『夏のルール』――兄の理不尽、弟のやらかし
『夏のルール』
ショーン・タン/著
河出書房新社/発行 (2014.7出版)
◇ ◇ ◇
今回は前回予告した通り、夏の本です。
ショーン・タンはとにかく好きなのでどれを紹介しようかと悩んだのですが、夏っぽくこの本からご紹介。
ショーン・タンといえば、グラフィック・ノベルの『アライバル』(※1)が特に有名です。初めて読んだ時、その絵の力と世界観に衝撃を受けました。以来、大好きな作家さんです。
ショーン・タンはイラストレーターで絵本作家でもあり、さらには舞台監督や映画のコンセプトアーティストとしても活躍する多才な人です。
オーストラリア出身で、父親はマレーシアから移住したそうです。『アライバル』には新天地に移住した異国民の戸惑いや不安、少しずつ馴染んでいく様が丁寧に描かれています。グロテスクでありながらユーモラスな言葉の通じないモンスターがいる、まるで異世界なファンタジー作品とも読めます。移民の不安を寓話的に描いた、父親の体験が色濃く反映された作品となっています。
オーストラリアにはかつて日本人街と呼ばれる町があったそうです。『遠い町から来た話』(※2)では真珠産業のために移住した日本人潜水夫たちの実話を元に描かれた話が収録されています。ショーン・タンの絵、あるいは物語がどこか日本人にも懐かしく感じられるのはそういう繋がりがあるからかもしれません。
さて、本書『夏のルール』は短い文章と絵で綴られる絵本です。子どもも読めると思いますが、どちらかというと大人向けかもしれません。兄弟姉妹がいる方にはどこか懐かしい気持ちにさせられる絵本です。
不思議で不穏な生き物と共存する、兄と弟の物語です。
兄視点とも弟視点とも読めるのですが、私は主に弟が語り手かな、と思って読みました。
『去年の夏、ぼくが学んだこと。』
という一文から始まり、ひたすら『ルール』が続いていきます。
『~しないこと』というルールが多いですね。
たいていは弟が何かやらかして、兄が「あー!」ってなっている場面が続きます。弟が干しっぱなしにした靴下のせいで起こった恐ろしいことや、うっかり踏んだカタツムリのせいで大変な事態に……とか。兄は兄で年上ならではの理不尽なルールを弟に押し付け、弟に「えー」という不満顔をさせます。
このあたり、「妹」だった私は心当たりがあってにやりとしちゃう。
いかにも兄弟、という感じ。
ケンカして意地を張って、そのせいでまた困ったことになった弟を結局お兄ちゃんが頼もしく助けてくれます。
世界はどこか荒廃していて、不穏な生き物たちが跋扈するのはショーン・タンらしい不思議な世界。一読しただけでは「?」となって、何度も読み返してしまいます。そして何度も見返すうちに馴染んでくる世界。
絵の通り不穏な世界のなかで兄弟がする冒険旅行と読んでもいいし、空想という心象風景として受け取ってもいい。どんな読み方をするのも、人それぞれです。何通りも読める物語、というのが素敵なのです。私はどちらの読み方も好きです。
ちなみに私が好きなシーンは、知らない大きな猫さんにうっかり家のカギを渡してしまい、締め出されて窓から覗く弟の「……」という表情。本来なら自分がいるはずのソファーで自宅のようにくつろぐ猫が見ているテレビの上にある招き猫的な何か……。
じいっと細かく見返すといろいろなものを発見できて楽しいです。
ゆっくり、じっくり、読み返したくなる絵本なのです。
最後に載せられたルールは、
『夏の最後の一日を見のがさないこと。』
という一文です。
そろそろ、夏も終わりでしょうか。
皆様もどうか『夏の最後の一日を見のがさない』でいられますように。
※1 『アライバル』 河出書房新社/発行 (2011.3)
ひとりの男性が家族を残して新天地で生活を始める。言葉や習慣の違いに戸惑いながら少しずつ慣れていき、やがて家族を呼び寄せて……というストーリー。文字は一切ないグラフィック・ノベルで、ノスタルジックな色遣いがまるで古い映画を見ているかのような気持ちにさせられる素敵な本です。
※2 『遠い国から来た話』 河出書房新社/発行 (2011.10)
15篇の掌編が収録された物語集。
表紙は宇宙服を着た人……ではなく、潜水服を来た日本人潜水夫です。私はこの本を読むまでオーストラリアに日本人街があったことも、そこで真珠の採取のために海に潜った日本人たちが幾人も命を落としていたことも知りませんでした。
『夏のルール』はこのなかに収録された「ぼくらの探検旅行」に登場する兄弟をもとにした物語です。
ちなみにこの本に収録されている「エリック」は後日それだけで絵本になっており、掌サイズの可愛らしい本となっております。ショーン・タンの本で贈り物にするなら『エリック』がおすすめ。




