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2‐7 魔王になった少年

 みんな嫌いだ。

 いなくなれ。

 こんな世界なんてなくなってしまえばいいんだ。


 誰からの声が聞こえる。

 それは誰かの声なのに、ユウタには自分の声に思えた。

 日本にいたとき、何度か思った。


 誰もかれも信用できない。

 みんなが敵に見えた。

 でも生きていかなければならない。

 おかしいくらい、彼は死ぬことを考えたことがなかった。

 生き抜く。

 実の父に無視され、母親に詰られる。

 親戚には変な目で見られ、触られたこともある。

 学校でも変な目で見られた。

 両親が離婚して、母親と別の家に移った。

 二部屋しかない。

 嫌な音、声を聞いた。

 母親の恋人には殴られた。

 ある時から母親の恋人から変な目で見られるようになった。

 ぞっとした。

 親戚たちが彼に向けた目だ。


 あの日、彼は救われた。

 世界を呪っていた彼を救ったのはタリダス。


 あんたはいいよね。

 救われて。

 俺にはそんな人いなかった。

 だから魔王になった。

 全部壊してやる。

 あんたも、全部だ。


 黒髪の少年がにやりと笑い、目の前が真っ赤に染まった。


 ユータは驚いて目覚める。

 寝汗をかいていて、額に髪が張り付いていた。


「ユータ様。お目覚めですか?」

「タリダス……。ごめん。起こしちゃった?」

「いえ、そんなことはありません」


 タリダスは別の天幕で寝起きをしている。

 そんな考えもユウタの頭から飛んでいて、天幕の外のタリダスにそう答えていた。


「入ってもよろしいですか?」

「あ、うん」


 徐々に頭が覚醒していき、タリダスとは別の天幕で、彼が起こしにきてくれたのだと理解した。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫。ちょっと夢見が悪くて」

「夢?どんな夢ですか?」

「に、日本にいた時の夢。だけど、最後タリダスが救ってくれた。現実と同じように」

「そうですか?それはよかった」


 タリダスはそう言うとユウタの寝床に近づき、ぎゅっと彼を抱きしめた。


「大丈夫だよ。っていうか、汗臭いから、僕」

「そんなことはありません。ユータ様」

「う、だったらいいんだけど。それより、タリダス、もう準備をする時間なんでしょう?」

「はい」


 ユウタの言葉に我に返ったようで、タリダスは彼から離れた。


「準備するね。準備終わったら外に出るよ」

「手伝います。今日はせめて革の鎧をつけてもらいます。本当は帷子をつけてほしいのですが、重いので無理だと思いますから」

「うん。そうする。今日もよろしくね」

「はい」


 そうして、タリダスに革の鎧をつけてもらい、彼と共に天幕の外に出た。天幕はかたずけられており、身支度を整えた騎士たちが揃っていた。ユウタの天幕も手際よく片付けられていく。


「さあ、行きましょう」


 タリダスに案内され、騎士たちの間をユウタは歩いていく。

 日が沈もうとしていた。

 魔物が出没する時間まであと少しだった。


「皆よく聞け。私とユータ様、第三分隊が動いたら、作戦開始だ。第一、第二は素早く回り込め。戦闘は避けて、回り込むんだ。第四と第五は我々第三の背後を守ってくれ。頼んだぞ」

「はっつ!」


 騎士たちの返事がまるで怒号のようだった。

 ユウタは内心驚きながらも、アルローの振りを心がけて、無表情でいたつもりだった。

 タリダスには気づかれたようで、さりげなく腰に手を回された。彼の手はユウタを安心させる。その手の温もりを感じて、ユウタは落ち着きを取り戻した。


「第三分隊の騎士たちよ。私とユータ様が先頭に立ち、馬で一気に駆ける。後ろは振り返るな。以上だ」

「はっつ!」


 先ほどの怒号より小さめだが、騎士たちのいきりった声はユウタを怖がらせる。アルローの記憶でしっているのだが、いまだに慣れなかった。


「ユータ様」


 近寄る影があったので、顔を上げるとケイスが完全武装してそこに立っていた。


「私も第三分隊と共に戦場を駆けます。あなたに近づく魔物は私が切ります」

「あ、ありがとう」


 間の抜けた返事になってしまったが、ユウタは礼を言う。

 ケイスが笑顔を返して、ユウタの腰に当てられているタリダスの手が強張った気がした。

 ケイスの父はウィルはタリダスを傷つけた。二人の顔はそっくりで気分も悪かろうとタリダスの手に自身に手を重ねた。


「それでは戦場で。馬の調整をしてきます」


 ケイスはそう言って二人の前から姿を消す。

 ユウタはほっとして、タリダスの手を放そうとしたのだが、逆に握りしめられた。


「タリダス?」

「しばらくこのままで」

「うん」


 二人は呼びに来るものがいるまで、手を繋いだままそこに立っていた。



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