猫、擬人化。②
「つーか、夜月、しゃべれるんだな」
「いや、おまえ、それ失礼だろ」
僕は首を縦に動かす。
僕の右側の隣の席にいるのは、ちょっと不良っぽい、派手なピンク色の髪の、『鈴木 達也。(すずき たつや)』。
仲間内の愛称で、『モモッチ』と呼ばれている。頭がピンクだから、だろうか?
鈴木くんの前の席に座っているのは、どちらかというと、優等生で、勉強がよくできる、栗色の短髪のイケメン。
彼は『藤田 稔。(ふじた みのる)』。
彼は眼鏡をかけていないのに、なぜか、鈴木くんから、いつも『メガネ』と言われていた。
実は、どうして『メガネ』なのか、すごく気になっていた。ダメ元で、聞いてみようか。
「夜月くん、ごめんね。モモッチ、あ。あー鈴木が失礼なこと言って」
「藤田くん! どうして、『メガネ』なんて、呼ばれてる、ん、です、か」
あー! しまった。つい、聞いてしまった。
僕の声はどんどん小さくなって、なれなれしく、藤田くんにタメ口になってしまった。
僕は、背中と両手のひらに、めちゃめちゃ汗をかいた。
藤田くんに、失礼したので、なにか言わなきゃ、ならないけど、すごく緊張して、音が出ない。金魚のように、僕は口をぱくぱくさせた。
1分、いや、5分。僕も彼も無言だった。
「やべぇ、なんだ、夜月って、おもしれー」
「ちょ、モモッチ、また失礼だよ」
「あ? コイツな、中学生デビューして、イメチェンしたんだ。コンタクトしてんの。小学生の時は、地味メン(じみめん)で、メガネやったから」
「モモッチ。僕のプライバシーがないだろ」
はて? 鈴木くんの『コイツ』は、藤田くんのこと?
僕は、なにを話していいか、わからなくて、鈴木くんと、彼の会話を聞いていた。
彼が昔、メガネをしていたから、そのなごりで、『メガネ』って、言われてるのか。
僕は、そうなんだー、とひとりで頷いた。
……
「メガネと俺の中だろー。小せぇことでガタガタ言うな。金●ついてんのか」
「モモッチ。ガラが悪いよ。あーあ、夜月くんが引いてる」
「夜月、仲良いヤツ、いないのか?」
「モモッチ、無神経なこと、聞かないよ」
「メガネ、ちょっとだまれ。夜月、なんか言えよー」
ええええー! どうする、僕!?
僕の顔が引きつる。夜子がどこに消えたのかも、心配だけど。
僕は、鈴木くんにまじまじと見られて、めちゃめちゃ困っている。
ダメ元で、隣の彼に、視線だけで、助けを求めた。
そこで気付く。彼の瞳の色が、僕が憧れる女子と、似たような色だと。
『藤田 稔。(ふじた みのる)』。
名前通りに、彼の双眼には、藤の花が咲き誇るような、神秘的な輝きがあった。
「めずらしーね♪ モモッチと、夜月くんがおはなししてるぅ」
「なんだ、巨乳」
「ちょっ、とぉ! モモッチ! そのあだ名、やめてぇって、いったよぉ」
「なんか、トロくて、なに言ってるか、わかんねー」
「もー! 『朋里 梨花。(ともさと りか)』だよぉ。つい、さいきんまで、梨花って、よんでぇ、くれてたのにぃ」
「メガネが言ってるだろ。俺は『モサコ』っていうから」
「なんでぇ?」
「オマエ、運動音痴で、おつむ(頭)も弱いし、おまけに、天然だし。頭も時々、寝癖でもさもさしてるだろ。『モサコ』で正解だ」
「なるほどぉ♪ ガッテンしょうちのすけ♪」
「やっぱ、モサコだな」
あーあー!!! 僕の癒し系、アイドルの『朋里 梨花。(ともさと りか)』だー!
可愛いいいい。めちゃめちゃ可愛い!
