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第2話:コルネイユ王国

 グ〜ッと、伸びをしたくなるような、空が突き抜けるような澄んだ空―――。


(へ・・・?)


 地平線がかすむほど、果てしなく続く草原の大地。ところどころに、たくさんの生命に満ちた深い森林も見える。耳を澄ますと、鳥のなき声や、風が吹いてざわめく葉っぱの音が聞こえた。まるで彼らが自分の存在に気づき、迎え入れてくれるかのようだ。


(いやいや、ここどこよ)


 意識を確認するようにツッコミを入れてみるゆう子。困惑しながらも、どんどん入ってくる映像を処理しようとする。ゆう子は、ドローンのように斜め上から全体が見渡せた。


 ポツポツと、いくつか集落が見える。耕されたオレンジ色の畑で作業をする人の姿。ゴロゴロと土から出てくる芋を手で収穫している。よく見ると人だけじゃない。畑の近くには、茶色や白黒まだらの牛にヤギが放し飼いされ、ムシャムシャと平和に草をほおばっている。


 ゆう子は、自分の状況を把握しようとする一方で、毎日のいそがしい生活とは真逆の世界に肩の力が抜ける。何年も味わっていなかった感覚に浸ってしまった。


 少し高くなった場所に、吸い込まれるように美しい王宮のような建物が見える。ゆう子は意識をそちらに移した。

 落ち着いたアイボリー色を基調とした外壁に、ブルーグレイの屋根。光の粒をまとったような細かくほどこされた装飾はまさに芸術。堂々として、権力の象徴がそこにあった。


(ヨーロッパ・・・? でもずいぶん昔の感じ)


 ゆう子は、意識の中にひろがる舞台を、自分なりに解釈しようとした。



(これが、立花さんに心をかき乱される、本当の理由がわかる過去の世界・・・?)


 その王宮の広い敷地を囲った壁をはさんで、さっき見た集落と比べて大きな町が見える。色あせた朱色のかわら屋根でレンガ造りの家々が窮屈そうに並んでいた。

 1本の大きな通りには、シャキッとみずみずしい野菜や果物、黄金色に調理された肉、素朴な洋服からきらびやかなアクセサリーまで、色とりどりのお店が軒を連ねている。いい匂いがする。見ているだけでゆう子はお腹が空いてきた。

 老若男女が行き交っている。古着のような、ワンピースを着た女性に、何度も着こなしたシャツに長ズボンをはいた男性。庶民の暮らしがそこにあり、ゆっくりとした時間が流れていた。


 すると、空気をパァンと割ったように、甲高く響くトランペットの音が、王宮の方から聞こえてきた。


 町中の空気もその音に反応し、人々が期待と希望を胸に、ワイワイ話しはじめる。


「そういえば、今日はエドワード騎士様の任命式だったね」


 ふくよかでハツラツとした肉屋の女性が、ちょうど目の前にいる客に話しはじめた。腰が曲がり、真っ白なヒゲを生やしたその老爺は、ゆっくり、王宮の方にからだを向けて、自分ごとのように誇りながら答える。


「ああ、そうじゃ。これまでずっと適任者がいなかった役職につかれるんだ」


 肉屋の女性も王宮のほうを眺め、自慢げに話しはじめる。


「エドワード様の剣の腕前は、近隣諸国で一番だからねぇ。つい最近の戦でも間一髪のところで第1騎士団長様の命を救ったんだってさぁ。今度、町にお見えになったときには、めいっぱいおいしいもの食べて、さらに力を養ってもらわなきゃ」


