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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

劇団員になろう!え?ダメ?

作者: 佐佐木誉
掲載日:2026/04/21

「田代くん、君はクビだ」

 上京7年目、エリート大学を卒業した俺は外資系コンサルに就職、盛大に稼ぎ、豪快に飲み、美女と遊び、およそ世の中の人の羨む『勝ち組』人生を送ってきた男だ。

 その自負が、今部長から発せられた言葉を拒絶している。

「え、今なんて?」

「加藤くん、君はクビだと言ったのだ。退職勧告だ」

「どうしてですか!」

 聞き間違いではなかった。だが反論せざるをえない。

「成績は常にトップクラス!その上コストを徹底的に抑えた経営戦略をいくつも編み出し、私の手がけた会社は軒並み成績を伸ばしてる!それなのに」

「確かに、君の手がけた企業は売り上げを伸ばしている。人件費も抑えている。『短期的に見れば』成功だ。だが」

 部長はそういうと、息を吸い直し。

「企業規模にそぐわない無闇な大型案件の受注により、売り上げは伸びるも利益は薄く、現場は疲弊。

人件費の高いベテラン人材の解雇により、生産体制は下支えを失い、現場は右も左も分からない、言葉すら怪しい海外労働者で混乱している。

この会社はやがて勢いを失うだろう」

「しかし、私は最新の方法を導入して、売り上げを短期でも大きくする方が良いと考えました。特にこれから大きくなる中小企業では」

「君はそれを、末長く地元民に愛される饅頭屋にやったのだ。そもそも、君は勘違いをしている」

「勘違い?」

「ものには適切な大きさというのがあるのだ。かつては大企業がもてはやされ、売り上げの大きさが、勲章のように輝いていた時代もあっただろう。

だか、大きいからこそ、意思決定が遅くなり身動きが取れなくなりもする」

「…」

「鯨には鯨の、魚には魚の世界があるのだよ。これはこれから君が生きていくのに必要なことだ。覚えておきたまえ。私は君を買っているのだ」

「ではなぜですか?なぜ私を解雇するのですか?そんなに買ってくださるのなら、私を近くに置いて」

「君はもう少し、方便というものを覚えた方がいい」

 部長が、目の鋭い笑みを浮かべる。

「!」

「いや、冗談だよ。そんなに深刻な顔をするな。

知っての通り、我が社がなぜこれだけ給料が高いか、その意味がわかるかい」

「優秀な者には見合った給料が支払われるべきだからです」

「違うよ、それは副次的な物だ。

 この会社で培ったことを元に、自分で事業を起こすためだ」

「!」

「そもそも、君は本当の力を隠している。うまくやれているかもしれないが、私たちは君の全力が見たいんだ。私の見立てでは、君はこんな会社に納まる人間ではないよ」

「ですが!」


「もういい加減、人から羨ましいと言われるためだけに生きるのは辞めたまえ」


「っ!」

 そう、そうだった。

 俺は本当は何もしたくないんだ。

 ただ皆が羨んでるから、それがいいものなんだと皆が言ってるから、俺はそれを叶えるべく生きてきた。

 本当は酒に弱いし。

 女はよく分からなくて苦手だし。

 遊んでいてもいつも虚しさがついて回る。

「おめでとう。君の人生はここから始まるのだよ。求めよ、さらば与えられん」


 俺は解雇を告げられた後、何も手につかず、体調不良を理由に早退して、駅近くのカフェで、ただ飲み干したコーヒーカップを見つめていた。窓から外を眺めると、激しい雨が降っていた。

 今日はもう、すぐ帰って寝ようと思ったのだが、運悪く人身事故で電車が停止。駅のホームで待ち続ける気力もなかったので、雨の中、目についたカフェに入った。

 俺が、解雇。

 プライドが傷つかなかったと言えば嘘になるが、それ以上に傷ついたのは。

 俺が本当は空っぽだって見抜かれたこと。

 それに向き合うことを余儀なくされたことだ。

 俺は、どうすればいいんだろう。


 俺はその後、雨が上がったのでヤケになって飲みまくった。

いくつもの居酒屋や夜の店を梯子し、千鳥足で、もう復旧しただろう、帰りの駅へ向かう。

 学生の頃と比べたら、考えられないほどのお金を使ったが、何もない。虚しさが募るばっかりだ。

 いっそこのまま、死ぬまで人の羨ましいを体験し続ける人生を送ってやろうか。それはそれで、傑作かもな。


「今週末、ここで舞台やりまーす!見に来てくださーい!」


 そんな俺のアンニュイなどつゆ知らず、公道路の先ででやたら通る明るい声が聞こえてくる。

 なんだ?

