第13話 恐怖
リアンナが回避しきれずにドマノの攻撃を食らったようだった。腕にドマノの鋭い爪が突き刺さったのか、傷が付いているように見えた。
それを気にしたラウラがリアンナに『癒し』を行った。
ラウラが回復を行っている間に、再びボウガンを撃ってから、距離を詰めていく。ショートソードで切り付ける。回復を終えたラウラが杖を脳天から振り下ろした。
それでようやく一体目のドマノが倒れた。
リアンナも『癒し』を受けてから動きが良くなったのか、巧みに短槍を操り攻撃を与えている。
ドマノは短い脚の所為か、動きはそれほど素早くない。地面に突き刺さるような長い尻尾と、毛皮の中から飛び出してくる腕が脅威だった。
アラトとラウラが攻撃に参加しようとすると、地面から尻尾が飛び出してくる。狙いはラウラだった。ラウラは足元から突き出る鋭い槍のような尻尾に足を取られた。直撃はしなかったものの長いしっぽでラウラの足を引っ張ったのだ。
尻もちをついたラウラを助けるためにアラトは、本体に突っ込んでいく。
アラトがショートソードで切り付け、リアンナの振り下ろした短槍がドマノに突き刺さると二体目のドマノも倒れた。
アラトがラウラを起き上がらせようと手を貸す。勢いよく尻を打ったのか、起き上がったラウラは涙目になりながら、お尻をさする。
ラウラが静かに吐息を吐いた。
九層の地下世界は、森の中ではあったが、遺跡の跡のような残骸がところどころに散見された。クレイゴーレムから得られた石板に似た模様を遺跡の残骸から見ることができたが、何のための物なのかは分からない。
どこからともなくドマノが現れ、こちらを襲ってくる。離れていてもドマノはこちらに気が付いており、奇襲をかけるのが不可能だった。
何とか倒すものの、リアンナやラウラはどうにも動きが悪く、攻撃を食らってしまう。そんな状態では長く戦うことは出来ず、早々に引き返すことになった。魔石は得られたが、副産物のようなものは石板が一つだけだった。
その日の食事は静かだった。ラウラもリアンナも疲れているのか、あるいは今日のことで何か落ち込んでいるのか、口数が少ない。
「なんとなくだけど、ドマノには精神攻撃のような何かがある気がする」
アラトはぽつりと言う。リアンナもラウラも気が付いていないのか、ピンと来ていない様子だった。
「今日の二人は動きが悪かった。ドマノが目の前に現れると怖くて仕方なかったんじゃないか?」
二人は当たり前だと言わんばかりに頷いた。
そうであるのに、二人は気が付かない。二人の調子が悪くなっていることが、ドマノの攻撃によるものだとアラトが説明しても、あんな大きい魔物怖くないわけがないと言う。
それは仕方のないことだ。実際魔物と相対したときは恐ろしく感じるのが当たり前だ。どんな攻撃をしてくるか分からない初見の魔物などはそれが強く現れる。
しかしドマノ相手になるとその恐怖が薄まることがないのだった。
「魔物によっては異常な状態にしてくる魔物がいると聞いたことがある」
「なるほど。それなら、僧侶のスキルで回復することが出来ます」
アラト個人の状態は悪くなかった。ドマノと戦っている間も、恐怖から乗り越えさえすれば、問題なく戦えていたし、新しく買ったショートソードの調子も良い。ボウガンの操作も以前は矢を番えるのも大変だったが、狩人の精霊に転向してからは大分素早くなったように思えた。
「そろそろ宿を変えてもいいかもな」
アラトがぽつりとつぶやく。今は今まで通り四層の宿にいちいち戻っていたが、現在攻略している階層は九層になる。そこから四層まで戻るのは結構億劫ではあった。
酒場や店が多いのは十層であり、まだ地下世界に足を運んでいない階層の店を利用するのはなんとなく気が引ける思いがしたが、そんなルールはまったくない。
「そうですねえ。宿代も高くなるでしょうが、その分一匹でも魔物を狩った方がお金は稼げますからね」
翌日は宿を変えるために、あれこれと準備をすることになった。
元いた宿から荷物を回収したり、人の好さそうな宿の主人に挨拶をした。
宿の場所は九層だった。十層でもよかったが、十層だと騒がしいのが気になったのだ。酒場が近くにあったりすると夜が更けても酒飲みたちが騒がしい。
