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第5話:ローレンスとコールマン団長

 ゆう子が町に戻ってから3日目の朝―――。


 騎士団屋舎の外の稽古場から、カンカンカンと木刀の音が聞こえてくる。


 3階建ての2階に、ローレンスの部屋があった。木のフロア。第2騎士団団長として事務作業をする机と、分厚い本や書類がズラッと並んだ棚が置かれているだけの殺風景な部屋。ローレンスは間仕切りをはさんだ隣の部屋のベッドに、絶対安静の状態で横にさせられていた。そばには、救護団員がいて、つきっきりで看病されている。



 コンコン―――。



 扉をノックする音が聞こえた。


「ローレンス、入るぞ」


 コールマン団長が、ローレンスの様子を見に部屋に入ってきた。


「コールマン団長・・・」


 ローレンスは仰向きになったまま、コールマン団長に視線だけ送る。大きく胸まで開いた白いボタンのシャツから、胴体に巻いた包帯が見える。


「調子はどうだ?」


 コールマン団長は、まるで弟分を見るような眼差しでローレンスに話しかける。


「問題ありません。次の作戦には参加できるかと」


 ローレンスは、天井を見つめ、表情を変えずに答える。


「問題あります。最低2ヶ月間は参加できません」


 間髪入れずに救護団員がコールマン団長に発言した。


「ふっ、だそうだ、ローレンス」


 コールマン団長は、くすくす笑った。


「すまない、はずしてくれないか」


 コールマン団長は、救護団員に言った。


「はい。失礼します」


 コールマン団長は、救護団員が出ていったのを確認して会話をはじめる。


「自由にさせてもらえないようだな」


「あと数日もあれば復帰できますよ」


 ローレンスは、大まじめに答える。


「ふっ、そのざまでなにを言ってるんだ」


 コールマン団長は、笑いをこらえながら、窓の近くに歩いていった。聞こえてくる木刀の音をたどって、外の稽古場を見下ろす。


「すでに動けるようになっている者がいるみたいだな」


「ああ、それなら、回復した者から稽古に戻るように伝えました」


 ローレンスは、あたりまえのように言った。


「ところでローレンス、その怪我は今回のものか?」


 コールマン団長は、ローレンスの方にからだを向け、窓枠にもたれながら聞いた。


 ローレンスの耳がピクっと反応した。


「それとも、任命式の前の戦で、わたしの代わりに一撃をくらったときのものか?」


 ローレンスは、コールマン団長から目をそらし、天井を見つめて言葉を選ぶ。


「どちらでもいいことです。それよりも、次の作戦はいつになりますか?」


 コールマン団長は、目を閉じて、しかたなさそうに微笑する。


「そのことなのだが、しばらくの間、第2は作戦に加わらないことになった」


 ローレンスはそれを聞くなり、いきおいよくベッドからからだを起こす。


「うぐっ・・・」


 内側から刺されるような痛みが走る。左脇腹を押さえながら、息を整えることに集中した。


「な・・・なんで?」


 ローレンスは、なるべく痛みに逆らわず、呼吸に合わせて声を出す。


「おまえはもちろん、すべての兵たちの回復を待ってからだ。それまでは残り3つの騎士団でなんとかする」


 コールマン団長は、落ちつきはらって言った。


 ローレンスは納得がいかない。少し痛みが治まり、まともに息ができるようになった。


「ふぅ・・・。敵はいつ攻めてくるかわからない。いま動ける者だけでも使うべきだ」


 ローレンスは、尖るように発言した。


「だめだ。下手に動いて、敵にはもちろん、近隣諸国にこの壊滅状態を知られてはならない」


 コールマン団長の受け入れない姿勢に対し、ローレンスは下を向いて、グウッと唇を噛み締める。戦力外にいる悔しさと自責の念が、濁流のように次々と絶え間なく血管に流れ込んできた。