僕の席の前だから、日頃は、朋里ちゃんの後ろ頭しか見れない。けども、今日は割りと近距離で、マシュマロほっぺを見れた。僕は感激して、泣きそうだった。
朋里ちゃんの長い髪は、瞳の色と一緒で、薄い紫色。
髪質は多分、凄く綺麗だと、僕は思う。だけど、ちゃんと毎日、くしで梳かしていないのか、朋里ちゃんの長い髪は、ちょっとぼさぼさだ。
……
僕は頭が混乱していた。僕の目の前に、僕の気になる女子がいるから。
『朋里 梨花。(ともさと りか)』。
紫色の瞳が大きくて、表情がころころ変わる。けして、朋里ちゃんは、起用じゃないけど、何事にも、一生懸命で、とにかく、めちゃめちゃ可愛い。
ど天然だから、舌足らずな口調も態とらしくは、感じない。
よく転ぶから、朋里ちゃんの色白のふっくらした四肢は、よくけがをしている。白い肌に、ぶつけた青あざや、治りかけの桃色の皮ふが、よく目立つ。
「さすがにないな。モモッチ。梨花に変なあだ名をつけないでくれよ」
「あ? メガネはどうなんだ?」
先程まで、朋里ちゃんと鈴木くんのやり取りを見守っていた、彼が口を開く。
彼こと、『藤田くん』が、鈴木くんにやんわりと、朋里ちゃんにヘンテコな愛称をつけないように、注意した。
「『梨花』って普通に言ったらいい」
「でもよ? 『モサコ』がしっくりくるだろ?」
「梨花の良いとこ、モモッチは知ってるよね。いくら梨花が、可愛いいからって、いじめすぎるのは、感心しないな」
「オマエは、梨花の兄貴か!」
「そんなつもりだよ。モモッチは違う意味で、梨花が好きだろ」
「な! ち、違う! 勘違いすんな!」
「モモッチと、稔くん、ほんとぉに、なかよしーだね♪」
あ、そ、そうなんだ。
僕は3人の様子を見ていて、複雑になった。
僕が思うに、憧れの朋里ちゃんは、彼と付き合っているのかと、思っていた。
が、3人の会話を聞いて、違うみたいだ。
朋里ちゃんのことを、異性として好きなのは、『鈴木くん』らしい。
じゃあ、朋里ちゃんが好きな相手は誰だろう?
ん? もしかして、朋里ちゃんも、鈴木くんが好きで、実は両思いだろうか。
……
いつもの僕なら、気持ちが後ろ向きで、ここで、朋里ちゃんのことを諦めたと思う。
でも、今日の僕は、今の僕なら、なんか変えられる気がしたんだ。
きっと、昨日の夜に、夜子を拾ってから、僕はずっと、夜子に話しかけていた。
僕は人と関わることも、話すことも、凄く苦手だけど、夜子に言われた。
『『変わる!って、自分を信じるの!』』
今、この状況で、僕は朋里ちゃんに、『声をかける』、というチャンスが舞い込んできた。
無理なく、『あいさつ』をするだけでいい。
頑張れ、僕。
頑張れ! 僕!
僕ならできる! 今ならできる!
『変わる!って、自分を信じるんだ!』
「朋里さん、おは、う、ござい、マス!」
「あ、夜月くん、おはよぅ♪」
「もう5限目。 2人して天然か」
「挨拶するなら、こんにちは」
か、か、感激した!!!
朋里ちゃんの声を聞き、僕は勢いよく、自分の机を両手で、ばんっっと、たたいた。
僕は、朋里ちゃんから、あいさつを返されて、めちゃめちゃ嬉しくて、跳び上がるように席を立った。
薄っすら涙目の僕に気づかない朋里ちゃん。そんなとこも、とても可愛い。
僕は自分の感情で手一杯で、自分のヘンテコなあいさつに気付いてない。
鈴木くんと彼が、僕に優しい目を向けていたことにも、僕は気付いていない。
「あ、こ、こんにちは!」
「うん♪ 夜月くん、こんにちわぁ」
「また挨拶か。他に言うことないのか」
「梨花って、外見だけなら、『美少女』だからね。一緒にいると、色々あって、退屈しないよ?」
僕は、鈴木くんと彼が見えていない。
僕の頭の中も、僕の目の中も、にっこりと笑ってくれた、朋里ちゃんの顔しか見てない。
明日から、毎日! 朋里ちゃんに、あいさつをしよう!
