12「何も変わらない日常」
12
俺たちは、学校方面に向かって緑色の並木道を駆けていくレインコートに迷彩服の怪しい不思議な少年を眺めていた。
俺は、ふと思った疑問をそのまま口に出してみた。
「なぁ、ソグ。あの子、俺のこと魔法部のお兄ちゃんって…」
ソグは、その質問に、ふん、と顔をそむけるようにして拗ねながら
「ええ、私のことは魔法部のおねぇちゃんって言ってくれなかったけれどね」
隣にいる彼女の横顔を見て、ちょっと微笑ましくなる。
え、なにコレソグのくせに可愛い!
ドキューン!!!という書き文字が後ろに現れているようだ。
「なんかちょっとときめいたじゃんか!」
「え、慰めてくれる流れじゃないの!?」
一瞬で顔をこちらに向けて突っ込んできた。なんだ、元気あるじゃん。
そして、他愛のない会話をソグと続け、家に帰った。
翌日、朝から俺は学校に向かっていた。
まだ夏休みも中盤だというのに、毎日部活につかる日々。こういうのも、悪くはないなぁと思い始めてきた。
(こういうのを妥協っていうんじゃないだろうか。)
校門をくぐり受け、昇降口で校内履きに履き替える。校内履きは、校内の涼しい空気に冷やされて、靴下の上からでも冷たいのが分かる。
階段を、一段一段しっかり上り、目指すは角部屋。
そして、いつもの横開閉ドアを
ガララララッ
という効果音とともにスライドさせる。
「おはよーございますっ!」
俺は能天気なハイテンションで部室の中に入っていったが、返事はなかった。
「なんだ、まだ誰も来てねぇのか」
そう呟いて、鞄をいつもの台の上に置かずに、いつも嗾が座っている椅子の前の机に置いておく。
まあ、このくらいいいよな。
誰も来ていないので、雑談に興じることもできずに、俺は嗾の椅子の前に置いた鞄から黄塵書店とコピーされたブックカバーをつけられた文庫本を取り出して、黙々と読み進める。
嗾とギザは夏休み入ってから特講があるとか何とかで午前のこんな時間から部室に来ることはない。部室に来てもすることもないので、それは正しい判断なんだろうけれど。
だから、いつもソグか俺かがどちらか一人で待ちぼうけをするという訳だ。
静寂な空間。紙がこすれる音だけが魔法部の部室内に響く。
暫くして。
「おっはよーごっざーいますっ!!」
ガラララッという音も聞こえないくらい大きな声で、嫌に明るいキャラが入ってきた。
「おう、おはよう」
俺は、本を快適に読んでいたのに…。という気持ちを込めて冷たくあいさつを交わした。あと、耳が痛い。部室内の長机の配置に問題があるんだけれど、俺の席は右耳側がドア方面、左耳側が窓方面にそれぞれ向いているため、右耳の負担が大きい。
俺のあいさつにびっくりしたのかは知らんけれど、「ぴくっ」と肩が震えて、顔を赤らめてしまった。
「なんで…珍しく早いわね…」
へなへなと、ドアに手を付けて膝から崩れ落ちるようにして倒れ込んでいった。
「早くて悪かったな。いや、でも今日は嫌にテンション高いな。何かいいことでもあったのか?」
「現在悪いことが起きているわよ」
「ああ、俺が早く来たのが悪いことなのか?」
何かはわかっているけれど、あえて言わない・
「ああ~朝からあんな醜態を見せることになるなんて…いつもは誰もいないからって油断していた…」
「そりゃ、俺だってたまには早く来るときくらいあるさ。」
ソグを起こそうと俺は席を立つ。
「でも、たまにはいいんじゃないの。そういう息抜きも。もう知られちゃったわけだからこれからは堂々とできるぞ」
廊下と教室との間で俯せで寝転ぶソグに向かって、俺は手を差し出す。
「そうね。知られてしまったものを、いくら悔やんだところで、取り返しがつくわけでもないからね」
ソグも、俺に向かって手を出した。
あれ、デジャヴ?
ソグの体から伸びているか弱いその手は、暖かく、力を込めて、かつ繊細に引き上げる。強く握りすぎずに、でも、話さずに、ちょうどいい力具合を見極めるように。そうしているうちに、どんどんソグが近づいてくる。
「よっと」
腰を完全にあげたとき、華麗なステップを踏むように、ふわっとジャンプして綺麗に立った。
「ありがとう、トバリ」
俺の眼を見て、そういった。綺麗な瞳だった。
「さて、じゃあ、日ごろのストレス発散でもしますか。ちょうど、この校舎の中には誰もいないみたいだし」
この学校にはいくつも後者があって、軽音楽部とか、吹奏楽部とか、声楽部とか、あと特講とか、いろいろ活動中のものもあるのだろうが、この校舎には見事に魔法部だけとなっていた。
運がいいのか…それとも裏で何か?
「そうね。さっきの今でちょっとまだ気恥ずかしいものはあるけれど」
「なに言ってるんだ。だから、俺とソグの中じゃないか。気恥ずかしいとか、思っているだけ損だぞ。というか、あんまりいつものキャラと変わってないし」
最後の一言は、ソグに聞こえないようにぼそっと呟くだけにしておいた。
どう考えても、余計なひと言、だ。
ストレス発散①
ひたすらに叫ぶ。
「うおおおおおおおおっ!」
「わああああああああっ!」
二人の声が、誰もいない後者に響き渡る。大声を張り上げた後、深呼吸をして、脈拍を安定させる。
そして孤独感に苛まれる。
「なんだ…これ。青春群像劇ならまだしも、何か悲しくなってきた…」
パイプ椅子に腰を下ろし、俯きながらソグが言った。
「雑談だけしているような部活だし、どちらかというと、文化部に近いからなぁ…」
余計、ネガティブになる。
ストレス発散②
走る。
「あっ、ダメ…これ…」
部室のパイプ椅子の周りをぐるぐる走る。時には、部室前の廊下にも繰り出してみる。
俺は椅子に座ったまま首をくるくる回して、息を切らしながら若干前傾姿勢で走っているソグを目で追う。
「なんか…最近運動してないから…」
「運動してないのにそんな容姿とは、なんだか女子に恨まれそうだな」
ルックスは悪くなく、くびれもある。
「ああ………」
へなっ。
「…倒れた」
ぐったりとしたソグが、俺の目の前に見計らったかのように倒れる。
「というか、なんでトバリは走らないのよ」
「だって、疲れるじゃん」