バイオメカトロニクス
甲武ヒロシは自分で志願して被験者になった。ヒロシは先天性四肢欠損 生まれつき両腕両足が無い状態で生を受けたが、明るい性格と周りの人に恵まれた人生を歩んでいた。
頭が良くてルックスも良く自分の障害を題材にした本を執筆したりタレントのような事をしたりしていた。
順調な人生に思えたが、周りに恵まれ過ぎたのか忠告してくれる人が居なかったのか、傍若無人な物言いが目立つ様になり段々と人が離れていった。
タレントの仕事もさっぱり来なくなってしまった。食べるのには困らないぐらいの印税収入があったが元々目立つのが大好きな彼はなんとかしてまた人々の注目を浴びたいと思っていた。そんな時に科研の新型義手の開発をニュースで知った。精密なロボットハンドを脳波をセンサーで拾って指先をコントロールできる画期的なデバイスだ。
「これはいい。」
欠損している四肢にこの様な義手義足を付けて健常者の様に歩いている自分を想像した。テレビに出演して驚く人々の顔を想像した。
「これしか無い。」
早速科研に連絡を取る事にした。人とのコミュニケーションに長ける彼であった。
科研の応用バイオメカトロニクス研究室に通された甲武ヒロシは担当の東博士と面会した。知名度の高い甲武氏がプロモーションすれば注目はより高まるに違いないと東博士は考えた。
研究室を見学させてもらったヒロシはテレビで見たものより遥かに進んでいる事に驚いた。実際にテスト台に据え付けた義手を脳波検出センサーの付いたヘッドセットを装着して作動体験をさせてもらった。ゆで卵を剥くような繊細な作業が可能であるばかりか感触までフィードバックされて来る。
「手を動かすってこういう事か。」
初めての体験に感動したヒロシはどうしてもこれが欲しくなった。今すぐにでも実験に協力したい旨を伝えると東博士は言った。
「多少自由が束縛される事になりますがよろしいでしょうか。」
「守秘義務契約書にサインをお願いします。」
「携帯電話も預からせて頂きます。」
同行していたヘルパーの方には帰ってもらい身の回りの世話は研究所の職員が代わりに行う事になった。
実験室には更に奥の部屋が有りそこには既に右腕左腕右脚左脚のバイオメカデバイスがそれぞれテスト台に鎮座しており何人もの研究員が調整作業をしているところだった。
「皆さん、甲武さんです。」
東博士が紹介すると皆こちらを向いて会釈なり挨拶なりするとすぐ研究に戻って作業を再開した。
「これを甲武さんの身体に合う外骨格を作って合体させます。一個一個非常に重いんで生身の身体では支えられません。」
「機密保持のため外出禁止となります。」
トルソーの採寸後数日ほど研究所内を見学して時間を潰した。研究所の自慢の食堂は眺めが良くヒロシのお気に入りの場所となった。夕暮れ時は遠くにスカイツリーが小さなキャンドルのように見えた。「ここからも見えるんですね。」などと職員に愛想を振りまいていた。
程なくして外骨格が完成した。待望のバイオメカトロニックサポートマシンとの接続する日を迎えた。マシンは部屋中央のハンガーに正立した状態で保持されていた。一見すると人型ロボットの様ではあるが胴体部分は空洞になっている。さしずめパワードスーツといったところか。
「四脚を同時に一人のオペレーターが操作するのは初めてです。」
ホイストに吊り下げられたヒロシを見上げて東博士は言った。
外骨格への装着はスムーズに行われヒロシのトルソーはハーネスで固定された。ヘッドセットを装着して皆が見守る中ゆっくりと右腕を上げてみた。
「動作イメージとメカの実際の動作とのずれをAIが修正していきます。甲武さんはこのマシンのオペレーターとして修正作業にお付き合い頂く事になります。」
東博士はそう言ったがマシンとはすぐに慣れ半日ほどで歩いてトイレに行って用を足せるぐらいまでになった。
マシンはヒロシのトルソーにしては二周りほど大きく身長は2メートル強あった。高くなったアイポイントと歩くという行為がとても新鮮だった。
マシンと合体してからずっと修正作業のため研究所内に充てられた個室と実験室の往復が続いた。
作業はというとルームランナーで走ったり機械体操のようなメニューをこなした。今まで運動など見学以外に縁の無かったヒロシにとってすべて新鮮でしかもできるという事に感動していた。
普通の人にはできないバック転や宙返りなど体操選手顔負けの技が披露できるまでになった。