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第8話:王宮からの監査

 騎士団屋舎・第1騎士団団長室―――。


「山賊・バーリン?」


 コールマン団長は、事務作業の手を止めて、使者のウィリアムと話していた。


「聞いたことない名だな。最近になって出てきた集団か?」


 コールマン団長は、自分が知っている情報と重ね合わせていく。


「はい、頭はあぶれ者バーリン。町や人を襲って金品を奪うだけでなく、依頼主が見合った報酬さえ出せば、どんな残虐行為も請負う卑劣なやつらです。規模は、末端を含めると100人ほど。戦法は主に斧を含む、あらゆる刃ものです」


 ウィリアムは淡々と報告する。


「ローレンスの兵たちの負った傷が、そのような武器からのものだったな」


 コールマン団長は、椅子にもたれて腕をくみ、しばらく一点を見つめた。


「確かに、関係性はまだわかりませんが・・・。町に出ているエドワード騎士をかぎまわっている者がいるのは確かです」


 ウィリアムは、メモを見ながら話す。


「わかった、どちらも引き続き調査してくれ。なにか動きがあれば、すぐに知らせるように」


「わかりました」


 ウィリアムは、コールマン団長をまっすぐ見て返事をした。



 コールマン団長は、椅子の背もたれにもたれて、ふうっと息を吐いた。


「なあ、ウィル。わたしたちは、なにと戦っているのか考えたことはあるか?」


 また一点を見つめてウィリアムに投げた。


「なにか、気にかかることでもおありですか?」


 ウィリアムは、コールマン団長の言いたいことをつかもうとする。


「地位に名誉というのは、人に権力と支配力を与え高揚感をもたらすかもしれないが、ときに盲目にさせるものでもある」


「はい・・・」


 ウィリアムは、頭の理解より先に相づちを打ってしまう。


「では、最高に酔いしれた者が、それを失う恐怖と不安にのまれたとき、いったいなにをするだろうか」


 そうやって、コールマン団長は、いつも自分に問いかけるようにしてウィリアムに話すのだった。




 ウィリアムが退室し、コールマン団長は部屋でひとりになった。


「やはり剣を持たせた方がよかったか・・・」


 ふと、丸腰で町にいるローレンスの姿を想像した。


「ふっ、なにを言ってるんだ、わたしは」


 コールマン団長は、窓の外に見えるむらさき色の空を眺めて、自分の思考を笑い捨てた。




 ゆう子はガバッと飛び起きた―――。


 麻のような、ざらっとした手触りのシーツ。まわりをキョロキョロ見渡した。腰にそっと触れるものを感じる。


「エイミー、起きた?」


 振り返るとローレンスが横で寝転がっている。やわらかい笑顔を見せて、ゆう子の腰をさすっていた。


「ローレンス⁉︎」


(ひゃっ! わたし、裸⁉︎ エイミーになってる⁉︎ こっ・・・ここは⁉︎)


 慌ててシーツで胸を隠そうとする。


「んっ・・・!」


 からだを起こしたローレンスの唇が触れた。彼の大きな手が、愛の羽のようにほおを包んでくる。ベッドに戻され、長いキスをした。



 朝日が差しこんで、部屋のほこりが一斉に光り輝く―――。



 床に放り投げられたままのワンピースを拾い上げ、身支度をするゆう子。


(どうやら、ここは、ローレンスの宿のようね・・・)


 こっぱずかしい。すでに服を着たローレンスが、ニコニコしながらずっと見つめてくる。純粋で澄み切ったヘーゼルの瞳がまぶしい。ゆう子は、この男が国の最強騎士とうたわれているとは、とうてい思えなかった。


「じゃ・・・じゃあ、わたし診療所に行くね」


 ゆう子は、とりあえずいつもの1日をはじめようとした。


「おれも、今日もいっしょに行く」


 ローレンスは、あどけない表情で言った。


「え? いっしょにくるの? ってか、今日もって・・・」

(いったい、会ってどれくらい経ってるの・・・⁉︎)


 ゆう子は、耳に熱を帯びる。


「うん。楽しいと思うことをする。それがのんびりすることだって、エイミーが言ったから」


 まるで少年のような無邪気な笑顔を見せる。


 ゆう子の顔が赤くなる。


(しれっと、ドキドキさせること言うわね〜・・・)



