14「滅べ」
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「要求?要求なんて、そんな野暮なことは聞いてほしくなかったんだけれどなぁ…。知り合いの手前、そう易々と自分が昔関与した男だって気付かれたくはないもんな」
君垣は、俺の目の前で、のうのうと立ち、圧倒的オーラを醸し出しながら、目を見てそう言った。視線はまるで釘でも打ったかのように動かせなくなり、彼の顔を強制的に見せられているかのようだ。迷彩服と、透明なレインコートという奇怪な格好に身を包んでいたため、顔立ちはあまり気にしていなかったが、しかし目と目を合わせると見えてくることもある。
思い出すことも、ある。
「…………どういうこと、トバリ?」
君垣の後ろから、ソグの声が聞こえてくる。ただ、僕の脳内では、思い出がフラッシュバックしていて、そんな声に耳を傾けている暇はなかった。白と黒に彩られた、忌むべき過去が頭の中に。
忘れていた、否、忘れようと必死になって頑張っていた、思い出さないようにしていた、そんな記憶が、蘇る。
「ねぇ、トバリ!!」
ソグは、君垣という恐るべき相手がいるのにも関わらず、対象がソグ自身に向かうことも厭わず、俺にむかけて大声を投げた。君垣は、そんな大声にも微動だにせず、俺に視線を浴びせかけつづけてくる。
ただ、そのお陰で、俺は正気に戻った。
朦朧としていた意識は戻ってきて、脳裏でのフラッシュバックも強制終了させられた。
「サギ…大分強くなったようだな…。味方との友情って奴なのか」
頭の中によみがえった嫌な映像を吹き飛ばすかのように、俺は首を大きく振り神経を集中させる。
君垣は、もう視線を投げかけておらず、窓の外を見ていた。
「僕は、そんな仲間との友情なんてものは信じないし、認めたくはないけれど、こうまざまざと見せつけられちゃったらどうしようもないよね」
首を振ったとき、地べたについていた手に、水滴が滴り落ちた。俺は、気がつかない間に涙を流していたのだろう。
「なに知ってる奴っぽいこと言ってるんだよ、君垣さんとやら」
俺の中での恐怖という感情を最大限に縛りつけてはなった空元気もいいところの一言。威勢を張ったつもりだが、もしかしたら声が震えているのかもしれない。
「俺は、お前なんて全く知らないけれどな」
「へぇ、あくまでそのスタンスを崩さないと。まあ、ならいいでしょう。ぶちのめす!!」
途端、パイプ椅子と長机、それからその上に乗っているかばんなど、諸々のものが、浮く。
バトルにお約束でありそうな、煙一つ風一つ起こさずに、ただただ舞い上がるという現象が目の前で起こった。時の流れが遅くなったかのように、スローモーション映像を見ているかのように、綺麗に、奇麗に浮かび上がってゆく姿が鮮明に見えた。
浮いた直後、壁際に追い詰めていた俺を開放するかのように、君垣は一歩後退した。物々が浮かび上がる光景に見惚れてしまい、初動が少し遅れてしまった。宣戦布告までしてくれたというのに。
「普通は一回体勢を立て直しに戻ったり戻ったりするんだけどさ。まあ、実際にそんな優しいこと、僕がするはずないよね」
「あんたのことなんか知らないわ!ダ・ギド(雷電)!」
強く嫌っているという感情を露にしながら、ソグは恐ろしい表情で手のひらを君垣に向ける。その中心から、光が放射され、直線状に進む雷を放った。さっきコテンパンに打ちのめされたことを忘れてはいないのだろうが、それにしても復帰の早い奴だなぁ、と思う。
「リフライト・ゲラディオス」
今まで聞いたことのないような低い声で、君垣は唱える。その呪文に、僕は覚えがあった。
『神教魔法』。いま、彼が唱えた魔法はその部類に入る。熱、電気、水、この三つの部類のどこにも属さない魔法。
その魔法が載っている本を、僕は読み耽った。いまは封印されし、その本を。その中で、その呪文を見つけた。
『リフライト・ゲラディオス』。この魔法は――
「ソグ!」
僕は名前を呼ぶくらいしか、できなかった。魔法を放った直後の彼女には、防衛をするという選択肢がない。
魔法の特徴として、放ち終えておよそ2秒の間(個人差あり)は、魔法が打てない、というものがある。理屈はいまだ解明されていないそうだが、そういうものだと小学校の時に習った。
パキィィィィィィン!!
という甲高いガラスが割れるような音と同時に、ソグが放った光の矢が君垣に直撃する。
君垣の、掌に。
ソグは目を瞠っていた。その様子を、ソグと俺に防衛魔法をかけながら見ていた。
俺はこの魔法がどんなものか知っている。しかし、知らないソグから見たら絶句ものだろう。
光の矢が、掌に吸収されるように向かっていき、そして。
次の瞬間、失明するかと思うくらいの眩い光、それこそ、この間神教魔法を見つけた際に実験した『コーラル・デヴォルブ』にも引けを取らないような輝きがあたり一面を白く照らす。その光が、壁が白いことも災いして部室内に乱反射し、すべてが輝いているように見える。
光があってよく見えないが、君垣は唇を歪めこちらを見下すようにして笑う。彼と目が合った瞬間、さらに唇を歪めるのが見えた。
君垣の掌からさっきソグが放ったような電気の矢が飛び出してきた。ただし、比較にならないくらいの量で。
「何これ!?どうなってるの?」
「ソグ、のたまう前に防衛魔法を貼れ!俺のだけじゃ持ちそうにない!」
言うや否や瞬間的に熱魔法で防衛魔法を唱えた。一点だけを集中的に冷やして、電気すらも固めてしまおうという作戦だ。
しかし、そんな防御もむなしく、一瞬でピキピキ音がしてしまっている。相手の掌からは、まだ光の矢が出続けている。
「わかった」
そう言ってソグは、電気の壁を作ってくれた。するとたちまち電気の壁は光の矢を吸収し、絶え間なく放出してくる攻撃を受け流すことができた。
「お前、それは神教魔法…!」
「そうです。これが神教魔法の力ですよ。ちなみにこの魔法は『他人の魔法を受け取って何十倍にしてそのまま返す魔法』だ」
暫くして、手のひらから電気の放出が終わったことが、電気の壁を通して見えた。それとともに、シュウウウという放出音も消えていく。
「そう言えば、さっき要件は何だとか、そんなことを聞いていましたね。タイミング的には遅いですが、一応お答えしておきましょう。トバリ――否、サギ。僕たちの仲間に、もう一度ならないか?」
「もう一度、なんてバカなことを言うなよ。俺はひと時たりともお前と仲間になった時なんて、ないけれどな」
少し間をおいて、俺はそういった。
「少なくとも、僕は仲間だと思ってたよ」
そして、君垣は続けて大きく息を吸い、言い放つ。
「仲間にならないというのなら、ここで滅べ」
僕は仲間だと思っていたよ、という君垣の台詞は、まるで俺にかける最後の言葉のようだった。
実際の最後の言葉は「滅べ」だったけれど。