惨劇の一幕
イーズの過去話です。残酷表現注意。
戦闘ともいえないようなワンシーンですが、よろしければどうぞ。
普段なら人もまばらな寂れた港に、今日は多くの人が生み出すざわめきと、ある種の緊張感が満ちていた。
一人の青年を、大勢の人間が取り囲んでいる。人といっても一般人ではなく、警察の機動隊だ。現在機動隊は、通常部隊と異捜課に所属する部隊とで分かれているが、今ここにいるのは後者だ。
その機動隊の隊長が前に進み出て、高圧的な態度で声を上げる。
「過激派勢力の人物が武器商と接触するという情報は本当だったようだな。……一応確認する。『海竜』の“イーズ”だな?」
「だったら?」
イーズと呼ばれた青年はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、にやりと口元を歪める。暗闇の中、イーズの暗い琥珀色の瞳が鈍く光った。
「捕縛する。もし抵抗し、大人しく我々にその身を委ねないならば――殺してもかまわんと命令を受けている」
「はは、そりゃあいい」
少し上を向いたイーズの白い喉が暗がりに浮き上がって、僅かに震える。く、く、と振動する空気が笑っているのだと周囲の者に知らせた。
「じゃあ」
ざり、とイーズの靴が砂と床を噛んで音を立てる。
指揮官が息を吸い込んで絶叫するのと、イーズがさらに深く、嗤うのは同時だった。
「か、かかれーっ!」
「くは」
殺到する機動隊員。のけぞったまま倒れこむようにして、イーズは消えた。
そして、一人の隊員が「がっ」と声を上げたその瞬間、惨劇の幕は開く。
「ああ、かわいそうに」
いまだ年若い隊員を、後ろから羽交い絞めにしながらイーズが毒のような声で囁く。彼の背に添えられた右手には、マットな黒に塗りつぶされた拳銃が握られている。
「っ、ぎぁ」
銃を体に押し付けて、そのままトリガーを引く。鈍い銃声と彼の悲鳴が闇の中に響き渡った。その胸には肺を貫通した銃創が残り、ひゅうひゅうと耳障りな音を喉が出す。
イーズのことさら見せ付けるように開かれた手から、拳銃が床に落ちていく。
そして次の瞬間、その手には凶悪な輝きを放つナイフが握られていた。
「やめろぉぉぉ!」
叫んだのは誰であっただろうか。
「俺を殺すのに」
右手に握った鋭いナイフが、彼の喉を切り裂く。飛び散った血に腕を染めながら、持ち替えたナイフは心臓に吸い込まれていった。
「こんな若い子を」
びくびくと痙攣して息絶えた彼から手を離してにいと笑う。
場の雰囲気に呑まれたか、機動隊の隊員たちは凍りついたように動かない。
「連れてくる必要なんて」
ナイフを放した手には再び拳銃が握られていた。
「ないだろう?」
今度は左手にも。
両手に握られた拳銃が止まった時を叩き壊すように弾丸を吐き出した。それぞれ7発。正面で立ちすくんでいた二人の隊員の体、人体の急所といわれるど真ん中を縦に貫かれ、彼らは死んだ。
弾切れになった二丁の拳銃を捨ててイーズは深く踏み込む。掻き消えた姿に恐慌状態に陥った機動隊員たちは、もはやイーズにとってただの的以下でしかなかった。
即座に生み出された小さなナイフが的確に隊員たちの急所を穿っていく。
細い細い刃つきのワイヤーが一人の首を切り落とし、鮮血を撒き散らしながらもう一人の体がバラけた。
「さて」
最後に残ったのは機動隊を指揮する隊長。
逃げようとする彼の左腕を切り飛ばしながら、イーズは再び笑った。
「あんたは殺さないよ」
「な、何故、だ」
隊長の額を、激痛により額を伝って流れ落ちた脂汗を目で追い、くつりとイーズが笑う。
「だって、あんたには生きて、部下の死と部隊壊滅の責任を背負って凱旋してもらわなきゃいけないだろう?」
周囲に広がる血の海などないかのようなその笑顔に、隊長は引きつった叫びを上げた。
「あ、悪、魔め!」
しかし彼は嬉しそうに笑うだけだ。
「はは」
隊長の薄れる意識に、艶っぽい悪魔の囁き声がこびりついた。
「Schöner Albtraum !」(よい悪夢を!)
莉緒警察入り前。お互い20歳程度。本編の時間軸より約7年前。




