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ブレイカーズ・ブレイブ(壊し屋勇士)

作者: 有松真理亜

もとは漫画の原作として構成しましたが没となった物語のノベル化です。


■主要人物

カムラン   壊し屋。グレン城城壁の取り壊しを請け負う。


ターナ姫   レガード候の娘。カムランを嫌う。

レガード候  グレン城城主。カムランを雇う。

アンシェム  レガード候の家臣。カムランを嫌う。


バミル=デマリル リザードマンの将軍。臼砲隊を組織してグレン城を攻撃する。




 城壁……集落と城とを守るための壁は石とレンガで築き上げられ、漆喰で固められていた。渓谷の城・グレン城。そこはそんな城壁で、谷から川までを区切って守られてる。


 とはいえ、城壁が造られてからはけっこうな歳月が過ぎてた。ところどころにひびが入り、崩れかけている箇所もある。


 よく晴れた日の午後、そんなグレン城の城壁を見て歩いていた、一人の工人風の青年。


 汚れてくすんだ色になった短衣を着て、その上からぼろぼろになった旅装用のマントを羽織ってた。頭には、つばの広いトガリ帽子。これも古くなって、上は後ろに倒れている。帽子の下には、あまり手入れされてない長い髪が、束ねられて垂れ下がってる。


 この地方の旅人としてそれほどめずらしいカッコでもない……ただし、肩に乗せられた大きな箱をのぞいては。


 大きなトランクのようなその箱。これだけが異様な要素だ。




 青年は城壁を見上げつつ、


「師匠が言ってたよな。『仕事は準備が大切』……」


 と呟くと、箱を下ろした。そして箱の横のポケット状のところから取り出すハンマー。。


「ツボは、……まずここ。」


 片手用ながら結構な大きさのハンマーを振り上げると、勢いよく城壁のレンガを叩いた。


 「ゴッ」という重い音が……。


 


 ターナ姫は、グレン城城主レガード候の娘。このところ緊張状態にあるこの城を見回ってた。


 何か目的があるわけじゃない。ただ、将士がそれなりに忙しそうに走り回っているのに、自分だけがのんびりしていては気が引けるという理由。どちらかといえば、やることを探している、というのが正確なところ。


 そんな彼女がたまたま城壁近くを歩いていたとき、「ゴッ」という大きな打撃音が聞こえた。


「?」


 気になったターナ姫はそちらへ足を向けてみた。すると……工人風で旅装の青年が、ハンマーを手に城壁を叩いてるではないか。


 また音が響いて、派手に飛び散るレンガの破片。


「何してるのよ!」


 ターナ姫は青年の腕に飛びつき、ハンマーの手を止める。


「城壁が傷むじゃないの!」


「……痛めてるんですよ。破壊してくれという依頼ですから。」


「はぁ?」




 グレン城の謁見の間……と言っても王城のものほど広くも派手でもない。寝室3つ分くらいの広さで、レンガ壁剥き出しの部屋。


 その奥の上段に座る城主レガード候は、恰幅のいい初老の男だった。「こほん」と咳払いして彼は話を続ける。


「グレン城は三百年ほど前に建てられた由緒ある城ではあるが、最近は臼砲が普及して、篭城戦の戦術が変わってしまった。東の国境でリザードマン軍が不穏な動きをしている今、少しでも早く、城を建て直す必要がある。」


