15「神教魔法」
15
その日、魔法学校に光が突き刺さった。
比喩表現でもなんでもなく、ただただ神々しい光が、いつも私たちが使っている魔法部の部室にちょうど重なる様に位置している。
光源にはきっと何かがあるのだろうけれど、それを感じさせないくらいに、ただただ、光。
空は快晴、時刻は12時。辺りだって決して暗いわけじゃない。しかし、道行く人全員例外なく、その光に釘付けになっている。それほどまで明るく、眩しい。
私は、登校途中にそれを目撃した。
それまでの歩調を速め、走って学校に行くには十分すぎるほどの事例だった。
「嗾!」
不意に後方から呼び止められた。
止められるつもりもなかったので、これが知らない人だったのならば無視して先に進んでしまおうかと考えたが、その声に聞き覚えがあった。
「今、学校に光が!」
とりあえず後ろを向くと、そこにいたのは部活仲間のギザが―――
「どうしたの!その傷!」
顔面が掠り傷と青痣でいっぱいで、所々膨れ上がっているという痛ましい姿で立っていた。着ている服は制服だが、もともと白かったはずの部分がじんわり赤く染まっている。
そんなグロテスクな格好でどうしてここまで来れたのか、警察に呼び止められたり、救急車を呼ばれたりしなかったのかが気になった。
質問に答えずに、ギザは学校の方角を見上げて、
「嗾…あの光は、昨日のアイツだ」
とだけ言った。
口元からも血が出て腫れ上がっており、喋るだけでも痛そうだった。
見るに耐えない。
喋らせるのは悪いなと思いながらも、こんな中で伝えることだから相当重要なんだろうなと感じ、対話を続ける。
「昨日のアイツって、ギザを訪ねてきた彼のことかしら。なんで彼がそんな――――」
質問しようとして、思いとどまる。
ギザがボロボロになっている理由と、『アイツ』として嫌悪感を込めた言い方。そして、光の原因、その場所。
ボロボロになっている理由は分からないけれど、あの部室には昨日の『アイツ』がいて、あの現象は『アイツ』が起こしている可能性が高い、ということが推測できる。
昨日のアイツ、ねえ。
昨日、私たちは2対2のダブルバトルを終えて、部室へ戻ってきた。
魔法場にいた、ほかの練習中の部活の人たちは、私たちの勝負を見て圧巻していた。皆が皆凄いものを見るような目で、或いは奇怪の眼で、私達4人を見ていた。きっとソグやトバリは気が付かなかったのだろうけれど、結構な衆目が私たちのところに集まっていて、隣にいたギザは甚く緊張していた。
勝負は圧勝。こちらのペースで、相手の動きを完全に読み切り、その先を行くといういつものスタイルで向かい、相手も奮闘していたようだけれど、その思考すらも読み切り、勝ちを収めた。
それから、私たちは部室へ戻り、先にソグとトバリが帰って行った。
残った私たち――こと、私(嗾)とギザは、そのまま帰ってもよかったのだけれど、しかしギザがまだ残るというので帰宅経路が似通っている私はそれに合わせるように残ることにした。
「いいんだよ?残らなくても」
ギザはいつもこう言う。私のためを気遣っているのか、自分のために残ってくれるのは申し訳がないとか、そういう気持ちなんだろうけれど、そんな配慮は無用。
「私が残りたいから残っているだけ。ギザは関係ないわ」
私は決まってそう返す。
さっきの勝負で疲れた体を癒そうとでもしているのか、ギザは力なくだらける様にして椅子に凭れ掛っている。
それを見て、苦笑いを少ししたあと、私もギザの目の前の椅子にスカートが折れないように気を遣いながら腰かける。
座った程度で疲れが癒されるわけじゃないのだけれど、それでも気休めくらいにはなるはずだと思う。
「ところで」
私は唐突に会話を切り出す。
ギザは机に俯せになっていたところを、私と会話をするために顔を持ち上げてくれた。細かいところで気配りができるという気の良さが垣間見える。
「ギザはなんでまた部室に残ろうとか言いだしたのかしら?」
あくまで、間を持たせるための会話のつもりだったのだけれど(聞きたかったという気持ちもあることも否めないが)、ギザはそんな私の気持ちに気づく素振りも見せず、うーん…。と唸って黙り込んでしまった。
疲労という身体状況も相極まって会話に熱が入らないのも分かるけれど、少しくらいうけ答えてくれればいいじゃないかと思いもしたけれど、そんな考え思い違いもいいところだった。