 女性は、自分の息子が帰って来るかのように腕をならす。


「ほっほっほっ。そんな暇があったらエドワード様は王宮で剣の稽古でもしておられるよ」


 老爺は、目を細めて言った。


「いいじゃないかい! 楽しみにしていてもさ!」


 肉屋の女性は、口を顔いっぱいにさせて言った。


「ほっほっほっ」


 老爺の笑い声を背に、ゆう子は意識を王宮の方に向けた。



 王宮の広場でその任命式が行われているようだ。敷きつめられた大理石が、太陽の光でキラッと反射する。少し高くなっている場所に、王冠をかぶった壮年の紳士が目に入った。厳かで、細やかな装飾をされた分厚い召し物に、丈の長い外套をまとって座っている。赤色の生地でつくられた立派な椅子が、金色のフレームで、より一層、その紳士を華やかに魅せていた。右側には上品な装いの男性、左側には槍をもった護衛を従えている。


(うわ〜、この国の王様かしら・・・すごっ)


 その場所に向かって敷かれた細長いレッドカーペット。両脇には、あらたまった装いの男性が列をなし、1ミリも動かず、まっすぐ宙を見つめている。


 ピンと張りつめた空気の中、国王の前でじっと言葉を待つ者がいた。腰をかがめ、頭をたれて、こちらも微動だにしない。


 国王はゆっくりと立ち上がる。そして、その者に近づき、上からまっすぐ見下ろした。


「ローレンス・エドワード。そなたは数々の戦いで多大なる功績を残し、我が国の発展と繁栄に貢献した。よって、コルネイユ王国・第2騎士団団長の座を任命する。いまいちど、そなたの命を、我とこの国に捧げたまえ」


 広場一帯に、ビリビリと空気を伝って感じる国王の声が響き渡った。


「わたくし、ローレンス・エドワード。コルネイユ王国・第2騎士団団長を拝命し、陛下と、この国のために、命をかけて戦うことを誓います」


 ローレンス・エドワードと呼ばれた男は、そのまま体勢を崩さず表明した。


 甘く、透きとおった声―――。


 ライトブラウンのショートヘアを無造作になびかせながら、ゆっくり立ち上がる。その姿はまさに威風堂々。キリッとした眉に、深い森の湖に光が差し込むようなグリーンが混じった、ヘーゼルの美しい瞳。鼻筋がスッと通っている。鍛えぬかれたからだは、新調されたオリーブ色の団長服の上からでもわかった。そして、一貫して隙のない立ち振る舞いは、左胸でキラリと光る勲章よりもゆう子を魅了する。


 ゆう子の胸の鼓動が速くなる。


(な、なんなのこのイケメンは・・・っ! てか、立花のり子・・・?)


 同時に、くしくも、この騎士が立花のり子だと直感でわかった。


(なぜあなたがここに・・・? しかも男で⁉︎)




 その日の夕暮れ―――。


 町の大通りでは、タライをひっくり返したように仕事を終えた労働者でごった返している。酒が入って、仲間同士で豪快に大笑いする者に、つかみ合いのケンカをする者。それらは、町の雰囲気を、男くさく、荒々しくしていた。


「じゃあ、急いでいってまいります、お父様!」


 女性の声がゆう子の耳に入る。


「ああ、気をつけていってらっしゃい」


 ひとりの若い年ごろの女性が、大通りに面した建物から出てきた。ほぼ黒に近いダークブラウンの髪の毛が、まっすぐ肩までおりている。クリッとした瞳。足首までの長さの、白くやわらかいフリルがついたワンピースの上に、薄いオレンジがかったピンク色の服を重ねて着ていた。


 ゆう子は、その女性をなんとなく目で追った。


「おい、エイミー! どうした、こんな時間に!」


 路上で集まって飲んでいる男たちのひとりに声をかけられる。


「患者さんの忘れものを届けにいくのー!」


 小走りしていた足を止めずに答えた。


「気ぃつけろよ〜!」


「はーい!」


 みな、顔見知りのようだ。


 エイミーと呼ばれた女性は、ひとりの老婆に追いつき、笑顔で忘れものを手渡した。


「いやぁ、すまないね。ありがとう」


 背中が曲がった老婆は、顔だけ上げてエイミーにお礼を言った。


「いいえ、気をつけてかえってくださいね」


 そういって、エイミーは軽快な足どりで、来た道を戻っていく。そして、彼女が出て来た建物に近づいたときだった。


 ずさぁぁぁぁ!


