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悠久の魔女は心臓を喰らう。  作者: あきゅう
6/7

6 聡明


トゥルナの店を後にし、ティールの家、もといソウカの店へと帰宅した二人。噂を聞きつけてソウカは慌てた顔をしてティールに詰め寄っていたが、簡単に彼女が事情を説明するとホッとした表情で再び厨房に戻って行った。


「じゃあまずは簡単な物からやってみようか。いきなり固体を作り出すのは難易度が高いから、水とか火とかを中心とした、生活で便利なやつから覚えていこう」


二人は店の裏庭に足を運び、早速魔法の修行を始めた。修行、といってもある程度の魔法はこの世界で生きる上で欠かせない最早道具のようなものであるため、必要最低限のものを教える程度だが。


「まず何を使うにしても魔力の感覚を掴むのが大切だ。その魔力を燃料にしていろんな魔法を使うんだ」

「魔力……」

「少し体の力を抜いてみな、そしたら体を流れる魔力が分かるはずだから」


そう言われ、ヘイゼルは体から力を抜く。体の中を流れるという魔力の流れを掴もうと意識を没入させる。


「……」

「ん、難しいか?」

「ちょっと……、分からないです」

「まあ急にやれと言っても難しいよな」


ティールは軽く頭を掻き、顎に手を当てて少し考える仕草を見せた。


「俺も何人かに魔法の使い方を教えた事はあるけど、そいつらはある程度魔力の操作くらいは出来たからな……。全くのゼロから教えるのは初めてだな……」

「ティールさんは誰に魔法を襲わったんですか?」

「俺は……」


「お二人とも、性が出ますね」


ティールが名を言おうとした所で、店の裏口から顔を出した一人の少女。驚く事にその少女の見た目は殆どティールと変わらず、違う所と言えば髪の毛の色が白銀色ではなく紫陽花色であるという所だろうか。