 そこで息をついた。すると廷臣の、アンシェムという背の高い口ひげの生えた男が前へ出る。


「予算を考えてくだされませ。再建はともかくとして、解体にいくらかかると……。」


 レガード候はゆっくりと息をした。そして目を開く。


「壊し屋を呼んだ。彼一人で城を壊せると聞いている。」


 ちら、と目をやる。広間の入り口近くに、あの青年がいた。手にはまだ下げてるハンマー。


「……壊し屋の、カムランと申します。」


 軽く会釈はしたが、まったく恐れることなく堂々とした態度。


 アンシェムがじろりと見る。


「……うさんくさい。そのハンマーと箱で壊すのかね?」


 カムランはこくりと頷く。


 横からターナ姫が口を挟む。


「で、その箱は?」


「道具箱です。」


 彼の横に置いてある大きな箱にみんなの目が集まった。


「壊す道具ってわけ?」


 また頷くカムラン。


「何が入ってるの?」


「風船……」


 ターナ姫は、なんとなくその道具箱に手を伸ばした。すると


「触るなっ!」


 びっくりする一同。怒鳴ったカムランも驚いたような顔をしている。


 やがて、声をやわらげてカムランは早口で言った。


「長旅で疲れているんだ、大声を出させないでください。」


「あなたが勝手に出したんじゃない!」


 激しく反論するターナ姫。アンシェムはその様子をじっと見ている。


「ともあれ……」


 レガード候が、話を終わらせようとしてか咳払い。


「壊し屋カムラン。一日も早く、城壁を解体してくれ。」




 会見は終わったが、カムランが去った後の回廊で、ターナ姫は不満たらたらの様子。


「なによ、たかがオモチャ箱に触ろうとしただけで!」


 アンシェムも何か不服そうだった。が、彼は何も言わずに、ただ何かを思案しているかのようなしぐさで足早に去っていった。




 その夜。


 東の国境の砦で、戦火が上がった。


 轟音が響き渡り、マスケット銃が火を吹く。撃っているのは、リザードマンたち。後方では近年になって普及してきた新兵器・臼砲の用意がされている。


 砦の守兵は、臼砲隊を狙って攻撃をかけようした。けれども、マスケット銃のつるべ撃ちを食らって数人が悲鳴をあげると、やがて戦列を崩し、敗走を始めた。


 そのタイミングで突進する、リザードマンの抜刀隊。


 もはや戦闘ではなく一方的な殺戮となった。かろうじて脱出した守備兵たちは砦に逃げ込み、門を閉ざす。


 そこへ火を噴く、準備の整った臼砲。鉄の弾丸が砦の壁に激しく衝突し、数発目で大きく打ち砕いた。


 壁が崩れるともはや勝負は決まった。


 攻撃軍の後方で指揮していた、派手なマントをつけたリザードマンが哄笑。


「はははっ! もはや人間など恐れるに足らん!」


 バミル=デマリル将軍。リザートマン一族で名将と呼ばれたこの男が、一軍を率いてついに始めたこの国への侵攻。




 グレン城は、多少の緊張感はありつつも、まだ平穏の中にあった。その一室……下男小屋の一室を与えられたカムラン。


 彼は、テーブルに図面を広げたままつっぷして眠ってしまっていた。ランプも油が切れて消えてしいる。


 すでに夜もふけて、細くなった月からの明かりが、窓の隙間からかすかに差し込んでいるだけ。


 その窓から、そろりっと入り込んでくる影……暗くて、何者かはよくわからない。


 影は、疲れ切って熟睡しているカムランを起こさないよう注意しながら、そっと床に下りた。


 そしてしばらく息を潜め、中の暗さに目を慣らす。やかでカムランの道具箱を認めると、静かに近づき、それに手をかけた。


 意外に重い。ゆっくりと息を吸い込み、吐きながらそれを持ち上げる。


