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悠久の魔女は心臓を喰らう。  作者: あきゅう
2/7

2 団欒


「……疲れてたんかな、まあ可愛い顔しちゃってさ」


ティールが少し目を離した隙に、悠久は彼女にもたれ掛かるようにして眠ってしまっていた。

すうすうと、小さく寝息を立て服の端をきゅっと握りながら眠りにつく彼女を見てティールは息を吐いた。


見かけからして、彼女はまだ十代半ば程。そんな彼女が自分の事すら知らず、この森に迷い込んでしまっていたのは何か訳がありそうだ。

彼女の目に掛かった白髪の混じる黒髪を、軽く手で梳いてやりながらティールは笑みを零した。


「なんか……昔の俺に似てるな」


ティールは彼女の傷に負担をかけぬようにゆっくりとその身を背負い、木々の隙間を縫ってその場を後にした。





――





「んだよ……、あいつ……!!」


一方こちらは生い茂る木々の中で血溜まりを作って、力なく這い蹲るウゥルカーナの姿。


「全く見えなかった……、あいつの動きが……。あの短剣に、何か仕掛けがあんのか……?」


大量の出血により朦朧とする意識の中、先の戦闘の様子を脳裏に浮かび上がらせる。

途中までは優勢だった。腕を潰した時点で、勝敗は決したものだと確信している自分がいた。


「あいつ……人間かよ……」


今まで、人間相手に敗北を喫した事は無い。だとすれば、彼女は人間で無い何者かなのか。


「燃えるねェ……。強い奴は、アタシ大好きだよ」


額に脂汗を滲ませ、ウゥルカーナは不敵な笑みを浮かべた。あの白髪の元に悠久がいる限り、しばらくの間その命を狙う事は無謀に近い。今は体を休め、機会を伺う時だ。


「……待ってろよ、心臓喰らい」


そう言葉を吐き捨て、緑に囲まれながら彼女の意識は闇に落ちていった。




――




生温い。

全身が、ベタベタとしていて落ち着かない。拭っても拭っても、寧ろ不快感が増すだけだ。

鼻を指す腐敗臭。おまけに鉄臭い。


……嗚呼、腹と背中がくっつきそうだ。喉が焼けるように痛い。

腹が減った。喉が乾いた。


おもむろに、辺りを浸らせる液体を手で掬い取り喉に流し込んだ。

口の中に異物感が残る。口の中に絡みついて、中々離れない。

それでも、胃の中に何かを流し込んだ事は確か。昇りきりかけていた胃酸も、何とか押し止められる。


「……」


軽く息を吐き、辺りを見回す。立っているのは、自分ただ一人。

おかしい。先まで皆と共に戦っていたでは無いか。


小首を傾げ、足を動かすとつま先に何かが突き当たる。

腰を屈め、それを拾い上げる。


「……」


目を凝らし、それをしげしげと眺める。


丸みを帯びた、半分ほど毛が生えた何かの塊。


人間の、頭部。


「っ」


ふと、足元に目をやる。

先から口にしているこの液体は。辺りを浸らせるこの液体は。今、己を塗りたくっているのは。


「……血」


それも、人間()()()()()()の残骸が所々に浮いている。


発狂したい。狂い叫びたい。

なのに、そんな思いはどこか胸の中で押し止められてしまい。

目の前で、力なく白目を向き口をだらんと開かせているその生首を見ても、これといった感情は湧いてこなかった。