僕は心に固く誓った。
しかし。
……
「あんさー、明日修業式で、明後日から夏休みじゃね?」
「そうだね。モモッチ、宿題は早めに終わらせるんだ」
「あのね! 里さ、ひまなのぉ〜。またモモッチと稔くん、里と、あそんでぇ?」
「いい加減、モサコも女子の友達、作れよ?」
「最近、『南 遥。(みなみ はるか)』と、よく話してたよね? 南に声をかけたら?」
「うー、南ちゃんの、LINE、里わぁ、知らないのぉ」
「じゃあ、聞きゃぁよくね?」
「南と、梨花は、仲良くなりたいんだろ?」
「そぉだけどぉ、里は、女子にきらわれてるぅ、からぁ。里のせいでぇ、南ちゃんがぁ、いじわるぅ、されたら、こまるぅ」
朋里ちゃんが、少しだけ、一瞬だけ、悲しそうな顔をした。
僕は胸がきゅんとなった。いやいや、胸がしめつけられた。
僕は、クラスで孤立している。この中津中央中学校にも、外の世界にも、僕が『友達』と呼べる、友達はいない。
朋里ちゃんと会話をした、鈴木くんと彼は、2人で目を合わせて、なにか、アイコンタクトをとっているような、感じだ。
僕はさっき、席を立ったので、そのまま、立ったままだ。もちろん、鈴木くんも彼も、朋里ちゃんも、しっかり座っている。
あ! 明日、修業式で、明後日から、夏休みだって? なんだって!?
明日の朝は、朋里ちゃんにあいさつをできる、と、多分思うけど、しかし!
しかし!!!
夏休みなんて、休みがあったら、
僕の渾身の魂心の、微塵の、ミジンコの勇気が、消滅してしまう!
あああー!!! なんてことだ!
僕は●ンパンマンじゃないんだから、いつでも、勇気100倍! じゃないんだ。
ネガティブ発動人間、夜月 蒼に、戻ってしまう。
考えろ。
なにか、なにか、考えるんだ、僕。
朋里ちゃんと、なにか、関わりたい。
……
「ぼ、僕が! 南さんに、LINE、聞いてくるよ!」
やっちまったー!!!
僕は自分の口から、勝手に出た言葉に、愕然とした。
そんなこと、無理すぎる。
僕よ、勘違いするんじゃない。君はなんでもできる、●パン三世ではないんだ。
「そかそかー。南は部活、なんだっけ?」
「南は、美術部だよ。でも、本も好きだから、図書室にいるかも」
「ふぇ? 稔くん、南ちゃんとぉ、仲良しぃこよしぃさん?」
「いやー、メガネって、中学デビューしてから、調子乗ってさ、タラシだよ!タラシ! 人類の敵だ!」
「否定はしないよ。モモッチみたいに、いつまでも、『少年のハート』じゃ、スマートじゃないから」
「あれれぇ? もぉしかしてぇ、モモッチ、やきもちぃ? もちもちぃ? モモッチってばぁ、ほぉんとー、稔くんがぁ、だいすきぃーだねぇ♪」
僕をほっといて、鈴木くんと彼と、朋里ちゃんが楽しそうに話している。僕も、朋里ちゃんと、ちょびっとだけでいいから、お話したい。
「おーい、夜月。いつまで突っ立っとるんだー。ホームルーム始めんぞ。座れー」
「すみません!」
僕は赤面しながら、あたふたと着席した。
あ、そうだ! 南さんが、このクラスから移動する前に、僕が声をかけたら、良くない?
そしたら、南さんを追っかけて、ストーカーみたいに、図書室や美術部とかに、行かなくていいよね?
……
ホームルームが終わった!
そっこうで、『南 遥。(みなみ はるか)』を探す。
ん? 南さんって、どんな顔だったかな?
えーと、南さんの席って、どこ?
「なあ? 夜月、南の顔、知ってんのか?」
「そんなまさか、知らないわけないよね?」
「夜月くん、キョロキョロー、してるぅけどぉ、南ちゃん、もークラスに、いないお?」
「すみません。知らなかった、みたい、です」
僕の小さな謝罪に、鈴木くんも彼も、朋里ちゃんも、少し笑っていた。
僕は、怒られなくて、良かった。
なんだろう? 僕は3人に笑われたんだけど、嫌な気持ちにならなかった。不思議だ。
「梨花、南の写真ある?」
「ないおー」
「わかった。ちょっと待って」
彼が席から離れて、他の女子に話しかける。
彼と会話している女子の名前が、僕にはわからなかった。
「『南城 雪。(なんじょう ゆき)』なら、南の写メ、持ってんかもな」
「南城さんは、みんなにぃ、やさしぃよぉー。里がぁ、組むあいて、いないときぃ、ときどきぃ、いっしょにぃ、してぇくれるぅ♪」
僕がぼんやり、彼と一緒にいる女子の正体を考えていると、鈴木くんと朋里ちゃんが、僕の心の中の疑問に、答えてくれた。
「南城さん? 朋里さんと、遊ぶのかな? LINE知ってるかな?」
「んにゃ? 南城さんのLINEも、しらないおー。里がぁ、しってるぅのは、モモッチと、稔くんだけぇ、だよー♪」
「南城さんと、『南さん』は、仲が良いのかな?」
「んとぉ、『南ちゃん』は、ひとりでぇ、なんでもぉ、できるのぉ♪ 南城さんが、『南ちゃん』とぉ、おともだちぃに、なりたいーみたい? 南城さんが、よーく、『南ちゃん』にぃ、話しぃかけるぅの!」
僕はなんと! 朋里ちゃんと2人でお話していた!
