4.使い捨てのペン-ザン視点☆
これ書いててめっちゃ楽しかった
北部の風は寒いが、胸のうちは熱い。
今日から俺はここの兵士、ザンだ。
誰も俺が陛下の目であることを疑いはしないだろう。
公爵家が積み上げてきたものを、この手ですべて灰にしてやる。
あの二人の先輩方は『慎重に』なんて言うが、慎重すぎて機を逃しちゃ意味がない。
あの人たちは家の中でコソコソ動くしかないが、俺は兵士だ。
武力も情報も直接扱える、実効性の高い成果を出すのは俺の役目だ。
俺が兵士として内部の警備体制を掌握し、あの猛毒を最も効果的な場所に届けてやるんだ。
新入り扱いされるのは最初だけだ。
作戦が始まれば、俺の立ち回りが一番重要になるはずだ。
一年後、俺は英雄として王都に帰る。
見ていろ、俺はあいつらとは違う。
この任務は、俺が成功させてみせる。
事前準備として山中の池に植えた種は無事に芽を出した。
あれは北部の環境にも適応できるようだ。
公爵領まで来たのが無駄足にならなくて良かったぜ。
それにしても爆発的な増え方だ。
俺は植物なんぞに詳しくないが、さすがに異常な成長力だとわかる。
こいつが兵器として使えるようになれば、バストホルム王家は向かうところ敵なしになる。
銀と兵器、この二つの力で王家は世界を手に入れるんだ。
王家の覇道、そのさきがけを担うのがこの俺だ。
これ以上の光栄があるだろうか。
これは、ついに俺の時代が来たんじゃないか?
ここで公爵家を揺るがす功績を立てれば、王都に戻ったときには叙勲されるかもしれない。
陛下が見ておられるんだ、しっかりと期待に応えなくては。
ついに計画を始める時が来た!
まずは第一段階として、この葉を兵舎裏の井戸に投げ込んでやるんだ。
先輩から『毒がしみだしやすくなるよう、葉を傷つけろ』と言われたが、いちいちうるせぇな、言われなくても分かってる!
それにしても、この数枚の葉が、傲慢な公爵領を地獄に変えるのか…。
これが成功すれば戦争が変わるぞ。
何も知らずに公爵に仕える愚か者たちは、自分たちの身に何が起きたか分からないまま、苦しんで死ぬんだろう。
これは王家のためだ、公爵の勢力を削ぐことは、国を一つにするための必要な犠牲だ。
あのいけ好かない公爵は、変わり果てた領地を見て絶望するんだろうな。
いい気味だ、王家に反発すれば地獄を見るとハッキリ分からせてやる!
チッ、思わぬ誤算が起きた。
汚染された井戸水を使った数人が体調不良になった。
もう少し葉から毒をしみ出させる計画だったが、あのバカ兵士ども、予定よりも早く井戸を使いやがった!
計画通りに動かないクズの無能どもめ!
……まぁ、いいだろう、どうせあいつらも死ぬんだ。
それよりも小さな井戸とはいえ、たった数枚の葉を短時間入れただけで、軽く中毒を起こすくらい汚染できることが分かった。
これを参考にいろいろ試して、さまざまな事例を陛下に報告すれば、俺の価値が上がるんじゃないか?
そうだ、それがいい!
今後、バストホルム王家は多くの街に葉を使うことになるんだ。
枚数の調整が必要になることもあるはず。
その時のために俺がここで実験しておけば、のちのちの王家の役にも立つだろう。
これは功績になるぞ、さっそく計画を立てなければ!
しかしシューリスで実験を始める前に、問題が起こった。
よりにもよって俺が門番をしている時に、公爵の妹が帰ってきたのだ。
護衛の男が馬車を通せと言っているが、俺の頭は混乱していた。
どういうことだ、あの女が王都を出たなんて連絡は来てないぞ?
秘かに王都を出た?何のため?