 カムランはまだ寝ている。相当に疲れている様子。


 侵入者は、窓から入ったにもかかわらず、扉から出て行こうとした。


 そのとき、傾いた道具箱。そのポケットに入っているハンマーが滑り落ちて、木の床にぶつかり、立てた派手な音。


 その音で目を覚ましたカムラン。


 侵入者は慌てて部屋から飛び出していく。


 まだ状況のわからないカムランは、暗い部屋の中をきょろきょろと見回した。目が慣れてないのでよく見えない。ただ、道具箱が無いことにはすぐ気がつけた。


「アッ、泥棒!」


 血の気が引き、急いで部屋を飛び出す。


 闇の向こうに聞こえる、走り去る足音。道具箱を盗んだヤツに違いない。カムランはすぐに追いかけた。


 けれど、明かりもない暗い回廊。しかも今日はじめてやってきた城内。たちまち道に迷い、右も左もわからなくなった。


「畜生、師匠の形見の道具箱を!」


 あいつか…!? カムランは、昼間のことを思い出す。自分の雇用に最後まで反対していた廷臣……この盗難事件は、もしやアンシェムのさしがねでは? 彼はそう感じた。


 ともあれ、これでは盗人がどこへ行ったのかさえもわからない。それどころか、自分が与えられた下男小屋に戻れるかどうかさえ怪しい。


 カムランはため息をついた。そして、走ってきた記憶をたどりながら、わずかな月明かりのかけらを頼りにたどる廊下。




 自室にたどり着くやいなやカムランは、落ち着く暇もなくはげしいノックの音を聞いた。


 気がつけば、城内のあちこちが騒がしくなりつつある。扉を開けると、そこにはランプを手にした騎士。


「夜半に失礼だが、殿がお呼びだ。」




 国境の砦がリザードマンの軍団に襲われたという知らせは、早馬で即座に届けられた。


 砦は壊滅……敵軍がグレン城に押し寄せるのも、そう遠いことではない。


 城のここそこで灯がともされ、あわただしく始まった戦さの支度。


 そんな中を、カムランはレガード候の私室まで案内された。レガード候は鎖帷子を身に付けている最中だった。


 着替えながらも、レガード候は早口で伝える。


「カムランと言ったな。2~3日中に戦いが始まるかもしれん。城壁の破壊は中止だ。」


「しかし……壁にはすでに何箇所か亀裂を入れてしまいました。」


「どういうことだ?」


「激しい衝撃を与えれば、壊れます。外側はまだマシですが、内側から一撃されたら瓦礫の山になるでしょう。」


 レガード候が浮かべた絶望的な表情。


「ここは城壁に頼らず、野戦に出るべきでは……」


 騎士が進言するけれど、レガード候は鎖帷子の紐を縛りつつ、


「おそらく兵力で負ける。篭城以外に手は無かろう。」


 自分に言い聞かせるように言った。


「近隣の城へ、援軍を呼ぶ使者を出そう。間に合うかどうかわからんが、援軍に賭けるしかない。」


 すぐに何人かの書記官と騎士が呼ばれ、援軍を請う書状が各地へ飛ばされる。


 レガード候がさらに、城内の主だった者を謁見の間に集めて開いた緊急の軍議。大半は武装していたものの、中には寝起きをそのままかけつけてきたような者も。


「方針は篭城だ。戦闘がはじまる前に、住民を避難させよう。それでは配置を伝える。」


 すかさずアンシェムが進み出た。


「では私は避難民の指揮……」


「アンシェムは城壁の守備だ。」


「!」


 レガード候は口を挟ませず、すでに決めてあったことを口にした。


 指揮官が、有能と信じる部下に重要拠点の守備を任せる……当然の判断とはいえ、うまく逃げ出そうとしたアンシェムにとっては不本意な配置。


 それでも命令とあれば従わざるを得ない。


 レガード候は、臣下に次々と役目を伝えた。


「僕は……」


