最終話、歴史は紡がれてゆく
推測される問題は多岐に渡った。
まずそもそも、山越族とは一つの民族ではなく多種多様な少数部族かつ不服従民らの総称であり、塊で見ることが出来ない。
呉に与しない。その共通認識だけで集まっているような集団であり、言語や風習や習俗まで呉人とは異なる者達が多い。
それに敵である。多くの呉人にとって彼らは略奪者であり仇だった。
そんな人々を数十万単位で受け入れるとなると、どれほどの困難が生じるのか想像もつかない。
また山越の側からしても呉に降るのは感情的な面も含め、何より「搾取される」という点が大きな懸念となっていた。
自分達の土地を奪った相手から農民奴隷として扱われ搾取されるというのは、耐えがたき屈辱であるだろう。だからこそ反乱も絶えない。
しかしそうせざるを得ない。そうでなければ受け入れるメリットが何もないからだ。
「撫越将軍"諸葛恪"、前へ」
戦線が落ち着き始めた頃、諸葛恪は朝廷に参内することとなった。
先の戦いの論功行賞も含めた表彰のためである。
玉座に座る孫権と、その傍らに立って詔勅を読み上げる孫登。文官の最前席には、誰も座っていなかった。
「先の山越との戦いの勝利、更には宣言通りに十万の山越を降伏せしめたその功績は、古の衛青や霍去病が立てた勲功にも勝るものである。よってここに諸葛恪を威北将軍に任じ、都郷侯に封じるものとする」
「あり難き幸せ。微才の身なれど、奮励努力致します」
「それで諸葛恪、降伏してきた山越の者達は如何にする。お前の考えを聞かせよ」
「はっ」
これまでの山越討伐は、討伐した反乱軍の捕虜を討伐した将軍の部隊に組み込んだり、小作人として接収していた。
しかし今回は勝手が違う。女や子供や老人など、非戦闘民ばかりの兵士にも労働力にもならない人々が多かった。
また数も桁違いであり、兵士になり得る成人男性でも、これだけの数を兵とすれば反乱が再び起こってしまう恐れがある。
それでも降伏してくれたのだ、この諸葛恪を信じ。その思いを裏切ってはならなかった。
「情けない話で御座いますが、正直、こればかりは奇策も何も持っておりません。皆様方の領地にそれぞれ配分し、民として受け入れてもらうより他ないのです」
大きな軍功を挙げて華々しく凱旋した諸葛恪に、官僚達は誰も反発しようとはしなかった。
しかし誰もが目を背けている。そして不信感や悪感情が自分に集まっていることも、諸葛恪は肌身に直接感じていた。
「新たに都郷侯に封じていただいた臣は責任者として、当然、一万の山越の民を封地へ受け入れ開墾に邁進いたします」
「その他はどう配する」
諸葛恪は振り返り、文武百官を見渡す。誰もが嫌そうな、厄介事が回ってきたと言いたげな顔をしていた。
張昭がこの場に居なくて良かったと少しだけホッとし、諸葛恪はその場で深く頭を下げる。
それを見た孫権は喉の奥で笑った。張昭が孫権に頭を下げた場面を見た諸葛恪と、同じ表情を皆が浮かべていたからだ。
「臣、諸葛恪。皆様方に伏してお願い申し上げる。どうか共に、この苦難を受け取ってはいただけないでしょうか!」
ふと楊甜の顔が浮かぶ。あれが居なければ、下げることが出来なかった頭だろう。
頭を下げずとも孫権に頼めば、法と勅命で人々を従わせることは出来た。無理を押し通すことは容易だっただろう。
しかし諸葛恪はその道を選ばなかった。その判断が正しかったのかどうか、それはまだ分からない。
文武百官らは皆顔を見合わせてどよめいていた。未だかつて諸葛恪がこうして頭を下げる姿など見たことが無かったからだ。
だからこそそこに、並々ならない決意を見た。そして一人、立ち上がる。
「臣、陳表は威北将軍と共に今回の任に当たりました。ならば共にその苦難を請け負うのは当然のこと。軍役に耐えられる者は我が私兵に組み込み、彼らに功を立てる機会を与えようと思っております」
「陳表、それは危険ではないか?」
「殿下、それでもやるのです。苦難を分かち合うと言ったからには、信じ、努力する他御座いません」
陳表に続く者、どうしても受け入れられないと首を振る者、やはり後者の方が多かった。
仕方ない、当然である。それでも説得を続け、努力を続けるしかない。これが自分の選んだ道なのだから。
この諸葛恪の山越族平定は三年も続いた。だが三年で、これまで呉を悩ませ続けた禍根を取り除けたとも言える。
その功はあまりに大きく、孫権は諸葛恪に対する信認を高め、名実ともに次世代の筆頭臣下として諸葛恪は見られるようになっていく。
ただ、その三年の間にも敵の武装蜂起は続いたし、終結した後も反乱が途絶えたわけではない。
呉へ与することに納得できない者達はまた更に南へと逃れていったためだ。結局、馬宗もそうして南に逃れ、長老に関しては消息も不明。
全てが良い方向に進んで終わり、とはいかないのが世の常である。
結局、間違えて間違えて、それでも立ち上がって一歩だけでも前に進む、こうして歴史は紡がれていくしかないのだ。
「ありがとう、元遜。父も喜んでいるはずだ」
「どうだかな、俺は嫌われてたし。叔嗣(張休のあざな)、体調には気をつけろよ」
「うん」
二三六年に張昭は没した。張休は喪に服するため官職を辞し、そして張昭の墓守をしていた。
諸葛恪は山越討伐の任がようやっと落ち着いた頃に、楊甜を伴って墓参りをすることにしたのだった。
張昭も諸葛恪の家と同じく北来の名士であり、その本籍地は徐州にある。
だが、今の徐州は魏領である。故郷に帰ることは出来ず、張昭は建業の南の城に葬られることとなった。
「お前、俺に解雇されたとき叔嗣に雇ってもらってたんだってな」
「ほんの少しの間ですが。ただ、姉さんと一緒に本当にお世話になりました」
今日も呉は曇天である。
その曇天の下を、二人はからころと下駄を鳴らしながら歩いていた。
「そう言えば俺は威北将軍となった。ということはつまり、次の任は魏との最前線を担うというものになる」
「つまり、また移動ですか?」
「そうだ。朱桓将軍が病で建業に呼び戻されて療養中だ。そことの交代ってことだろう」
「ご主人様に僕が拾われた場所ですね。馴染みの土地ですし、姉さんも喜ぶと思います!」
「そこで、だ」
ふふん、と諸葛恪は機嫌よさげに鼻息を鳴らす。
こういうときは決まって何か意地悪なことをされるので、楊甜は眉間を顰めて咄嗟に警戒態勢をとった。
「何してんだお前」
「え、いや、な、なにを言われるのかなあって」
「お前も今回はよく働いた。働いた部下には褒美を与える。喜べ、新しい赴任先でお前の家を建ててやろう」
「…へ?」
「夢にひとつ近づいたな」
「ほ、本当に!?」
喜びのあまり腰を抜かしてびえびえと泣きつく楊甜。
足に縋りついてくるのが煩わしかったのか、諸葛恪はその頭を蹴り飛ばす。
外れた首はやはり飛べず、地面を転がって石壁を叩いたのであった。
<終わり>
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