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魔法部!~学校の頂点に集う最強集団~  作者: 桜幹 神久呂
第二話「魔法部の脆弱性たるや」
13/16

13「いつもと変わる日常」

 13


 日ごろのたまったストレスを発散する方法を大抵やり尽くしてしまった。疲れた俺たちは、部室の中央部に設置されているパイプ椅子に腰かける。俺は、体を机につけて寝ているような体勢で机の冷たさを実感している。火照った体には冷たいものが気持ちよく感じる。一方のソグは、疲れすぎてしまったのか、嗾とギザのパイプ椅子までも利用し、並べてその上で仰向けになって寝ている。

 だらしねぇなあ、と思いつつもそんなのを見ていると微笑ましくもなる。

「そういえば、嗾達遅いな」

「そうだね。今日、特講もないのに」

「え、今日は特講ないのか?」

「もう夏休みもいよいよ中盤だしね。特講は昨日で終わったらしいよ。ギザが愚痴ってた。特講が終わったから、二人とも家でゆっくり休みたいんじゃない?または、どっか旅行に行ったりとか」

「確かにゆっくり休みたいというのは分かるけれど、もう朝の11時だぞ。家でずっと休んでるなんて筈はないだろうし、そろそろ来ても良さそうなころだよな。旅行に行ったっていうのは考えられるけれど、二人で同時に、なんてそんな都合のいい話があるわけないじゃん」

「というか、電話かければいいじゃない」

 ソグの鋭い突っ込み。完全に盲点だった。


 携帯電話。最近はみんな持っているという夢の携帯機器。こんな俺でさえ、ポケットの中に肌身離さず持っているというのだから、その中毒性は想像のはるか上を超える。

「じゃあ、ソグ、宜しく」

 ソグが椅子に寝転んでいる姿は、長机によってほとんどの部分が死角になっていて見えない。ただ、人が洩らす息しか聞こえないこの空間では、携帯電話をポケットから取り出す時の布との摩擦の音がよく聞こえる。

 暫くボタンを押す音が聞こえたと思ったら、「あ、もしもし、ギザ?」という声が聞こえた。相変わらず、寝たままの状態で話している。俺は会話の内容が気になったので、ソグが寝ている所に音をたてないようにひっそりと近づいて、ソグ達が話している内容を聞こうとした。

 ソグは、俺のその行動に気が付いたようで、嫌々ながらもパイプ椅子が3つ並んだいかにも寝るには不向きそうなところから体を起こし、電話が俺にも聞こえるように近づけてくれた。

 電話口では、未だ誰も出てこず、無音状態が続いている。

「さっきお前、『あ、もしもし、ギザ?』とか言ってなかったか?」

「出てこなかったから、留守番電話に掛けたのよ。で、これは二回目」

『おかけになった番号は、ただいま電話に出ることができません。ご用件をつた』

 ブチッ

 ソグは、恒例の留守番電話メッセージが出るや否や即座に通話終了ボタンを押して、電話を切った。折りたたみ式の携帯を、慣れた動作かのように片手で折りたたみ、スカートのポケットに押し込む。

「私、留守番電話サービスってあんまり好きじゃないのよね。対話をしてるって感じじゃないもん」

 ソグは、並べて寝ていたパイプ椅子を一つこちらに寄越してくれた。ソグの心遣いに感謝しつつ、俺はそれに腰かける。

「そりゃあそうだろ…」

「でも、これで気付くでしょ」

「いや、意外と気が付かないかもしれないぜ」


 ♪~

 ♪~

 ♪~

 遠くから、微かに音がする。微かな音だったが、聞き覚えのある音だった。その音は、どんどん近くに――部室に近づいてくる。時間が経つにつれ、その音はどんどん大きくなり、聞き覚えのある音という判断から、これはギザの着信音だということを思い出した。

