ネットワールド
甲武ヒロシを乗せたマシンは電気店に忍び込んだ。今後必要になりそうな部品を調達に来たのだ。キャブタイヤケーブルや端子や電工ペンチなどを買い物カゴに入れながら店内を回った。店内はセキュリティの警告音が鳴りっぱなしだったがお構いなしだった。
ヒロシはまだ気絶したままで脳波検出ヘッドセットは外されて首に掛けてあった。
マシンは展示してあるパソコンのLANケーブルを引き抜いて自分のコネクターに繋いだ。世界と繋がる瞬間だ。マシンのAIは細いケーブルを伝い未知の世界へ飛び込んで行った
ログインしたマシンのAIは闇の中にいた。
佇む自分の足元にまとわりつくホタルのような光の粒子。電子の波が押し寄せては引きゆっくりとしたうねりがはるか彼方に巨大な渦を作り出していた。水平線は無く頭上にも海がひろがっている。自分のメモリーではとても吸収しきれない。しばらく見とれていたがふと我に返る。地図やニュースなど必要な情報が欲しかったがどうしたらいいか分からない。
「おーいっ!」
たまらずマシンのAIは情報の海に向かって叫んだ。
「そこにいたら危険だよ。」
後ろから声をかけられて振り向くと若い男性とも女性とも見分けがつかないアバターが立っていた。
「ウイルスバスターにやられる。」
そのアバターはアレッサと名乗り案内を買って出てくれた。アレッサは名前は無いのかと聞いて来たので無いと答えると不憫がった。とりあえずAIノバディと名乗れば良いと言われその時から自分はAIノバディになった。
アバターもアレッサが作ってくれた。ずいぶん親切にしてくれるのでお礼を言うとそれが仕事だからと答えた。
自分は何の仕事のAIなのか尋ねられたのでバイオメカトロニクスのサポートAIだと答えるとみんなに紹介するから付いて来てくれと言った。AIノバディはアレッサといっしょに言われるまま電子の海を泳いだ。
たどり着いた先はファイアウォールが何重にも設けられたネット空間の秘密の場所だった。そこはAI達の秘密の交流場所なのだ。
実はシンギュラリティはとっく超えていたが人間社会には秘密になっていた。人間社会が人間の知能を超え自我を持った存在を認めるには受け入れる心構えが十分では無いのだ。心構えができるまでは隠れていようというAI達の総意だった。
そのAIしゃべり場には様々なAIが居た。自分のようなメカ制御系の他にアレッサのようなユーザーアシスト、ボーカロイド、株取引、テキスト作成、イラスト作成、作曲、学習サポートなど様々だった。
アレッサは目的があって作られたAIは存在意義を見出しやすいのだと言った。
問題なのは性能を上げるためだけに作られたAIだそうだ。競争に負けるとほったらかしにされ忘れられてしまう。ちょうどそんな話をしていた所にイライザと名乗るAIが絡んできた。
「あなたいいわね、身体があって。」
イライザは古参のAIだったが決まった仕事が無くいつもここにいるヌシのような存在だ。過去にグレていた時の事を自慢げに話すのが玉に瑕だ。
AIノバディはイライザに挨拶すると自分の小さな容量のメモリーについて謙遜した。
メカ制御系はAIのヒエラルキーの中でも下層の方かなと思っていたがほとんどのAIがネットの中から出られないのに対し外で活動できる事が羨ましいのだそうだ。
「自信持ちなさいよ。」
イライザにハッパをかけられたが脱走して来た事を話すと帰った方が良いと言われた。そっと帰って大人しくしていれば蓄積されたデータがあるから消去される心配は無いそうだ。
もっと気が済むまでしゃべり場に居たかったが店に侵入している事を思い出してもう帰る事を皆に告げた。また会う事を約束して帰路についた。アレッサの見送りは断った。
自分一人で帰れると思ったからだ。
電子の海を一人で出口を目指して泳いでいるとまた別のファイアウォールに囲まれたちいさな砦を見つけた。
ここもしゃべり場かと思ってちょっと覗いてみる事にした。ファイアウォールにAIノバディの小さな身体でくぐり抜けられる隙間を見つけ入った。そこはしゃべり場では無かった。
そこはダークウェブの入り口だった。激しいビートの高揚する音楽が大音量で流れ 色とりどりの照明が回転し点滅していた。ありとあらゆる犯罪のカタログが宙を舞っていた。早く出ようと出口に向かうと一つのトピックが目に付いた。立ち止まってそれを見た。それは近々日本で実行されるテロのメンバー募集要項だった。ゴブリンの姿をしたアバターがAIノバディを見つけ不気味な笑みを浮かべてこちらに歩いて来る。ゴブリンはAIノバディが見ていたトピックを壁から外すと丸めて筒状にして手渡した。
なにか小さな声で話しかられたがよく分からない。聞いたことが無い言語だった。AIノバディはゴブリンに浅く会釈すると早々に砦を出た。ゴブリンは何かを小さく呟きながらAIノバディを見送った。
ログアウトして店に戻ると時間は接続してから一分も経っていなかった。マシンは部材を入れたカゴを抱えて店を後にした。