「まあ、そう思いつめるな。おまえの言うとおり、ただ守りだけするつもりはないよ」


 コールマン団長は、いつも川底に沈んでいくローレンスを、片手で岸に引き上げる。


「どういうことですか?」


 ローレンスは顔を上げた。


「ふっ、少し気になることがあってな」


「これはおまえが第2騎士団団長になってはじめての遠征だった。西の要塞への物資調達で、装備が薄かったところを狙ったように攻めてきた」


 コールマン団長は、ローレンスをまっすぐ見ていった。


「クリスさん、よくわかりません・・・」


 ローレンスは、眉間にシワをよせてコールマン団長を見る。


「ふっ、本当の敵は、もっと近いところにいるかもしれないってことさ」


 コールマン団長は、目を閉じて、微笑しながら言った。


 ローレンスは、一時停止ボタンを押されたように固まる。竹を割ったように、剣を振るうことだけで生きてきたローレンスには、よくある感覚だった。まるで、螺旋階段を駆けのぼる横で、その中心を閃光のように、まっすぐ突き抜けていくコールマン団長が雲の上の存在になる。


「オッホン」


 コールマン団長は、かるく咳をして声のトーンを少し変える。


「ローレンス・エドワード、第1騎士団団長として命令する」


 ローレンスは、はっと我に返り、コールマン団長を見上げた。


「ある程度回復したら、1ヶ月ほど、町でのんびりしてくるように」


 コールマン団長は、窓際からローレンスの前を通りながら言った。


「はい?」


 ローレンスは、今度は狐につままれたように、目の前を歩くコールマン団長をなぞる。


「かるい変装はしろよ。ちなみに、剣を持っていくことは許可しない。あと、夕方までに報告書をまとめておいてくれ」


 そう言い放って、コールマン団長はローレンスの部屋をあとにした。


「ちょ、ちょっとクリスさん! そんな暇があったらおれは稽古を・・・いっ・・・!」


 ローレンスは腕を伸ばしてコールマン団長を引きとめようとしたが、痛みでベッドにうずくまった。


 コールマン団長と入れ替わりに入ってきた救護団員に怒られ、ふたたびベッドに横にさせられる。




 次の日―――。


 コールマン団長は、王宮の中央に位置する王の御殿にいた。


「陛下、第1騎士団クリス・コールマン団長がお見えです」


 執事が国王に伝える。


「失礼いたします、陛下」


 コールマン団長は、ローレンスが書いた報告書を持って国王の前にあらわれた。


 深紅の絨毯が部屋全体に敷かれ、厳粛な雰囲気が漂う。王冠こそはかぶっていないが、えらが目立つ引きしまった口元と、千里を見通すような赤茶色の瞳、てかっと光る色黒肌。ただそばにいるだけで、国王の威厳が毛穴にビリビリと反応する。


 コールマン団長は、国王がいる書斎の机から1メートルほど離れた場所で直立する。執事が書類をあずかり、国王に手渡した。


「ずいぶん、派手にやられたみたいだな。ローレンスの容体はどうだ?」


 国王は手渡された書類に目を通しながらコールマン団長に話しかける。


「はい。順調に回復に向かっています。早ければ1ヶ月後には作戦に加われるかと」


 コールマン団長は直立したままで答えた。


「で、クリス。おまえは、なにを考えている?」


 報告書にひととおり目を通した国王は、コールマン団長になにか思うところがあるのを察した。


 コールマン団長は、すべてを見通している国王に口角を上げる。


「はい、陛下。まだはっきりとは言えませんが、調べてみたいことがあります」


「ふむ。ローレンスに外出許可を出していたようだが、それとなにか関係があるのか?」


 国王は、コールマン団長をもう少し探ろうとする。


 コールマン団長は、笑みを浮かべて、ただ国王をまっすぐ見つめた。


「ふっ、わたしにその態度を取れるのはおまえだけだ。さすが『氷の悪魔』という、異名をつけられるだけのことはあるな」


 国王は、薄い笑みを浮かべながら言った。


「まあ、いいだろう。好きにしていいがローレンスが戻るまでしっかり頼む」


 そう言って、国王は話を終わらせた。


「はい、陛下。ありがとうございます」


 コールマン団長は、一礼して退出する。



 王宮の中央から左翼の騎士団屋舎へもどるまでの通路。アーチのかかった金色の高い天井とアイボリーの柱。それぞれに、細かく上品な装飾がほどこされ、歩く者の背筋がスッと自然にただされる。


