【099】国王と聖女
砂漠の国、迷宮王国ガラードへと辿り着いた翌日。
一晩の休憩を取ったアルスたち一行は探索に必要な物資の買い出しへと出かけ、数日後の出立に備えてそれぞれが城下町で別行動をしていた。
「この最高級お肉、全部もらおうか、なの」
「え、ええっ!? 君がかい!? ちょ、ちょお~っと、お嬢ちゃんには支払えないんじゃないかな?」
そしてここに、もっとも一人にしてはいけないちびっこ天使が一名。
支給された多額の資金でキャンプファイヤー用のお肉を買い漁り、魔法大国ルーランスで国王にもらった魔法の道具袋をチラつかせ、小さな胸をこれでもかとはりながらドヤっているのであった。
「大丈夫なのよ。あたち、こう見えてもエリートでお金持ちだから。ぜんぶ食べれるのよ?」
「いや、全部食べるって……。だけどその魔法袋は、まさか……」
肉屋の店主も幼女の不審さに気付きはじめたのだろう。
なぜか貴族でもそうそう持ち得ることのない魔法袋を所持し、臆面もなく高級肉を要求するこの幼女は、おそらくタダ者ではないと。
そして思い出す。
そういえば、王都へと入場する際に大歓声を以て迎えられた勇者一行の中には、妙に自信がありそうなふてぶてしい幼女が紛れ込んでいるという噂があったことを。
まさかとは思うが、このサングラスをかけた金メダル所持者の幼女が、もしかしたら勇者の仲間なのではと、急に冷や汗を流し始める。
一度その印象を持ってしまえば、もうどこからどうみても目の前にいる幼女は偉大な人物にしか見えない。
とにかく、下手したら国王よりも重要人物であろう勇者とその仲間の不興を買わないためにも、むしろ無料でいいから肉をもっていってくれと言う始末であった。
だがしかし、お店から商品を購入するという概念を旅の中で学び、なにかを恵んでもらうにしても、正当な功績と評価あってのものだとルーランス王から言われているメルメルは、それを認めない。
「ダメなのよ? ちゃんとお金を払わないと、お肉を売っている人が生活していけないの。あたち、王様から色々教えてもらったし、あなたの気持ちは分かるのよ。だから、はい。これが最高級なお肉に対する、功績なのよ」
取り出した金貨は、間違いなく注文した肉の値段にピッタリなちょうど良い支払いっぷり。
メルメル的にはなんかよく分からないけど、これくらい払ったら丸く収まりそうという感覚で出した金貨であったが、その直感は大いに当たってしまう。
「け、計算がとてつもなく早いですね……。さ、さすが勇者様のお仲間です」
「ふふん。そうかちら? でも、これくらいできないと立派なレディとは言えないわ?」
店主が高級肉の値段を勘定し終えるよりも数段早く支払金額を算出したことで、やはりこの幼女は見かけによらずとてつもない力を秘めているのだと、そう思わずにはいられない。
きっと本気を出せば大魔法を意のままに扱い、いままでも魔族と渡り合ってきたのだろうと、変な誤解をしてしまうのであった。
だが勘違いしてはいけない。
このヤバそうな幼女は確かに火の制御を覚えて、さらに龍脈の力もなんとか扱えるちびっこ天使ではあるが、計算とかはちょっと難しかったので決算書類を灰にしてしまおうとする、とても危険な存在なのだ!
とはいっても、多くの経験を経て成長したいまのメルメルであれば、分からないことはちゃんと分からないと言える可能性もあるので、この判断が正しいかどうかは諸説ある。
と、そんな時。
「メルメル、こんなところに居たんだね。そろそろ帰るよ」
「おうチビ。探したぜ」
「あ、貴方様は!?」
覚えたての正論でドヤっていたちびっこ天使に声をかけ、手を引くようにして現れたのは、いまやこの王都で知る人ぞ知る勇者アルスその人だった。
彼はあちこちを点々とし、王都各地でキャンプファイヤーに必要な物資を買いあさるメルメルがなかなか帰ってこないのを心配し、こうして迎えにきたのだ。
「あ、勇者とハーデスなのよ。でも、あたちはもう準備は整ってたのよ? そろそろ帰るつもりだったの」
「はいはい。メルメルはいつも準備万端のエリートだもんね。わかってるよ」
「えへへ」
そう言うメルメルの道具袋には最高級肉の他に、路地裏で花を売っていた少女からもらった雑草、売れない魔道具屋さんの青年から買い取った、ちょっと何に使うのかよく分からない回転する円盤などなど、色々な物が混入していたのであった。
本人としては、雑草はキャンプファイヤー用の高級肉を包む葉っぱとして、円盤はお皿として用意したものらしい。
しかし、この一見散財したかのように見えるちびっこ天使の行動は、後に少しだけ王都の人々を救うことになる。
花と称して雑草を売っていた少女は貴重な金貨を得て、そのお金で病気を患っていた母を癒し、ある時に出会ったちびっこのように人に優しくする心を学ぶ。
その心はいずれ少女の神聖魔法の才能を目覚めさせ、数年後に多くの王都住民を救うことになるのだ。
また、初めて自分の力作である魔道具を買い取ってもらった青年は自信を取り戻し、翌々年には王都では知らぬ者の居ない素晴らしい魔道具職人へと成長を果たす。
まさにメルメルが起こした、謎のバタフライ効果の賜物である。
そうして、ある者はクソ真面目に、ある者はグルメを探し、ある者は勇者にベッタリついて回り。
勇者たちはそれぞれが必要なものを購入し、数日後の古代遺跡の探索に向けて英気を養うのであった。
◇
「いま、なんと言いましたか……。ハレイド・ルーン・リア・ルーランス陛下」