 宿を出た。布の帽子を深くかぶったローレンスが、そっと指をからませて手をつないできた。店の準備をはじめる人々の声や活気は、ローレンスの手のぬくもりで無音になる。


 なにを話すわけでもなく、朝日を背中に浴びながら診療所に向かって歩く。


「エイミーのことが好きだ」


 唐突にローレンスが言った。


 ゆう子の唇が震える。全身の血がからだを駆けめぐった。


「うん、わたしもローレンスが好き」


 ゆう子は、太陽のような笑顔で言った。


 ふたりは、胸の高鳴りとあたたかさを感じながら互いを見つめ合う。




 診療所に馬車が停まっている。


「お父様、どこかにお出かけですか?」


 ゆう子は、小走りでヒューバートが馬車に乗り込むところで声をかけた。


「ああ、エイミー。おかえり、ちょうどよかった」


 ヒューバートが弾む声で言った。


「おはようございます、ヒューバート先生」


 礼儀正しいローレンスがいた。


「エドワード様、おはようございます。実は、となり町から救急で呼ばれましてね」


 ヒューバートも丁寧にあいさつをしながら状況を説明した。


「エイミー、ちょっと頼まれてくれるかい?」


 ヒューバートは、馬車のステップに足をかけて話す。


「午前中に、薬を取りに来る患者さんがいる。それを渡したら、今日は閉めてゆっくり休んでいいよ」


「わかりました、お父様。いってらっしゃい」


 ゆう子は、落ち着いて返事をした。


「それではエドワード様、バタバタして申しわけありません。行ってまいります。エイミーをよろしくお願いいたします」


 そう言って、ヒューバートは馬車に乗りこんだ。ゆう子は、さりげない父親の言葉に顔が赤くなる。


 診療所でふたりきりになった。


 とりあえずヒューバートが残したメモを見ながら、薬の準備をはじめる。ローレンスは、待合スペースの椅子に子供のように足を投げ出して座り、ゆう子の様子を眺めている。



 しばらくして、カランと表の扉が開いた。


「おはようござい・・・ます」


 ゆう子は、患者かと思ってあいさつをしたが、雰囲気がちがう。分厚い能面の顔が3つ並んでいる。騎士団とも遣いの兵士ともちがう正装を着ていた。


「なんだ、おまえら」


 ローレンスは、さっと立ち上がり、ゆう子の前に立って鋭い目をして言った。


 男のひとりが、ローレンスには目もくれず、1枚の手紙をゆう子に見せた。


「我々は王宮の役人です。この診療所は、要請機関として登録されているため、定期監査に来ました。少しの間、各部屋を調べます。時間はとらせませんので、ご了承ください」


 その男は、手慣れた様子で粛々と説明する。


「あ、はい・・・。王宮から・・・」


 ゆう子は、王国の紋章が入った手紙を受け取りながら、以前ヒューバートがそのようなことを話していたのを思い出した。


(へえ、この時代でも監査やら抜き打ちチェックやらがあるのね。でも、今日に限ってお父様がいないんですけど〜)


 手紙から目を離すと、いまにも歯向かっていきそうなローレンスがいた。


「大丈夫よ、ローレンス。王宮の役人さんでしょ?」


 ゆう子は、ローレンスのシャツをひっぱり、壁に身を寄せて彼らの言葉に従った。


「あんなやつら王宮で見たことない。ヒューバート先生から、なにも聞いてないのか?」


 ローレンスは、診察室と治療室に入っていく役人たちのうしろ姿に、にらみをきかしながら言った。


「ええ。聞いてないけど、別に悪いことしてないから大丈夫よ」


 ゆう子のあっけらかんとした態度に対し、まったくこの状況が気に入らないローレンス。腕を組んでふてくされている。


(ほんと、そういうとこかわいいわね〜)