既に、私は心を、失っていたのかもしれない。


血の海の中で、膝を着いた。

我々は、負けたのだ。私達は、敗北を喫したのだ。


世界が、崩れていく。

空も、地面も、大気も。


それでも、私は死ぬ事は無い。幾度となく周りが死に、世界が滅びようとも。


それが、()()。与えられた、呪い。


「次は、いつ会えるのやら」


全てを諦めたような笑みが零れた。しかし、素晴らしい未来を望む希望に満ちた笑みでもあった。


次に、生きる時はもう。




何も、失いたくない。






世界、それそのものが消滅した。







――





「……っ」


いつからか、目を開け見知らぬ天井を何も考えずに眺めていた。

体を動かすと、柔らかなシーツが全身を包み込んでいるのが分かる。その温もりに、いつまでもくるまっていたいと思い、体を縮こませた。


「いっ……」


体を捩ると、ウゥルカーナに殴打された脇腹がチクリと痛む。あれほど強力な打撃を受け、これだけで済んでいる、と考えればまだマシな方か。

と、脇腹を軽く擦るとゴワゴワとした何かが体に巻き付けられていた。少し布団を剥がして見ると、脇に丁寧に包帯が巻かれており、解けぬように金属のクリップでとめられていた。


「なんで……私なんかにここまで……」


思わず、そんな言葉が漏れた。彼女、ティールからすれば悠久は見ず知らずの人間。であるのにも関わらずここまで丁寧に処置を施してくれるなんて。

でも、もし自分が何者であるかわかった時。それが悪人だった時。彼女にどんな顔を向ければ良いのだろうか……。

彼女への感謝の気持ちと同時に、逆に恐怖の気持ちが溢れてくる。


悠久は小さく首を振った。

今、それを考えることは彼女の気持ちを踏みにじる事になる。……自分が、何者なのか分かるまで、彼女の優しさにあやかっても良いのかもしれない。


そう考え頷いていると部屋のドアノブがゆっくりと回転し、小さく木の軋み声を上げながらその扉が開き、翠色の髪の少女が顔を覗かせた。


「お、起きてる。おはよっ」

「……あ、えと……。おはよう、ございます?」


彼女は悠久が起きているのを確認すると、小さく手を振り部屋に入って来た。

翠色の髪を馬の尻尾のように纏めあげ、たなびかせながら彼女は悠久の寝ているベッドの脇にある椅子に腰掛けた。


「ユウキューちゃん、だっけ?私はソウカ、よろしく」

「あ、はい。悠久です。よろしく、お願いします……」


ずい、と差し出された手を流されるがままに握り軽く握手をする。


「……ほんとに見ない顔ね……」

「っ」


ソウカ、と名乗った彼女の顔が目と鼻の先程の距離まで近づいてくる。彼女の瞳は髪より少し濃い深緑色であり、瞳孔は少し縦に長くまるで猫のもののようにも見えた。


「ま、ゆっくりしていってよ。ティアが連れて来たのなら何も問題はないでしょうし。あ、ご飯作ったけど食べる?」

「ご、ご飯……」


さすがにそこまでして貰うには、と言おうとした刹那、腹から空腹を伝える音色が響き渡る。


「……あ」


その音を聞いて、己の空腹を自覚したと同時に羞恥心が込み上げてくる。悠久は途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め上げた。