「お、エルティナ。ちょうど良かった、こいつに魔力の使い方を教えてやってくんないか?」

「魔力の使い方を教えるのであれば、あなたが適任なのでは?今まで色んな人に教えてきましたよね?」


エルティナ、そう呼ばれた彼女はヘイゼルの方へ向けて目を細めた。


「それが、ヘイゼルは知識がゼロからなんだよ。こういうのだったらお前の方が教えるの得意だろ?」

「まあ……そうですね。良いですよ、丁度手隙でしたから。そんなに長い間見てはいられませんが」

「ありがと」


エルティナはヘイゼルの元に体を運び、少し体を屈ませねヘイゼルと目線を合わせた。


「……」

「……」


見詰め合うこと数秒間、ようやくエルティナが口を開いた。


「初めまして、お話は聞いていますよ、ヘイゼルさん。私はエルティナ。よろしくお願いします」

「は、初めまして。エルティナさん……」


歴史上最も距離の近い自己紹介なのでは無いか、とヘイゼルは足が一歩引きそうになる。


「エルティナさん、ティールさんとそっくりですね」

「ええ……えーと、そうですね。双子の姉妹ですから」

「そうそう、俺たち双子でさあ」


エルティナが意味深にティールに視線を向け、ティールも数度頷いてから言った。

ヘイゼルは何かはぐらかされているような気がしたが、下手に詮索してもいい事は無いだろうと踏み、()()()()()にしておいた。


「はい、ヘイゼルさん。おでこ出して下さい」

「おでこ、ですか?」


ヘイゼルが前髪を手で持ち上げると、エルティナがそこに人差し指と中指を押し当てた。

刹那、全身を電気のような何かが駆け巡る感覚に襲われ、体のあちこちがピクンピクンと痙攣する。


「分かりましたか?今のが魔力の流れです。このように全身のあちこちに魔力は流れているんです。ただ、血液などと違ってその流れは自分の意思で操作する事が出来るんです」


エルティナは説明を挟みながらヘイゼルの手を取り、そこに己の掌を重ねる。


「っ」

「少しびっくりするかもしれませんが、大丈夫ですからそのままでいて下さい」


エルティナの手の温かみを感じると共に、そこへ全身から何かが集まっているような感覚になる。ジワジワとそこへ力が集まり、やがて掌から水滴が零れる。


「このように感覚を掴めば後は大丈夫でしょう」

「これが、魔法……」


エルティナが手を離すと、ヘイゼルの掌から水が溢れ出ていた。勢いは無いにしろ、紛れもない魔力で作り出された水であった。


「固く閉まった蛇口も一度開けてしまえば後は開きやすくなるものですから。後はティールにお任せします」

「あ、ありがとうございますっ」

「助かった、ありがとさん」

「また何かあったら呼んでください。ヘイゼルさんの魔力の流れを見た所、この先行き詰まるということは無いと思いますが」


ヘイゼルとティールが礼を言うと、エルティナは小さく手を振って踵を返し、店の裏口からまた中に戻って行った。


「さ、魔力の感覚は掴めたか?感覚を忘れない内に他の魔法も試してみようか」


それから数時間に渡って、ティールはヘイゼルに付きっきりで魔法のレクチャーを行っていた。ヘイゼルが魔法を次々と吸収していく間に時間はあっという間に過ぎ、時は既に夕暮れになり、日が大きく傾き、その橙色が空一面を染め上げていた。



「さ、今日はここまでにしておこうか。初日に張り切りすぎても疲れるだけだし」


ティールが軽く手を叩き(はた)、両手を組んでウンと伸びをした。


「ちょっと、疲れました、ね」

「お疲れさんお疲れさん」


流石に初日に魔法を教え込む、というのはかなりの負担だったのであろうか。ヘイゼルの足元は若干おぼつかないようになっているし、眠たげに目をパチクリとさせていた。

そんな彼女の肩を軽く叩き、体ごと引っ張るようにして裏口から店の中に戻った。


「初日でここまで出来るのは上出来だよ。誇っていい。後は何度も練習すれば精度も上がるだろうさ」

「……ありがとうございます」


エルティナが教えた水の魔法を起点とし、炎、風、光など様々な魔法を一挙に覚えたヘイゼル。もちろん、どの魔法も生活の中で役に立つ程度の殺傷能力など備えていない一般的なものなのだが。

それでも、初日にそれだけ使えるようになったという事に価値がある。その感覚さえ掴んでしまえば魔法の上達も、更に難度の高い魔法の習得も不可能な事では無いだろう。


「大丈夫か?顔色赤いけど……」


ティールがヘイゼルの顔を覗き込むと、彼女の顔は少し赤みを帯びていた。ティールが彼女の額に手を当てると、そこから感じる熱は確かに少し高い。

ゼロの状態から急に全身に魔力を流して少し体温が上昇してしまったのかもしれない。


「少し……、頭が重いくらいですけど大丈夫ですよ」

「うん……、ちょっと無理させちゃったかな。ごめんな、今日はゆっくり休もう」

「いえ、むしろ凄く楽しかったですよ」

「……なら良かった」


ティールは微笑み、彼女を連れてリビングにへと戻る。


「二人とも、お疲れ様」


そこには既に机の上に料理を並べ、椅子に腰掛けていたエプロン姿のソウカの姿があった。


「ただいま」

「ただいまです」

「どう?少しは魔法使えるようになった?」


ソウカの問いかけに、ヘイゼルは頷いた。


「はい!色々と教えて貰いました!」

「ただ今日は少し頑張り過ぎたから、続きはまた今度な」


魔力の酷使は命に危険をもたらす。魔力は魔法のエネルギーであると同時に生命エネルギーと同様の立ち位置にある。

魔力を完全に失えば、その生命は息絶える。この程度の魔法であればそう簡単に死ぬことなど無いであろうが、体に大きな負担をかけてしまうことには何ら変わりない。


「まあ、また明日練習かな。……剣も少しずつ教えてやるよ」



その晩、ヘイゼルは泥のように眠った。

夕食を終えるやいなや、うつらうつらと意識が飛びかけ、そのままソウカに連れられてベッドに寝かされていた。


「爆睡してるわよ。疲れたのね」

「うん、頑張ってたからな」


食後の晩酌を交わし、二人は幾つかのツマミを宛に酒を喉に流し込む。


「懐かしいな、なんか。俺が昔拾われた時、ナーサもこんな気持ちだったんかな」

「意識は継がれるものなのね。てことは、彼女もあなたと過ごす時間はとても有意義なものだったと思うわよ」


二人は窓際に置いてある一つの写真立てに目をやった。

橙色の髪の毛に、若干ふくよかな巨体。二メートル以上はゆうにある彼女の姿はその写真の中でも異質な存在感を放っていた。

その隣には、赤髪を短髪に切りそろえた男性が白色のエプロンを身にまとい、先程の女性に肩を組まれて苦しそうな表情を浮かべていた。

そしてその脇にはソウカ、ティールが並び、ティールの隣には栗色の髪の毛を二つに纏めた少女が写っていた。


「ふっ」

「思い出したんでしょ」

「おう」


甘いような苦いようなそんな記憶。昔にはもう戻ることは出来ないけれど、こうやって時折思い出す位はできる。

杯に継がれた酒を口に含む。ツンと痺れるような香りが鼻腔を刺激し、胃に落ちたそれは熱を持って全身を温めてくれる。

酒で思考が鈍る中、二人はとっくの昔に過ぎ去った記憶に浸っていた。





――






――やあ、久しぶりだね。何年振り?こうして話すのは何回目かな?


