第65話 雑談、なに話す?
夜。住居施設の一室。
窓の外では、ノルディアの街灯が静かに灯っていた。
明日はストリーマーカップ、ラウンド1の本番。
だけど――
「……なに話せばいいんだろ、雑談って」
私はベッドに寝転がったまま、魔導石端末をくるくる指先で転がす。
ギルド経由で支給された配信用端末。明日はこれで、たったひとりで三時間のトークを配信する。
(戦ったり、実況したり、何かがあるならまだしも……)
(なにも起きない中で話し続けるって……こんなに難しいの!?)
普段の配信は、冒険しながら実況したり、コラボで誰かと一緒に話したり。
「雑談だけで勝負」なんて、ほとんどやったことがない。
「……料理の話とか?」
「好きな食べ物? うーん、でもそれって盛り上がるのかな……」
思いついたことをぽつぽつ声に出してみるけど、イマイチ手応えがない。
思考は堂々巡りのまま、ベッドの上で足をバタバタさせるだけ。
そんなとき、廊下から誰かの足音が聞こえてきた。
部屋の前で一瞬立ち止まり、ノックもなく扉が開く。
「リオナ。起きてた?」
「リュミさん……!」
リュミがいつもの調子で、さらっと部屋に入ってくる。
ギルド所属の先輩ストリーマー。今は大会の運営サポートとして、レオンと一緒に動いている。
「明日、本番でしょ? ちゃんと眠れてる?」
「ぜんぜん無理です……! 雑談だけって、どこまでがセーフで、どこからアウトなんですか!?」
「ふふっ、ルールは厳しいけど、逆に言えば“喋るだけ”が全部なの。喋れたら勝ちよ」
にっこり笑うリュミ。
「緊張してるかもしれないけど、リオナは“いつもの喋り”がちゃんとおもしろいから。無理して演出とか考えなくていいと思う」
「……ほんとに?」
「うん。肩の力抜いて、楽しんできな」
軽く頭をポンと叩かれ、リュミはすぐに去っていった。
(楽しむ、か……)
(……それが一番むずかしい気もするけど)
しばらく迷ってから、魔導石を手にとって起動する。
こんな夜だけど、ちょっとだけ――配信、してみようかな。
◆◇◆
《配信スタートしました》
「こんばんはー、リオナです……って、もう寝てる人多いかな?」
「今日は配信短めだけど、ちょっとだけ喋らせてください!」
すぐにコメントが流れ始める。
> 《お、通知きた》
> 《深夜テンション配信!》
> 《ストリーマーカップ緊張してる?》
「そう! 緊張してるんです! めちゃくちゃしてます!」
> 《やっぱ雑談だけってプレッシャーあるよね》
> 《逆に何もしないって難しいのわかる》
> 《でもリオナちゃん喋り上手いし大丈夫でしょ!》
「ありがとう……! でもほんと、なに話せばいいか分かんないんだよぉ……」
「好きな食べ物? いや、いきなりそれ? え、みんなはなに話してほしいの?」
コメント欄には、ばーっと色んな案が流れてくる。
> 《最初の失敗談とかどう?》
> 《転生したときの話聞きたい!》
> 《ノルディアで一番好きな店教えて》
(……ああ、そうか)
(話すネタって、最初から決めなくても、こうやってコメントと一緒に探していけばいいんだ)
(ちょっと話しただけなのに、なんだか胸の中が少しだけ整理できた気がする)
「ふふっ……ありがとう。なんか、ちょっと落ち着いたかも」
「今日はこれで終わりにするね。明日、本番だし!」
> 《がんばれー!》
> 《応援してる!》
> 《絶対勝てるって!》
「うん。……私らしく、がんばってくる!」
そう言って、私は魔導石の録画を止めた。
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