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17 騎士

「ユータ様。ケイスのことが気になりますか?」


 フロランが不意にアルローに問いかけてきた。

 すぐに顔色を変えたのはタリダスだった。 


「いえ?どうしてですか?」


 彼が動くよりも、アルローは先に答えた。

 椅子から立ち上がり、フロランに歩み寄る。

 浮かべるのは本当のユウタの微笑に似せた無邪気な笑みだ。


「いえ、何度かケイスのことを見てたので。ちょっとした興味で聞いてみたのです」

「興味はあります。だって、僕タリダス以外の騎士を見たことがなかったので」

「ああ、そういうことですか。なら、近くでご覧になりますか?ケイス」


 そばに寄りたくない。

 顔なんて見たくないのに、フロランはアルローの言葉を巧みに解釈して、ケイスを呼び寄せる。

 彼は戸惑いながら、壁側からフロランに近づく。

 アルローの視界の端で、タリダスが今にでも掴みかかりそうな体勢をとっていた。


「これは、立派な剣ですね」


 タリダスを牽制する意味で、アルローは無邪気にケイスに話しかける。フロランの望むような展開にさせるわけにはいかなかった。アルローはタリダスの視線からケイスが見えないように、自分の体を動かしてタリダスの壁になる。


「はい。これは我が家に代々伝わっている剣です」

「そうなんですね」


 ケイスに答えられ、アルローはまじまじと剣を見つめる。それは見覚えのある剣で、あの男ウィルの愛剣だった。

 彼のことを思い出すのは辛く、ケイスを見ていると若かりし頃の自身の過ちを思い出す。しかし、タリダスにこれ以上世話になるわけにいかないとケイスへ話しかけ続ける。


「ずるいわ。私もアルローと話したいわ」


 そんなアルローを救ったのは、彼の妻である前王妃のソレーヌだった。


「ああ、これは失礼しました。ソレーヌ様」


 すぐにフロランが声を上げ、ケイスを下がらせる。

 それにアルローは安堵して、今度はソレーヌに向き直った。


「ねぇ。ユータ。やはり王宮に来ない?たくさん可愛い服を着せてあげるわ」

「ありがたいお言葉です。けれども僕はまだ体が弱くて」

「そう?じゃあ、元気になったら王宮にきてね。待ってるわ。今日の服も可愛いわ。どこの針子?」

「ハリエットという針子です」

「ハリエット?聞いたことないわね。今度紹介してくれる?」

「はい。あのタリダス、大丈夫かな?」


 アルローはふと自分で何もかも決めすぎだと気が付き、タリダスに話を振る。それがうれしかったようで、彼の無表情の中に喜びの感情が見て取れた。


「勿論です。けれどもソレーヌ様。ハリエットは少し変わった者です。構いませんか?」

「ええ、楽しそうでいいわね。退屈してるのよ。ちょうどいいわ」

「それでは、ハリエットにすぐ連絡をとります」

「嬉しいわ。お願いね」


 ソレーヌは嬉しそうに微笑む。

 アルローが生きていた頃と変わりがないソレーヌ。老いは感じられるが、その態度や性格には変化がないように思えた。

 それが懐かしいのか、どうなのか、彼は感慨に耽る。


「ユータ様。ソレーヌ様との約束を破ってはいけませんよ。私もあなたを王宮で待ってますから」

「はい。必ず、ありがとうございます」


 タリダスが何か言いたげだったが、それを遮ってアルローは答えた。

 言質をとったとばかり、フロランは微笑み、久々の再会はそれで終わりを迎えた。


 ☆


「アルロー様。ありがとうございました」

「礼など必要ない」


 一行が帰り、自室に戻った後、アルローはタリダスから礼を言われた。

 ケイス、ウィルの件はアルローのせいでもある。早く処罰してなかったから、タリダスにまで被害が及んだ。

 なのでこれ以上彼が傷つかないように守るのは当然だ。

 アルローはそう思っており、短く答えた。


「アルロー様」

「心配するな。少しユウタの真似をするのは疲れるが、フロランの前で弱みは見せられん」

「はい」


 フロランは優秀な宰相であり、アルローは彼を宰相に任命したことを後悔したことはない。しかし、個人的に彼の性格にはしてやられることが多い。彼自身は嫌な思いをするのだが、国の政には何ら影響はない。なので、フロランによって仕掛けられた数々の悪戯をアルローは耐えてきた。対処法も身に着けている。


「それよりお茶でも飲まないか。何か甘いものも食べたい」

「甘いものですか?」

「ああ。前は好きじゃなかったら、ユウタの影響で甘いものは好きだ」

「そうですか」


 タリダスの緊張はそれで解けたようだった。

 アルローは用意をしてくるという彼の背中を見送りながら、安堵していた。

 タリダスをこれ以上傷つけたくなかった。

 ウィルがなぜタリダスを襲ったのか。騎士団の悪習といえばそれまで。しかし、アルローはタリダスが彼の親戚だから、手を出した。そう考えていた。



「ケイス。お疲れ様」


 前王妃を彼女の部屋にお送り届けてから、フロランは宰相執務室へ戻ってきていた。

 宰相執務室は個室で、壁も厚い。なので、密談には適した部屋でもあった。部屋の前には騎士がおり、王と前王妃以外、宰相が許可をした者以外は入れない。

 ケイスを部屋に招き、彼に椅子に腰かけるように伝える。


「あの、フロラン宰相閣下?」


 ケイスは戸惑い、彼の表情から何か読み取ろうとした。しかし、鉄壁の笑顔は油断がない。


「君、ユータ様のことをどう思った?」

「どうって言われましても。さすがアルロー様の生まれ変わりだと思いました」

「そうじゃないんだ。可愛いかっただろう?」

「は?え?」


 思いがけないことを言われ、ケイスは動揺する。


「本当、アルローは可愛いよね。ユータだっけ。今の名前は。君もそう思うだろう?」

「えっと、あの」

「ユータは君に興味があるようだ。王宮に来たら、君も私の傍で彼に会うといい」

「は、はい」


 ケイスは分けわからず、しかし宰相の言葉に返事をした。


「きっと君が甘い言葉をかければ、アルローは動揺するだろう。楽しみだ」

「ど、どのような意味でしょうか?」

 

 フロランの言葉は意味が分からず、ケイスはとうとう疑問を口にした。


「これは秘密なんだけど。君の父ウィルとアルローは恋人同士だったんだ」

「は、」


 ケイスは何を言うべきか言葉を失った。

 父が女性より男性を好むことは知っていた。それでも義務のように結婚し、ケイスをこの世に送り出した。

 しかし、前王であるアルローと関係があったなど、初耳で、混乱を極めた。


「これは本当にごく一部の者しかしらない。ウィルが君に話してなかったのは驚きだけど。まあ、ウィルはいい騎士だった。アルローのことさえなければ」


 フロランは天井を仰いだ後、息を吐く。


「ケイス。頼みがあるんだ。アルローを誘惑してくれない?」

「そ、それは」


 ケイスの脳裏にタリダスの屋敷で見たユウタの姿が浮かぶ。

 美しい少年だった。

 

「美しいだろう。彼は。可愛くもあるんだ。王宮に来るのが楽しみだね」


 ケイスは何も答えられなかった。

 けれども彼の主人はフロランだ。逆らえるはずがなかった。


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