……誰?


――忘れられちゃってるか。まあそれも仕方ない。特に君の場合はね。


……?


――時間が無い、手短に話そう。悠久。僕が君の意識に繋いでいられるのはかなり力を使うんだ。


……一体なんの……。


――悠久、もとい心臓喰らい。一度しか言わないからよく聞くんだ。()()()に来て欲しい。どれだけ時間が経っても構わない、僕はそれくらい待てる。


……セタス?


――国の事さ。それは周りに聞いてくれ。君と繋がっているこの感覚からして、君はまた記憶を失っている。……僕なら、その手助けが出来るかもしれない。


……何故、私の事を?


――……説明は面倒くさいな。どうせ言っても今の君は理解出来ないだろうし。とりあえず、僕が伝えたかったのはそれだけだ。これから君は様々な険しい道にぶつかるだろう。……でも、大丈夫。君がその程度で失敗した未来は、まだ星空も見つけていない。




――僕は『聡明』。君を、待ってる。





――



なんと、夢の中で忠告というベタな展開。夢の中なのか現実かも認識出来ないほど意識がぼやけている中、ヘイゼルはただ天井を見上げ、その声の主に着いて考えていた。

朧気ながら脳裏に浮かぶシルエット。小柄な体型に、空色の髪の毛。顔ははっきりと思い出せない。中性的な声質で、正直性別までははっきりと分からなかった。

『聡明』。彼(彼女?)は確かにそう名乗っていた。

『変化』、『剛腕』、『悠久』、そして『聡明』。彼(彼女?)もまた、ヘイゼルの事を狙うものなのだろうか。


「……セタス?」


そういえば、そのような国名を口にしていた。そもそもこの世界に国というものがあるのかすら知らないのだが。

その人物はそこに居るのか。

もし、プルやウゥルカーナのように自分の命を狙ってくる存在の罠だとしたら?そんな所に易々と入って言ったらこの命は無いだろう。

ただ、その人物の口調からして悪意は感じられなかった。隠しているだけかもしれないが、少なくとも嘘を着いて自分の元へおびき寄せようとしているようには見えなかった。


「……ティールさんに聞いてみよう、かな」


とりあえず、国の事に関しては彼女に聞いてみるのが一番だろう。下手に想像だけで思考をまとめてしまえば、一つが崩れてしまった時全てが総崩れになってしまうかもしれない。


「ん……。起きよ」


思考を重ねる内にすっかり眠気も覚めてしまった。

ベッドから跳ね起き、廊下にへと繋がるドアのノブに手をかける。

さも当然のように、木製の廊下が目の前に広がっているものだと思って一歩を踏み出そうとした所で、反射的に体が固まった。


「……………………っ!?」


そしてその後、脳が目の前に広がっている空間の異質さを認識した。

どこに地面があるのか分からない。それがどこまで続いているのかも分からない。無限に続いているかと錯覚するようなその空間は、無数の色を持つ光で輝いていて、所々にモヤがかかったような影が浮かんでいた。