 そして、足音は聞こえないまま携帯の着信音が廊下に響く。

「まったく…誰だよ、うるさいなぁ。これって、どうやって消すんだ?」

 そう呟く声が、明るい着信音と同じ様に、同時に廊下に響く。子供のような声で―――


 ギザじゃ、ない。


 ガララララッ。

 毎日聞いているこのおなじみの横閉会式ドアの音が、これほどまでに不気味だと感じたときは、これ以上にないかもしれない。ドアを開けたのは―――

「やっほー、昨日ぶりだね、魔法部のおにいちゃん。昨日、あんなに分かり易いフラグを立てておいたのにも拘らず、全くこんな時間まで何も気が付かないだなんて、本当、勘が鈍いにも程があるよ」

 という言葉を発した、昨日の少年。

 ただ、明らかに昨日と違うところがある。迷彩服にレインコートと、全く服装としては同じ、奇を衒う様な恰好のままだけれど、今は、奇を衒うというか――目を引く。

 体全体が、赤く染まって、いる。というか、撥水のレインコートに、ねっとりとした赤い液体が付いている。しかし、その赤い液体も、だいぶ前についたものなのか、今では色がだいぶ薄まっている。そのレインコートには、フードのところまで赤い液体が付いていて、フードに覆われていない顔の前面は、きっと顔を洗ったのだろう、赤みがほんのりかかっているだけだった。

 そして、その少年からは、鼻を突く様な鉄の臭い。

「いやー、さっき食事してきちゃってさ。ケチャップを盛大にこぼしちゃって」

 なんてことを嘯く少年は、手をドアにつけて寄りかかっている。そして、その手をついているドアには、赤い手形がべっとり。

 もう、疑いようがない。あれは、血だ。

 レインコートに包まれていない足元には、血がしみ込んでしまっている。


 そんな彼を見て、俺たちは顔を顰める。即座に、否定反応が顔に現れる。幾ら学校最強の魔法部と言えども、こんな生々しいものは、見たときはない。恐怖より先に、戦慄。唖然。

「ああ、そういえば、さっきからこの携帯電話とか言う機械?がさ、全然音が止まらないんだよね、もう、壊すしかないか。うん、これは故障だよね、故障に違いない。故障で無いはずがない」

 ベキッ

 その手に握られていた、青い携帯電話が、通常折り曲がる方向と正反対の方向に曲げられ、軽いプラスチックの音とともに、真っ二つになった。中から、基盤が見える。そして、その携帯電話には、ストラップがつけられていた。いつも、ギザがつけている―――

「うおおおお!」

 俺の前にいたソグが、雄叫びをあげて飛びかかる。さっきまでの運動で、疲労困憊していたはずなのに、そんなことを忘れてしまったかのように、まるで猛獣のように、思い切りとびかかる。

 俺は、まだ意味すら分からないのに。状況さえ、把握できていないというのに。


 思考すら、放棄してしまっているというのに。


「駄目だよ。感情に体を任せちゃ。まだ何もわからないんだから。断片的な情報だけで理解した気になるな」

 そういって、人差し指をソグのほうに向ける。そして、ソグから発射される全力の電気魔法を―――指でくいっと。

 ソグには、自我すらも残っていないかのような様相で、目は吊り上り、体からは普段見えないオーラのようなものが視えるような気がした。ただただ、理性を捨て、感情だけでその少年に全力の魔法をぶつけた、まるで本能という物を具体化させたような禍々しい獣のようだった。


 しかし、そんな全力の電気を纏う魔法の斬撃も、少年の人差し指に掠った瞬間、否、掠るどころか避けて行くように軌道を変えて、光の筋は真っ逆さまに墜落していくかのようにして、部室の地面に放電した。電気魔法の斬撃は、床に半径30センチほどの焦げ跡を残し、跡形もなく消えていった。ただ、その傷跡は、俺の心に恐怖を植え付けるのには十分だった。

