代表するような部活動、それが、魔法部。
そして、その魔法部とは、生徒会のような存在でもあった。今でこそ、生徒会と魔法部では完全に分離しているが、一つのグループだった時代もあったらしい。学校を変えたいのならば、魔法部を倒すこと。その一言はつまり、生徒会という実力派の組織をたおして、強いものが学校を変えてゆけ、そんな力量主義の名残でもある。
そして、そんな力量主義、実力主義、魔法主義の名残を今でもずるずる引きずって、生徒手帳の校則の欄の最後に『魔法部を倒したものは、この高校を変えることができる権利を持つ』なんてことがちゃっかり明記してあるから―――――。
学校を改革しようと、魔法部に攻め入ってくる奴らがこの学校にはごまんといる。だから、度々こういう事が起こる。珍しいことでもない。
魔法部には今でも、学校を守る砦という役割が存在している。だから、並み半かな強さでは魔法部に入ることは出来ない。
つまり、今魔法部にいる四人は、相当な、強者。
「ギオグランデ・バースト!」
侵入者の、高らかな声が室内に響き渡る。
それと同時に、相手が僕たちのほうに向けてばっと手を広げる。そこからは大量の水がこちらに向かって飛び出す。ターゲットは―――俺!
それが分かるや否や、俺のことを守ろうと、嗾が水を途中で蒸発させた。魔法詠唱の時間なんてそこにはなかった。一秒を争う世界、時間短縮の裏技、脳内詠唱だ。相当に高度な技と技術が必要になるが、しかし、この部活に所属している以上、できても何ら不思議ではない。
相手が、水を掛け始めて、嗾が蒸発している時、もう既にソグとギザは動き始めていた。ソグは脳内詠唱で電気の矢を数本放ち、ギザは相手の足元に水をためる。
そして俺は、守られている間に、呪文詠唱。脳内詠唱もできるけれど、しかしそれでは、呪文の威力が落ちてしまう。念には念を込めて、しっかり詠唱することを選んだ。
「コールド!」
呪文の中でも、極端に短い初歩的な魔法。思った場所の温度を下げる、という単純な魔法。初級魔法なので、使える範囲と値は少ないが、しかしこれくらいでこの場は十分。それに魔法詠唱が短いという点では、とても便利だ。
思った場所は、相手の足元。ギザが相手の足元に溜めてくれた水。その温度を急激に冷やし、水から氷にする。
相手だって、対策はするだろうけれど、しかしこの攻防は相手が攻撃し始めてからおよそ3秒。あまりにも、早すぎる。だから相手は気付くことは出来るけれど、回避することができない。
そしてそのまま電気の矢を喰らい、後ろにふらっ、と倒れそうになる。だがしかし、足元は氷漬け。倒れられない。
見事な連携プレイだった。
「さて、どうします。もう詰んでいるけれど」
ソグが相手に近づきながら言う。
「そもそも、部屋に入るときはノックぐらいしたらどうだ…。まあ、今までに戦ってきた、部屋の前から魔法詠唱を初めてドアを開けた瞬間魔法を放つやつとか、誰かがトイレに立って一人抜けたところを見計らって勝負を仕掛けてくる奴よりかはよっぽど良心的な奴だけれどな」
「まだだ…。まだ俺は負けてなんていない!」
侵入者の悪足掻き。もう、どこからどう見ても終わっているというのに。
「そんなに負けフラグを立てるなよ…。名前とクラス、学年は?」
「2-N 向當 啓吾 (さきとう けいご)…」
そんな馬鹿正直に名乗らなくても…。そもそも、名乗らせる意味なんてないんだけれど。
「そうか、向當君か。お疲れ様。まだやるんだっけ」
「ああ、まだやるよ。というか、魔法部はもうやらないのか、逃げるのか?」
さっきの電気の矢で、服には若干黒い部分があり、見ていて痛々しい。なのになんでそんな無駄な挑発をしてくるのだろうか。若いって、だからいけない。俺だってまだまだ若いけれど。というか、向當君とは同学年だ。名前も苗字も、聞いたことはないけれど。
「そういえば、さっき見つけた呪文、あったよな。いっちょ、使ってみるか」
なんか物騒なことを言っている。そして、神教呪文とは言わない。彼から情報が漏れることを防ぐためだろう。
「え、何だよ。彼を実験台にする、ってか?」
「だって、さっきのじゃあ、いったいどれくらいの威力があるのかが分からなかったじゃないか」
「それもそうだけれど…」
「まあ、いいんじゃないでしょうか。改革者には慈悲は不要。これは昔からさんざん言われてきた言葉ですわよ」
「ねえ、私にも使えるかどうか試させてもらってもいい?」
そういったのはソグだ。光が出てくる呪文だから、電気使いのソグが一番興味を持っているのだろう。
「んじゃ、やってみ」
どうやら人体実験に反対しているのは俺だけのようだ。ギザとソグの立ち位置が変わって、ソグは魔法陣を書き始める。
向當君は「な、何をするんだ!」と、若干焦っている。別に縛ったりしている訳ではないんだから、反撃してくればいいのに。と、俺は思ったけれど、しかししなくてもしても同じことだと彼は認識しているのかもしれないという考えに思い至った。そこまで客観的に考えられるような人物だったら、こんなことは起こさないよなあ、とか、考えながら。
「さて、準備完了。大人しくしていなさいよ」
ソグはにやついた顔で向當君を見降ろす。身長的には向當君のほうが高いけれど、しかし向當君は今は横になっているため、見下ろすような構図になっている。横になっている理由は、身動きができない彼のための、僕らなりの配慮だ。座らせてあげるくらいの配慮はしてもよかったんだけれど…。
「コーラル・…」
ソグが、コーラル、まで言ったその瞬間、向當君は、足元を固めていた氷を割った。厚さ5センチくらいあった筈の氷を、だ。
パリン…と、いい音がした。
そして、彼は、僕たちがいる方向に一瞬にして駆けてきた。だれも、そんなことが起こるはずがないと、気を抜いていたので、彼を止めることは出来ず、彼はギザの後ろに回り込んだ。
「…デヴォルブ!!」
突然の事態に、状況は呑み込めず、しかし魔法詠唱は途中で止まることはなかった。ソグは彼が抜けだすのをみて、驚きつつもしかし自分の仕事――魔法詠唱を実行し続けた。手を彼が逃げた方向にそのまま向ける。そして、詠唱終了。
すると、そこにいたのは、―――――――ギザ。
向當君はギザの後ろで縮こまっている。
そして――――――――ソグの手から溢れんばかりの光が放出されていく。
後篇に続きます。