「……何、だ。これ……」


まるで人が想像する宇宙空間。しかし、それにしては明るすぎるような気もするが。

ヘイゼルは恐る恐る一歩を踏み出した。足場は見えないが、何となく足元に感触はある。少し足を動かすと、足元が水面に立つ波紋のように揺れ、空間を円状に歪ませる。

また一歩、また一歩と踏み出す。全ての物が近いように見えるのに、どれだけ歩いてもそれらが近づいてくるようには思えない。

少ししてから振り返ると、先程まで己が立っていた寝室の空間が無くなっていた。ヘイゼルはそれを一瞥して、再び前に前に歩き始める。

目の前をよぎる緑色の光。そっと手を伸ばしてそれを掴むと、それは砂のように指の隙間から細かい粒子の光となって零れていった。


――。

――。

――。


「……?声が、聞こえる」


耳が痛い程の無音だったのに、微かに誰かの声が聞こえた。


――。

――。

――。


「歌だ」


その声は、歌声だった。

聞いたことも無いような旋律に、脳が言語として識別しない不思議な言葉。

一歩足を踏み出す度に、その音は大きくなる。

方向は分からない。その音は四方から、耳全体を覆うようにして脳に吸い込まれていく。


――――。

――――。

――――。


黒いもやが、まるで彼女を歓迎しているかのように近付いてくる。それは分裂し、彼女を囲い案内するかの如くヘイゼルを先導する。


歌の主は、このもやだ。


「着いていけば、いいの?」


もやは、答えない。

ただ、戻った所で何かがある訳でもない。元あった寝室からの入口も消えてしまっている。

逆に着いていくくらいしか選択肢は無いのだ。


「君たちは?誰なの?」


――。

――――――。

――。


もやは、答えない。


ヘイゼルが訝しげに()()を眺めていると、ふとそのもやは足を止め(足という足は無いが)、ふよふよと浮き上がりながら一つになり上へ上へと登って行った 。

ヘイゼルがそれを目で追うと、その先に()()()()何かがあるのが直感的に分かった。


「っ、何かが、」


いる。

そう認識した刹那、()()は姿を現した。

その姿は、言葉では現すことができない。ただ、ただ巨大である。


寝ている?


虚空、虚無。それらを代名詞としたようなその塊は何か行動するような素振りも見せなかった。


――――――――――。


「っ、……ぅ」


理解不能な言語が、脳に直接刷り込まれていく。

その度に、神経を刺繍針でつつかれているような痛みに襲われる。


「……なっ、何を……いって……」


意識が、吸い取られる。

思考が、鈍る。


「……………………」


その巨大な虚無を前にして、ヘイゼルは意識を手放した。









「おーーい、ヘイゼルー。大丈夫かー?」

「……ん、え、あっ?ティ、ティールさん?」

「お、おお……。大丈夫か?廊下でいきなり突っ立ったまま動かないから心配したぞ……」

「え?私が?」

「おう」

「…………?」


寝室を出た所までは記憶に残っている。

扉を開けて、一歩外に出た後のほんの数秒間の記憶が無い。


「寝ぼけてただけかもですね」

「……そか。朝飯出来てるぞ。顔洗って来な」


ティールがひらひらと手を振り、リビングの扉を開けてそこへ入っていく。


「……寝ぼけて、たんだっけ?」


それにしては意識も思考もハッキリとしている。


「まあいっか」


ヘイゼルは洗面台へと向かい、手から魔法で生み出した水を顔に当て、手早く洗顔を済ます。

やはり魔法を使えると日常生活がかなり楽になる。と、いうかある程度の魔法が使える前提で作られているものが多いため、それを使えないと日常生活を送る所の話では無いのかもしれないが。







「なっ、え、おまっ?はぁ?」

「な、何か変な事言いました??」


ティールとソウカと共に朝食をする中で、ヘイゼルは夢の中で出てきた『聡明』と『セタス』の事を話した。

するとティールは口に含んでいたコーヒーを思いっきり吹き出し、ソウカに至ってはパンを喉に詰まらせて地面でのたうち回っていた。


「変も何もお前、風呂が何かも知らない奴がいきなりセタスなんて言い出したら誰でもこうなるわ。……なんで知ってるんだよ……」

「だから夢で……」

「『聡明』、ねえ。『剛腕』、『変化』、ときて『聡明』ときたか。……なんでよりによってセタスなんて……」


ティールは深々とため息をつき、頭を抱えた。


「知ってるんですか?」

「……ああ、永世中立国『セタス』。高度に錬金術が発達した国だよ。ただ……、その存在は半ば伝説みたいなもんだけど」

「伝説?」


ヘイゼルがパンを片手に食い気味に聞いた。なんなら食ってた。


「誰もそれがどこにあるか知らない。なんなら今あるのかすらも。分かってるのはそれが過去一度も他の国と戦争をした事がない永世中立国ってだけ」


セタスを知っているものは少ない。いや、この言い方には語弊がある。知っているが、それを本物の国だと認識している人は少ない、と言うのが正しいだろう。

半ばセタスの存在はおとぎ話のようなもの。錬金術の起源を辿る際、ぼんやりと話に出てくるか出てこないかくらいである。


「そんなとこにわざわざ来いなんて、胡散臭いにも程がある。そもそも『剛腕』のウゥルカーナも『変化』のプルもお前の命を狙いに来てたじゃねーか。『聡明』のそいつもそういう罠なんじゃねーの」