しかし。
しかし、朋里ちゃん、めちゃめちゃ可愛いけど、ちょっと、ちょっとだけ、会話がしにくいなぁ。ごめん。
ごめんなさい!
僕なんかが、朋里ちゃんに意見しようなんて、思って、ごめんね!
微生物のような、僕が、お人形のように、可愛い可愛い!!! 朋里ちゃんにアドバイスしようなんて、おこがましいよね。
今はとにかく、『南 遥』に、集中しよう。
……
「夜月、南はな、一匹狼だ。不良っつーわけじゃないが、女子の面倒くせーのに、関わらないタイプだ」
「南城に、『南』の写真がないか、LINE知ってるか、聞いたけど、知らないってさ。どうする?」
僕が不安気にしていると、鈴木くんが、『南 遥』の説明をしてくれた。
朋里ちゃんの横に、戻ってきた彼は、僕の目を見て、質問してきた。
おっと! これは、もしかして、僕が考えて、話すパターンかな?
な、なにも、浮かびません。
やっぱり、僕ひとりで、顔のわからない、『南 遥』を探すことに、なるのか。
「じゃぁあ♪ みぃんなでぇ、南ちゃんを探しにぃ、レッツぅゴー♪」
朋里ちゃん! ほんと天使!!!
ありがとうございます!
僕ひとりで、死ぬ気でミッションをクリアしないと、僕の学園生活が終わる、と思ってたけど、天使な朋里ちゃんの天のお告げにより、僕は危機をまぬがれた。
「しゃーねぇな。どこ行く?」
「先に図書室に行こうか」
「図書室は、しずかぁにぃ、しないとぉ、いけないんだぞぉ♪ モモッチ、できるぅ?」
「いや、モサコに言われたくねぇし。なあ?」
鈴木くんが、僕に同意を求める。僕は首をかしげた。
「うん。モモッチも、梨花も、静かにして。なにしてるんだ。夜月、行くよ?」
「夜月く〜ん♪ いっくよぉ♪」
彼にうながされ、朋里ちゃんが僕の背中を軽く押した。
あれ? 僕、今、幸せじゃん!?
めちゃめちゃ、青春している自分に驚いた。
そして僕は、鈴木くん、彼はこと藤田くん、朋里ちゃん、3人の優しさに感激した。
……
「何?」
「あのぅ、南ちゃん、あのぅ、南ちゃん、あのぅ」
図書室で発見した、『南 遥』。朋里ちゃんが、頑張って、LINEを聞こうと、奮闘している。
僕は同じクラスらしい、『南 遥』を今、初めて認識した。
サラサラの亜麻色の髪はショートで、紫水晶の瞳は、本当のアメシストのように、高貴で凄く綺麗だ。
僕は、びっくりしたんだ。まるで、僕の好きな、アニメやマンガに登場するヒロインのように、『南 遥』は、異常に美しかった。
「で、夜月。モサコと、南、どっちが可愛いと思うか?」
「正直に答えなよ。僕達、怒らないから」
鈴木くんと、彼が、僕にたずねる。僕は口を固く閉じた。
僕が中学生2年生になって、明後日から、夏休みだ。僕はこの3ヶ月、ずっと、『朋里 梨花。(ともさと りか)』を、好きなんだ。
しかし、しかし。
『南 遥。(みなみ はるか)』は、僕の理想そのものだった。とにかく、めちゃめちゃ、美しい。
いやいや、しかし、しかし!!!
朋里ちゃんが、ちゃんと髪を梳かしたら、髪の綺麗さは、比較できないと思うし!
ん? そもそも、地味な僕なんかを、好いてくれる、女子なんかいない。
僕が迷ったり、不安になることは、なにもない。
だから、素直になろう。
「ごめんなさい。正直に言います。南さん、めちゃめちゃ美人。僕は、朋里ちゃんはもちろん、南さんにも恋をしました」
……