010 守護獣召喚
俺たちSクラスは、1時間目を終了して、次の授業が行われる第一模擬実験室へとやってきた。
「ここが、第一模擬実験室か.....」
模擬実験室と呼ばれるそこは、単に白い大きい部屋だった。
特に何か特別なものがあるわけでもない、ただただシンプルで単純な部屋。
そんなところに先生がやってきた。
「あー、なんだお前ら、先に来てたのか。まあじゃあ、授業を始めよう」
さっきとは違い手ぶらの先生は、部屋の中央へと俺たちを移動させ、人数確認を行なっていった。
皆、どんな授業を行うのか不思議に思う中、出席確認を終えた先生は、突然床にしゃがみ込んで何かを操作し始めた。
「ねぇ、カイン。あれって何してるのかわかる?」
「いや、全然わからない」
ユーリが俺の方へと疑問を投げかけるが、俺には先生の行動は理解できず、解答はあげられなかった。
その奇妙な行動に皆疑問を抱いていると、操作を終えたのか先生は気だるげに立ち上がり、こちらへと顔を向けた。
「じゃあ、二限目を始める。科目はーー」
「うぉ...!!」
地面が軽く揺れ始め、先生の下から変な台座のようなものが浮かび上がってきた。
「守護獣適合兼入手訓練だ」
台座のその全容が完全に床から浮かび上がると、それの正体を知っていたであろう複数名の生徒が歓喜の声を上げた。
「来たわね.....!」
その中でも特に嬉しそうに、でも緊張気があったのはリーンだった。
他の生徒の面々も少しこわばっていたり、あるいは、毅然としていたり様々だった。
「守護獣....?」
しかし、ここに一人、そう、俺だけは困惑の表情を浮かべてこの授業に臨んでいた。
何せ俺は、その守護獣というものを知らなかったからだ。
「え、あんた、守護獣を知らないの....?」
そんな引くような声に俺は耳を傾ける。
そちらを見れば、それは先ほど覚悟を決めている様子であったリーンがいた。
まあ、今は「信じられない....」っていう顔をしているが。
みんな知っている様子から、俺も薄々常識的なことだと勘ずいていった。
己の無知をリーンの冷たい目から恥じる。
「えっと、ごめん。実は知らないんだ...よかったら教えてくれないか?」
恥を偲んでそうリーンへと答える。
すると、突然こちらに向かって発せられる笑い声が部屋を包み込んだ。
「ぷっ、あはは!、カインってもっと怖いイメージがあったんだが、存外そんなこともなかったのかもな。いいぜ、俺が説明してやるよ」
バッとそちら見ると、そこにはレグルスが腹を抱えて笑う姿があった。
先ほどのこわばった顔から一気に柔らかい表情を取り戻した彼は、意気揚々と説明を始めてくれた。
「守護獣ってのは、簡単に言えば魔剣士の相棒だ」
「相棒?」
「ああ、そうだ、守護獣は文字通り俺たち魔剣士を守護、つまり、サポートしてくれる存在だ。簡単に言えば、一緒に戦ってくれる仲間みたいなもんだな」
「なるほどな」
レグルスから簡単な説明を受けた俺は、その守護獣というものの全容を掴みかけた。
そこに、補足するように設備の調整を終えたと見える星川先生が話に入ってきた。
「もっと詳しく言えばだが、仲間と言っても魔力を借りたり、顕現させて二人で戦ったりで戦術は色々だ。まあ、顕現させるのには莫大な魔力が必要になるが.....ともかく、この守護獣ってのを身につけていない魔剣士は、魔剣士とは呼ばない。文字通り、格が違くなるからな。それがさっき言った、高等学院に進学できなかった見習い魔剣士が魔剣士にはなれない理由だ」
「守護獣....そんなに大事なものなんですね」
「ああ、そうだな」
守護獣。
それは、どうやら俺が思っていたよりも結構重要なものだったらしい。
まさか、いるといないのとでは魔剣士自体の格が変わってくるとは思わなかった。
みんなが緊張する理由もわかる気がする。
「さあ、じゃあ、始めるぞ。一人ずつ台に乗って魔力を捻り出せ。じゃあ、まずはリーン」
「はい!」
星川先生は名前を読み上げた順に台座へと乗せていった。
最初はリーン。
眉間に皺を寄せながら汗を大量に流していた彼女は、恐る恐る台座へと魔力を流していく。
流れていく魔力量に比例して、魔法陣が段々と光を帯びていく。
青く、輝かしく光切ったそれは、一匹の生命体の出現と共に、その光源を失った。
