ミニスカ黒ニーソな神様
自宅から近いという単純な理由で選んだ高校に無事合格して三年。つまり、最上級生という面倒臭い立場での振る舞いにも慣れてきた。だが、積極的に友好的な対人関係を築く気の無い俺は昼休みを屋上で過ごす。
購買で買ったパン二つという男子高校生の胃袋的には物足りない食事を終え、フェンス越しに校庭を見下ろす。
根暗や無表情という類いの評価を受け、また、他人よりも冷めていることを自覚している。そんな俺ではあるが、興味や関心を抱くことはある。それは女性である。男性であるのだから当然といえば当然だろう。しかし、それは単なる女性ではない。ミニスカに黒いニーソックス、その服装をしている人に限定される。そんな女性を観察する、それが俺の唯一とも言える趣味である。ミニスカに黒いニーソックスという服装の女性は俺からしたら、神といえるかもしれない。
「神だ」
「へ?」
背後から降ってきた、まるで俺の心をよんだような言葉。間抜けな言葉が自然と口から出てしまった。
「私は神だ」
再び背後から声。女性のもので、満ち溢れる自信が伝わってくる。
「神、ね」
振り返り、声の主を確認する。緩慢な動作になったのは今回に限らず、いつものことである。女性の髪の色は昼間の空と似ている。大きく猫のような目で俺を見つめている。小柄で、自然と俺を見上げるような形になっている。この学校の制服を着ているが、見たことはない。交友関係が少なく、行動範囲の狭い俺にとって大半の生徒は見知らぬ人になるだろうが。
「どちら様で?」
面倒になりそうな予感がして、突拍子もない台詞は聞き流し、名前を訊ねるという無難な選択をしてみる。基本的に面倒なことは避けたいので無視するという選択肢もあったが、目の前の女性が俺の理想の服装をしているのでその選択肢は選ばなかった。まぁ、個人的にはスカートがもう少し短い方が良い。
「だから、名乗っているだろう。神だと」
初めから変わらない強気な台詞。常識的に理解しようと試みるも、無理矢理な感じがする考えしか浮かばない。
「かみだって名前なのか?」
浮かんだ考えの中で一番まともだろうものを選び、披露してみる。
「違う。私は神。神なのだよ」
女性は至って真剣な様子で、大真面目に、胸をはって言った。
「神って、ゴッドの神のことか?」
紙、ペーパー。そんな選択肢も浮かんだが、直ぐに消した。
「ゴッド……あぁ。人間の使う英語とやらか。そうだ。ゴッドだ。英語とやらで言うなれば、アイアムゴッドだ」
驚く程の日本語のような発音だった。
「それで、その神様が何で人間の世界に居て、俺なんかに話し掛けているんだ?」
やはり、俺は他人よりも冷めている。普通の人ならば馬鹿にするか、驚くか、怒るか、何かしらの目立った反応を返すだろう。だが、俺は淡々と返した。
「神は衰退した」
「神も衰退するのか」
「貴様ら、人間のせいでな……いや、それは違うか。元を辿れば、人間を作った私達に責任があるのか。自業自得だな」
「自己完結したか」
「だが、少なからずとも貴様ら人間にも責任の一旦はあるだろう」
敵意の見える視線が俺に向けられる。まぁ、俺も変わり者であっても人間である。この女性が本当に神様で、神が人間のせいで衰退したのであれば当然のことということになるのだろう。
「すいません、って謝れば良いのか?」
「謝罪の言葉などはいらん」
俺の適当な言葉に自称神様は冷たく、短く答える。
「謝罪なら態度で示してもらいたい」「態度って、何かをしてほしいのか?」
面倒臭さと理想の服装をした女子からの頼み事を心の中で天秤にかけてみる。結果、未定。頼み事の内容によって重さは変わる。
「探偵よ」
「探偵?」
予想外の返答。種類も程度もまるで想定していなかった。完全に想定の範囲外である。探偵というのが神の言葉では違う意味になるのでなければではあるが。
「人間界の事件を私と一緒に解決してもらいたい」
「何故?」
「神の衰退を止める為だ」
「それと探偵に何の関係があるんだ?」
僕が考える限り、何の関係性も見えてこない。
「人間界は堕落した。環境破壊、殺人事件……例を挙げればキリはない。その人間界の存在を保つ為に私達は力を費やしてきたが、もう限界なのだ。神とは言っても、力が無限にある訳ではない」
何となく、何となくではあるが自称神の言いたいことは理解できた。予想できる。