「……私には、少なくとも悪意は感じられなかったです」

「……」

「ま、ヘイゼルがそう感じたらそうなんじゃない?それに、『聡明』なんて名乗るくらいだし、ヘイゼルの思い出せない記憶の何かしらのヒントになるような事知ってるかもしれないわよ」


ソウカの意見に確かに、と頷くヘイゼル。


「お前は、行きたいのか?ヘイゼル」

「え?」

「ヘイゼルがセタスに行きたいのなら俺は止めない。もちろん、今すぐにとはいかないけどな。……どうなんだ?」


ティールの問いにヘイゼルは少し考え込んで、顔を上げた。


「行って、みたいです。『聡明』が何の目的で私を呼んでいるのか分からないけれど。何か自分の事が分かるのなら。……私は行ってみたい」

「そか」


案外素っ気ない返答に、ソウカがティールの顔を見やった。


「ティア?」

「……ん、いや。迎え入れて、送り出して行く側の気持ちっつーのを痛感させられただけだよ」

「?」


ヘイゼルが小首を傾げるのを見て、ソウカは彼女に説明する。


「ティアは昔、拾われたのよ。ただ今ほど吸血鬼みたいな亜人に対して寛容な世の中じゃなかったからね。ずっと隠してたんだけどバレちゃって、ティアは自分から出ていく事にしたのよ」


ね、とソウカが振るとティールは噛み締めるような表情を浮かべて頷いた。


「そ。懐かしいな、あの時は猛反対されたよ。でも俺も迷惑をこれ以上かけられなかったからわざわざ決闘まで挑んでさ。今思えば勝てるはずなんて無かったのに、相当手加減してくれてたんかね」


思い出に浸るティールの目は、どこか遠くを見詰めていてそして悲しそうだった。


「その、ティールさんを育てた方は?どうしてるんですか?」


ひく、とティールの肩が反応する。ソウカも視線を落とし、ヘイゼルは聞いてはいけなかったと内心後悔した。


「大分前に亡くなったよ。それから俺の家族は次々と……」

「ティア」

「分かってるさ。ヘイゼルにそんな事言ったって生き返ってくる訳じゃない。ごめんな」

「いえ……、すみません。こちらこそ」

「気にしないでいいのよ。生き物は何時か死ぬ、そういう運命だもの。私たちも少し長生きなだけで、その運命からは逃れられない」


何故だろう、ヘイゼルの胸がチクリと傷んだ。


「そ……。話がズレちまったな。で、ヘイゼルがセタスに行くかどうかって話だ」


軽く深呼吸して、ティールが無理矢理話のレールを切り替える。


「もちろん俺は引き止めない。ただ条件がある」

「……条件?」


ティールは頷いて指を三本立てた。


「まずは魔法だ。必要最低限な魔法は絶対として、ある程度俺から魔法を教える。少々難度は高いけど、昨日の感じならそう時間はかからないはずだ」


立てた指が一本折れる。


「二つ目は戦闘の基礎だ。この街にいる間は俺たちで守ってやれるけど、ここを出ていくのなら話は別だ。自分にあった武器を見つけて、そこら辺で出くわすような輩には負けない程度の戦闘能力を身につけてもらう」


そして指が一本になる。


「最後、必ず帰って来い。定期的に顔を出してくれ、別に何時帰って来いとは言わないから。……時折顔を出してくれれば俺らも安心出来る」


全ての指が折れ、ティールはヘイゼルの顔を覗き込んだ。


「出来るか?」

「はい……。やります!」

「分かった。なら早速始めていこうか!」

「はい!」


「あ……、悪い。あと一つ忘れてた」

「?なんですか?」


ティールが思い出したように手をぽんと叩いた。


「敬語、禁止」

「えっ」

「いつまでも敬語じゃ堅苦しいだろ。タメでいいよ」

「は、はい」


二人の会話を聞いて、ソウカが高らかに笑った。


「早速敬語になってるじゃない」

「あ、そっか……。ええと……、わ、分かった!」



「よし、改めて。今日からよろしくな、ヘイゼル」

「よろしくお……、よろしく。ティールさん」


こうして、ヘイゼルの為の特訓が始まった。

セタスは何処にあるのか、そして『聡明』とは何者なのか。

『悠久』は、まだ知らない。


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