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プロローグ

本日はプロローグから4話まで投稿予定です。

「ヴィオラ・リーヴィス、お前との婚約を破棄する!」


 豪華な王宮の広間に、エドガー王太子の突き放すような声が響いた。

 私の目の前で、彼は隣に座る美しい少女をこれ見よがしに抱き寄せている。


 (ああ、やっとこの日が来たのね)

 

 10年も続いた婚約期間だったけれど、悲しみなんて欠片も湧いてこない。

 エドガー様は、冷たい瞳で私を射抜いた。


「分かったならさっさと王都から出ていけ。二度と私の前に汚い面を見せるな」

「……公爵家の者として、理由をうかがっても?」

「理由だと?笑わせるな!公爵令嬢のくせに『土壌改良』などという地味で下等なスキルしか持たぬ女が、王妃になれるわけなかろう!」

 

 この世界では10歳になると、その人に合った『スキル』が発現する。

 貴族や王族は強力な戦闘スキルや魔法スキルを持つのが当たり前。

 そんな中で私の持つ『土壌改良』は、彼らに言わせれば「農民以下の外れスキル」なのだ。


「そんな土いじりしか能のない女よりも、このセルマの方がよほど王妃にふさわしい。彼女の実家、フレッチャー商会がもたらす銀の富こそが、この国を豊かにするのだ!」

 

 隣の少女――セルマが、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 最近、この国は南部の銀山開発で空前の好景気に沸いている。

 そのせいで、地道に農業を支えてきた北部の我が公爵家は「古臭い、金にならない田舎者」と蔑まれるようになっていた。


「エドガー様。農業は国の礎です。陛下からも、王都周辺の農地を改革してほしいと頼まれておりますが……」

「黙れ!父上も今は銀の利益に夢中だ。たかだか収穫量を数割増やすために、何年も泥にまみれるなど時間の無駄だと思わないのか?」


 周囲にいた南部派の貴族たちからも、クスクスと嘲笑が漏れる。


「計算もできないのかしら、公爵令嬢様は」

「銀があれば、食料など他国から買えば済む話ですのに」

 

 ……だめだわ。何を言っても通じない。

 彼らは、自分たちの足元の土がどれほど脆くなっているか、見ようともしていない。


「……一つだけ確認させてください。もうすぐ、あの『白の5年』がやってきます。500年周期の猛烈な寒波に備え、農地を強化しなくて本当によろしいのですね?」


 私の問いに、エドガー様は鼻で笑った。


「ハッ!そんなおとぎ話を信じているのか?たとえ寒波が来ようと、銀の力で解決してみせる。お前のような『土女』の心配など不要だ!」


 セルマも私を憐れむように見つめる。


「ヴィオラ様、時代は変わったのです。あなたの価値は、エドガー様のスキルで見れば『銅貨1枚』。私の価値は『金貨1000枚』なんですって。ふふ、お似合いですわね、泥臭い辺境がお似合いですわ」

 

 エドガー様のスキルは、対象の金銭的な価値を数値化する『価格鑑定』。

 ……なるほど。私と、私の心血を注いだ土地を「銅貨1枚」と切り捨てたのね。

 いいでしょう、そこまで言うのなら。


 私は完璧な淑女の礼をして、顔を上げた。


「承知いたしました。本日をもって婚約破棄、および全ての農地改良計画を中止いたします。…どうぞ、銀の輝きに満ちた素晴らしい未来をお迎えください」


 一度も振り返ることなく、私は広間を後にした。

 馬車に乗り込むと、控えていた侍女のマライアが心配そうに私を見る。


「お嬢様、よろしいのですか?」

「ええ。もう王都のために力を使う必要はないわ。これからは、私を信じてくれる北部の領民のためだけに寄り添うの」


 走り出した馬車の窓から、活気あふれる王都の街並みを眺める。

 でも、私には見える。

 銀のきらめきの裏側で、飢えた冬の足音がすぐそこまで迫っていることが。


「――さようなら、無知で強欲な王子様。せいぜい、凍える冬に銀貨をかじって生き延びることね」

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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