その宿では一階の一部が食堂となっていて、朝や夜の数時間ならば食事の注文を受け付けていた。調理用の魔道具も用意されているし、共用だが便所や、顔を洗ったり身体を洗うための洗面所まであった。
前から気になっていたが、それらの水はどうするのかと聞いたら、排水管があり、そこにすべて捨てることになっているらしい。
もしかしてこの巨大な穴に水をすべて捨てているのだろうか。それを考えるとこの穴の先はそれほど深くないのかもしれない。
あるいは、水が流れる先があるということだろうか。
このインフィリスの大穴がいつから出来ているのかは知らないが、この数年ということはないはずだ。聞いた限りではこの町はかなり大きく、端までいくと結構な距離になるらしい。
それでも問題なくこの町が運営出来ているというのだから、大穴があることによる重要な問題などは存在しないことになる。
未だアラトにはこの大穴がどういう理屈で存在しているのか分からないのであった。
新しい宿はかなりの大きさがある。十層付近は人が多く、一層に戻るのもかなり面倒な昇り降りが存在する。その分宿も増え九層や十一層にも同じような宿が並んでいるらしい。
縦の高さはそれほどでもなく、ギリギリ二階建てなのはどこも変わらない。頭上には八層の足場が存在し、そこが限界なのだ。
その分横に部屋がずらりと並んでいる。一軒の建物中にいくつかの部屋が存在するようで、そこを他人と共同で借りたり、ひとりで建物ごと借りることもあるらしい。一棟のアパートのように小さな一室が並ぶ場所もあって、泊まる部屋の種類も豊富だった。
結局、二階建ての小さめの家を一軒借りることにした。二階には大きなベッドがあってそこに、リアンナとラウラに泊まってもらい、一階の一人部屋でアラトが寝泊まりすることにした。
もっと小さな一室を複数借りることも考えたが、宿の受付までが遠くなる上に、三人の部屋がバラバラになってしまうのがリアンナにとっては嫌なことだったようで拒否された。
少し割高にはなったが、この小さな家にはなんと調理器具が存在した。
熱を発生させ調理することの出来る魔道具だ。使用するための魔石は、自分たちで用意しなければならないが、地下世界で狩りをしたらすべて換金するのではなく少し残しておけばいいのだ。
十層を攻略していくのは長くなるだろうし、これで料理をするのもいいかもとアラトは考えていた。
宿に荷物を運び、昼食を済ませた後、アラトは狩人の本部に向かうため長い階段を上ることになった。
九層ともなるとかなりの長さの階段をのぼることになる。
まだ体が大人になり切らないアラトの身体は軽く、足取りも軽やかだ。その上地下世界で鍛えられた精霊の恩恵は、こういったときにも感じることが出来た。五層を超えてもまだ息は上がらないが、さすがに足が重く感じてくる。
そこからはペースを落としてゆっくりと歩いた。
三層の通りをちらりと見る。アラトとリアンナがいつもの寝床として使っていた場所は、別の子どもたちが数人で使用していた。
子どもたち数人の視線がアラトを捉える。この場所から脱出したアラトのことを彼らはどう思うのか。不思議と気まずい気持ちがあふれてきて、視線を反らした。
なにも悪いことはしていない。だが、ずるをしているような気持ちだった。実際本当にずるをしていないかと言えば、ユニカの力がある。
最初はなんの役に立つのか分からない力ではあったが、今では欠かせない。
ユニカの知識や、ユニカから得られる情報は、間違いなく代えがたいものだ。もしかしたら、この世界の権力者であっても知り得ないこともユニカから教えられているかもしれない。
あるいはリアンナのことだってある。リアンナは見た目が幼い少女だ。だから一緒にいても違和感がなかっただろうが、実際には大人と言ってもいい年齢だ。元々エルフの彼女は身体の成長も心の成熟度もゆっくりだ。年上だと言ってもよく分からないが、やはり生きてきた年数の違いは大きい。
狩人本部にたどり着くまで、薄汚れた子どもたちの姿が忘れられなかった。
新しいスキルを覚えるための手続きをして、狩人の教官がいるカウンターに並ぶ。
順番が来ると札と証を見せてから、精霊石に手をかざす。これが一連の流れとなっていて、何度か足を運んだアラトも慣れてきたところだった。
教官が証を見てからこちらを見た。なんとなく顔を覚えられている気がする。周りは大人ばかりだし、アラトのような子どもは珍しいのかもしれない。