 カムランが口を開くと、レガード候が答える。


「君も避難するんだ。」


「いえ。師匠が言ってました。『受けた仕事は、何があっても必ず終わらせろ』。だから仕事が終わるまではここにいます。」


「しかし、破壊は中止だぞ?」


「敵を撃退できれば工事を再開するのでしょう? そのためのお手伝いをします。」


 レガード候がまじまじと見つめるカムランの顔。


 たしかに、戦いとなれば男手は1人でも多く欲しい。たとえ兵士でなくても、力仕事や雑用しかできなかろうと、とにかく人手は必要。


「わかった。お前にも参戦してもらう。配置は……」


 城主だけあって、レガード候の決断は早かった。


 カムランが漏らす安堵の吐息。


 道具箱が盗まれている。あれを取り戻さずにグレン城を離れるわけには行かない。


 おそらくアンシェムが手の者を使って盗んだのだろう。けれどここで問い詰めても知らばっくれられるだけ……なんとかして博士なければならない、、どこに隠したのかを。


 その機会ができるまで、ここを離れることはできない……


 そこまで考えたとき、そのアンシェムがカムランに向かって叫ぶ。


「城壁は壊れかけてるという……負けたらお前の責任だぞ!? 最前線で兵卒として戦ってもらうからな!」


 レガード候も同意した。


「たしかに、城壁の守備には一人でも多くの手が必要だ。いいか?」


「わかりました。歩兵として参戦します。」


 カムランの答え。


 アンシェムは、もしかすると戦いのどさくさの中で自分を殺そうとしてるのかもしれない。でもここで引けば「卑劣なやつ」という烙印を押されるだけ。あとは、とにかく生き延びるしかない。




 避難民が出て行ったあと、残った者たちにより、大急ぎで行われた城壁の補修。けれども1日や2日でできることなんかたかが知れている。


 2日後にはリザードマンの軍団が押し寄せて、修復未完成の城壁をめぐって始まった攻防戦。


 グレン城の篭城軍はなんとか200人を超える程度。攻城軍のリザードマンは千匹近く。篭城側はもう最初から気を飲まれていた。


 篭城軍の武器は弓矢や投石、せいぜいクロスボウ。攻撃側はマスケット銃を撃ってくる。後方では、臼砲も引き出されてくる。


「あれを使われたら、この城壁はひとたまりもないな。」


 城壁に積まれた石を、迫る敵に投げつけながらカムランは呟く。


 投石や弓射をかいくぐり、リザードマンたちが城壁にかけるはしご。緑色の肌で、赤い舌をちろちろと見せるやつら……皮鎧を着て、手には銃器や湾刀。


 リザードマン軍にとって、城壁を壊さずに城を占領できるならそれにこしたことは無い。自然、城壁を巡る戦いは白兵戦となる。


「撃退しろ! 援軍がくるまで粘るんだ!」


 アンシェムは真っ青な顔で怒鳴った。騎士たちがそれぞれ手空きの兵に、槍や短剣、棍棒などの武器を持たせる。


 カムランもハンマーを手に、アンシェムの直率する小隊に加わっていた。


 投石や弓矢が当たって、はしごから落ちていくリザードマンたち。だが何匹かは城壁まで登ってきた。


「うわああああっ!」


 恐怖に顔を歪ませながら、兵士が突き出す槍。それはリザードマンの皮鎧とウロコを突き徹す。リザードマンは鮮血を飛び散らせながら城壁の外へ落下していった。


 けれどすぐ次が顔を出す。槍を失った兵士はあわてて逃げようとする。その後ろから湾刀で切り付けられ、背中を真っ赤に染めて悲鳴をあげのたうち回った。


 カムランはそのリザードマンの横から走りより、その顔面に、渾身の力で叩きつけたハンマー。骨の砕ける嫌な音と手ごたえ。そしてリザードマンは甲高いうなり声をあげながらのけぞり、湾刀を取り落として倒れた。