「劇団トリコロール、シェイクスピアお許しくだ祭、第一弾!

演目はハムレット!シェイクスピア屈指の悲劇を野外でお楽しみください!

安心してください!うちのハムレットはイケメンですよ!

是非、メロメロになってください!」

 よく通る明るい声に、俺は蛍光灯に惹かれる蛾のように引き寄せられていく。

 見やると、年は19歳、くらいだろうか。目鼻立ちのぱっちりした女の子が、ビラを配っていた。

「ああ、そこのお兄さん!よかったらビラ受け取ってください❤︎」

 ハートを挨拶感覚で振り撒かれた。爽やかなあざとさに、俺は自然とビラを受け取ってしまう。

 ハムレット…?知識として、シェイクスピアの四大悲劇の一つ、というのは知っている。だがそれ以外は何も知らない。

「ああっ、悲劇だからって敬遠しないで!

ちゃんと面白シーンもあります!

ラストは圧巻のラストと音楽で、皆さんを虜ロール(トリコロール)します!」

 ニカっと、自分を疑わない笑顔。ここまでくるとうるさいってか暑苦しい。ギャグもうざい。

 値段は…4000円。キャバクラで30分も潰せないほどの安い金額だ。

 どうせ、もうやることもないんだ。

「チケット1枚、ください」

「うっひゃぁ!ありがとうございます!1枚4000円のところ、路上売り値引きで3500円でーす!」

 普通、プロモーションするとその分の人件費がかかって値段が高くなるのではないか?とか思いつつも、素直に4000円を出してお釣りを受け取る。

「開演は日曜の11時!ここのすぐ近くの野外劇場でやります!野外演劇なんで入退場は自由!飲食OK!でも一回限りなので、見逃し厳禁です⭐︎」

「あ、はい、わかりました」

 俺はチケットを受け取ると、後ろに明るい声を聞きながら、帰路に着いた。

 今週末、そういえば昇進のための資格勉強しようとか思ってたな。それよりか、幾分マシな予定ができた。あまり期待はしていないが、まあ、暇つぶしにはいいだろう。


 圧巻だった。

 圧巻だった。

 圧巻だった。

 いや、それ以外に思考できない。他に何と言っていいかわからない、それくらいに、圧巻だったんだ。

 見終わっても現実か演劇か分からない夢現のまま、ちょっとだけ振り返る。


※※※


 当日、俺は軽装で来ていた。

 天気は快晴。太陽は燦々と輝いていた。何だか学生時代、野外フェスに行った頃を思い出すなあ。

 客は、割と結構来ていた。俺みたいな若めの男もいれば、白髪の爺さんや婆さんが夫婦で来ていたり、若いギャルなんかもいた。

 あと、なんか妙に容姿と格好が整っている人も。役者かな?

 公園の入り口には昼間から酒を飲んでるおっさんやホームレスもいる。何だ、あの人たちも演劇見られるんじゃないか。金払って損した。


 スタバで買ったコーヒー飲みながら、あらすじを改めて読む。

 古代デンマーク王国。

 父親を陰謀で殺された王子は、恋人や親、運命に翻弄されながら、復讐を果たしていく…。

 暗いな。それが第一印象。

 しかも馬鈴薯とかレアチーズみたいな変な名前が多くてとっつきにくい…。

 そもそもなんで俺が貴重な休みを潰してこんなの見なきゃならないんだ。俺は人生のこれからを考えなきゃいけないのに。

 そう思ったらムカついてきた。大体4000円も払って、つまらなかったらその分の時間はどうしてくれるんだよ。そうだ、見終わってあの女の子に文句を言ってやろう。

 そんな考えをしてると、開演のブザーがなる。

 さーて、どんなふうに貶してやろうか。

俺は粗探しをする愉悦を覚えながら、幕開きを見た。


 場面は城の見張り台。

 看守たちが話し合うところからスタートした。亡霊が出るとか何とか、言ってる。

 見張り台、というのに、本格的なセットではなく。ハリボテでそういう風に見せているだけだ。うわ、安っぽい。

 俺は指摘できる問題点を見つけると、少し得意げになった。

 舞台では、あれが亡霊だ!亡き王の亡霊だと叫んでいる。はいはい、今度はどんな安っぽい衣装で楽しませてくれるのか。

 うん?なんか、俺の隣を指さしてる?

指の先に視線をやると、


 ドス黒い、何かがいた。


 !なんだこれ!なんだこれ!

