表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話:氷の悪魔

 山賊・バーリン討伐から2日後―――。


 重たい灰が一面にひろがるような、うす暗い朝。


 町の大通りでは、人だかりができていた。その視線の先には、山賊・バーリンの生首がさらされている。


「今回は、コールマン騎士団長様が討ち取ったらしいぞ」


「すばらしいご勇姿だわ」


 そうして、民は我らが騎士団の華々しい活躍を誇りに思いながら、今日も一日が始まるのだった。



 王宮では、コールマン団長が国王に呼ばれ、騎士団屋舎から王宮中央の建物に向かっていた。


 この一ヶ月ほど、通常任務において第2騎士団半壊のしわ寄せが他の騎士団にきている。加えて、今回の出陣で兵たちの疲れは目に見えて溜まっていた。ホセによると、ローレンスの容体は安定しているが、夜はずっとうなされているという。窓から見える中庭の草花は、今日の曇り空のように、鮮明さに欠けていた。


「コールマン団長、先ほどローレンスを馬車に誘導した男たちの始末を終えました。例のものも回収できています」


 ウィリアムが、コールマン団長のうしろから近づいて静かに報告した。


「そうか、急がせてすまなかった。もうひとつの件はどうなった?」


 コールマン団長は、バーリンの洞窟に行く直前に頼んでおいたことを尋ねた。


「はい、調べました。団長の思惑どおりでした」


 ウィリアムがコールマン団長のうしろから肩に向かって話す。


「わかった」


 そう言って、コールマン団長は国王の御殿に入っていった。



「失礼いたします、陛下」


 コールマン団長は、一礼した。


「忙しいところ悪いな」


 国王は、書斎の椅子に座ったまま、コールマン団長に向かって言った。


 モリス卿がうしろで手を組み、すでに国王の前で直立している。彼の蒼白な顔は、メルロー色のスーツを着ているのにも関わらず、こちらも今日の曇り空で灰色に見える。横に並んだコールマン団長を見下げながら口角が少し上がっていた。


「モリス卿より、度重なる騎士団の過失について、次の会議で責任追及をしたいと申し出があってな。そこで、第1騎士団団長の意見を聞いておきたい」


 国王は、鋭い瞳でコールマン団長を見つめながら話した。


「モリス卿、コールマン団長に説明を」


 国王は、モリス卿に言った。


「はい、陛下。まずは、エドワード団長が第2騎士団団長就任直後の遠征で失態をおかし、一定期間、国防力を落としたこと。2つ目に、エドワード団長を丸腰で町に出し、誘拐された上に怪我を負わせ、騎士団の再編成が遅れたこと。3つ目に、彼の救出作戦で、さらなる兵が犠牲になったこと。これらは、エドワード団長だけでなく、命令を出したコールマン団長も含めて、責任の追及をするべきだと考えます」


 モリス卿は、油が乗った声で、胸を張って言った。


「ふむ。これについて、コールマン団長はどう考えている?」


 国王は、落ち着いて聞いた。


「はい、陛下。わたしの方からは、疑問点が3つあります」


 コールマン団長は、国王の目をまっすぐ見ながら話す。


「まず、西の要塞への物資調達で装備の薄いところを狙ったように襲われた件。この奇襲は、エドワードの証言により、山賊・バーリンの仕業とのことでした。つまり、王宮側の人間がバーリンとつながっていたと考えています。内通者はだれか?」


 モリス卿は、目を閉じて優越感に浸っていた。コールマン団長は続ける。


「2つ目に、エドワードが療養中に町で襲われた件。彼によると、不審な3人組が、王宮の役人を装ってエイミー・ヒューバートを誘拐しようとした。そうなればもちろん、療養中だろうが、丸腰だろうが助けようとするのは当然です。いったい、その3人組は何者か?」


 国王は微動だにせずコールマン団長を見つめ、モリス卿は、変わらずゆったり構えながら話を戯れ言のように聞いている。


「最後に、エドワード救出は、この国の存亡に関わると判断しました。偶然にも、その相手は、奇襲を仕かけた山賊・バーリンだった。エドワードの証言だと、馬車を襲われたときには、不審な3人組はすでに姿を消していて山賊のみだったと言っています。王宮へ向かうはずの馬車が、わざわざ遠回りをし、山賊と鉢合わせた。さて、3人組はどこへ消えたのでしょう?」


