16「神教魔法(2)」
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「そもそも、俺は昔――昔といっても1年前だが――新教魔法を我が物にしようと、さっきの君垣って奴と共闘して代々新教魔法を守っているっていうトバリの本家である鷺鍵家に攻め入ってたことがあるんだよ。そして、侵入して一番最初にトバリと戦ったんだ……。確か、侵入者が入ってきたことを知らせる警報が鳴った時にすぐ近くにいたトバリに見つかったんだっけ。あれが俺とあいつの邂逅だった……。あのころは、トバリの事は『サギ』って呼んでいたっけ。今となってはあいつは『トバリ』って呼ばれることを望んでいるみたいだし、どうやらあいつの中では『サギ』って呼ぶ奴は敵らしいけれどな。結局、俺たちの潜入は失敗してその後に君垣とは絶縁、それから何故か知らない圧力を受けてこの学校に入学させられ、魔法部に至るってわけさ。俺たちの潜入が失敗したとは言っても、トバリには2対1で圧勝したよ。それよりなによりトバリのじいちゃんである新教魔法使いが途轍もなく強かったな……」
私は、それを聞いて、少しだけ質問をする。
「で……結局ギザ達はなんで新教魔法を我が物にしようと――奪おうとしたの?」
「なんでだろうな。もう今となっては自分でもわからない――わけでもないな。何だろう、無性に『強さ』がほしかったんだよ。こんな答えじゃ答えにならないかもしれないけれどな……。ああ、俺とトバリの馴れ初めの話も聞いておくか?一応、関係あるかどうかはわからないけれど」
「そうね……じゃあ、聞いておきましょうか」
話を聞いているうちにわかったことがある――。
トバリと、ギザ、そしてさっきの青年は全員、過去に邂逅したことがある。ギザとトバリはその後、ギザ単体で謝罪をしに行った時にトバリのおじいさんからトバリと仲良くするように言われたこと。
まあ、なんて事のない思い出話だ。
「それで、神教魔法使いにはトバリはならないんですの?」
ギザは首を若干捻り、
「さあ……どうだろうな。トバリは神教魔法を封印するとか言っているから、このまま封印してなかったことにでもするきなのかな」
「なるほど……そんなときにギザの旧友であるさっきの人が今更になって現われた、と」
「そう言うことになるな」
私の観点から見れば――『強さ』を求める、意味が分からない。
持つ者ゆえの悩みだということは重々承知しているつもりだ。
だが、『強さ』なんて持ったところで――実際のところデメリットの方が大きい。人と違う、人並より大きく外れている、これは畏怖の対象にしかならないことを、私はこれまでの人生をかけてしっかり学んできたつもりだ。いくら魔法が強くても――数の暴力には勝てない。1Vs1(タイマン)では負けなくても、1Vs多数になると急激に弱くなるワンマンプレイ、それが私の持つ力の弱さで有る由縁だ。
だから。
あんな神教魔法を見せられて。
あこがれないわけがない。
恋い焦がれないわけがなく、慕情の念を抱かないわけがなかった。
トバリはもったいない、そう思っても、口には出さなかった。
トバリが正しい判断をしている以上、私利私欲で彼の判断を濁らせてはいけないと、理性が私にそう告げていた。
だからと言って。後悔しないはずもなく。
「神教魔法……恐ろしい力ね」
私が言えたことじゃないのかも知れないけれど、と付け加える。
そして時は進み――。
私は、学校に突き刺さっている神々しいまでの光を、一旦無視して、ギザの介抱を始める。ギザは確かに全身打撲まみれで、内出血をいたるところで起こしてはいたけれど、命には別状がないといったところだろうか。
――いや。命に別状がない、という言葉で収まるものではない。命に別状がないように、致命傷を与えるポイントをあえて外して、それ以外を執拗なまでに狙っている――。
恨みによる犯行か。
いやそれよりも。
魔法部にいるという時点で、ギザだって相当な強者であることは間違いないのだ。
神教魔法、私が昨日見たそれは。
自分に対して攻撃の意思がある魔法を一回吸い取り、乱反射させる魔法。つまり、相手にそのままリバースする魔法ではなく、使われた瞬間に大規模変則的攻撃魔法に早変わりすることを意味する。
誰かが、彼に対しての攻撃を仕掛けると、その瞬間に周りを巻き込んでまでの大戦闘になってしまう。一応、この街において魔法に関する取り締まりがあるとはいえ――それはあくまで二次対策だ。命の危機まで瀕した誰かが、魔法を使わないとも限らない。
そしてさっきの光――。
もう、手遅れ(・・・)だろう。
きっと誰かが、彼に向って魔法を放った。確かに魔法学校の中では、魔法に対する規律が街中よりも大分緩められて入るけれど――それは確かに魔法を使いやすくさせている、引いては魔法による傷害事件が度々起こる原因の一つとはされているのだろうけれど――流石に、大規模すぎる。
おそらく、威力増幅魔法も込みで、神教魔法なのだろう。