そうだ、馬車に家紋が付いていない、きっと本人じゃないはずだ。
第一、公爵家に動きがあれば、王家の監視が知らせてくれるはずだろ!
王都の連中は何やってるんだ!
どうする、この時期に来るなんて、計画を知っているかのようじゃないか。
まさか知っているのか?なら味方か?
王家は女を引き込んだのか?
しかし敵だったら…いや、こう考えよう。
俺が妹本人か確かめるんだ。
この女が敵だったら、帰ってきたことを王家は知らないかもしれない。
それを報告すれば俺の功績になるぞ。
もし王家が把握していても、王都からの連絡ミスを報告すれば、俺の印象はきっと良くなるだろう。
よし、それだ!何としても本人か確認しなければ…。
銀のカトラリー?そんなもの知るか!
「ご令嬢の来訪を知らされておりません!馬車の中を確認します!」
「お前じゃ話にならない!衛兵隊長を呼んで来い!」
「今は俺が門番です!馬車の扉を開けてください!」
護衛ごときが、調子に乗りやがって!
俺は本来、王都の騎士だぞ!?田舎の兵士が邪魔をするな!
しかし男を殴りつけようとした直前で、騒ぎを聞きつけたのか衛兵隊長がやってきた。
「大変申し訳ございません!すぐにお通り下さい!」
「衛兵隊長!新入りの教育不足だ!その者と教育係を詰所で待機させておけ!」
くそっ…もう少しだったんだが、衛兵隊長が馬車を通してしまった。
衛兵隊長によって、俺と俺の教育係の兵士が詰所に押し込まれる。
公爵の妹を逃したことに、思わず歯ぎしりするような悔しさを感じていると、あの腹の立つ護衛がやってきた。
「お前!貴人の馬車に言いがかりをつけるとは、死にたいのか!もし他家の方が乗っていらしたら、その場で首を切り落としていたぞ!」
「くっ…!申し訳ございません…ですが不審な馬車を入れてしまっては、城内の治安にも影響が…」
「言い訳は無用!判断できないなら、最初から上に指示を仰げばよかったんだ!なぜ一人で解決しようとした!」
「…隊長に手間をかけさせるべきではないと考え……」
「その結果、大きな問題になっただろうが!!一体何を考えているんだ、その頭の中身は空なのか!?」
クソックソックソッ!!
なぜ栄えある騎士の俺が、田舎の兵士ごときに!
王都に帰ったら!いや、この地でこいつを殺してやる!
歯ぎしりしながら屈辱に耐えていると、男は満足したのか詰所から出て行った。
衛兵隊長と教育係がため息をついている。
「君さぁ…叱られてるのに反抗的な態度を取っちゃいけないよ。見た目だけでもしおらしくしなきゃ」
「隊長…すみません、私の教育不足です」
「いやまぁ、君は良いんだけど…。ああ、さっきの人はお嬢様が気に入ってる護衛だから、目をつけられないように気を付けてね。出世なくなるよ?もう遅いけど」
「ぐっ…申し訳、ございません」
「はぁぁぁ…この調子じゃ今日は働けないでしょ。この後は非番にしておくから、大人しく休みなさい」
クソッ!どいつもこいつもコケにしやがって!
今に見てろ!全員、地獄の中でもがき苦しみやがれ!
黙ってうつむいていると、衛兵隊長が教育係を連れて出て行った。
その後、スキを見計らって居住区域の近くまで忍び込み、使用人としてもぐりこむ先輩と接触した。
しかし2人もあの女の帰りを聞かされていなかったらしい。
怒りの余り先輩方への言葉が強くなってしまったが、一番被害にあったのは俺なのだから許してもらおう。
先輩方の話によると、あの女は王太子殿下から婚約を破棄されて、公爵領に帰ってきたようだ。
今はショックで部屋に引きこもっているらしい。
どうせくだらないことを言って殿下の怒りを買ったのだろう、いい気味だ!