 全身が鳥肌立って血の気が引く。

 心臓が早鐘を打ち、一刻もこのヤバい存在から逃げろ体全体が言っている。

 会場からどよめきが聞こえるが、取り乱す人はおらず、そうか、これは芝居なんだと思い出す。叫ばなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。俺は何とか息を落ち着かせて、隣の黒いやつを見る。これ、よく見たらさっき公園の入り口で寝転んでたおっさんだ!ホームレスじゃなかったのか!?

 復讐を果たせ…復讐を…と、ぶつぶつ呟きながらゆっくり舞台に向かって歩いていく。

 真昼の快晴だってのに、冷や汗が止まらない。何なんだあれは。何なんだあれは!

 同じ人間なのに、異形の存在感。これが、舞台演劇…。


 舞台に視線を戻すと、いかにも繊細そうな、憂を帯びた青年が立っていた。

 髪は色の薄い金髪、立つ姿は華奢。でも目におどろおどろしいものが宿ってる。前評判通り、確かにイケメンだ。あれがハムレットか。

 ハムレットは、父の亡霊と対話をする。そして真実を知ったハムレットは、復讐を誓った。

 壮大な音楽と共に、これからこのイケメンは、壮絶な復讐をしていくのだと、決意新たな顔をしている。同性の俺でも惚れてしまうようなイケメンだった。実際観客席から女性の黄色い声援が聞こえる。

 大盛り上がりを見せ、ハムレットの復讐が幕を上げる、


のだが。


『復讐をするんだぞ、わかったな?』

『わかったよ』


『本当にわかったな?(耳元で囁きながら)』

『わかったって』


『(退場しかけて戻って来て)本当の本当に復讐するんだぞ!』

『わかったわかった』


『(退場したと思ったら床の下から出て来て)復讐しなかったら、お父さん許さないからな!』

『わかったってば』


『(足にまとわりついて)復讐してくれなかったら、お父さん泣いちゃうんだからね!お父さんからの一生のお願い!もう死んでるけど!』

『わかったんだってば』


 などと、軽いセリフを物々しい声でしつこく言われるものだから、自然と口元も緩み、会場から笑いが上がる。お、面白い…!!!

こ、これも演劇!


 などと考えてるうちに物語は進み、舞台に1人、ハムレットが残される。

 そこでポツポツと、喋り始める。


『為すか、為さぬか、それが問題だ』


 その凜とした一言で、背筋が伸びる。

 その一言を、皮切りに、ハムレットは訥々と語り始める。

 なぜだろう、俺は王子に会ったこともなったこともないのに。国をまとめる責任だったり、恥をかかされ汚名返上したくてもそれが容易にできない人間関係のしがらみだったり、人を殺すことへの恐怖だったり、恋人への思いだったり、色んなことが伝わってくる、いや、否が応でも想像してしまう。

 昨日の夜、ハムレットという作品の感想を調べていた。曰く、ハムレットはダサい甘ちゃんだとか、独りよがりのナルシストだとか、散々な言われ方をされるものもあった。

 でもこのハムレットは、本当なんだと。

本当に悩んで、生きてるんだと、伝わってきた。その悲痛な表情一つ一つが、同性の俺でも見惚れてしまうくらいに美しかった。

 あの女の子が言っていた、いや想像以上に、魅力的なハムレットだ。


 この後、ハムレットはどう復讐をするのだろう。復讐をしてしまうのだろうか。

 さっきまでの不満などどこ吹く風、俺はすっかり物語の中に入ってしまっていた。

 すると、ハムレットの恋人、オフィーリアが出て来た。あ、あの子だ!

 だがその表情は全くの別人だった。

 明るく愛想を振りまいていた売り子の時と全く違い、恋人に疑われ追い詰められていく絶望の顔。

 いわゆるネガティブ、というやつなのに、どうしてか、心が分かってしまう。そこに同情せざるをえない、いやしたくなってしまう。共感してしまう。

 それでもハムレットに口汚くののしられ、やつ当たられ、オフィーリアは去っていく。

 そこでどこか、既視感がちらつく。


 ああ、そうだ。良子だ。

 去年の夏。金に物を言わせて、店で一番見てくれの良かったキャバ嬢と付き合っていた。

 最初の頃はよかったが、次第にケンカが増え、ピーチクパーチクやかましくなっていった。

 やれ、あなたのやってることは間違ってるだの、やれ、自分を出して、だのうるさかった。

 そこまで考えてハッとする。

 あの時、良子は俺のことを気遣って忠告してくれていたんだと。

 ハムレットとオフィーリア、俺と良子が重なって見える。あの時の良子は、あんな気持ちだったのだろうか…。

 そしてそのまま。

 オフィーリアは、川に流され、死んでしまった。ああ、なんて悲しいんだろう。でもなんて美しいんだろう。

 ネガティブって、ダメなことばかりじゃないんだ。

 わざとらしくない、悲劇のヒロインに感情移入して、悲しみをジーンと味わっていた。


 のだが。

床が下がり、うつ伏せとなったオフィーリアが舞台の下に沈んでいく。

 デデン デン デデン、と重厚な音楽が鳴る。


 オフィーリアは片手をあげて、サムズアップをしていた。


 さっきとはまた別の何かが頭をチラつく。

 そうだ、SFの名作、ター⚪︎ネーター2のラストシーンじゃねえか!