神が教える、魔法。
人の手によって放たれる魔法とは、格が違う。
いや、魔法かどうかさえ疑わしい。そもそも魔法は熱・水・電気の三属性に分けられていたはずだ。だがしかし、彼が使った魔法はどうだ。
どの属性にも属さず。だがしかし、どの属性にも属す。矛盾している二つを受け入れた魔法に他ならない。
とりあえず――光が刺さっている学校に向かうしかなさそうね……。
私は、どこからかわいた責任感とそれから、トバリとソグの心配をしながら、学校に向かった。
見るまでもなく、いや。
見るのも憚られるほどだった。
心が焦り、学校へと続く道を歩く足は、いつもの自分に似つかわない早いステップを刻む。心が躍っているわけでもないのに、心臓が飛び跳ねる。
そして私は目撃した。
魔法部に、光が突き刺さっているその光景を。
消えることのない光が、留まる、ということを覚えた光が。異常事態を宣言するまでもなく、その光景が既に異常で。
私は言葉を落とした。
外から見る人々は、そこに危機感はなく、
「また魔法部か……相変わらずすげぇなー」
「っていうか、あいつらマジ魔力高すぎだろ」
といった話まで聞こえる始末だ。
だがそこに集った人はみな同じように、みな一様に、魔法部の力を過信していて、尚且つ上を見上げていた。
そこにあるのは楽観と安心。その膨大すぎる力が自分には決して向かないだろうと思い込んでいる傍観者の視線。
この生暖かい空気に、私は耐えきれなくて、ついには走って昇降口にたどり着いた。
靴を履きかえる時間すら惜しい。
そう思うならなぜ今まで歩いていた――早歩きで良しとしたのか、自分に対して怒りを隠しえない!
いつものまま――運動靴のまま、駆け足で階段を上り、直線距離を意識したルート運びで、曲がるときは内角を意識し、校内には人がいないことと仮定、全速力で突き進む。
階段を上りきったとたん、扉が開きっぱなしだったのか、あの光が――突き刺さっている光が、私の虹彩をしきりに攻撃してくる。
しかし私は、なるべくその光の近く、魔法部の部室まで近づき、そして佇んだ。
光故の熱量は感じない。
だが、ここから先どうすればいいのかなんてわからない。
誰もここに近づいていないのだろう。魔法部における絶大な信頼か、あるいは畏怖か。
教師陣ですら、魔法部には束になっても勝てないだろう。
そんなところに、誰が進んで入ろうというのか。正義感だけでは、たどり着けない場所がある。ゆめゆめ忘るるな――強さは、恐怖と比例することを。
私は思い出す、昔聞いた言葉を。
そしてこの光に対する私の感情は、紛れもない恐怖だった。
ギザをあそこまで打ちのめし、かつ昨日の悪魔のごとき所業。未知故の恐怖、そして好奇心。
私は惹きこまれていった。
この先に何があるのか――。そんな探究心が、何よりも先に出た。
彼らがもしも危機に瀕していれば救わなければならない、そんな思いも、もちろん私の行動を後押ししている。
熱魔法で自分の体の周りの大気だけを、熱しつつ、冷ます。
何があっても、一瞬で溶け、融けるように。あるいは、固体状にするために。
そして私は、光に触れる。
手を光の内側に押し込む――ジュウッッ、という音がその先で広がる。私が放つ魔法に、対抗しているのか、あるいは吸い取っているのか。
吸い取られたところで問題ないくらいの熱量にはしてある。それも含めて対策を取っている。問題なさそうなので、意を決してもう一歩先へ歩を進ませる。
左足も光の中へ突入、問題ないことを確認して、目を瞑りながらそのまま自らの体を進軍させた。
そこに広がっていたのは、すべてが終わった世界。
魔法部でありながら、魔法部でないその空間の中心に、彼、が居座っていた。
「ん? お客さんかな、珍しい」
まるで永劫の時を生きていた仙人のような言葉を、いかにも演技くさくいけしゃあしゃあと口走る彼は、まさしく昨日見た人物と同一だった。
「僕は君垣、神教魔法の使い手さ。君は?」
わかりきった自己紹介をする彼は、机の上に座って柔らかい笑顔で私の方を見る。
「私は嗾ですわ。よろしくお願いしますね」
「わかった、よろしく頼まれるよ。で、何のようだい?」
何をよろしく頼まれるのやら、と思いながらも、無意味な言葉の応酬をしながら、彼のことを聞き出すという目論見も思いついたが、しかしそんなことより真っ先に思いついたのが――
「ここにいた、二人の人物を知りませんこと?」
目の前の机に座っている彼――君垣は、薄ら笑いをして、私の瞳に焦点をあわせて、値踏みするような眼で、
「なに? そんなの聞かなきゃわかんないかな?」
と、蔑むような口調で言う。
聞かなきゃ分からないわけじゃない。
でも。
負けるなんて思わないし、想像もしたくない。
唯一だった矜持、そして自信。もはや崇拝と言ってもいいくらいの他生徒からの絶大な信頼を誇っているはずの魔法部二人が。
よもや負けるだなんて。
「まあ、聞かなきゃ分からないのなら、見るかい?」
見る?