 エイミーは、いきおいよく転んだ。


 先ほどの酒が入った男たちに、うしろから大笑いされる。


「ほれみろ! 気ぃつけろよって言ったろ!」


「わっはっはっはっ」


(ひぇ〜、まるでわたしを見ているようだわ)


 ゆう子は、他人事なのに穴があったら入りたい気持ちになる。


(そんなに笑わなくてもいいじゃない!)

「そんなに笑わなくてもいいじゃない!」


 ゆう子とエイミーの呼吸と感情が、ぴったり重なり合った。


 その瞬間、グワッとゆう子の胸に、なにか入ってくるものを感じた。


「へ?」


 土のざらっとした感触。手のひらに痛みを感じた。からだが重い。ゆう子は、うぶ毛を立たせてあたりを見まわす。


 いままで斜め上から見下ろしていた視界ではなく、真横から近距離で見えるレンガ造りの建物。笑っている男たちの気配がしっかり背後から刺さる。


(なに、これ・・・?)


「エイミー、そこでなにしてる?」


 建物から出てきた男性が声をかけた。


「ヒューバート先生、娘さんがまた転んでましたよー」


 先ほどの酔った男が大きな声で報告する。


(そんな大声で言わなくても・・・!)


「また転んだのか。立てるかい?」


 ヒューバート先生と呼ばれた男性が、手を差し伸べながら声をかけてきた。


「あ、はい」


 普通に声がでた。


(またって・・・)


「少し手を擦りむいてるね。先ほど片づけたところだが、診療所に入りなさい。手当てしよう」


 白髪まじりの短髪。鼻ひげを生やしている。小さな丸めがねからはみ出ている目尻のシワが深い。衿つきのシャツにベストを着て、温厚なオーラをかもし出している。

 ゆう子は、その男性に連れられて建物の中に入った。小さな待合室のようなスペース。壁には、見覚えのある王国の紋章が刻まれている。

 奥の部屋に通された。薬剤や薬草などの棚に囲まれている。治療室のようだ。ゆう子は、その近くにあった椅子に座る。キョロキョロしていると、ゆう子の場所からとなりの部屋がのぞけた。質素なベッドがひとつ、机と椅子だけのシンプルな部屋があった。


(診察室かな・・・?)


「少し染みるかもしれないよ」


 ヒューバートは、アルコールの消毒液を傷口にのせた。


「いっ・・・」


 全身の皮膚がピリッと目を覚ます。


「君は小さいころに亡くした母親に似て、おっちょこちょいのところがある」


 ヒューバートは、手際よく手当てしながら、やわらかく話す。


「でも、よくここまで育ってくれたね。わたしは誇りに思っているよ」


(やさしい父親・・・。エイミー、大切にされているんだ)


「はい、終わったよ」


 ヒューバートは立ち上がって言った。


「あ、ありがとうございます、お父様」


 ゆう子は、言い慣れない呼び方をして、からだがくすぐったい。


「じゃあ、片づけて帰ろう」


 ヒューバートは、荷物をまとめながら言った。


「はい」

(なるほど、自宅は別のところにあるか)


 今度は裏口から診療所を出た。王宮を背にして大通りを10分ほど歩いただろうか。ひと筋入ったところに、ヒューバートとエイミーの平屋があった。

 小さなリビングにキッチン、奥に寝室と洗面所がある質素なつくり。ゆう子はここでもキョロキョロして、あたりを見渡す。他人の家だが、扉という扉を開けてみた。


(お風呂はないのかしら・・・。う〜ん、おトイレはこの時代、やっぱ外みたいね・・・)


 今晩は、ヒューバートが食事をつくってくれた。あたたかいスープにパン、蒸したじゃがいもと、ソーセージがお皿にのっていた。スープの湯気の奥に見えるヒューバートの顔はとてもおだやかだった。テーブルをはさみ、たわいのない話をしながら晩ごはんを食べた。


(親子で夕食って、いつぶりだろう。なんだか、なつかしい・・・)

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