 やはり、ローレンスのわかりやすい態度はツボだった。


 男たちが戻って来て、ゆう子とローレンスの前に整列した。


「あなたは、ここの責任者ですか?」


 男のひとりがゆう子に質問する。


「いえ、わたしは違います。責任者のお父様はとなり町に出ていますので、今日は不在です」


 ゆう子は、あごを引いて姿勢を正して言った。


「そうですか。では、責任者が帰ってくるまで、あなたに我々と王宮まで同行してもらいます」


「へ?」


 別の男のひとりがゆう子の腕をひっぱり連れ出そうとした。ローレンスは、無言で、瞬時にその男の手首をつかみ、ひねりながらひきはがす。


「なっ、なにをする!」


 そう言って、男はローレンスの凄みにおののき、一歩うしろへ下がった。


「それはこっちのセリフだ。どういうつもりだ」


 ローレンスは、ゆう子の前に立ち、導火線に火をつけた。ゆう子は、ローレンスの背中からチラッと顔を出して様子をうかがう。


「あなたは、この診療所の関係者ですか?」


 男が、のっぺりとローレンスに尋ねる。


 ローレンスは深くかぶっていた帽子をとって床に捨てた。


「わたしは、コルネイユ王国・第2騎士団団長ローレンス・エドワードだ」


 男たちは目を合わせ、冷静に場を取りつくろった。


「エドワード騎士。実は、奥の部屋から使用が禁止されている薬剤が見つかったのです」


 男は、ひとつのビンを取り出して、ふたりに見せた。


「事情を聞くため、一度、我々と王宮まで同行していただくことになります。責任者が不在のため、現時点でここにいるその女性が対象になります。ご了承ください」


 ゆう子は、そのビンをよく見て言った。


「え〜っと・・・。そのような薬剤、お父様が使っているのを見たことありませんが」


 ローレンスは、それを聞くなり会話を終わらそうとした。


「だそうだ。今日のところは引き上げてくれ」


「そうはいきません。わたしたちも仕事ですので、これが見つかった以上、ここを離れるわけにはいきません」


 2つの動かない壁がそそり立つ。しばらく、平行線をたどった。時間が経つにつれて、騒ぎを聞きつけた町の人々が診療所のまわりに集まってくる。


「あれは、エドワード騎士様じゃないのか?」


「ほんとだ、なぜこんなところにいらっしゃるの?」


「なにかあったのか?」


 ガラス越しに、無数の目がローレンスに注がれている。ローレンスは、始末の悪い顔をして、外にいる人たちと、目の前の男たちを交互に見る。ローレンスの、第2騎士団団長として騒ぎを起こすわけにいかないジレンマが、ゆう子に伝わってきた。ゆう子はローレンスの袖を引っぱる。

 ローレンスの頭の中で、ゆう子の捨てられた子犬のような寂しげな顔と、目の前の男たち、表のやじ馬が、ほどけない糸として絡み合う。そして、ふうっと息を吐いた。


「わかった。エイミーを王宮に連れていくなら連れていけ」


 その場の緊張が一瞬ゆるむ。


「ただし、わたしもいっしょに行く。王宮に帰るだけだ、文句ないだろ」


 ローレンスはそう言い放って、導火線の火を一旦消した。


 ゆう子とローレンスは、やじ馬の視線を浴びながら馬車に乗りこんだ。ゆう子はローレンスの隣に座った。ひとりの男は、馬車の手綱をひき、あとのふたりは、うしろから馬に乗ってついてきた。


「エイミー、ヒューバート先生が帰ってくるまでの辛抱だ。心配しなくていい。王宮についたら、おれが話をするから」


 ローレンスは、ゆう子の目をまっすぐ見て言葉をかけた。


「うん。わたしは大丈夫よ」

(いいのよ〜、ローレンス。そんなに力まなくても)


 ゆう子は落ち着いたものだった。要求事項を満たしていなければ改善をする。看護師として働くゆう子にとって、ただ、それだけの1ページだった。



 馬車の車輪がじゃり道の石を砕きながら進む。からだに伝わる振動。体勢が崩れるほど揺れるときもあった。座っている荷台はドーム型にカバーでおおわれていて景色がほとんど見えない。横にいるローレンスは、腕を組んで、やり場のないいら立ちを散らすように、足を小刻みに動かしていた。荷台のうしろのカーテンからときどき見える無感情のお面をかぶって馬に乗る男たちとは対照的だった。