 周囲の兵士や騎士たちが駆け寄り、倒れたリザードマンを抱えあげて城壁の外へと放り出す。落下していくそいつから響く、うなり声のような悲鳴。


 背中を切られて兵士は、手の空いた者に運ばれて城壁を降りていく。


 が、一息つく間もなくまた、はしごから別のリザードマン。マスケット銃の轟音が聞こえ、血を吹いて倒れた一人の騎士。


 槍や棍棒を振り回す兵士たちが取り囲むと、リザードマンもマスケット銃を棍棒のように振り回して応戦する。


 こうして、何人も、何匹もの血がまた城壁を赤く染める。


 数メートルおきに展開していたそんな情景。




 15分も経ったころ。気がつくと、リザードマンたちの先鋒は撤退を始めていた。


 はしごは倒され、負傷者を回収して、後方の陣へと引き上げていく。


 どうやら、先鋒を撃退できたらしい。それでも篭城軍の表情は重い……先遣隊を追い払っただけで、敵の主力はまだ健在だから。そして味方にも出ている多くの犠牲。


「畜生!」


 カムランは叫んだ。すぐ側で、白目をむいて倒れているアンシェム。その頭にはマスケット銃で撃たれた銃痕。


 チャンスを見て、道具箱をどこへ隠したのか聞き出すつもりだったのに、これで絶望的になった。


 そう考えていると、カムランの左肩に走った激痛。いつのまにやられたのか、打撲傷を受けている。




 負傷者たちは、いったん城内に下がり、治療を受けていた。


 軽症ではあるがカムランもいちおう治療を受けようと救護所へ出向くと、そこにいたのは、ボランティアに混ざって立ち働いていたターナ姫。


「避難しなかったんですか?」


「関係ないあなたみたいな人が残ってるのに、私が逃げられるわけないでしょう!?」


 荒い語気。が、確かな手つきでカムランの肩に軟膏を塗り、包帯を巻いた。骨は折れていない。痛みにさえ耐えればまだ戦える。


「カムラン、なんで残ったの?」


「道具箱を盗まれたからです。」


 ターナ姫のこめかみがピクリと。


「道具箱って、あの風船の?」


「ええ。あれは置いていけませんから。」


「そんなに大切なものなの?」


「師匠の形見で、命より大切なんです。」


 そこまで言って、カムランはため息。


「でも、もうダメですね。」


「どうして?」


「アンシェム殿が戦死しました……盗んだのきっとはあの人です。もう、どこに隠したのかわからない。」


 がっくりと呟くカムランを、じっと見つめるターナ姫。


「もういい、私もここで死にます。いずれにせよ、敵が臼砲を使えば城壁は崩れる……それで終わりでしょう。」


 ターナ姫はしばらく考えていたが、


「ちょっと来なさい。」


 とカムランに命じ、先に立って歩き始めた。




 城の回廊の一画。突き出した柱があった。壁から柱にかけて木の板が貼り付けられている。


「?」


 見ていると、ターナ姫はその一枚を押した。とたんにずれたその板。


「隠し扉!」


 扉が開くと、その中は小さな隠し部屋になっている。そこに、カムランのあの箱。


「なっ、なぜ!?」


「さあ、これを持って逃げるといいわ。」


 二人は見つめ合う。疑問顔のカムランに、決意の表情のターナ姫。沈黙はほんの数秒だった。


「姫様は!?」


「女の脚ではもう逃げられない……城壁もすぐに崩れるんでしょう? 私はこの城と運命をともにします。」


 そう。城壁は崩れる。


 城壁は崩れ……。


「……勝てるかもしれない。」


「え?」


 カムランが明るい声を上げ、ターナ姫は目を見開いた。


「姫様、手伝ってください。勝てるかもしれません。」




「だから、力攻めはやめた方がいいと言ったのだ。」


 ちろちろと赤い舌を出しながらとがった歯を見せるバミル=デマリル将軍の言葉。


「お前たちがどうしてもやらせろと言うからしかたなく許可したが、このザマだ。約束どおり、今後は私の戦術に口出ししないでもらおう。」


 それを聞きながら、リザードマンの「将校」たちは、うなだれてるだけだった。


 彼らは、いわゆる「監軍」。


 リザードマン一族も一枚岩ではない。バミル=デマリル将軍と仲の悪い勢力もある。そんな連中が、バミル=デマリルによる功績の独り占めを恐れ、幕僚として手下を派遣していた。それがこの面々。


