それ、おれが言ったやつ
とある会社。その休憩室にて――。
川野「うっす、お疲れさまー」
山田「おーう」
川野「ん? ……あれ、何?」
川野が床を指さした。そこには、ティッシュが小山のようにこんもりと盛られていた。
山田「ああ、大下のやつが水こぼしたんだよ」
川野「うわ、汚いなあ。で、放置? 片付けろよな」
山田「いや、そのタイミングで部長に呼ばれてさ。慌ててティッシュをバババッとかぶせて、そのまま行ったんだよ」
川野「なるほどね。ははは、いかにも大下っぽい。そういう雑なとこあるよな」
山田「なー。ははは……でさ」
川野「ん?」
山田「あれ、猫に見えね?」
川野「猫?」
山田「ほら、丸い耳のやつ」
川野はティッシュの山をじっと見つめた。ふわっとした質感に、丸いフォルム。確かに、遠目で見れば猫に見えなくもない。
川野「あー、言われてみれば。なんだっけ、あの猫、えーっと……」
山田「スコティッシュフォールドだよ」
川野「あー、それそれ!」
山田「だろ! あとさあ……シコったあとのティッシュにも見えるよな?」
川野「え? ……あー、見える見える! 大下のやつ、本当はシコってたりしてな」
山田「ははは! でさー! あれもう“シコシコティッシュフォールド”だよなあ!」
川野「ははは! ほんとだなあ! はははは!」
山田「だろ! はははは! いやあ、今思いついたんだよ! はははははは!」
上木「おいっす。何盛り上がってんの?」
川野「うーす」
山田「おーう!」
上木「ん? 何あのティッシュの塊」
川野「ああ、大下が水こぼしたらしいよ」
山田「そうそう」
上木「ああ、やりそう。あいつ、こないだも『パソコン、電源切っちゃった! 保存してないのに!』って一人で騒いでたしな」
川野「ははは、あったなあ。ねえ、あれって猫に見えない?」
山田「なー。スコティッシュフォールドって猫にさ」
上木「あー、見えるわ」
川野「あとさ、シコったあとのティッシュにも見えるよな!」
山田「え、おい」
上木「なんだよそれ。きったねえ例えだな。でも、見える、見える」
川野「だよね。あれもう、シコシコティッシュフォールドだよなあ!」
上木「なんだよそれー。ははは!」
山田「はあああああ!?」
上木「うおっ、びっくりした。なんだよ急に」
川野「そうだよ。どうしたの?」
山田「いやいやいや……お前、マジか?」
川野「何が?」
山田「それ、おれが言ったやつだろ!」
川野「それ?」
上木「おい、なんの話?」
山田「シコシコティッシュフォールドだよ!」
上木「お前、でかい声で何言ってんだよ。やめろよ」
山田「いや、だって、おれがさっき思いついて言ったやつなのに、こいつ、自分が考えたみたいな顔して言うからさあ!」
上木「別にどうでもいいだろ……。あいつが言ったの?」
川野「いや、僕が生み出したんだけど」
山田「はああああ!? こいつ、ほんと信じられねえ……泥棒! あ、泥棒だ!」
上木「大げさだな。どうでもいいだろ。なあ」
川野「うん。まあ別に起源を主張するぶんには構わないし、好きにしたらいいと思うけど」
山田「なんだよ、その言い方……お前、ちゃんとおれが言ったって認めろよ!」
上木「別に、前にも誰か言ったことありそうだし、どうでもいいだろ。そんなことにこだわるなよ」
川野「まあまあ、彼にとってはすごく大事なことなんでしょう」
山田「だから、なんだお前! こだわってるのはお前だからな!」
川野「でも、僕は証拠もないのに人を嘘つき呼ばわりして撤回しろなんて言ってないし、僕のほうが穏当でしょ?」
上木「確かに。原作者の余裕が見えるな」
山田「原作者!? だから、おれなんだってば! おれのシコシコティッシュフォールドなんだよ!」
上木「お前がシコッたみたいになってるぞ」
川野「まあ、じゃあ山田のってことでいいよ。はい、どうぞ」
上木「だってさ。よかったな」
山田「違う違う違う! ちゃんとおれのを盗ったって認めて謝れよ! お前、そんなんじゃ、いつか仕事にも影響出るぞ……」
川野「いやあ、こんな嘘をついてまで称賛されようとしたなんて思われるのは困るよ。そんなくだらないことするわけないじゃん。僕、普通に仕事できるし」
上木「そうだよ。そういえば山田、こないだも部長に思いっきり怒られてたよな」
山田「今、仕事の話は関係ねえだろ」
上木「お前が言い出したんだろ」
川野「あ、大下だ」
大下「いやー、参ったよ。急に部長に呼ばれてさ……ん? 何、俺のシコシコティッシュフォールドの前に集まってんの?」
上木「は?」
川野「山田、お前さっき『今思いついた』って言ってなかった?」
山田「あー……おれの勘違いだったかも。じゃ、仕事に戻るわ」
上木「あ、おい。なんだあいつ、怖っ……」
大下「どうしたの? てか山田のやつ、今戻ったらまずいよ」
上木「ん、なんで?」
大下「あいつ、自分のミスを俺になすりつけたのがバレたんだよ。部長、ああいうのマジで嫌いだから、今回はもう本当にやばいかもなあ……」