 コールマン団長は、順序立てて国王に説明した。



「なるほど。で、なにが言いたい?」


 国王は、コールマン団長に結論を求めた。


「はい。我々、独自でこの件を調べたところ、モリス卿が関わっているとの結論に至りました」


 コールマン団長は、堂々と言い放った。


「・・・っ! コールマン団長、わたしを疑うのは構わない。しかし、もしそれが間違いだったら、あなたはただでは済まされませんよ」


 モリス卿は、うしろで組んでいた手をほどき、コールマン団長にからだを向けて意見する。


「なぜ、その結論に至ったか述べてみよ」


 国王は、冷静にコールマン団長の話を聞く。


「エドワードによると、バーリンがすべて自白したとのことです」


 コールマン団長は、表情を変えずに言った。


「はっはっはっ! コールマン団長、それはお粗末ですよ、証拠がない! バーリンはもういないんだ。言った、言わないの真実は、エドワード騎士がいくらでも曲げられる!」


 モリス卿は、勝ち誇ったように胸を大きく張り、コールマン団長を攻める。


「モリス卿の言うとおりだ。コールマン団長、証拠はあるのか?」


 国王は、眉間にシワを寄せて問う。


「3人組がヒューバート先生の診療所へ行ったとき、町では許可がおりていない薬剤のビンが見つかったと言っていました。エイミーは、そのようなものは見たことがないと言った。そう、確かにそれは、エイミーが診療所にあったことを知らなかっただけかもしれない」


 コールマン団長は、目を閉じて、ローレンスが見た映像を再現する。


「しかし、王宮の救護団の建物から、同じ薬剤が紛失していることがわかりました。ご存知の通り、王宮に関わるものすべてに、王国の紋章が刻まれている。もちろん、その薬剤のビン本体にも。エドワードが見たときは、王国の紋章は目に入らなかった。もし、ビンをすり替えていたとしたら・・・」


 コールマン団長は映像を切って目を見開く。


「モリス卿」


 コールマン団長は、モリス卿の方に視線を送りながら言った。


「理由はわかりかねますが、あなたの目的は、エドワードの殺害。実際に手を下すのは山賊・バーリン。おおよそ、最新の銃でも与えて、いいように使ったのでしょう。しかし、エドワードが町にいることを知っているのは、ここにいる3人だけ。そのため、直接、寝込みを襲うと自分が関わっていることがバレてしまうと考えた。エドワードを不運な事故死に見せかける必要があったあなたは、ヒューバート先生を不在にし、エイミーをいかにも正当な理由で連れ出そうする。エドワードは必ずついてくると踏んでね」


 国王は、コールマン団長の話を静かに聞いている。コールマン団長は続けた。


「最初からエイミーが素直に同行すれば薬剤が入ったビンを見せる必要はなかった。しかし、見せることになった上に、診療所のものではないとエドワードの前で言われてしまう。どちらにせよ、ふたりを殺してから薬剤庫に戻せばいいだけの話。だから、王国の紋章が入ったビンは、まだ大切に保管しているはず。どこにあるんでしょうか?」


 コールマン団長は、モリス卿を射るように見る。


「なっ・・・!」


 細かく震える足。モリス卿の顔が、全身の血が蒸発するかのように真っ青になる。


「・・・・・・っ! 王宮の厳重な薬剤庫から紛失したのは、ただの管理保管体制の問題ではないのですか?」


 モリス卿は、豪雨のように頭を巡らせて言った。


「ああ、すり替えたビンも薬剤のこともお忘れなら、目の前にお持ちしますよ。こちらで3人組から回収しておきましたから」


 コールマン団長は、ウィリアムに3人組の始末の際に、ビンの回収を指示していた。


「もうそこまで・・・!」


 ひざから崩れ落ちるモリス卿。息切れがはげしい。いままで築き上げてきた地位と名誉がガラガラと崩れる。その先に、なんの光も差さない暗黒の世界がモリス卿を引きずり込んでいく。ポタポタと汗が赤い絨毯にしたたり落ちた。


「その様子だと、次の会議では君の処分について話し合うことになるな」


 国王は、目を閉じて言った。


「へっ・・・陛下! これは陛下のためを思ってやったことです! この由緒正しき王宮の歴史を汚さないために・・・! 平民が高潔な貴族の仲間入りをするなど許されることではありません! この国の秩序を守ろうとしたのです!」


