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天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんは怪異の知識で無双する~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
五章

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十、小細工


「元遜(諸葛恪のあざな)、後方は私と朱将軍(朱桓)に任せよ」

「ありがとうございます、殿下」

「殿下じゃない、子高(孫登のあざな)と呼べ」

「なんならここ(後方)まで敵を誘き寄せてくれても良いのだぞ。儂は先の戦でまともに戦わず撤退させられた。暴れ足りなくて血が疼くのだ」


 悪鬼に悩まされていたはずの朱桓はいつにも増して元気そうだった。

 まぁ、戦時はいつも元気過ぎて皆手を焼かされているのだが。諸葛恪は呆れたように眉をひそめる。


「いいか、元遜。政治とは常に、何かを得るために何かを切り捨ててきた。そして切り捨てられた側の不平不満を法で抑えつければ、いつか取り返しのつかない結果を生む。よく、考えよ。切り捨てられる側の気持ちを。それが人の上に立つ者の責務だ」

「…殿下の教え、生涯忘れません」

「よし、ならば行け。わが友よ、その才を天下に示すのだ」


 皇太子"孫登"は朱桓将軍の部隊を伴い、丹陽県の城に入った。

 そして諸葛恪はその丹陽県から軍勢を率いて出陣。道中でも兵を集め、その兵力は二万を数えるほどとなる。

 更に宛陵県では陳表隊の五千、顧承隊の五千も結集し、現地の部隊など諸々含め四万もの軍勢となった。


「早速軍議を開く。楊甜、幕営を整えろ」

「既に皆様のぶんの席は置いてます。食事などはどうしましょう」

「いらん、水だけ用意しろ。地図は」

「用意済みです」

「分かった」


 宛陵県の城内は人が密集し、慌ただしかった。将兵も役人も忙しなく駆け回っている。

 いつ生死を賭けた戦いが始まるとも知れないのだ。皆の表情には鬼気迫るものがあった。


 そしてまだ集合時間ではないが、一人幕営に入って地図を睨む諸葛恪。

 敵の軍勢は推測ではあるが十万を超えるとのこと。恐らく敵の全戦力に近い。

 それだけの数となると大半の兵装は粗末、いや、女子供も兵に混ざっているであろうことが考えられる。

 彼らは呉国がこれまで「切り捨ててきた者達」だ。だからと言って安い同情を示せば、次に死ぬのは自分達であった。


「お呼びでしょうか、撫越将軍(諸葛恪の役職)」

「文奥(陳表のあざな)、早めに呼びつけてすまない。話しておきたいことがあった」


 大柄で強面の武人。そして諸葛恪と同じく、皇太子"孫登"の側近として仕える陳表。

 涇県での一件以来、まともに会話も出来ていなかった。

 そのせいか陳表の表情は硬い。対して、諸葛恪はいつもと変わらない涼やかな顔をしていた。


「涇県での件だが、つい先日、殿下に叱られた。呂正の処遇に関してもそうだが、お前と口論になったことについて、特にな」

「…ふっ、殿下らしいですね」

「すまなかった。そして、頼む。今回の戦、俺に力を貸してくれ」

「正直、意見の相違なんかどうでもいい。ただ一言"頼む"と、その言葉が聞きたかった。あの諸葛恪に頼られたとあれば、孫の代まで自慢できますからね」


 皆、天才と称されるお前に頼られたいのだ。陳表はそう言って拳を握り、トンと諸葛恪の胸を小突く。

 すると次は顧承が幕営に入ってきた。楊甜が戻ってきてからというもの、すこぶる機嫌が良さそうだった。


「呉郡西部都尉が顧承、ただいま参陣いたしました!」

「分かりやすい奴だな。じゃあまずは、お前たち二人に本作戦を共有する、良いな」

「了解」

「わかりました!」


 今回の山越族討伐の任、その目的は「敵を降伏させること」にある。勝つことが目的ではない。

 その目的地にたどり着くべく、逆算し戦術を組み立てる必要があった。

 そこで諸葛恪の考えた"小細工"が「敵に降伏する理由を作ってやる」ということだった。


「穀物の供給を断ち、相当堪えているからこそ今回、敵は総攻撃を仕掛けるに至ったと考えて良い。文奥、敵の襲撃の頻度から見てどう思う」

「明らかに兵糧強奪目的の襲撃や、包囲を抜けて密かに食料を求めようとする敵が増えていたみたいだ。勿論、そこは徹底的に封じ込めましたが」

「しかし今なお降伏する気配が無い。こちらの将兵も敵を憎んでおり、これじゃあ降伏したがらない。当然だ」


 すると諸葛恪は懐から一枚の書状を取り出し、地図の上で開いた。

 それは皇帝"孫権"の印の推されたものであり、思わず陳表も顧承も目を見開いて一歩後ずさる。


「陛下と謀議をしてきた。この書状には、その謀議の旨が記されている。読んでくれ」


 撫越将軍"諸葛恪"は、降伏してきた山越の民を害してはならず、取り調べや拘束もしてはならないと厳命を敷いた。

 しかし臼陽県の県長である"胡伉"は、降伏してきた山越の首領"周遺"を捕縛し、取り調べを行った。

 その結果、周遺の降伏は偽装であり反乱の企てをしていることが明らかとなったが、諸葛恪は胡伉を捕らえた。

 降伏してきた山越の民を拘束し、取り調べを行ったことは命令違反であるとして、諸葛恪は胡伉を斬刑に処した。

 この采配について朝廷は諸葛恪の判断を正しいものとして、これを認めることとする。


「お前っ…!」


 陳表は顔に怒りの色を見せたが、顧承は「なんだこれ」と首をひねっていた。

 そのまま顧承は書状を畳んで諸葛恪に返し、地図に目をやる。しかし依然として表情は不可解そうなままであった。


「あの、元遜殿。臼陽県っていうのは、どこでしたっけ?」

「子直はすぐに分かったか。そう、そんな県城はない。胡伉も、周遺という人物もいない」

「なるほど。こうして敵に降伏の理由を与えてやるわけですか」

「分かるやつにはすぐ分かる小細工だが、目に見える形でこの触れを一帯に出す。そうすれば噂が広まり、嘘は嘘でなくなる。特に切羽詰まった相手には」


 一介の兵士であればこれを信じ、軍令をより守るようになるだろう。

 そして将校にもなればこの小細工の意図を汲み取れるだろう。

 ハッとし、陳表は腕を組み、頷く。確かに子供騙しだが、きっかけを作るには最適の策だと思えた。


「ただこの小細工も今回の総攻撃を撃退できなければ意味が無い。故に文奥、この戦いの指揮権をお前に委ねたい」

「承知した」

「子直は軍政官を取り仕切ってくれ」

「了解」

「この戦いで終わらせる、いいな」


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