「歩けそう?私達も丁度ご飯にしようと思ってたの。一緒に食べましょ」


さし伸ばされた手を取り、悠久はゆっくりとベッドから足を踏み出す。空腹による体力の消耗でか、足は小刻みに震えているが、歩けない、という程では無い。

ソウカに腕を引かれ、廊下を歩き彼女が扉を開ける。

刹那、数多の香りが混ざりあった匂いが廊下に立ち込め、空腹を刺激し口の中いっぱいに唾液が溢れ出てくる。


「お、起きてたんだ。おはよう。一緒に食おうぜ」


沢山の料理が並べられているテーブル、その脇の椅子に先に座っていたティールが小さく手を振った。


「お腹空いたでしょ。いっぱい作ったから好きなだけ食べてね」


ソウカに背を押され、ティールの対面の席に座らせられる。そして彼女も悠久の隣に座り、軽く一息ついた。


「じゃ、食べましょうか。頂きます」

「頂きます」

「いた、だきま、す?」


ソウカとティールが手を合わせ、呪いごとのようにそう呟くので悠久も見よう見まねで同じようにし、呟いた。

それを見た二人は微笑ましそうにクスリと笑い、それぞれ自分の目の前にある皿に、料理を盛り始めた。


「ユウキューのも盛ってあげるわ」


ソウカが悠久の皿を取り、色々な料理を取り分けてくれる。ソウカが悠久の元に皿を戻した時、もう空腹が限界で貪るようにしてそれを口に詰め込み始めた。


「別に焦んなくても飯は逃げねえから。ゆっくり食べな」


ティールが酒の注がれたグラスを片手に、笑みを浮かべながらその様子を見詰めている。

悠久としては、言われた通りにゆっくり食べようと意識したつもりだったのだが、二人の視点にどう写っていたのかは分からない。それでも二人は嫌な顔せず、まるで我が子を見るかのように暖かい眼差しを送っていた。


しばらくの間、無我夢中で口に食事を運び、はたと視線を前に向けると卓上に出ている料理のほとんどを自分が食べ尽くしてしまったことに気が付いた。


「……あっ、ご、こめんなさ……」


咄嗟に謝ろうとすると、ティールとソウカは目を丸くして互いに顔を見合せた後、声高らかに笑い始めた。


「あはっあははっ、ユウキュー、あなたお皿に料理を盛っても気付かずそのまま食べ続けるんですもの!すっごく美味しそうに食べるから、私たち二人でずっと盛ってたら無くなっちゃって」

「俺たちは別で食べようと思えば出来るから大丈夫。それよりもそんな幸せそうに食べて貰えるこっちの方が嬉しいよ。な、ソウカ」

「そうね、食べるのも必要だけど、自分が作った料理を他人が美味しそうに食べてくれる事ほど幸せな事は無いわ……。ほら、ほっぺたご飯粒ついてる」


ソウカが布巾でユウキューの頬を拭う。


「その様子だとずっと食べてなかったんだろ?何があったんだ?」


分かる範囲でいいぞ、とティールは付け加えた。

悠久はコップに注がれた水を飲み干し、軽く一息着いてからゆっくりと口を動かした。


「……気がついたらあそこに寝ていたんです。喉が乾いて仕方なくて、水溜まりの水を飲んでいたら、いきなりウゥルカーナっていうのに襲われて……」


ティールは顎に手を当て、少し考えるような仕草をした後に言った。


「ウゥルカーナと何か接点があったとかは思い出せねえか?因縁のライバルー、だとか」

「……分からない、です。あったとしても、覚えてないです」

「そっか、ありがとう。ごめんな、自分でも思い出せないような事を無理矢理聞いたりして」


悠久は首を振った。


「いいえ。むしろ私の方が感謝でいっぱいですから」

「ユウキューは……、いや、何か……ユウキューって言うのも変だな。ウゥルカーナがそう言ってたからそう呼んじゃってるけど。ユウキューって名前が知れ渡ったらまたアイツが襲ってくるかもしれない訳だし。名前、考えないか?」

