第57話 きほんの“き”
ギルド訓練場の片隅に設けられた簡易的な魔導演習スペース。
そこに設置された標的と、地面に引かれた白線の前に立ち、リオナは息を呑んだ。
さっき軽く魔法の光を出してみたときより、少し距離のある位置だ。
「……本当にここから撃つんですか?」
「当たり前だ。初歩とはいえ、距離の感覚は大事だ」
ガルドは腕を組みながら、じっとリオナの後方から様子を見守っている。
彼に言われるまま、リオナは短杖を両手で持ち、魔導石の部分にそっと意識を集中させた。
「魔法って……どうやって使えばいいんですか?」
「教える。まずは詠唱だが、この世界の魔法は“詠唱・発動・制御”の三段階だ」
「え、詠唱しないとダメなんです? さっき撃てたんですけど……あれは偶然?」
「さっきのは、ただ魔力を形にしただけだ。“基礎の基礎”だな。魔法というより、魔力の反応を試しただけに近い」
「……そ、そうだったんだ」
「どんな魔法を使うにしても、最初は言葉にして詠唱する必要がある。そうすることで、魔力の“流れ方”“方向性”“性質”を自分の感覚に刻み込むんだ」
「感覚に……?」
「ああ。それが身体に馴染めば、次第に言葉は必要なくなる。“どこをどう流せばその魔法になるか”を、自然に体が覚える」
「なるほど……」
「極めたやつらは、そこからさらに応用して、自分の使いやすい形に変えていく。言葉も動作も省略し、独自の発動方法や魔法体系を持つ者もいる」
「かっこいい……!」
「まずは一歩ずつだ。自分の魔力の性質を知って、動かせるようになれ」
ガルドの説明は無駄がなく、簡潔だった。
聞きながら、リオナは自分の中にある“なにか”を探るように、短杖の先端に意識を込める。
「それともう一つ。魔法は“流す力”を意識しろ。火なら熱い力、水なら流れる力、光なら――」
「……眩しくて、でも、優しい感じ、ですか?」
「悪くないな。素質はある」
褒められたことに驚きつつ、リオナは顔を上げた。
目の前の木製の標的は、少し距離があり、そう簡単に当たるものではない。
「じゃあ、やってみます……えっと――」
短杖を前に構え、息を吸って、詠唱する。
「《ライト・フラッシュ》……!」
杖の先が、ぴかっと小さく光った。
――それだけだった。
光は出たが、ほとんど届かず、標的に当たる気配もない。
「……あれ?」
「まあ、最初はそんなもんだ」
ガルドは微かに口元を緩めると、リオナにもう一度構えさせた。
「今のは力が弱すぎた。魔導石に流し込む魔力が足りてない。それと、気負いすぎると力がうまく流れん」
「うぅ……気負いすぎるなって言われると、逆に緊張します……」
「じゃあ、こう考えろ。“実況しながら撃て”。お前はストリーマーだろうが」
「……あっ、なるほど!」
リオナは目を見開いた。
配信中に喋るような感覚で魔法を撃つ。それなら――自然にできそうな気がした。
「よし、もう一度いきます!」
構え直す。
魔導石に、意識をこめる。
言葉と意図を重ねるように、声を出す。
「《ライト・フラッシュ》!」
――バチィッ!
今度は光が鋭く走り、標的の板に小さな焦げ跡を残した。
「やった……!」
「おう、今のは上出来だ」
ガルドが頷き、少しだけ表情を和らげた。
「魔法は相手に当てるだけじゃない。補助系なら仲間に使うことも多いが、他人に魔力を通すのは難しい。特に“自分以外”にバフや回復をかけるのは、訓練を積んでも成功率は低い」
「どうしてですか?」
「他人の体に魔力を通すには、その人の“動き方”“反応速度”“負荷の感じ方”まで読まなきゃならん。お前みたいに観察が得意なら、伸びる可能性もある」
「観察……配信でコメント拾うの、役に立つかな……?」
「十分にな」
そんなやり取りのあとも、リオナは何度か魔法を撃ち、少しずつ感覚を掴んでいった。
日は西に傾き始め、訓練場にも影が伸びる。
「そろそろ、今日はここまでにしておくか」
「えっ、もう?」
もっとやりたい、と名残惜しそうなリオナに、ガルドはわずかに肩をすくめた。
「焦るな。明日もある」
「……はいっ!」
リオナは短杖を大切に握りしめたまま、深く頷いた。
――少しずつだけど、自分にも“できること”が増えていく。
そのことが、素直にうれしかった。
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