 モリス卿は、咳をするように言葉を並べる。


「モリス卿よ。それは貴様の正義かもしれないが、そこに調和がなければ、ただの傲慢でしかない」


 国王は、鼻から息を出しながら、カマキリの頭をもぎ取るように言った。そして、扉の向こう側に聞こえる声で続ける。


「モリス卿を拘束。ただちに紋章が入ったビンの在処を捜索せよ」


 国王の指示で、すぐに警備団兵が部屋に入ってくる。モリス卿は、まるで悪魔に魂を持っていかれるかのように、口を開けたまま動かなくなった。そして、いっきに何十歳も歳をとった老爺のようになって部屋から引きずり出された。



 嵐が去ったような静けさが部屋に染み渡る。


「大儀であった」


 国王は、椅子の背もたれにからだを預け、コールマン団長の仕事をほめたたえた。


「それでは、わたしもこれで失礼いたします」


 コールマン団長は、表情を変えず、頭を下げて退出した。



 国王は、手足を組み、コールマン団長が出ていった扉をしばらく見つめた。


「なるほど・・・『氷の悪魔』とはよく言ったものだ。あいつに関わったすべての者は不幸を強いられる・・・か」


 国王は、自身の腹の底で流れる、未知なる血の共鳴を感じながら言った。


「それは、高貴な身内、心から慕う仲間、善良な民、不良な輩・・・すべてをいとわない。あの頃から変わらないな、クリスよ」


 そして、異様な笑みを浮かべたのだった。




 騎士団屋舎に戻る通路で、ウィリアムが待っていた。


「うまくいったのですね?」


 ウィリアムは、コールマン団長の雰囲気を感じて言った。


「まあな」


 コールマン団長は、目を閉じて言った。


「そのわりには、すっきりしないお顔ですが」


 ウィリアムは、コールマン団長のうしろについて歩きながら顔色を読む。


「ふっ、わたしのまわりには、いつも観察力のある者がそろうものだな」


 コールマン団長は、微笑しながら言った。


「なあ、ウィル。モリス卿の奥になにが見える?」


 コールマン団長は、おもむろに足を止めて、中庭を見下ろしながら言った。


「モリス卿の奥ですか・・・?」


 ウィリアムも足を止めて、いつものようにコールマン団長の要点をつかもうとする。


「わたしの存在は、モリス卿にとって憎悪だが、ある民にとって崇拝の対象になる」


 コールマン団長は、目を細めて、中庭の噴水の向こう側に映る、ぼやけた草花を見つめて言った。


「モリス卿の憎悪は、わたしのまわりを手にかけ、民の崇拝は、わたしに黄色い声を浴びせる」


 ウィリアムは、眉間にシワを寄せながら、コールマン団長に耳を傾ける。


「では、わたしは、わたしに起こった両極端な出来事のどちらを採用する? 憎悪を選び、自分をいやしめるのか、崇拝を選び、うぬぼれるのか」


 ウィリアムのまばたきの回数が増えてくる。


「つまり、だれもがどちらにも転がっていく要素を持っているなら・・・、わたしは、いつも真ん中に立ち続けようと思うんだよ」


 コールマン団長は顔を上げてウィリアムを見た。


「ウィル、おまえはどう生きたい?」


 そう言って、また騎士団屋舎に向かって歩きはじめた。


 ウィリアムは、解釈が追いつかないまま、置いていかれまいとコールマン団長のうしろを必死についていった。




 研修会場―――。


 ロビーの長椅子に、ゆう子と立花の姿があった。


「そういうことです、大澤さん」


 立花は、ローレンスとエイミーを見届けて、すべて腑に落ちたように言った。


「うん」


 ゆう子も落ち着いて答える。


「じゃ、行きましょう。今日は課題の発表がありますよ」


 立花は、スッと立って研修の部屋に向かった。


「ねえ、立花さん!」


 ゆう子はいきおいよく立ち上がって、立花を呼び止める。


「はい」


 立花は、表情を変えずに返事をした。


「今日で研修は最後だけど・・・、また連絡してもいい?」


 ゆう子は、からだをくねらせ、上目づかいで立花に言った。


「・・・・・・」


 立花は、しばらくなにも言わず、苦い薬を飲んだような顔でゆう子を見つめる。


 じんわり手に汗握る。数秒だったはずなのに、とても長く感じた。


「はぁ・・・。あとで連絡先、教えます」


 立花は、そう言って部屋に入っていった。


 立花の口元に小さな笑みがこぼれたことをゆう子は知らない。ただ、舞い上がるほどの喜びを胸に、スキップをして立花のあとを追ったのだった。




 2泊3日の研修が終わった―――。


 立花といっしょに研修会場をあとにする。ビルに差し込む夕日は、町の大通りでローレンスといっしょに浴びたものよりシャープだった。


「じゃあ、またね立花さん。ありがとう」


 ゆう子は、スッと駅に向かいたいのに、アクセルとブレーキを同時に踏むかのように足が動かない。心が立花に引っぱられる。二度と会えないわけじゃないけれど、いとしさと寂しさで胸がはり裂けそうだ。