「環境破壊を止めるのは難しいが、殺人事件なら未然に防ぐことも可能。人間界から問題を減らせば、少しは神の力を回復させることもできる。神は人間の産みの親なのだ。協力するのが当たり前であろう」
予想通り。予想のど真ん中を行く説明。心の中にある天秤を傾けるには充分な内容だ。
「分かった。だが、ひとつだけ教えてくれ」
面倒臭さよりも、面白さが勝った。いや、面白さという表現は最適ではないような気がする。
「何だ?」
「何故、俺を選んだ?」
この学校の生徒に限っても人間は沢山居る。探せば俺よりも探偵に最適な人間は居るに違いない。
「貴様は天才というやつなのだろう」
自称神の言葉は間違いではない。確かに、他者からの俺への評価に天才というものは確かに存在している。根暗や無表情ばかりが目立っているが、どちらかと言えば天才という評価の方が昔から言われ続けている。一度見れば完璧に記憶でき、一度見れば何でもを真似ができる。俺からしたらただそれだけのことであるが、周りからしたらそれは天才という称賛や羨望の対象になるらしい。嫉妬の対象になることもある。しかし、俺からしたら天才なんて世界を灰色に変えるものに過ぎない。出来ないことがあるからこそ、世界は輝いているのだと思う。出来ないことが出来るようになった時の感動も俺は一度も味わったことはない。「しかも、完全なる天才なのだろう」
完全なる天才、一度だけそのような評価を言ってきた人が居た。去年、二年生の時の担任教師からの評価である。実に的を射ていると感心した記憶がある。
「人間には中途半端な天才なら数多く存在する。天才と言われている人間の大半がそうだろう。しかし、貴様は違うのだろう?完全なる天才。だから、世界が灰色に見え、退屈」
退屈、確かにそうだ。ミニスカに黒いニーソックスの女性を観察することも趣味、暇潰しの域を出ない。俺にとって生きていることでさえも暇潰しに過ぎないのだから。
「なぁ」
もし、自称神が本当に本物の神様であるのならば、俺の世界を変えられるのではないだろうか。そんな希望的観測が浮かぶ。
「神なら、俺を凡人か中途半端な天才にすることは可能か?」
俺の世界に色をつけられるのではないだろうか。諦めていたことが実現可能になるかもしれないのだから、自分でも分かる程に声は上ずり、久々に自分の感情を露にした。
「それはできない」
絶望に回帰した。やはり、俺の世界は灰色のまま終わるのか。
「今の神には」
補足された言葉に、絶望から希望へと僅かに浮上する。
「つまりは、神が力を回復させられたら、可能なのか?」
俺が探偵となり、事件を解決していけば俺は中途半端な天才か凡人になれるのか。
「可能だ」
何故だろうか。自称神の言葉は全て根拠も証拠もない、信じがたいものだ。なのに、疑いの気持ちがわくことはなく、簡単に信じてしまう。神の言葉には何かしら特別な力でもあるというのだろうか。
「分かった。探偵になろう」
「そうか、良かった。そうだ、ひとつ補足というか訂正をしておこう。探偵といったが、あくまでも分かりやすく言っただけで探偵とは少し違う。探偵は事件が起きてから、その事件を解決するのだろう。この本を読んだ限りはそうだ」
自称神の手の中には恐らく昔から世界中で最も知名度のあるミステリー小説がある。神も全知全能という訳ではないのか。
「だが、貴様には事件を未然に防いでもらう。だから、探偵という訳ではないな」
「なぁ、事件を未然に防ぐってどうやるんだ?」
今から誰かを殺します等とアピールしている阿呆な殺人犯が居るとは思えない。「安心したまえ。私には人間の殺意が視えるのだ。残念なことに視えるのは視えるのだが、殺意を抱いていることが解るだけで、その殺意が向けられている人物までは特定できないのだがな」
成る程。殺人犯予備軍を見つけることができるということか。
「つまりは、あんたが見つけた殺意の持ち主に殺人をさせないようにすれば良いのか?」
言葉だけを見れば簡単なようではあるが、実際にやるとなれば難しい。特に俺は口が達者という訳でもないのだから。
「その通りだ」 自称神は満足そうに小さく頷いた。
「そうだ。もうひとつだけ貴様に頼みがある」
「何だ?」
「雲のような食べ物はないか?」
「は?」
こうして、俺の世界に色をつける為の非日常が幕を開けた。