第1章・パート1:『やや不必要な二度目のチャンス』
人生で、いつも人間として良くなろうと努力してきた。十四歳のときに父が死に、家のことは全部引き受けて、五十五歳の母を支えて家族を養った。やっと明るい未来と、本当に愛した妻を手に入れたと思ったら、結局は一番馬鹿で恥ずかしい死に方をして死んだ。
大抵は、全部が崩れていくのを見ている人間の思考ってこんなものだろう。俺、直樹は、愛した女を未亡人にする前にそのことを考えておくべきだったかもしれない。もっと慎重になるべきだったかもな……。
今は木製の揺りかごに入れられて、一日二回食べさせられて過ごしている。自分にできることって何だ?考えることぐらいだ。
周りを見渡すと、この家は要するに木の掘っ立て小屋だ。窓の外には海岸がそう遠くないのが見える。空はあまり期待を持てない色をしている。小屋の造りはみすぼらしいのに、それでも、あのボロボロの木材がよくこんなに持ちこたえているなと、不思議と面倒くさそうに思う自分がいる。
十四からずっと働いて家族を支えて、父を失って、人生最大の仕事が終わった直後に死ぬなんて…そんな経験を経て、ここでまた頑張る気になるわけがない。だからこの世界で一生怠け者になる決意は、状況を理解すればするほど強くなる。もしこの新しい世界が俺を揺りかごに入れて一日二回食べさせるだけで済むなら、それで結構だ。他人は汗を流せばいい。俺はもうやらない。
母親らしき女が近づいてきて、何かを口にして揺りかごを揺らす。言っていることは分からないし、別に分かりたくもない。背は高くて、おそらく百七十二センチくらい。長いオレンジ色の髪で、顔には少し皺があるが優しい。うちの母を思い出させる面差しだ。そばには七歳くらいの小さな女の子がいて、人形で遊んでいる。その人形はこの貧しい小屋には似つかわしくない。そういうのを楽しめる人間に見えないから、ちょっとお嬢様気質なんじゃないかと思う。まあ、人それぞれだ。
夜になると、父親らしき男が帰ってくる。高身長で多少鍛えた体つき、髪は赤い――不自然なほど赤い。化粧や整髪料に金を使っているとは思えないから、自然の色なのだろう。いつも汚れていて、みすぼらしい格好だ。昼間ずっと闘っているらしい、というのが俺に出せる唯一の結論だ。昼中に聞こえる物音は、夜になるとぴたりと止むのだ。
月日は流れた。這って家の中を移動できるようになった。妹に近づくと、彼女は無関心に俺を床に突き落とした。やっぱり“ママの子”だ、と確信した。無視することにした。
日常的に聞こえる喧騒がどんどん気になってくる。ある日、椅子によじ登ってテーブルの上に立ち、窓の外を覗き込む。そこで見たのは、“父”が戦っている光景だった。そこには、ランタンみたいな魚のような特徴と二足歩行の姿を合わせた化け物がいた。連れの男たちが怪物に触れずに攻撃している。魔法の杖のようなものから光が出ていて、それで怪物にダメージを与えているように見えた。ここに魔法なんてあるのか?信じられずに他の窓も覗く。村人たちが行き交い、仕事をしている様子が見える。そしてふと、何かおかしなものに気づいた。
遠くに、雲の高さを超えるほどの城壁が立っている。どうして今まで気づかなかったんだ?とにかくでかい。遠くにあるが、目を引いて離れない。聞けないのが残念だ。言葉がわからないのだから。「まあ、そのうち分かるだろう」と自分に言い聞かせて、床に戻り、硬くて尻が痛くなる木の揺りかごへと這い戻る。
生後六か月になるころには、この見知らぬ言語を多少理解できるようになっていた。赤ん坊の脳みそが協力しているのかもしれない。発音は日本語とそれほど変わらない。読む必要のある本も探してみた。いくつか見つけたが、表紙は安っぽい小説か、どこか胡散臭いガイド本のように見えた。
妹の八歳の誕生日に、妹――名前はエリア――のために家庭教師を呼んでいた。どうやって家庭教師を雇えるんだ、一体。来たのは若い女性で、おそらく二十歳前後、銀髪が長く、身長は約1.64メートル。見た目は悪くない。魅力的だとすら思った。あとで知ったが、彼女は妹のいとこだった。なるほど、だから安く引き受けたのかもしれない。