「うむ。ならばもう一度言おう。かの黄金の使い手を今代の救世主、勇者アルスとして認めると言ったのだよ、聖女イーシャ・グレース・ド・カラミエラ嬢?」
時は少し遡り、アルスらがまだこの国を発って間もない頃。
入れ違うようにして謁見の間へと通された聖女イーシャは、剣聖エインを引き連れて魔法大国ルーランスの国王と対面していた。
ちなみに、謁見の間での出来事とはいえ他の貴族達は既に自分の領地へと戻っており、周りにはそれでも残っていた少数の貴族と、王を守る多少の騎士しかいない。
要するにこれはほとんど非公式の対面であり、一応カラミエラ教国を代表して訪れた皇女であり聖女である者だからこそ、挨拶のために王城へ通された形となる。
問題だったのはここから先で、なんと謁見の間では南大陸でも三本の指には入る大国の国王が、教国の意志とは無関係に勇者の認定をしてしまったという。
確かに、いままで訪れてきた町や村では金髪碧眼の少年と、その仲間達が起こしてきた数々の活躍を知って、王都では勇者だと呼ばれていることも理解していた。
だが、それはあくまでも人々がそう呼称しているだけで、いわゆる二つ名のようなものだと聖女イーシャは考えていたのだ。
それがまさか、国王自らが認定した正式なものになっていようとは思いもしなかったのである。
「ありえません! 勇者というのは創造の女神から告げられてようやく、その存在を確固たるものとして人類が受け入れるべき英雄、救世主なのです! たとえどれだけ力が強くとも…………」
「フン、何かと思えば。ばかばかしい」
「……なっ!?」
アルスにベタ惚れであるが故に、無責任に勇者などと呼び世界の行く末を背負わせるのは、どう考えても道義に反する行いだと思っているのだろう。
そのことに関しては、勇者がどういうものなのかという教育を受けてきた剣聖エインも賛成で、カラミエラ教国に根強く残る勇者の信仰があるからこそ納得していた。
だが、聖女が全てを言う前に言葉を遮った国王は、まだ成人もしていない少女の言い分をまるで鼻で笑うかのように切って捨てたのである。
これには国王と対面している二人も驚愕せざるを得ない。
しかも、その様子を見た国王はまるで「何を勘違いしているのかね、そなたらは」と言いたげな視線を向け、さらに畳みかける。
「よいかね、教国からの大使よ。別にそなたらの教義に関して、我らが口を挟むようなことはない。だが……」
ルーランス王は語る。
勇者とは何なのかを、伝説の勇者がいままで人々の求心を得て来たのは、なぜなのかを。
特別な力を持って生まれた存在だから勇者なのか?
それとも、魔王や魔族といった、巨悪を打倒し得る英雄だから勇者なのか?
もしくはカラミエラ教国が信仰する女神がお告げをしたから勇者なのか?
「否。否。否……!! 全くもって違う、見当外れもいいところである。そうではない、そうではないのだ聖女らよ……。勇者とはその生まれや特殊能力によって定められる存在でもなければ、誰かを打倒し傷つける力を持つ者のことを指すのでもない。勇者とは……」
勇者として生まれて来たから、勇者なのではない。
かつて、誰も及ぶことのない偉業を打ち立てた伝説の勇者が、その大いなる功績によって今もなお信仰され、伝承として人々の記憶に残るように……。
かつての英雄が成してきた勇気ある行いが、誰かを守るため、救うために強くなろうとしてきたものであり、その優しさこそが、彼らの本質であったように……。
「故に、その勇気ある旅路の結果として……。一千年前に世界を救うこととなる世界最高の英雄誕生に繋がったのだと、我々は思っておる。それこそが伝説。そうであるからこその勇者なのだと、少なくとも私はそう思っておるよ。そして、かの少年はそれだけのことを成してきたのだ」
まだ若い二人の英傑をまるで諭すように語る国王の瞳には、どこか暖かい光が灯されており、長い人生を生きてきた王の重く優しい一言一句が聖女の心に染み渡った。
そうしてどれだけの時が過ぎただろうか。
まるで王の言葉を反芻するように、目を瞑り深く考え込んでいた聖女は面を上げた。
「確かに。全て陛下の仰る通りなのでしょう。……しかし、そこまで仰るのであれば一度、彼の少年アルスを教国へと連れ帰り試練を受けさせなければなりません。勇者とは人類全ての者の希望。その力が不完全な状態で旅を続けさせ、いずれ出会うであろう巨悪に殺されてしまっては、元も子もないですから」
教国における、勇者の試練。
それがどういうものなのかは未だ不明であるが、聖女とてアルスのことを誰よりも認めているからこそ、このままにはしておけなかった。
勇者と認定される前であればまだしも、もしこのまま突き進めば、いずれ魔族に目をつけられてしまうのは時間の問題であろう。
いや、もう既に目をつけられている可能性すらもある。
だからこそ、その力が完成する前に巨悪と出くわし滅ぼされないよう、万全の状態を期すために自国へと連れ帰ろうとしているのだ。
「うむ、危機管理という意味では、間違いなくその通りであろうな。そなたの心配も理解できる」
「では……」
「だが、既に勇者は砂漠の国へと旅立った。しかし、出立したのがつい先日のことであるが故、急げばまだ間に合うだろう」
国王はそう語り、その後、砂漠の国までの道案内と環境に応じた各種装備を提供すると約束し、謁見の間を離れる聖女たちを見送るのであった。