 相手が――レインコートに、迷彩服の、あの少年が――怖い、恐ろしい、と。

 あんな強力な攻撃を、指一本で。


 こんな恐怖は、久しぶりだ。

 からだの緩んでいた全身の筋肉が、一気に凝縮され、引き締まる感じ。死と隣り合わせの、緊迫感。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名前は『君垣きみがき 至里いたり』。まあ、何でも好きなように呼んでくれていいさ」

 そんなことを、ドアに寄りかかりながらのうのうと、言う。

 有無を言わせぬ小さな体から染み出るような大迫力。血に染まったレインコートから醸し出る圧迫感。それでいて冷静な対応というクレイジー感。まるで、そんな血なんて何も感じてないような―――。

「さて、今日用事があるのはそこの魔法部のお兄ちゃんこと、サギ、君だよ・・・。昨日はギザに用事があったけれど、そんな用事はもう既に果たしてしまったからね。本当は、二日三日かかると思っていたんだけれど、案外ちょろかったよ。昨日の戦いで、手一本すら消費してないしね」

 手をまるで消耗品の様に語る君垣と名乗った少年は、俺のことを知っているような口ぶりでのうのうと語った。


 つまり、これは、あれだろ?

 ギザを倒した、だから、次はお前の番だ、って。そう遠まわしに言ってるってことなんだろ?


「そう、思った通り。君が今まさに考えた通りさ」

 まるで心が読めるかのように――ように?もはや、ここまでくるよ、ように、どころの話じゃない。筒抜けだ。心を完全に読まれている。

「まったく、便利になったものだよね、魔法ってものはさ。いや、ほんとうは逆なのかな――不便になったものだよね、魔法ってものはさ。昔はあった、便利で強大な魔法はさ、今はもうひた隠しにされてしまっているんだもん」

「何を言っているんだ?」

 君垣は、視点を相変わらず床に向けながら、恐怖に打ちひしがれるソグには目もくれず話し続ける。

「なんでまたそんなベタなことを。言わなくても分かってるものだと思っていたよ。君のお祖父さんも隠していた魔法、『神教魔法』さ。その中には、『相手の心を読む魔法』なんてものも、あったりするんだよ。従来の魔法では考えられなかった魔法、否、従来だった魔法というのは、こんな属性なんかに縛られてなくて、魔法という概念すらも取り壊してしまうくらい強大なものもある。だからこそ、上の人たちは、長い年月をかけてこの魔法を抑圧したんだろうけれど」

 俺は、いつ襲いかかってきてもいいように準備していた臨戦態勢を解いて中腰から普通の片足重心の体勢にもどし、手もいつものように机に寄りかかるための支柱として使う。

「神教…魔法。そうか、君の話をそのまま信じるという訳にもいかないけれど、たしかに、あの本と書かれていることと、辻褄は合っている。でも、意味が分からないところも多い。意味が分からないというか、理屈が通っていないというか」

「無理を通して道理引っ込む。時にはそうしなきゃならない局面もあるってことなんじゃないのかね」

「で、考えていることが分かるのならわざわざ言う必要もないけれど、一応言っておく。要求は?」

「要求?そうだね。……テロリストでもないんだから、そんなに身構えるなよ」

「何言ってんだ。テロリストじゃなかったのか?」

 君垣は、ドアに寄り掛かるのをやめ、体勢を戻し、一歩部屋の中へと踏み出した。

 一歩、二歩、三歩…相手が近づいてくるのを受け、俺は机に寄り掛かるのをやめ、じりじりと後退する。


 そして――後ろには壁しかない、下がるところまで来てしまった。敵の前では、いつだって強気でいなければならない、なんていう当り前なことも忘れて、ただただ、恐怖に怯えるばかりだった。

 相手は、俺が後退する方向にそのまま近づいてくる。ソグを相手としても見ていないかのように、隣を通り抜け、俺の目の前にやってくる。

「テロリストなんて、とんでもない。旧友」

 にっこり微笑んで。迷彩服にレインコートの男はそういった。


 そして俺は言う。

「無駄に話を逸らさないでほしいね。要求は?」


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