 味方先鋒の撤収が終わると、バミル=デマリル将軍が前面に出したりは臼砲隊。


「こいつを使えば、小規模な城壁などあっても無意味だ。」


 すでに整っている点火の用意。


 バミル=デマリル将軍が勝利を確信したとき、リザードマンの兵士たちのあいだからのざわめきが聞こえてきた。


「?」


 バミル=デマリルと将校たちは、兵士たちが指差している方を見た。


 城壁の向こうで、膨らんでいく何か。枯れ草色をしたそれは、直径十数メートルはある巨大な風船。




 空になった道具箱にハンドルをつけると、それは手押しポンプとなった。カムランはそのポンプを必死に操作、風船に空気を送り込む。


 ターナ姫は、風船の下についているストッパーを抑えている。今にも押し戻されそうだが、渾身の力で抑えている。


 二人とも眦が高く上がり、地面には派手に飛び散っている汗。




 リザードマン兵たちの動揺を抑え、バミル=デマリル将軍が下す指令。


「こけ脅しだ、気にするな。一気に城壁を崩せ! 崩れ次第にそこから突入できるよう、全歩兵を前進させろ。」


 数千のリザードマンが固まって前進。それはまるで、トカゲでできた海の波のように見えた。


「砲撃、開始。」


 次々と轟音を上げる臼砲。リザードマンたちの頭上を飛んでいく弾丸。いくつもが城壁に当たり、生じていく目に見えるほどの大きなひび。


「次の一撃で崩せるな。」


 リザードマンの砲兵が砲に火薬を詰める。


「次、砲撃。」




「よし、いまだ!」


 カムランが怒鳴った。ターナ姫は放すストッパー。ものすごい勢いでストッパーが吹き飛び、鉄枠で補強された風船の口から轟音。そして、後ろに吹っ飛ばされた二人。




 風船が、急にしぼみだしたように見えた。そのとたんにものすごい暴風。そして城壁が内側から「爆発」した。


 それは、爆発としか形容できない状況。


 レンガが砕けて無数の破片となり、集結して接近していたリザードマンたちを切り裂く。逃げ惑う暇も無く、数千の精兵だったものが重傷者の大群に。


 運良く軽傷で済んだ者も、パニックに陥り城に背を向けて走り出す。もはや統制もなにもない。



「な、なんだあれは!?」


 予想もしていなかった光景に、声を失ったバミル=デマリル将軍。


 城の外壁は大破し、ほとんど消滅したと言っていい。けれどリザードマン軍も主力の歩兵が壊滅……予備兵力と砲兵だけでは掃討もできず、ましてや敵の反撃を受けたりしたら危険。