 ただただ、馬の足音と車輪の音が続いた―――。


「おい、まだ着かないのか? そろそろ王宮に着いてもいいころだろ」


 ローレンスはしびれを切らして前の男につっかかる。


 どれくらい走っただろう。いつの間にか、車輪から伝わる振動がやわらかいものになっている。ゆう子は、うしろからついて来ていた男たちの姿が、見えなくなっていることに気がついた。


「ローレンス、あの人たちいなくなってる・・・」


 ゆう子がそう言った瞬間、ローレンスは、ゆう子の腕をグッと引っぱり、肩に手をまわして身を寄せた。


「なんかいやだ。エイミー、とりあえず外に出る。しっかりつかまってろ、いいな」


 ローレンスの鼓動は速まり、全身の細胞が一斉に警鐘を鳴らす。


 馬車の動きが止まって、あたりが静かになった。そして、いつのまにか、馬の手綱を引いていた男の姿も見えなくなっていた。


 バリバリバリバリ!


 とつぜん、荷台のカバーが切り裂かれる。上方から落ちてくるその刃は、ローレンスの肩の一寸先をかすめた。


(いやぁぁぁ! なにが起こった⁉︎)


 ゆう子は、ローレンスの腕の中で目をつぶってしまった。ローレンスは、カバーの切れ目から外へ飛び出し、ゆう子を包むようにして、肩から地面に落ちた。


 見事になにもない原っぱ。王宮の外壁が小さく見える。叩き割られた荷台。車輪ははずれ、木屑が散乱している。


(ひぇぇぇぇ〜! なんなのよこれは⁉︎ ここ全然王宮じゃないし!)


 ゆう子は、完全に戦闘体制になるローレンスの陰で身を小さくしていた。


(囲まれてる・・・!)


 血走った数十個の白目。ギラギラ光っているのに眼の奥は暗い。いまにも首根っこを噛みちぎる猛獣のような視線がはりついてくる。異常なまでの自己欲求を形にしたような、鋭利な刃物や斧をちらつかせて恐怖心をあおってくる。


(山賊・・・⁉︎ これマジでやばいやつなんじゃ・・・! どうするの、ローレンス!)


 ローレンスは、すでに向かってくる輩と一戦を交えていた。丸腰のローレンス。身をかわすのが精一杯に見える。


(ローレンス・・・!)


「くそっ! こいつら腕は大したことないけどっ!」


 ローレンスの顔が、崖の淵に立つように厳しくなる。


「キリがない!」


 ローレンスは戦いながらこの場を切り抜ける突破口を探す。あらゆる角度からの攻撃。ひとつを防ぐと背後から攻められる。致命傷は受けないが、小さな切り傷が増えてきた。こちらの様子を確認しながら交戦している。


(ローレンス、あばらをかばってる・・・。やっぱり、まだ治ってないんじゃない!)


 ゆう子の胸に、また悲しみと怒りの波が交互に押し寄せる。


(てか、なんで剣を持たせないのよ! コールマン団長のバカ!)


 とうとう、山賊たちもローレンスを仕留められないと見切る。ギラっとした獣の目がゆう子に向けられた。


(いやぁぁぁ! 来たぁぁぁぁ!)


 迫ってくる鋭い刃の軌道で、自分のからだが裂かれていくイメージが容易にできた。ゆう子は、とっさに腕で顔をおおいながら目をつぶる。



「ぐっ・・・!」



 ローレンスの低く詰まる声が聞こえた。腕の隙間から、ぼんやり大きな背中が見える。


 ローレンスはゆう子の前に立ちはだかり、左の前腕で刃を受け止めていた。腕を貫いてシャープに光る切っ先は、ヘーゼルの瞳の前で止まり、抜かれると同時に、ゆう子の視界がまっ赤に染まった。次の瞬間、ローレンスは後頭部に石斧を落とされ体勢を崩される。


 無音の中、ゆう子の目にゆっくり地面に倒れ込んでいくローレンスが映る。


「エイミー・・・逃げろ」


 そう言ったローレンスの瞳は、頭から流れる血に染まりながら、暗闇に落ちるまで、ゆう子を見つめていた。


「ローレンス!」


 ゆう子は、全身の震えが止まらない。叫ぶのがやっとだった。


 ローレンスが動かなくなる。


 そのあとすぐ、ゆう子も脳が揺らされた感覚がして、そのまま意識を失った。

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