「こ、これは...」
リーンが呼び出した生物は、身体中に炎を纏った4本足の爬虫類で、俺たちの数倍の大きさはあるというほど大きかった。
「サラマンダーか。火属性を司どる代表的な精霊だな。強さはもちろん、知性もあって、比較的協力的な種だ。大当たりじゃないか」
「......!!、やった.....!!」
星川先生の話を聞き、先ほどまでの暗い顔は吹き飛び、彼女は飛び跳ねるかのように元気な姿を見せた。
その後、リーンは星川先生の説明を受け、サラマンダーの額と自分の額をくっ付け、守護獣契約というものを交わした。
これで、リーンはどうやら守護獣、この場合はサラマンダーの力を惜しみなく使えるということになったらしい。
リーンは満面の笑みでこちらへと戻ってくると、嬉しそうに俺たちの集団と合流した。
「よーし、じゃあ、次行くぞ。レグルス」
「はい....!」
リーンの選別が終わって早々、レグルスの名前が星川先生から飛び上がった。
そうして呼ばれたレグルスは、集団から飛び出し、リーンが先ほどまでいた台座へと乗る。
彼もまた、手順通りに進めていくと、先刻と同じ、淡い光があたりを包み込んだ。
そして数刻の後、光が消えると、そこに現れたのはリーンとは違えど、同じ人ならざる生物がそこには立っていた。
「こいつは、ゴーレムだな。サラマンダーと同じく、代表的な土属性を司どる精霊だ。知性は少ないが、その分、力はそこらへんの奴らよりは何倍も強い。こいつも当たりだな」
「よっ、シャァあああああああ!!」
その場でガッツポーズを決めるレグルスを他所に、俺は目の前に立ち尽くすゴーレムを観察していた。
サラマンダーよりも一回り大きい石作りの体に、頑丈そうな体。
間違いなくこのゴーレムっていう精霊は強い。
そして、それはあのリーンのサラマンダーと引けを取らないほどにだ。
これがSクラス。
もう十分に感じ取ってきたと思っていたが、改めてその凄さを目の当たりすると.....俺が本当にここにいていいのか不安になってくる。
だがまあ、俺もSクラスの端くれだ。
みんなとの関係を良くするためにも、俺はこの守護獣召喚を成功させる!
そう決意を胸に、俺は残りの守護獣召喚を見守った。
三人目にはヘディンが呼ばれ、彼もまた召喚を行った。
彼が出したのは、ユニコーン。
金色に光る、ユニコーンだった。
星川先生が言うには、これは当たりらしい。
サラマンダーやゴーレムと同じ、代表的な光属性の精霊で、結構な強さを誇るらしい。
それを聞いて落ち込む生徒はいないだろう、ヘディンは小さくガッツポーズをした後にすぐに姿勢を直して、その場をクールに去っていった。
まあ、隠しきれない喜びが、顔に出てたけど。
四人目はユーリだ。
彼女が召喚を通して呼び出したのは、白い大蛇だった。
星川先生が言うには、これは白蛇というらしい。
四大属性を司どる、神秘的な蛇の形をした精霊で、分類的には先の3人の精霊より数段格上の大精霊に分類されるらしい。
「やった!」
彼女もその結果に満足したのか、嬉しそうな笑みを浮かべて戻ってきた。
そして、ついに.....。
「次は、クレアだな」
「はい」
煌びやかに髪を靡かせながら台座へと歩く彼女に、その場にいたほとんどの人が緊張の渦に巻き込まれた。
当然、その中に俺も含まれている。
先の四人も大層な結果を残した。
先生も、一年生ながらにしてこの結果は最高評価とまで言っていた。
しかし、彼らや俺がこのレベルであるのならば、神童と謳われる彼女の守護獣は一体、どれほどのものなのだろう。
そう思い、皆、緊張の眼差しで彼女の召喚の儀を見る。
もしかしたら、大精霊以上の何か、もしくは、それをも遥かに凌駕する何かを召喚するかもしれない。
そんな期待と畏怖を胸に俺たちは彼女の召喚を見つめていた。
「では、始めます」
クレアが台座に魔力を流し込んで行く。
眩い光があたりを包み、一人の生命体を残して光を消滅させる。
そこに現れたのは、全長20メートルは超えるかとういうほどに大きい、青い鱗を持った蛇のような生物がいた。
「こいつは....竜、いや、龍か...」
珍しく動揺の色を見せる星川先生。
その彼の発した単語に思わず俺は疑問を抱き、聞き返した。
「龍、ですか?」
