すきな女の子とスルまえに
王太子であるボクは、今まさに結ばれようとしていた。
初めて見た女の子の裸にどきどきしている。
しかも、うつくしい。
しかもしかも、ボクが大好きな女の子なんだよ!
「王太子殿下」
ベッドに正座していたナーリャが、ボクに向かって深々と頭をさげた。
「な、なにをあらたまって」
「無礼をお許しください」
「な、なにを突然!? ボクとナーリャの仲じゃないか」
「ありがとうございます。ですが、こういう風にならなければ周りに聞かれずふたりきりなるのは難しいです」
「ど、どういうこと?」
ナーリャが顔をあげた。
お、おっぱいが! きれいな顔が! ああ、黒髪に触りたい!
「側近の方々も、殿下の耳に痛い事はおっしゃいませんし」
「そ、そうだね! ふたりきりだね!」
したい。
ナーリャはきれいで。いいにおいがして。
「な、ナーリャ、わ、わかったから、あとでちゃんと聞くから!」
「今、聞いてください!」
「で、でも」
「殿下。もし殿下が強くお望みなら、この体、今すぐ好きに扱われても逆らいません。ですが、もし、わたしに少しでも本当に好意があるならば、話を聞いてください。お願いします」
「え……」
したい、したい、したい。
すごく、したいです!
裸のナーリャが、目の前に、裸のナーリャが。
くちびる!
おっぱい!
おしり!
ああもう、下半身が熱くて苦しい!
でも、ナーリャが、うう、うううっ。
「……わ、わかったよ」
「ありがとうございます。殿下ならわたしの言葉を聞いてくださると思っておりました……それに、もし関係を結んでしまえば、心の弱いわたしは言えなくなってしまうかもしれません」
「なんのはなし」
「何度も言っておりますが、わたしは、王妃になることを望んではおりません」
「それは、あのプリシラや取り巻きに脅されて――」
「いいえ。本心です。ここまで殿下に全てをさらしているわたしが、どうしてここでウソをつく必要があるのですか」
「え。で、でも、ボクと結婚すれば」
「わたしが殿下と結ばれたとすれば、殿下は王太子の地位をうしなうでしょう」
「そんなことは、だってボクは長男で王太子――」
「あります」
「ないって。考えすぎだって、だから――」
「殿下もご存じのように、第二王子殿下であるワイド様は優秀です。誠実で、気配り上手でもあります」
「あ。まぁ、そうだね」
「しかも、第二王子殿下の婚約者であるアデーラ様も優秀です。性格もよい方で、皆に慕われております、それでいて上品さを決して失わない方です」
「あ、まぁ、そうだね」
どうして? どうしてここで弟カップルの話が!?
そりゃボクから見たって、ボクと婚約者よりぜんぜんお似合いだし。
でも、ボクとナーリャなら――
「そして、正直申しまして、殿下の婚約者様であるプリシラ様は、粗暴で傲慢、かつ、成績もアレなどうしようもないかたです。ですが。そのご実家の公爵家の力は絶大です」
「それだけはね。だからナーリャを――」
「ですが、それだからこそ、殿下の後ろ盾として最強なのです。ひきかえ我が実家は子爵家にすぎません」
「ナーリャの実家の力が欲しいわけじゃ――」
「婚約者様の実家の後ろ盾を喪えば……殿下は王太子ではいられなくなります」
きっぱりと断言された。
「いや、でも、まさか」
「筆頭公爵家にして、財力、領土、兵力。どれもとびぬけた存在です。第二王子殿下の婚約者様の御実家でさえ、対抗できるかどうか……」
「そんな!?」
「……わかっていらっしゃらなかったんですね。ですが、まちがいないところです」
ナーリャの目は真摯だった。
裸だけど。
おっぱいとかおしりとかやわらかそうだし。
あんなところまで見えてるし!