「名前を……ですか?」


悠久は小首を傾げた。


「そ。ユウキューってのが良いのならそれでも良いけど。どうする?」

「……ティールさんたちが決めてくれるのであれば、それが良いです。悠久って名前も、ウゥルカーナに言われただけですし」

「分かった。……で、どうするよ。ソウカ」


尻目で視線を送った先にいるソウカがガックリと項垂れて肩を竦めた。


「すぐ私に振るんだから。…………そうね、少し考えてはいたのだけれど…………ヘイゼル、なんてどうかしら」

「ヘイ、ゼル」

「あ、気に入らなかった?だったら他の候補から……」

「ああ!いえ!凄い……綺麗な響きだったので……。思わず口にしたくなったんです」


悠久は滅茶苦茶に首を振り否定を表した。


「だったら決まりで良いんじゃねーの。ヘイゼル、いい名前じゃん」


ティールが酒を片手に、頬杖を付き賛同の意を示した。


「ありがとう……ございます」

「何も何も。私が勝手に決めた名前だし、嫌だったら変えてくれも良いのよ」

「……いえ、変えません」

「……そっか」


「……決まりだな、ヘイゼル。しばらくの間、ゆっくりしていきな」

「はい!ありがとう、ございます……!ティールさん、ソウカさん!」


ヘイゼルの顔に華が咲き誇った。その様子を見て、ティールとソウカは二人、朗らかに笑みを浮かべるのであった。






――






―同時刻、街の門にて


「……ふぁぁ……。後何分で交代だっけ……。腹減ったな……」


街の門番であるレンが欠伸を噛み殺し、手に持った短槍を支えに寄りかかっていた。

この街の外周は、成人男性四人分ほどある木の柵が植え建てられ、防壁を隔てている。入口は、北と南の二つがあり双方に巨大な門と衛兵が二人づつ立ち、検問を行っている。


「あんまボケッとしてるなよ?給料減らされるぞ?」


その脇にいるもう一人の門番であるルカが、短槍で彼の足元を小突いた。


「ったく、バレやしねぇよ。皆眠ってらあ、俺たちも程々に息を抜かないと倒れるぜ?」

「もう少しで交代だ。それまでの辛抱……、ん、何だ、こんな時間に……」


暗くなった夜道にルカが目を凝らすと、黒い外套に身を包んだ少々背の低い人影が、道の真ん中を歩いて来ているのが写った。

辺りはもう日が落ち、殆どの者が家に帰っている。こんな時間に来るとしたら何らかのトラブルに巻き込まれた商人くらいだろうが、たった一人しか見えないからその線も薄い。

ルカがそっと手に持つ短槍に力を込める。


「お前さん、ここの街のもんかい?証明書があるのならそれを提示してくれ」


慣れた様子で、されど若干気だるそうにレンが対応し、手をブラつかせる。

この街に入るのには、何らかの証明書が必要だ。証明書と言っても、自分の身分を表せるものだったら何でもいい為、商人証明書だったり、医者に見せる用のカードだったり、その種類は様々である。

その人影は、ゆっくりと近づき懐に手を入れその中を探り始める。

外套に覆われ、顔まではよく見えない為女なのか男なのかすら分からない。

ルカが若干膝を折り、その中を見ようとした刹那、彼は目を大きく見開いた。


「っ…………!?」


外套の隙間から垣間見えた白い肌に、鋭く伸びた牙。そして懐から取り出したものは身分を表すカードではなく、一本の嫌に黒光りした短剣。


「レンッ…………逃げっ…………!?」


彼に手を差し伸べ、叫ぼうとするが、その声は途中で途切れてしまう。


「あっ…………がっ…………!?」


何故声が出ないのか、そう分かるまでに時間は掛からなかった。喉がばっくりと裂け、そこから滝のように血液が溢れ出ている。


「ごぶっ……ぶっ……」


口から零れるのは、声ではなく血液。まともに呼吸すら出来なくなって、ルカはそのまま地面に倒れた。


「……っ!?てめぇ、何を…………!!」


その光景を目の当たりにしたレンは、焦燥を隠せぬ表情で短槍を構え、外套の人物に向かってそれを振るう。


「…………?」


その短槍は外套を切り裂き、その中身が明らかになる。レンが一瞬たじろいだその瞬間に、黒い短槍が再び振るわれ、辺りに血飛沫が舞う。


「………………!!」


本人ですら、一瞬切り裂かれた事に気付かなかった。が、地面に滴る己の血を視界に入れた辺りでその意識は完全に途切れることになった。


「…………匂う、匂うよ。この匂い……、ああ、何時ぶりだろう……。君も目覚めたんだね………………。………………悠久の魔女…………!」


狂気に満ちた笑い声を響かせながら、瑠璃のように青い髪を揺らし、その()()は街の中に足を踏み入れた。目で追ううちに、それは影のように消え、見えなくなった。



そして、その場に残った二人の無惨な死に様を、夜風が何食わぬ顔で通り過ぎて行くのであった。



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