3.ネズミ
続きは18時~20時あたりにー
衛兵隊長に後のことを任せて城に入ると、兄の側近であるダリウスと研究者のアイザックが出迎えてくれた。
ダリウスは狩り上げた薄茶色の髪としっかりした体格で、どちらかと言えば騎士に見えるわ。
でも立派な頭脳担当で兄によくこき使われているの。
一方、アイザックは癖のあるアッシュブラウンに明るい緑の瞳で、見るからに研究者と言った容姿ね。
いろいろ正反対なこの二人が並ぶと面白いわ。
「二人とも久しぶりね。王太子殿下に婚約を破棄されたから帰ってきたの」
「……左様ですか。あのバ…失礼、殿下はずいぶんと見る目がおありにならないようだ」
馬鹿って言いかけたわね、私も同感よ。
「おほほ、そのようなことを言ってはいけませんよ。殿下のご期待に沿えなかった私が悪いのですから…」
ハンカチで目元をぬぐい泣き真似をすれば、ダリウスがものすごく変な顔をしたわ。
もう少し頑張って笑いをこらえてちょうだい。
ダリウスの表情筋が仕事をし始めたところで、使用人を下がらせ人払いをする。
ヴィニーが警戒に当たっているので盗み聞きの心配はないわね。
「婚約破棄は建前で、光浮き草の現場責任者として調査に来たのよ。そうしたら城内もせわしなくて驚いているの」
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません、お嬢様。まず結論から申し上げますと、シューリスに入り込んだ他家の者が、この地に妙な種をまきました。光浮き草は明らかに殺意を持って植えられたのです」
「続けて」
「公爵様のご指示で城の修理や改装を行うにあたり、あわせて使用人や兵士の大規模な人員募集をかけました。そして…領内で初めてこの草が確認された時期が、雇い入れた者たちの試用期間が終わる頃と重なるのです」
それが本当なら、最初からこの領に狙いを定めていたということよね。
何か恨みを買うようなことをしたかしら…王家以外に。
「確信を持っているのなら、理由はそれだけじゃないのでしょう?」
ダリウスは重々しく頷いた。
「報告書を王都へ向けてお送りした直後に、兵舎裏の小さな井戸へ光浮き草の葉が投げ込まれました。現物をお持ちしております」
「失礼します。こちらが井戸で発見された葉です、お嬢様」
それまで話を聞いていたアイザックが、厳重に保管された数枚の葉を取り出す。
円形で光沢のある葉だ、報告によれば葉そのものにも毒があるとされている。
「こちらをご覧ください。鋭利な刃物で傷つけた形跡があります。おそらく池を覆っていた葉を切り取り、毒がにじみ出るよう傷をつけてから井戸へ投げ込んだと思われます」
「被害は?」
「井戸の水を使用した兵士が数名、嘔吐と下痢、皮膚の炎症を訴えておりますが、命に別条はございません。葉が投げ込まれて間もなかったのでしょう、井戸水がそれほど汚染されていなかったのが幸いでした」
「それは良かったわ。…でもたった数枚、しかも短時間で一つの水源が使えなくなってしまうのね」
やはりこの草は兵器だわ、取引自体が規制されてしかるべきよ。
そんな私の考えを読んだのか、ダリウスが口を開いた。
「光浮き草は侵略兵器と言ってもよろしいかと。…そして、葉が投げ込まれた兵舎裏の井戸周辺を監視している使用人がおりました。彼らの身元を調査したところ、新しく雇い入れた者たちでした」
ダリウスが3枚の書類をテーブルに並べる。
「彼らの出身地をご覧ください。3人とも北部のセイモア領アーチ村出身だと名乗っておりますが、そのような村は存在しません。アーチ村という名前自体が、彼らが身内を判別する合い言葉になっているのだと考えられます」
「セイモア領…王都の隣にあるセイモア子爵領ね」
セイモア子爵の容姿を思い出そうとして、真っ先に出て来るのが陰険な顔つきだ。
あの小男、この間の夜会ではじっとりした目つきで、とても気持ち悪かったわ。
勝手に年齢の近い兄と自分を比べてひがみ、我が家が子爵家へ圧力をかけていると妄想しているのよね。
「短い間によく調べてくれたわ、同じ内容を兄にも送ってちょうだい」
「すでに手配しております。数日後には王都へ届くかと」
「仕事が速いわね。今後の手は何かあるのかしら?」
「申し訳ございません、ここまでの調査で手一杯でございました」
「良いのよ。では、そうねぇ…せっかくだし情報がほしいわよねぇ」
少なくとも池と井戸を一つずつ使えなくしてくれたのだもの、お返しがしたいところよ。
何か面白い方法がないかしら。
考え込んでいるとマライアが銀のカップを差し出してくれた。
「失礼します、お嬢様。ミントのティザンヌをお持ちしました。レモングラスを少々入れておりますのでスッキリいたしますよ」
「あら、ありがとう。気が利くわね」
北部は夏でも気温が上がらない。
居住空間とはいえ石造りだから部屋も寒いのよね、温かいティザンヌがしみるわ。
さっぱりしたハーブの香りがとても良い……香り?
「ねぇ、アイザック。報告書には『光浮き草を燃やすと煙に毒が残る』とあったのだけれど、合っているかしら?」
「はい、間違いございません。茎から採取した少量の液をあぶり、煙を『構造解析』スキルで確認したところ、たしかに毒性が移っていました」
「それなら確実ね。便利なスキルだわ、これからも我が家のために役立ててちょうだい」
「もったいないお言葉でございます」
光浮き草を兵器として使うのだから、向こうも研究していないはずがないわよね。
毒の知識が無ければ使用者が巻き込まれてしまうもの。
使い捨ての人員だとしても、煙に毒性が移るという基本的な知識は持ち合わせているはずよ。
「文字通りにネズミをあぶり出しましょう。ヴィニー、あの無礼な兵士の名前は覚えているわよね?」
「はっ、しっかりと記憶しております。」
「それはこのザンという兵士で合っているかしら?」
テーブルに並べられた書類の1枚をヴィニーへ見せる。
「こいつです、たしかにザンと名乗っていました。配属された部隊も合っています」
「年は20ね、本当かどうかは知らないけど若いわ。きっと功績をあげたくて焦っているのね。だって普通のネズミなら目立つ行動はさけるもの」
思わずにんまりと笑ってしまう。
面白いことを思いついちゃったわ。
「ではヴィニーはこいつをけなしてちょうだい」
「…はい?」
「うふふ、適度に屈辱感を与えてほしいの。できるかしら?」
「はっ、かしこまりました」
実はヴィニーはファンの子が多いのよね。
こうした変なお願いでも真面目に聞いてくれるところが好ましいわ。
しかしネズミが井戸に手を出したということは、本格的に動き始めたと考えていいわね。
なるべく早めに決着をつけましょう。
「では皆、聞いてほしいの。3日後にやりたいことがあるのよ」
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