あーうーもー。
「だ、だけど、キミは、あいつにいじめられて」
「ええ。確かに。ですが、公爵家の娘が子爵家の娘をいじめる……これは全く罪になりません」
「そんなこと!」
「あります。婚約者に近づいた無礼で身の程知らずな女を制裁した、それだけのこと、として扱われるでしょう」
「……」
「逆に、向こうは、殿下がわたしと不貞行為をしたといって責めるでしょう。おそらく、殿下の有責で幕引きが図られるかと思います」
「ぼ、ボクだって個人財産くらい!」
「計算してみましたが、おそらく、すべて取り上げられるでしょう。我が子爵家も同様な目にあい、破産する可能性が高いです」
「そんな……」
「殿下が側近の方と策している婚約破棄。そんなことを実行すれば、最悪の未来が待っているだけです」
「ははは、ナーリャは考えすぎ――」
ナーリャの真剣なまなざしが、ボクの言葉を途中で蒸発させる。
「よくて、うちへ婿入り。うちへ婿入りしたとしても、破産して爵位を返上した我が家にですから、殿下は平民です。最悪の場合は、いきなり平民におとされ、残った賠償を払うために徒刑囚にされる可能性も」
「ま、まさかぁ」
「まさかではないです。それが現実です」
「でも、ボクは王太子で――」
「婚約破棄をした時点で、後ろ盾を失った王子。筆頭公爵家を敵に回した王子に過ぎなくなります」
「でも」
「でも、も、だってもありません」
ボクは、だって、と言うのを封じられてしまった。
不意に、このベッドの下に、果てしない深さの崖があるみたいな気がしてきた。
「じゃ、じゃあどうして!? どうしてこんな風にボクと……」
「さっきも言いましたが、殿下と二人きりになる方法がこれしかなかったからです。側近の方々は殿下にとって耳当たりのいいことしかおっしゃいません」
「ぼ、ボクのこと好きじゃないの!?」
「愛しております」
「え」
「だからこそ、殿下に現実を見ていただきたかったのです」
ボクの口から情けない声が漏れた。
「見たくなかったよ……」
「殿下、わたしを好きにして構いません。ですが、わたしと結婚しようとか、プリシラ様と婚約破棄をしようとか考えてはいけません」
「こ、こんな状態で、そんなこと言われても……」
目の前にだいすきな女の子がいるのに!
生まれたままの姿なのに!
愛してるって言ってくれたのに!
しかも好きにしていいとまで!
ボクは思わず手を伸ばしていた。
ナーリャの肩をつかんでいた。
ぴくり、と肌が震えるのを感じた。
ああ、ああ、ああ。
できる、このままできる。ボクはナーリャを――
「一時の遊び、女の体を経験するよい機会。そういうことでしたら、好きにしてくださいませ」
哀しそうな声。
こんなにも胸を震わせる声を聞いたのは初めてだった。
だいすきな女の子に、こんな声を……。
ボクは溺れそうな人みたいな息をした。
あえいだ。
目を瞑った。
強く強く瞑った。涙がにじむくらい強く。
息をそっと吐きだした。
引き離すみたいに、肩から手を離した。
その日、ボクは、だいすきな女の子としなかった。
※ ※ ※
元王太子であるボクは、今まさに結ばれようとしている。
女の子の裸を見るのは2度目だったけど、1度目よりも更にドキドキしていた。
しかも、やっぱり、うつくしい。
しかもしかも、ボクが世界でいちばん大好きな女の子なんだよ!