しかし、あの女が帰ってきたことで、計画をどうするのか王都に確認することになった。
それまで俺は待機を命じられた。
『決して余計な事をするな』なんて大きなお世話だ!
お前らより俺の方が陛下の役に立っていることが分からないのか!?
クソッ!最近、上手くいかないことばかりだ!
仕方ない、あの男をどうやって殺すか考えながら耐えるとしよう。
休憩中、兵舎の近くで人だかりができていた。
なんだ?何かあるのか?
近寄ってみれば、何かを燃やす準備をしており、今にも火がつけられるところだった。
近くにいた兵士に聞いてみる。
「なあ、これは何をしているんだ?」
「ん?ああ、この間、兵舎裏の井戸を使った連中が大変なことになっただろ?だから井戸が汚染されてるんじゃないかって、水を抜いて掃除したんだよ。で、何が原因か分からないから、井戸の中にあったゴミを燃やして処分しようってことらしい」
「は!?」
「掃除したやつの話によれば、植物の葉だの枝だのが結構たまってたらしいぜ。ほら、あれを燃やすんだと」
兵士が置いてある麻袋を指さす。
待て、まさか、その中には…俺が投げ込んだ葉も入っているんじゃないか!?
「危険じゃないのか!?よく分からないものを燃やした煙を吸ったら…!」
「いや、燃やすんだし大丈夫だろ?」
まずい!あの植物の毒は煙にも移るんだ!
このままじゃ俺まで巻き込まれる!
その時、ゴウッと風が吹き、煙がこちらへ流れてきた。
急いで風上へ行かなければ!それか建物の中へ!
「助かった…。ここなら煙は…」
荒い息を吐きながら建物の中に逃げ込んだ。
窓を閉め、扉に背を預けてへたり込む。
外では俺が仕掛けた葉が燃やされている。
煙を吸えば一たまりもないのだ、危ないところだった。
さすがの俺も、自分で育てた兵器に飲まれるのは嫌だ。
「あらあら、そんなに慌ててどうしたのかしら?」
鈴を転がすような、しかし氷のように冷ややかな声が降ってきた。
顔を上げると、そこには豪華なドレスを纏った女が立っていた。
扇子で口元を隠し、退屈そうに俺を見下ろしている。
間違いない、公爵の妹、ヴィオラだ。
「公爵令嬢…!?なぜここに…」
「それはこちらのセリフよ、新入りの兵士さん。それともネズミさんと呼びましょうか?」
心臓が跳ねた。バレている。
だが、俺はまだ負けていない。
懐にはまだあの種がある、これを盾にすれば…!
立ち上がろうとした瞬間、視界が激しく揺れた。
「がはっ…!?」
横から飛んできた硬い何かが、俺の脇腹を強く打った。
ヴィニーと呼ばれていた護衛の男が、鞘に収めたままの剣で俺を地面に叩き伏せたのだ。
「お嬢様の前だ。その薄汚い膝をついていろ」
肺の空気が押し出され、声も出ない。
地面に顔を押し付けられる屈辱。
俺は王都の騎士だぞ、こんな田舎の兵士に…!