 さっきまでの悲しかった空気はどこ吹く風、クスクスと笑い声が会場に木霊した。

 余韻ブレイクなんてもんじゃない。

 悲しみに沈ませきってくれない、そのむしろ意地悪な、イタズラ好きなこの演劇というか、あの子の性格が垣間見えて、俺はちょっと好きになっていた。

 後で良子にごめんと謝ろうと思いながら、俺はニヤニヤしながら、物語の続きを待った。


 ラスト、ハムレットの決戦。

 鮮やかな剣捌きによる勝利もつかの間、毒を飲んでしまったハムレットは死の淵にあった。

 言葉を残しながら死んでいくハムレット。

 そこには、王としてこの国をよくしたいという夢だったり、素敵な伴侶を見つけて幸せを掴みたいって願いだったり、外の世界へ冒険に出かけたいって望みだったり、様々な欲が、この一瞬の死で叶わなくなる、という悲しさが、未来ある若者が何もなさずに死んでしまう虚しさが、復讐を果たして名誉を守ったって少しの気高さが、いろんな感情がごちゃ混ぜになって。俺は涙を流していることに気づいた。

 ああそうだ。ハムレットは死んだ。でも俺は生きてる。

 生きていればあんなこともこんなこともできる。

 生きてるって、ありがたいんだ。


 解雇されて嘘がバレてお先真っ暗になった。

 金稼いでナンボ、勝ち上がってナンボ、暗いやつは負け犬だと思ってた。でも自分が職を失ってとても惨めだった。死にたくなるくらい惨めだった。だけど、悲劇を見て。少しだけ、心が軽くなった。俺は1人じゃあないんだって思った。もっと頑張ろうって思った。

 そんな思いと共に、舞台は終わった。


 そこからのカーテンコールは、いい意味で酷かった。

 大砲のような音が鳴ったと思ったら、床から衣装を着たままの役者たちが、ギター、ベース、ドラム、キーボードを携えて競り上がって来たのだ。

 爆音によるロックミュージックと共に、役者紹介が始まる。しかもボーカル兼司会は、オフィーリアのあの子だった。

 最後に盛大な余韻ブレイクをされて、万雷の拍手と共に、舞台は終演を迎えた。


※※※


 俺はぼーっとしたままの頭で、まず、良子にLINEを入れた。

 もしかしたらブロックされてるかもしれない。でも、もしかしたら届くかもしれない。そう思って、ただあの時はごめん、と送った。


 しばらくすると、役者たちが会場に降りて来た。

 役者面会、というやつらしい。

 ハムレット役の人のところにはたくさんの女性が詰めかけていた。

 看守、とかやっていた人たちは、何人かとの挨拶もそこそこに、会場整理を始めていた。ああ、チームワークができてるんだ。

 あの子は…うわ!やっぱりすごい人気だ。老若男女問わず様々な人が集まっていた。

 普段なら、このままいいもの見た、と思って帰るのだが。

 俺は胸に熱いものを感じながら、あの子と話せるのを待っていた。


「あ、あの時のおにーさん!来てくれたんですね!」

「うん」

「どうでした、舞台は?まさか貶してやろうとか思ってないですよね?」

「べっ、別にそんなことないよ。とても面白くて、新鮮だった」

「あはは、いいんですよ。舞台をどう感じるかはお客さんの自由ですから♪

でもその顔は嘘じゃなさそうですね!

ご来場、ありがとうございました❤︎」

「あ、あの」

「なんですか?」

 たった一言。それを自分で言うのがこんなに大変なんて思わなかった。言葉が、でてこない。

「?」

「げ」

「げ?」


「劇団員になりたいです!」


「あー…ごめんなさい、今、募集してないんですよ」

「え?」

 ダメ?

 せっかく夢中になれそうな、何か可能性のあるものを感じたのに!

 俺は再びお先真っ暗になってしまった。

「あーわわわわ、しっかりしてください!

ま、まずはちょっとお話ししましょう!

舞台前で待っててください!