君垣は私の瞳から焦点をずらし、少しの間考える素振りをしたのちに、手を高く揚げて指を打ち鳴らした。
パチンッ――と。
途端に、騒音が走る。
私たちを包んでいた光が、とたんに砕け散る。ガラスが砕けるような甲高い音を伴って、光が粒子となってやがて胡散霧消する。黄色く輝く幻想的な光景から一転――いつもの部室に戻り、光によって隠されていた、見えなかった部分が明らかになった。
横たわり、倒されている二人の姿がそこにはあった。
「安心しな、死んでないから」
君垣はそう言う――だがしかし、熱反応が消えている。熱魔法使いが得意とする人間の体内温度を測る技術、いわゆるサーモグラフィーで私が彼らを瞬時に見たところ、彼らに熱はない。死んだら冷たくなると一般的に言われるが、今この状況はそれに当たらない。
0℃。
彼らの体内温度がきっかりゼロ度に――もっと言えば、彼らは今、抜け殻と化している。
「死んでない――ですって? よくもこんな状況でそんなことを……」
「おいおい、君はもっと冴えてるだろう? こんな状況で、じゃない。こんな状況だからこそ、だ」
君垣は私をよく見ている。私が熱魔法使いだということをしっかり把握した上で、サーモグラフィー紛いなことをしたということまで予測して話を進めている。
それ故に彼は失望しているのか。
だめな子供を見る大人のような顔で、君垣は私を見る。
こんな状況だからこそ……?
熱を奪い取ろうものなら、人は死んでしまう。
だが、私の眼に映った彼らは抜け殼。彼らの形をかたどった真空パックというわけでもあるまい。現代の魔法技術において、そんな技術は無――
君垣は何かを言おうとする。しかしその言葉を遮って私は言う。
「こんな状況だからこそ――未知の状況に彼らが置かれているからこそ、私は不安なのですけれど?」
「はぁ……君はまだ頭が働いてないみたいだね。もう少し噛み砕いて教えてあげよう。神教魔法って何かわかるかい?」
君垣に問われ、考える。
神教魔法とは何か。考えるまでもなく簡単だ。自明の理だ。神が教える魔法、それに他ならない。古代、神々が残した教え(まほう)が何世代もの間を渡って今の私たちに能力ごと引き継がれている。
求められている答えは、『神々から教わった魔法』なんていう抽象的なものではないだろう。その本質を、今君垣は聞いている。
そもそも神教魔法は、伝説上の魔法として、その存在自体が隠蔽され噂程度にしか聞くところになかった。だが、実際にあることが今目の前で――もっと前に戻ると、魔法場で見たあの光景か――証明されてしまっている。
その本質は何だ。
神教魔法って、一体何なんだ?
「答えは出たかい? その顔を見ると、出たみたいだね」
君垣は言う。私の中で答えが出た風に言っているが、残念ながら買いかぶりすぎだ。だが、そのままでいるのも彼が若干滑稽なので適当に頷いておく。
「神教魔法――文字どおり、神々から教わる魔法と答えるのも確かに間違ってない。だけど、それと裏腹にもう一つばかし意味がある。『人の手によって封印されし魔法』という側面がね」
――確かに、君垣が言っているところはわかる。
だが、それがどうしてソグやギザが安全だということになるのだろうか。
それはつまり、封印しなければならないほど危険な魔法だということの証明に他ならない。
「ただ、その側面に関して解釈は一つじゃない。『封印される』ための理由が、よもや【攻撃性が高いから】というだけではあるまい。いろいろな理由があるんだよ。たとえばこの魔法に関しては――【人の理を超えているから】とかね」