 窓から見える中庭の草花は、みんなで前ならえと整列したかのように申し分なく手入れされている。その中心にある噴水が、集まってくる鳥たちに癒しを与え、しばし血の匂いを忘れさせてくれた。


「やあ、コールマン団長殿」


 コールマン団長は、通路の影から出てきた、ひとりの壮年の貴族に声をかけられた。刀傷が入ったかのように刻まれた眉間のシワに蒼白な顔。光の届かない深海の底に、何人も引きずり込んたであろう窪んだ瞳。オールバックにしたダークブラウンの髪から、ところどころに白いラインが見える。首にフリルのある白いシャツの上に、上品な糸で仕立てられた赤のメルロー色のスーツを着ていた。


「ああ、モリス卿。いかがしました? わたしなどに声をかけるなんてめずらしい」


 コールマン団長は、湖に張った薄い氷のような笑顔で答えた。


「いえ、第2騎士団が大失態をおかしたと聞きましてね。あなたは、エドワード騎士を団長に推せんした。さぞ、責任を感じているかと」


 モリス卿は、コールマン団長に皮肉をこめて言った。


「ふっ、エドワード団長でなければ、いまごろ全滅していましたよ」


 コールマン団長は、静かに水がしたたるように答えた。


 モリス卿は、コールマン団長の返答に耳をかさず、そのまま続ける。


「騎士団長の座は、高潔なる貴族がになうことが定石でしたがね。あのエドワード騎士は、平民の出身でしょう。王国の由緒ある歴史を汚すだけでなく、陛下を危険にさらすおつもりですか?」


 モリス卿は、鬼の首でもとったようにコールマン団長に詰め寄った。


「口には気をつけたほうがいい、モリス卿。たしかに、推せんしたのはわたしです。しかし、エドワード騎士は、公の場で、国王から任命を受けました。いまのあなたの発言では、陛下のご決断に逆らうことになる」


 コールマン団長は、氷をかち割るかのような、毅然とした態度で正論をのべた。


 モリス卿は、コールマン団長の切り返しに、薄笑いを浮かべる。


「さすが、名家のご出身ですな。非の打ちどころがない。まあ、これからも奇襲にはお気をつけください。今回のように、敵はどこから攻めてくるかわかりませんからな」


 モリス卿は吐き捨てるように言った。


「そうですね。ご忠告、ありがとうございます」


 そう言いながら、コールマン団長は歩きはじめた。


「ああ、そうだ」


 コールマン団長は、モリス卿とすれちがいざまに足を止める。


「来週あたり、エドワード騎士に休暇をとらせています。1ヶ月ほど、町でのんびりしてくるようにと。わたしの命令でね。これは陛下とわたししか知りません」


 コールマン団長は、まっすぐ前を向いて示唆した。


「なぜそれをわたしに?」


 モリス卿は、顔をゆがめながらあごを引いて、視線だけコールマン団長の横顔に送った。


「いえ、もし彼を町で見かけたときはそういうことなので、知っておいていただければと」


 コールマン団長は、そのまま去っていった。


 モリス卿も、まっすぐ自分の部屋に戻る。部屋の扉を閉めるやいなや、憤怒の形相で壁をたたきつけた。蒼白な顔に熱を帯びる。


「コールマンめ・・・! わたしをうたがっているのか?」


 モリス卿は、しばらく静止して、自分の乱れを整えた。そして、姿勢を正して胸いっぱいに空気を送り込む。


「いいだろう、望むところだ。それでお気に入りのエドワードを守れると思うなよ。あるべき王国の秩序というものを知らしめてやる。平民は、平民らしい人生を送ってもらわねば」


 モリス卿の窪んだ瞳は、尖った正義を見つめていた。

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