「…くそっ、離せ!俺を誰だと思っている!俺を殺せば、バストホルム王家が黙っていないぞ!この地は俺が育てた猛毒で地獄に変わるんだ!」
叫ぶ俺を、ヴィオラは心底おかしそうに、クスクスと笑い飛ばした。
「猛毒?地獄?うふふふ…ねえヴィニー、聞いた?こいつ、あの程度の雑草を猛毒だなんて言っているのよ」
「まったく、笑えますね。おかげでうちの兵士が数人、腹痛でトイレに籠りきりですよ…。後始末が面倒でかないません」
腹痛…?何を言っている。
あれは、吸うだけで命を奪う死の兵器のはずだ。
「嘘だ!陛下は、あの種こそが世界を制する力だと…!」
「陛下?ああ、あの方ね。はぁ…知らないのね…。残念だけど、あなたのその熱意、まるっきり無駄だったみたいよ。私がいた頃の王都でも、そんな雑草を『兵器』にするなんて話は一度も聞いたことがないもの」
ヴィオラがゆっくりと歩み寄り、扇子で俺の顎を強引に持ち上げた。
至近距離で見つめる彼女の瞳には、怒りすらない。
あるのは、道端のゴミを見るような、純粋な無関心だ。
「いい?お前が大切に育てていたのは、ただの『品種改良に失敗した観賞用植物』よ。確かに毒性はあるけれど、井戸に放り込んだところで、せいぜいお腹を壊すのが関の山なのよね。陛下がそんなものを本気で頼りにしているとお思いなのかしら?お前はただの失敗作を掴まされただけよ」
「そんな…まさか…」
「信じたくない?じゃあ、お前の頼みの綱の先輩方がなんて言っていたか、教えてあげましょうか」
ヴィオラが指を鳴らすと、ヴィニーが一枚の紙を俺の目の前に叩きつけた。
そこには先輩方の署名と、殴り書きのような報告が記されていた。
『工作員ザンの単独行動により、計画の継続は困難。…なお当該工作員は思慮が浅く、攪乱のための囮として残置する。我々はこれより撤退する』
「…お、囮…?残置…?」
「そう。彼らはとっくに私たちに捕まったわ。そして命の惜しさにお前を売ったのよ。『あいつは目立ちたがりの無能だから、適当におだてておけば勝手に騒ぎを起こして時間を稼いでくれる』ってね」
頭の中が真っ白になった。
俺は英雄になるはずだった、陛下に認められ、叙勲されるはずだった。
なのに俺が信じていたのは、ただの雑草で。
俺が仲間だと思っていたのは、俺を捨て駒にする連中で。
「…へ、陛下は…。陛下だけは、俺の働きを見ておられる…!」
最後の希望にすがる俺に、ヴィオラは慈悲のない最後の一撃を振り下ろした。
「王太子殿下の婚約者だった私が教えてあげるわ。城の連中にとって、お前みたいな末端の工作員は、ただの『使い捨てのペン』よ」
「……ペン?」
「そう。インクが出なくなったらゴミ箱に捨てる、ただの道具ね。陛下がお前の名前を覚えていると思うのかしら?…いいえ、あの方はお前の『番号』すらご存知ないわ。お前がここで無様に死んでも、王都では誰一人として気にも留めない。…ねえお前、自分が何者かになれると思っていたの?ただの汚らしいネズミのくせに」
パキリ、と。
俺の中で何かが折れる音がした。
英雄への道、輝かしい未来、俺の存在意義。
そのすべてがヴィオラの嘲笑混じりの言葉によって、泥水の中に沈められていく。
俺は何のために、こんな寒い北部まで来たんだ?
何のために、あの草を大切に育てたんだ?
…そうだ。俺は踊らされていただけだ。
無能だと笑われながら、死ぬまで使い潰されるためだけに、ここに送られたんだ。
力が抜け、視界が涙でにじむ。
もう反論する言葉すら見つからなかった。
俺の人生は何の実りもないまま、この冷たい床の上で終わるのだ。
「…殺してくれ…。もう、どうでもいい…俺を、殺せ……」
「殺す? あら、そんな勿体ないことしないわよ」
ヴィオラが、まるで使い道のあるゴミを見つけたような、残酷に美しい笑みを浮かべた。
「あなたは私の領地に泥を塗ったのよ。なら、その代償は身体で払ってもらわなくちゃならないわ。幸い、あなたは王都の事情を少しは知っているようだもの…。これから私のために、そのインクが枯れるまで働いてもらうわね?」
拒絶する自由すら、今の俺には残っていなかった。
俺は絶望の中で、彼女の靴の先を見つめることしかできなかった。
「面白かった!」
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「今後どうなるの!!」
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