精霊石に触れると、教官はいつものように新たに覚えられるスキルを、教えてくれる。
「ラッシュは、遠距離武器を撃ってから近接武器に切り替えて攻撃するスキルだ。しかしその後の行動はステップして後衛に戻るか、そのまま前衛で攻撃を続けるかだ。だがそれではまだ無駄がある。ステップは良いが、やはり狩人であるなら常に魔物にプレッシャーを与えるのが最善である」
「チェインショットは近接武器で攻撃を行い、その後にボウガンや弓に切り替え素早く遠距離攻撃を放つ。魔物の傍で放つ矢は魔物の急所にあたりやすい。結果として威力の高いスキルとなるだろう」
「注意しなければならないのは、魔物の目の前でこのスキルを使うと大きな隙を作ることになる。目の前の魔物以外にも自分を狙う魔物がいる場合、危険な行動となってしまうこともあるということだ」
教官は一気に話を終えると、煙管を口に運び煙を吸い込む。そのまま大きく息を吐くと「終わりだ」と口にした。
お礼を言い、その場を離れる。今回は一つのスキルをおぼえることが出来た。もちろん何も覚えないときもある。狩人の精霊ともマスターをゴールとするなら中盤に差し掛かっているところのようだ。後半はスキルを覚える速度もゆっくりになり、簡単に新たなスキルを覚えることもなくなってくるはずだった。
『そろそろ狩人の能力が探索者を超えるみたい』
「そうなのか?」
ユニカの声を久しぶりに聞いた気がする。最近は誰かと一緒にいることが多く、そういったときはユニカもあまり話しかけてこない。
「それだったら、探索者と狩人を入れ替えて貰えばよかったな」
それまで、精霊は狩人や探索者などの別々の精霊と契約するのだと思っていた。しかし、狩人の精霊と契約をしても姿は大して変わらなかった。
どうやら一人の契約する精霊は生涯同じ精霊のようなのだ。他の人間の精霊を見たことがないから、憶測だがそういうことになる。
精霊が狩人の戦い方を知り、学んでいくと契約した人間にも影響を与えるということなのだと、アラトは思うことにしている。正確には分からないが、自分では確かめようがない。
大事なのは、いかに強くなることが出来るのかということだった。
今のところ狩人の精霊も探索者の精霊も気に入っている。だが、もっと強くなるにはどうしたらよいのかと、アラトは一人になるとよく考えていた。
狩人をマスターすればいよいよ上位精霊との契約を行うことが出来る。
上位の精霊と契約することが出来れば、一段強さは上がると言われているが、どれほどの差があるのかアラトには想像もできなかった。
『今切り替えた。どう?』
「どうって、言われてもな」
アラトが精霊をちらりと見ても、違いが分からない。アラトになにかアピールでもするようにショートソードを振り回している。可愛らしい姿ではあるが、いつもと変わらった気がしない。
『そうだね。能力もそれほど変わらないし、少し探索者より俊敏さがあがったくらい。武器を切り替えたりする速度にかかわってくるから、狩人にはいいかも』
「そんなことまで分かるようになったのか? というか精霊を変更出来るなんて聞いていないけど」
『最近出来るようになった。暇だったから色々調べていたの』
ユニカは何でもないことのように言うが、アラトにしてみればとんでもないことのように思える。この世界の住人でそんなことが出来る人間は果たしているのだろうか。
地上から大穴に降りていく間、ユニカから能力のことを聞いていた。
どんな能力が存在して、その能力はどんな効果があって戦いに影響するのか。
そんな話を聞いていると、声を掛けられた。
「なあ。ちょっといいか」
アラトは驚いて目の前の少年たちを見る。穴蔵に潜む浮浪児たちだと思われた。
「どうしたんだ」
どう答えていいかと迷った挙句、そんな言葉が出た。
アラトよりいくつか下のように見える少年と少女。それよりも幼い少女が恐る恐るこちらを見ている。
なにかじっと確かめるような視線がアラトのことを見ていた。
簡単に言えば、彼らはこの穴蔵から脱出したいのだということだ。いや、アラトたちのように更に深い場所に行っても良い。せめて人間らしい生活を送りたいということだった。
「だけどなんで俺に話しかけたんだ?」