ナーリャ。ボクのいちばん好きで大切な女の子。
「殿下。どうして 婚約解消などしてしまったんですか。わたしは……」
「ああ、ボクはそもそも王太子のガラじゃなかったんだ。ナーリャにあそこで言われて目が覚めた。周りから言われてたから、そんなものだと思っていただけだったんだ」
「殿下……」
「あのあと弟とよく話したんだ。父とも。母とも。あんなにちゃんと話したのははじめてだった」
父のことも母のことも弟のことも、何も知らなかったことを知った。
「みんなボクがどうすれば一番しあわせになるか真剣に考えてくれた」
すごくボクは愛されていた。
「だからこうしたんだ……いちおう政略としては、プリシラ嬢の実家にあれ以上権力をもたしちゃいけないから、ということになった」
実際、ぼくが廃嫡になって、優秀な弟が王太子になると発表されると。
国王派の結束は固くなり、日和見していた貴族達も国王派へなびき、粗暴な筆頭侯爵家への支持は急速に弱まった。
支持を喪って焦った筆頭侯爵家は、新王太子の婚約者であるアデーラの暗殺を企んだ。
プリシラを新王太子の婚約者に押し込もうとしたのだ。
だが、粗暴で短慮な筆頭侯爵ならやりかねない、と網を張っていた国王派によって企みは暴かれた。
一族の半分は処刑されプリシラは修道院へ送られた。
ボクが王太子であったことこそが、まちがいだったのだ。
「でも、あの方と結婚すれば王様になれたんですよ」
「王太子のガラじゃない男が、王様になってはいけないよ」
未練はなかった。
「殿下……わたしがあんなことを言わなければ」
「言ってくれなかったら、ボクは婚約破棄をして、周りじゅうを不幸にしてた」
「ですが」
「ボクの財産はなくなったけど、キミの家にこうして婿入りできた……両親と弟のおかげだよ。あとナーリャの」
「ですが、子爵家ですよ? しかも婿ですよ? わたし、殿下に満足いただけるようなものを何一つ御用意できません……」
「いいんだよ。ボクにはナーリャがいれば。本当にボクのことを案じてくれた。真摯に見てくれたキミがいれば」
「……あの時、こういうことを望んでいたわけでは……それにあの後、殿下はわたしから……離れて……だから、もう」
両親と弟と話し合った後、父が教えてくれた。
ナーリャは身元を徹底的に調べられていた。今、考えれば当たり前のことだ。
ナーリャは、自分が孕めないように処置をする準備をしていた。
もしボクが、あの後も自分を求めてくるようなら、闇医者に依頼してそうするつもりだったのだと。
実家から除籍する準備までしていた。
そこまで覚悟してくれていた彼女に、あの時のボクはなんて恥ずかしい態度だったんだろう!
「あの時、言われたことにちゃんと呑み込んで、自分なりの決着をつけなかったら、キミに向かい会えないと思ったんだ」
ナーリャはうつむいていた。
うつむいた顔もうつくしかった。
今は、ただしたいだけじゃなかった。
ずっとずっと大切にしたくて、愛しくてたまらない。
「……」
「さっきも言ったけど、そもそもボクは、王なんてガラじゃなかったんだよ。キミに言われるまで、あんなこと考えたことがなかった男だぜ」
「……」
「情けないけどね。いたらぬところばっかりで。もうボクのこと嫌いになっちゃった?」
ナーリャはちいさく首を振った。
「……わたしは、そんな素直な殿下が好きに……でも」
「でも? 今は嫌い?」
「だって……こんなことに……殿下が王さまになれなくなってしまうなんて……いつか絶対に後悔を――」
「ナーリャ。ボクはキミが好き。だいすき」
「!」
ナーリャのちいさな肩がぴくっとはねた。
「だから、今夜こそ、その、あらためて……キミを抱きたい。キミと身も心も夫婦になりたい」
「……」
「だめ? 王太子じゃなくて単なる婿さんじゃだめ?」
ナーリャは顔をあげた。
その涙にぬれた黒い瞳を、ボクは一生忘れないだろう。
どんな黒いダイアよりも美しかった。
そのままキスされた。
くちびるとくちびるを合わせるだけのキス。
「さっきから……なにをあたりまえのことを言っているんですか。だって好いた方との初夜ですから……いいに決まっています」
その夜。
ボクははじめて、だい好きな女の子とした。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




