笑顔って構造的に繋がるの凄くない?
「笑顔って構造的に繋がるの凄くない!?」
待ち合わせ先の飲食店で顔を合わせた俺に、同期の相馬は勢い込んでそう尋ねてきた。直近の彼女には珍しい、新しいゲームを貰った少年のような、溌剌とした笑顔だった。
一方の俺はといえば、「笑顔が繋がる」という宗教じみたワードに眉を寄せた。
「えーと…何言ってんの?」
「分かんない?んー…それは困ったな…」
しばらく考え込んだ彼女は、やがて閃いた表情になり、注文ボタンの横のアンケート用紙を手に取ると、裏側に何かを記入し、こちらに差し出してきた。
それを見ると、笑顔のマークだった。俗な言い方をすると、ニコちゃんマークである。
眉毛は描かれておらず、山なりになっている目と、へこんだ口だけのシンプルなパターンだ。
「分かる?」
「いや、全然」
「理解力ないなあ…」
高校からの付き合いである彼女の、聞きなれた笑い声が耳に響く。随分と楽しそうだった。
本当に?
「じゃあこうしたら分かる?」
相馬はニコちゃんマークの口の右に、もう一つ口を描いた。その右上にまた山なりの目、その右下にまた口…と、それを繰り返していった所で、ようやく理解することができた。
無限ループというやつだ。おかしな言い方だが、無限に続くニコちゃんマークは、口と右目で手を繋ぎ合っている。
「凄くない!?」
「まあ、確かに…」
決して笑顔ではない口ではそういうも、俺は少し疑問があった。これ、実際の人間に置き換えると軽いホラーだろう。
笑顔の人が横並びになっている中、人と人との間にひとつずつ口がある構図になるか、もしくは、人間の顔が繋がっていて、一つの目を隣同士で共有している構図になるはずだ。
この発見がやたら嬉しいのか、そのままルンルンと踊り出しそうな相馬に思いのままをぶつけると、彼女はそんな事考えもしなかったという顔で驚いてみせた。
「…確かに、その通りじゃん…」
「お前気付いてなかったのかよ」
「いやー、昨日の夜、寝不足の頭で気づいたことだからさ…」
えへへと笑った相馬は、その後俯いて無表情になってしまった。よほどショックだったのだろう。
「…まあ、結構すごい発見じゃん?笑顔が繋がるっていうのも、なんかエモいし」
「ホント!?」
「…ああ」
さっきから表情の移り変わりが多いやつだな、と思った。
「それで、なんでそんな事わざわざ呼び出してまで言ってきたんだよ?」
「いや、凄いよなあと思ってさ」
だってさ、笑顔が繋がるんだよ?誰かが笑顔になったら、他の誰かも笑う事が出来るの。それってすごく良い事だと思わない?誰か一人でも幸せになれたら、他の人も幸せになれるんだよ。だから幸せにならなくちゃいけないの。笑っていなければいけないの。皆が幸せじゃないなら自分が幸せにならなくちゃいけないの。みんなを幸せにしてあげなきゃいけないの。他の人が幸せなら自分も幸せにならなくちゃいけないの。あなたが幸せで私も幸せだよって言わなくちゃいけないの。笑えなくても笑わなくちゃいけないの。仕事が大変でも職場でいじめられても上司に嫌なところを触られても笑ってなくちゃいけないのそうじゃなきゃおかしいんだから笑顔は繋がるんだから
「私は幸せなの!!みんなが幸せだから私も幸せなの!!そうじゃなきゃおかしいんだから!!笑顔は繋がるんだから!!」
呆気にとられていると、店員さんがやってきて、静かにして欲しいと言ってきた。すいません、すぐに出るのでというと、迷惑そうなのを隠しきれていない顔で、注文は全てキャンセルでいいのかと聞かれた。
言われた通りキャンセルして、すぐに帰ることにした。相馬はその後もしばらく喚き続けていたが、落ち着いたら酔いから覚めたように元に戻った。
「大丈夫か?」
「…うん、ごめんね」
「無理するなよ」
「うん、ありがとう」
控えめに微笑んで、相馬は帰っていった。
* * *
その次の日も、相馬は出勤してきた。
あんなことがあった後で、と思ったが、もしかしたら、休もうにも休めない環境、なのかもしれない。
相馬は俺に好意を抱いていた、のかもしれない。
高校時代、あいつは俺と仲良くなる前から電車で毎日痴漢の被害にあっていた。その痴漢から助けてから、相馬は俺と距離を縮めてきた。
最初は気にしていなかったが、帰り道を一緒にしたがり、大学も、できない勉強を必死にやって俺に合わせてきた。彼女自身、高校時代と比べると、いくらか努力することを覚えたように思う。
ただ、彼女は周りと比べて明らかに要領が悪かった。周りよりも仕事を覚えるのが遅く、それがいじめられるきっかけだったのかもしれない。
彼女の心を殺したのは、俺の会社だ。それは間違いない。ただ仕事が出来ないというだけでいじめられ、容姿が良いせいで性被害を受け、まともに眠ることができず、笑顔を強制される。何も問題ないことを、何か問題があっても他人にアピールしなければならない。
クソだな。
そう思うと同時に、俺はなんとなく彼女がいずれそうなるのを分かっていた気がする。それが世界なのだと、思っていたような気がする。彼女は笑うことができなくなる人間なのだから、他人に幸せだと見せることもいずれできなくなる。蔑まれ、哀れられ、だけれど周りの関心を引くことはない。
そういうものだ。
俺の手元にはあのアンケート用紙がまだある。
繋がりあった笑顔は鎖のような形になって、何も問題ないと言っている。
「社員の一人がセクハラされていじめられて眠れてなくて気が狂ってましたけど何も問題ないです」と。
そうなんだろうな。そう呟いて、俺はアンケート用紙をゴミに捨てた。