「ああ、この場合クレアが出したのは、水龍のリヴァイアサンだ。大精霊の上を行く、精霊王っていう部類で、司どる属性においては無類の強さを見せる、化け物みたいな奴らだ。そんなのを出したってんだから....相当な当たりだぞ」
「精霊王....」
先生から目を離し、眼前に広がる水龍の神々しさを目の当たりにする。
クレアはリヴァイアサンへと近づき、契りを交わして、こちらへと戻ってくる。
満足げな彼女の顔は、このクラスの他の生徒全員に畏怖の念を植え付けた。
それはそうだ。
こんなもの目の前で目の当たりにしたら....自信をなくすのも頷ける。
「よーし、じゃあ、最後だ。カイン、行け」
「はい...」
俺は自分の名前を呼ばれ、クレアと入れ替えるようにして俺は台座へと向かった。
途中、彼女から小さな耳打ちで「期待してるわ」と言われたが、はて俺なんかに何を期待しているのか、あの神童は。
毎回思うが、クレアの後に俺を呼び出すのは少し違うと思うんだがな。
まあ、行くしかない。
過度な期待を背負って、俺はかつてないほどにその重い体を動かし、台座へと登壇した。
「よし、始めろ」
「はい」
先生に言われ、俺も両手を魔法陣へと向け、魔力を流し始める。
魔法陣が強く光出し、あたりを包み込んでいく。
(頼む、なんかいいの来てくれ...!)
そう心の中で強く念じ、魔力をどんどん流し込んで行く。
すると、呼応するように光はかつてないほどに強く発光し出し、部屋一面を真っ白い光が鋭く照らした。
「うおっ、眩しっ...!!」
そんなレグルスの声とともに、その眩しさにその場にいた全員が目を塞ぐ。
俺も突然の光量に、咄嗟に目を覆い隠す。
その光った、たったの一瞬。
その刹那に俺は何か懐かしいものを見た。
『カイン.....カイン....』
(誰だ...?)
俺の名前を呼ぶその声に俺は光の中を覗く。
顔ははっきりとしないが、全身に白い服を身に纏ったその男は、俺の方へと手を伸ばしていた。
その後、彼は何か俺に言っているようだったが、俺にはそれは聞き取れなかった。
朧げなその記憶の中で、彼は俺に一本の剣を渡して微笑みながら、その場を去っていった。
最後にこう一言残して。
『頼んだぞ...』
そして光は収まり、魔法陣の中から出てきたのは、記憶の中にあった一本の剣だった。
通常の剣とは違い、片方にしか刃を持たない、少し湾曲した形の剣。
「これは、刀か...?」
星川先生のその言葉で思い出す。
刀。それは、東洋の文化に伝わる特別性の剣だ。
でも、どうしてここに?
守護獣はどこにいったんだ?
そんな疑問が頭をよぎるが、柄に月の紋章が刻まれたそれは、不思議と俺の疑問を吹き飛ばし、刀の方へと引き寄せた。
「どうして、刀なんかが...」
そんな先生の言葉を尻目に俺は刀の方へと歩み寄っていく。
皆が心配の目で俺を見る中、俺は刀を手に取り、抜刀する。
手に吸い付くような心地良さ、心地良い長さ、全てが完璧だった。
まるで、長年愛用してきた道具のようにそれは俺にしっくりときた。
そして、それを感じると同時に俺はあることに気がついた。
気がついたというより、それが一番腑に落ちたというべきであろう。
ああ、こいつが俺の守護獣なんだと。
「星川先生。多分、これが守護獣です」
「.....はあ、マジか....わかった。とりあえず、美沙雪さんには俺から報告しておく」
「はい」
こうして俺の守護獣召喚は無事に終わりを告げた。
☆☆☆☆
「美沙雪様、これが報告の上がったSクラスの守護獣召喚の結果です」
私の座る席へとセバスが資料を持ってくる。
内容は、今年度Sクラスの守護獣召喚の結果だ。
「おー、ありがとうセバス。さて、今年はどんな....」
6枚しかない資料をパパッと捲っていくと、私の目にとある情報が止まる。
「大精霊に精霊王....それに、武器型の守護獣か....」
「ええ、大変不可解なことが多く挙げられています。ですがーー」
セバスの持ってきたこの驚きの情報に私は思わず笑ってしまった。
「あはは!、これはすごいな!」
「ーーええ、大変素晴らしいです」
私の手元にあるこの数枚の資料が、私の心を動かざるを得なかった。
「これなら、今年はなんとかできるかもな、セバス」
「ええ、優勝も夢ではないでしょう」
「ああ、期待するとしよう。彼らに」