 名将だけに状況判断は早い。


「……撤退する。兵力を整えて出直しだ。」




「空気砲、と言います。」


 汗と塵で顔を真っ黒にしたカムランは、風船をたたみながら言った。手伝うターナ姫も、汚れた顔をしているが、その表情に残す強い興奮。


「師匠から譲ってもらった、建造物破壊用の道具でね。穴でもあくと使えなくなるから、他人に触らせたくなかったのですよ。」


 大きな成果に満足そうなカムラン。


 消え去った城壁の向こうでは、置き去りにされたリザードマンの重傷者たち。篭城軍の兵士たちに次々ととどめを刺されている。


 捕虜はとらない。食生活の違う異性物を養う余裕はないし、この世界にはジュネーブ条約のようなものもない。「敗北はすなわち死」という古いルールがまだ生きている。


 ひっきりなしに聞こえる命乞いと悲鳴に、カムランは眉をしかめながらも、「仕事はこれで終わった」と自分に言い聞かせ続けた。




 夜に入ると、城は戦勝の宴で盛り上がった。


 城壁は無くなって、兵士たちは疲れていたけれど、全滅覚悟だった戦いが大勝利に終わったのだから、浮かれずにいられない。


 そんな大騒ぎが続く中、下男小屋の部屋。カムランはまだ、ランプの明かりを頼りに図面に手直し中。


 その背中を見ながら、肩を落として語りかけるターナ姫。


「思い出の城をこわされたくなかった。だから箱を隠したの……」


 ターナ姫は涙をこぼしていた。


 背中を向けたままカムランは


「アンシェム殿じゃなかったのですね……箱を盗んだのは。」


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


「こっちこそ謝らないと。」


 カムランは振り向いて微笑んだ。


「大事な、思い出の城壁を壊してしまった。」


「それは……しかたないことでしょう?」


 ターナ姫の頬は涙で濡れている。


「戦争は始まったばかり……おそらく何ヶ月かすればもう一度、彼らは攻めて来るでしょう。」


 泣きながらも、ターナ姫の言葉は力強かった。


「その時までにグレン城を、砲撃戦に対応できる城塞にしなければなりません……」


「そうですね。」


 カムランはもう一度、図面の方へ向き直る。


「でもこれ以上は、姫様の思い出を壊さずにすむと思いますよ。」


 ターナ姫にはその言葉の意味がわからなかった。でもわからないなりに彼の背中を見つめる。


 そして、吸い寄せられるように近づくと、背中からカムランに抱きついて顔を埋め、声をあげて泣き始めた。


 カムランは図面を一通り確かめてから、振り向いてターナ姫の頭を抱きしめる。そして指で撫でたその髪。




 翌日の謁見の間。


 カムランが床にその図面を広げていた。彼が羊皮紙に書いた、城の見取り図。


 アンシェムは戦死したが、レガード候をはじめ生き残りの廷臣や騎士たちがのぞきこんでいる。やがて、


「おっ、こ、これは!」


 レガード候の驚嘆の声。カムランは振り向いて応える。


「城壁をこの図のように作り直すだけで、この城は臼砲攻撃に耐え得る要塞になるでしょう。これなら、予算も期間も取り壊し箇所も、最小限で済みます。」


「よくぞ……! 壊すだけではなかったのだな、おぬし。」


「壊すことと作ることは表裏一体です。作り方を知れば、壊し方も上手になります。」


 そこまで言うと、カムランは語調を変え、胸元から出した別の紙片。それを広げてレガード候に渡す。


「これは?」


「作図と城壁破壊の請求書。」


「……ちょっと高くないか?」


「ついでに、圧倒的優勢の敵軍を壊滅させましたが。それでも高いでしょうか?」


 レガード候は視線を落として考えてから、


「……いや、たしかにそう考えれば高くはない。請求どおりに支払おう。商売が上手いな、おぬし。」


 今度はカムランが驚いた。


「え、本当にこのとおりに払っていただけるんですか?」




 早くも始まっている、新しい城壁の工事。


 それを横目で見ながら歩いているカムラン。汚れた短衣、ポロマント、そして肩に道具箱……この城に来たときと同じ旅装。


「待ってください」


 うしろから声が聞こえ、カムランは立ち止まった。彼を追ってきたのはターナ姫。走ってきたのか、弾んでいる息。


「行っちゃうんですか?」


「ええ。時代が変わって、あちこちの城で建て替えがはじまってますからね。仕事の予約がもういくつも来てます。」


「その仕事が終わったら、ここに戻ってきませんか?」


「ここに? どうして?」


「それは……」


 口ごもる。ターナ姫はしばらく下を見ていたが、やがて顔をあげて、


「私、実はあなたのこと……」


 だがカムランのひとさし指が当てられ、塞がれたターナ姫の口。


「師匠が言ってました。『女は気が変わりやすいから信用するな』。姫様は俺を嫌っていたはずなのに……師匠の言うとおりだね。」


「まっ!」


 にっこり笑って機先を制すると、カムランは一歩離れ、大仰に一礼。


「毎度ありがとうございました。また何か壊すときにはお呼びください。お安くしときますよ。」


 未練が無くはない。旅から旅への薄汚れた自分にここまで信頼と好意を示してくれた異性は、いままでいなかった。


 が、一介の旅の職工と貴族の姫君が仲良くなっては、政治的な問題に発展する……少なくとも、軍事・政治の素養の無いカムランがレガード候の後継ぎに据えられたりしたら、納得しない者たちによって多く血が流れる事態が引き起こされることは間違い無い。


 「またお呼びください」とは言ったものの、もう来ることはないだろうこの城。もし呼ばれても、他を当たってもらう……。心の中で何度も呟いていた。




 夏が去り、風が涼しくなってきた季節。


 草原の丘を、カムランは道具箱を肩に、歩きながらの金勘定。


「今度も儲かったな。さて、次に壊す城は……と。」


 建設は大変だが、破壊もまた危険な作業だそして、建設も面白いが破壊はもっと面白い。


 彼は、いつまでも壊し続けるだろう。力尽きて倒れるその日まで、ただ一人で。


 次の仕事場へ向かう壊し屋カムランの、今日も軽い足取り。




 ~完

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