主宰連れてくるので!」

 俺は今後どうなるのか、考えを巡らせていた。そもそも、俺は演技なんてこの方したことがない。全くの素人だ。やはり、どこか専門的なところで学ばないと、ダメなのではないか。いきなりやったことがないことをやるなんて、無謀なのではないか。俺は、また自分が暗くなっていくのを感じた。


 10分後。

「どうしたの?」

 面会を切り上げて、ハムレット役の人とさっきの人がこっちにきた。うわっ近くで見るとマジでイケメンだ。まつげ長い!顔小さい!肌ツルツル!

 女の子が間に入ってくれる。

「この人が劇団に入りたいって言ってくれて。でも今、募集、してないですもんね…」

「ふうん」

 品定めをするように、俺を見るイケメンさん。なんか、こんなカッコいい人に見つめられると落ち着かない…。そのケはないのだが、少し恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じる。

「あっ」

 隣の女の子が何かを察したのか声を立てた。違うってば。

 やはり、ダメなのだろうか。この人たちが本気で演劇やって来たのは、わかる。そんなところに、俺みたいなポッと出のしょーもない無職がやって来ても、無駄なのだろうか。

「いいよ」

「「え?」」

「いいよ、まずは見習いからだけど。これからよろしく」

「瀬尾さん、いいんですか!やりましたね、お兄さん!」

「あ、ああ!ありがとうございます!」

 俺は、胸が高鳴るのを感じる。この気持ち、なんだろう。心臓が激しく脈打ってるけど、嫌な気持ちじゃない。あ、そうか。これが、ワクワクか。俺はつい感激のあまり、イケメンさんの手を掴む。

「ひゃっ」

 女の子が顔を手で隠す。でもしっかり指の間から覗いてくる。違うよ?

「これからよろしく。君、名前は?」

「田代。田代大地です!」

「田代くん。ふーん」

 意味ありげにゆったりと喋るイケメンさん。これが余裕ったやつか?こんなふうに色気を持ちたいものだ。俺は羨望の眼差しでイケメンさんを見る。

「きゃっ」

 また女の子が声を上げた。だから違うって。

「これからよろしく、田代くん。

ボクは瀬尾。瀬尾京士郎。

ところで」

「え?」

 瀬尾さんは顔を近づけ、耳元で囁いてくる。

 女の子がもう何か言ってるが聞こえない。


「ボク、女の子も好きだけど、男の子も好きなんだ。

キミ、すっごく、ボク好みだ。

無理やりは趣味じゃないけど、少しずつ、仲良くできたら嬉しいな」


「え?えーーーーーーーー!!!!!!?」

 新しい扉を開いたら、違う新しい扉が開きそうになった。

 瀬尾さんはゆっくりと俺の手を絡め取る。

「大丈夫、初めは優しくするから」

「稽古ですよね?稽古ですよね?稽古のことですよね?」

「たっぷり可愛がってあげるよ」

「躾ですよね?相撲とかでよく聞く躾の方ですよね?ねえ?」

「それはキミ次第さ(意味深)」

「意味深に言わないでください!」


 悲報 憧れの俳優にいきなり愛を告白された


 まさか愛を囁かれるなんて!そもそもいきなり告白とか順番すっ飛ばしてない?ねえ?イケメンだったらなんでも許されるのか?

「あ、ねえ、君からもなんとか」

「来た」

「え?」


「きたーーー!ーーー!ーーー!ーーー!」


「ええ!?」

「不肖、真森せつ子。

いつの日か劇団の男優が瀬尾さんのハートを射止めてくれると信じていましたが、まさか、今日初めてあった人が射止めちゃうなんて!

しかも頼りない感じと、余裕たっぷりな感じの組み合わせ!

でもベッドの中では攻守逆転、余裕たっぷりな瀬尾さんをお兄さんが不器用に、でも激しく攻めて…❤︎❤︎❤︎

ああ!こんな幸せがあっていいのか!二次元も三次元もイケる私が、いつか瀬尾さんという最強キャラを撃ち落とす男を、激しく絡み合う奇跡を目撃したいと願っていた私が!

こんな幸福を味わっていいのか!願いが叶っていいのか!

うーーーー!最高ーーーーーー!」


 悲報 憧れの女優が腐女子だった。


 でもなんか、さっきまで上手くやれるかなとか悩んでた自分がバカらしくなってきて、思わず、


「あっはっはっはっはっはっは!!!!!」


 腹の底から笑ってしまった。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。涙も出るくらい、笑った。

「田代くん、いや大地。その表情いいね、すごくいい」

「へー、お兄さん、そんな風に笑うんですね〜あ、鼻血が…」


 こうして、俺は、役者という世界に飛び込んだのだった。

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