「今日は…この部室にアイツを呼んであるんだよな…」
そう、神妙にギザはぼそっと呟いた。会話をしていたはずなのだけれど、しかしその言葉は私に向けての言葉なのかどうか、私には判断がつかなかった。つかなかった、けれど、私はその言葉に対して、受け答えをする。
「アイツ、って、だれのこと?」
「……昔の、戦友みたいなところかな」
……何意味深なこと言ってるんだろう、ギザは…。
がらららら、と、よく聞きなれた横開閉式のドアが開く音が聞こえる。
その音を聞いて、ソグたちが忘れ物を取りに来たのかな、と思ったけれど、しかし、ドアの前に立っていたのは迷彩服を身にまとった幼気な少年だった。
見るからに怪しいと思わせる雰囲気を醸し出していたが、被ったフードの下から見える顔の一部はあどけなさを残していて、コートを着こなせておらず、少しばかりだぶだぶなその姿は見ていて可愛げがあふれるものであったが、しかし入ってきた直後のその一言は、まったくと言っていいほど可愛げがない、むしろ見ていてそのギャップに不快感を募らせる一方だった。
「よぉ、ギザ。久しぶりだな。」
「ああ、全く久しぶりだぜ君垣」
ギザの表情に怒りの色が見える。久しぶり、と言っている以上彼らは知り合いなのだろう。一人だけ取り残されたような気分になる。
君垣と呼ばれた少年はまるでその怒りを気にしている様子も無く「いやいや、そう怒るなって」と軽々しくギザに近づく。
ギザは怒気の孕んだ眼差しをもう一度君垣に向けてから、掌をドアから近づいてくる君垣に向かって容赦なく魔力の篭った全力の一撃を放つ。
しかしながら攻撃は敢え無く君垣の人差し指に吸収される。
あの魔法は……まさか!
魔法を吸収した後の君垣は、唐突にこんなことを言い出した。
「ギザ。もう一度俺と組んで、新教魔法を手に入れないか?」
……もう一度?
どういう事だ?と、考えるまでも無い。それはつまり、彼ら二人が組んで(グルになって)一度新教魔法を手に入れようとした前科があるという事に他ならない。あくまで私の予測だ。
だが、確か履歴には――。
「俺はもうあんな野望は抱かない。だから、実行するなら一人でしてくれ」
「どうしたんだギザ。いつからそんなにノリが悪くなったんだよ?つい一年前までは新教魔法を自らの手で独占しようと――」
「黙れ」
低い、唸るような声――私が聞いたことのないような声で、ギザが言葉を捩じ伏せる。
「もう、そんなこと、思い出したくはなかった――!!もう、俺はここに居場所を見つけたんだよ。お前も、どこか居るべき場所を探しな」
吐き捨てるように、ギザはそう言って、まるで君の顔なんて見たくないよと体現するかのように後ろを振り向いた。
「そうか……ギザ、君の答えはそうなんだね。やっぱり君も守る側に就いてしまったんだね。やっぱり人間一度でも甘い汁を吸うと駄目だね……心から腐っていっちゃう。それじゃあ、僕達は君を除いて力づくで新教魔法を手に入れてみせるよ。幸いなことに今回は超強力な助っ人がるからね」
それじゃ、と言って彼は音もせずに部室の外まで歩いて行った。
彼らが完全にいなくなったことを気配と張り巡らせている熱魔法による感知能力で確認したのち、私は窓の方を向いているギザに話しかける。
その顔は非常に暗く、話しかけにくい雰囲気を醸し出してはいたが、そんなことはお構いなしに話しかける。
「ギザ……さっきのは一体誰なの?できれば一から説明してほしいのだけれど」
ギザは、渋々といった感じでゆっくりと私の方に向き直る。
「……説明しなきゃだめか?」
「そうね……不穏な空気しかしなかったし、新教魔法がどうのとか言っていたから、少なからず私たちに関係する事なんじゃないかしら。とりあえず、トバリに関係することは確からしいしね」
トバリに関係することは確か、というのは、トバリの家から新教魔法の本が持ち出されたこと、トバリがあれを隠し通していくと誓ったことからの推測である。
「そうか――たしかに無関係ではないし、今となったら協力を仰ぎたいくらいだしな……仕方ないか」
そう一大決心をしたかの如く、大きく溜息を吐いて、ギザは語りだした。
語り始める頃合いを見計らって、私はポケットに手を忍ばせる――。