第26話 街の裏通りで拾った、小さな話
午後、街の南側にある細い裏路地を歩いていた。
ここは観光客も滅多に来ない、地元の人間でも足を運ばないような静かな場所。
私は魔導石を手に、ゆっくりとカメラを回していた。
「現在地は……このあたり、ですね。ギルドの裏手側にある通りなんですが……
今日は“街の隅っこから、物語を掘ってみよう”ってコンセプトで回してます」
> 《また渋い場所来たな》
> 《この辺、マップでも空白気味だったとこじゃない?》
> 《こういうとこ好き》
路地は石畳が少し欠けていて、壁の漆喰もところどころ剥がれている。
でも、決して“寂れてる”という感じじゃなかった。
古くて静かで、時間が止まってるだけ。
「こういう場所って、ついスルーしちゃいがちだけど……
誰かがずっと住んでたり、何かが起きたりしてるわけで」
そう言っていた時――
ふと、ある建物の前で足が止まった。
「ん……ここ、空き店舗……? でも、なんか……」
半分開いた扉の奥から、ほんのり香ばしい香りが流れてきた。
「すみませーん、配信中なんですけど、何かやってますか?」
中から現れたのは、小柄なおばあちゃんだった。
「配信? あらまぁ、珍しい子。
ああ、ごめんね、ここね、昔はパン屋だったの。いまはもう閉めたんだけど……
週に一回、昔の常連さんが来るから、その日だけ焼いてるのよ」
「えっ、今ってその日ですか?」
「そう。もうすぐ来るはずだから、一本焼いて待ってるの。……食べてく?」
> 《行け!》
> 《それはもう食うしかない》
> 《これはエモ配信の匂い》
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
一口かじったパンは、素朴でやさしい味がした。
この通りと同じで、静かで、でも何かを抱えているような温かさ。
「ここ、配信してもいいですか?」
「ええよ。昔はね、こうやって皆で喋りながら食べてたのよ。
その代わり、うちの焼きたてパン、しっかり紹介してってね」
「任せてください」
魔導石を構え直しながら、私は声を整える。
「――この裏路地には、もう営業してないパン屋さんがありました。
けれど、その匂いも味も、人の記憶の中でまだちゃんと生きていました」
静かな場所の、静かな物語。
それを拾えるのが、きっと“実況者”の役割なんだ。
> 《こういうの、もっとやってほしい》
> 《なんか泣きそうになった》
> 《表じゃないとこにこそ、話ってあるんだな》
パンを焼く匂いが、画面の向こうにまで届くといいな――
そんなことを思いながら、私はそっとカメラを引いた。
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