「キスはいやですけど、ハグならいいですよ」


 唐突に、立花は腕をひろげていった。ゆう子の胸がキュンとなる。


「立花さん、わたしのこと好きでしょ」


 ゆう子の口が勝手にしゃべった。


「それ以上言うと、いますぐ帰りますよ」


 立花は腕をひろげたまま、無表情で言った。ゆう子は、プッと吹き出して立花の胸の中に飛び込んだ。


 あたたかい。あれだけ立花が包囲していた感情の鉄壁を壊そうとしていたのに、いまは湧水のようにあふれて、向こうから勝手に流れ込んでくる。


「大澤さん、お元気で。ありがとうございました」


 そう言って、ゆう子にまわした手をほどき、立花は駅と反対方向に歩いていった。


「また連絡するからねー!」


 ゆう子は、立花の背中に向かって言った。


「・・・・・・。たまにで大丈夫です!」


 立花は、歩きながら肩越しにゆう子を見て言った。


 ゆう子は、まっすぐ前を向き、キュッと口角を上げ、力強い足取りで駅に向かって歩いていった。




 騎士団屋舎2階―――。


 通路を歩くコールマン団長の姿があった。


 コンコン―――。


 扉をノックする音が聞こえた。


「ローレンス、入るぞ」


 コールマン団長が、王の御殿からの帰りでローレンスの様子を見にきた。


「クリスさん・・・」


 ローレンスは仰向きになったまま、視線だけコールマン団長に送る。取り替えられたばかりのまっ白い包帯が、無造作の髪の毛と、大きく開いた白いボタンのついたシャツから顔を出す。


「調子はどうだ?」


 コールマン団長は、まるで弟分を見るような眼差しでローレンスに話しかける。


「長い・・・夢を見ていました」


 ローレンスは、天井を見つめ、つぶやくように言った。


「ほう?」


 コールマン団長は、ローレンスの奥を見ながら、窓の近くに歩いていった。


「今日は、おまえの兵はだれも稽古をしてないんだな」


 コールマン団長は、外の稽古場を見下ろしながら言った。


「ああ、それなら、休めるときにしっかり休んでおけと伝えましたので」


 ローレンスは、落ち着いた声で、あたりまえのように言った。


「そういえば、ホセに救護団員もいないのか」


 コールマン団長は、ローレンスの方にからだを向け、壁にもたれながら聞いた。


「はい。おれは、もう大丈夫だから、それぞれ通常業務に戻るように言いました」


 ローレンスは、天井を見つめたまま、深い森にある陽だまりのような瞳で言った。


 コールマン団長は、その瞳を見つめ、静かに目を閉じる。


「そうか。では、わたしも自分の業務に戻るとする」


 そう言って、コールマン団長は部屋を出て行こうとした。



「クリスさん・・・」


 コールマン団長は、扉の前で立ち止まる。


「おれは、コルネイユ王国・第2騎士団団長ローレンス・エドワード。果たすべき務めは、陛下と、この国のために命をかけて戦うことです」


 ローレンスは、両手のひらを顔の前にかざし、指先の血流を感じながら言った。


「ああ、そうだな」


 コールマン団長は、静かに息を吐いて、扉の取っ手にかけた自分の手を見つめて言った。


「でも、うまく言えないけど・・・、おれの中で確かに感じた、あったかいものといっしょに生きていきたいと思う。きっと、エイミーもそこにいるはずだから」


 そう言って、ローレンスは、陽だまりを包み込むように両手を握った。


「・・・そうか」


 コールマン団長は、そのまま部屋をあとにした。




「コールマン団長」


 ウィリアムが、コールマン団長の部屋の前で待っていた。


「モリス卿が王国の紋章が入ったビンの在処を白状しました・・・って、なにかいいことでもありましたか?」


 ウィリアムは、コールマン団長といっしょに部屋に入りながら言った。


「さあな」


 コールマン団長は、いつもの事務作業の机を通り過ぎて、一直線に窓から灰色の空を見上げた。



「どうやら、自力で岸に上がれたらしい」



 蒼いダイアモンドには、雲の切れ目から降り注ぐ、まぶしい光のシャワーが映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