【096】そなたこそ、勇者であると
いやぁ、本当にビックリしたね。
ウチの息子がまさか暴走状態に陥るとは思いもしなかった……。
いつものように家族ビデオの鑑賞会を始めようと思っていたら、急に大暴れするもんだから、どうしようかと思ってしまったよ。
滅びた村の子供が死に、精神的にあそこまで追い詰められるまで手出しできなかったのは、この下級悪魔一生の不覚である。
本人に記憶は無いだろうが、かつて滅ぼされた自らの故郷とあの子供の一件には似通ったものがある。
きっと赤子の時の出来事を本能的に感じとってしまい、同じ境遇にある村の子供を救えなかったことがトラウマになっていたのだろう。
とはいえアルスが信頼し、そして信頼されている仲間達の働きは見事なもので、暴走状態に陥ったブレイブエンジンの力とやらをしっかりと鎮めてくれた。
特にガイウスなど、お前を止めるのはこの俺だと命をはって突撃したくらいだ。
昔から、こいつならいつか道を踏み外しそうになったアルスを正道に戻してくれると、そう思っていたが……。
どうやらその勘は当たったようである。
「旦那様。アルスは……」
「いや、もう大丈夫だ。最後には完全に立ち直ったみたいだったぞ」
「そうですか……」
一緒に家族ビデオの鑑賞会に興じていたエルザが心配しつつも、再び前を向き始めたのを理解し少しだけ安心したようだ。
妻にまで心配をかけさせたことは申し訳なく思うが、終わりよければ全てよし。
今のあいつなら同じような暴走を繰り返すことはないだろう。
また別件として、今回の騒動の発端となった魔族の動向だが、こちらはこちらで中々怪しいところがあるみたいだ。
四天王の指示で動いていると思われていた商人魔族だが、あいつの心の動き方が妙なんだよな。
どうも忠誠を誓っているのは魔王であり四天王の巨人ではないようで、まるで上司であるはずのヘカトンケイルとかいうやつの命など、どうでもいいかのように作戦指揮、立案を行っている。
本人には悟られないよう上手くやっているようだが、はて、これはどうしたものかな……。
これは俺の予想だが、たぶん商人魔族はあの巨人を失脚させるか、もしくは殺したいのだろうとは思う。
そうでなければ辻褄が合わない行動が多すぎるし、もっと深く状況を読み取るなら……。
「魔王は、魔界を道連れに────としているのか……」
「え?」
おっと、これ以上の情報は妻を不安にさせるだけだ。
まだ不確定な要素があることだし、断言するのはまずいな。
「いや、なんでもないさ。……それより、どうやらアルスはようやく王都に辿り着いたみたいだ。ほら、なんか王様の前で表彰されてる。はははっ! ついに息子が勇者に認定されたぞ! こりゃあおったまげたなぁエルザ!」
なんか知らんけど、ルーランス国王の前でアルスが勇者に認定されてた。
グラツエールの港町を救ったのが良かったのか、はたまたそれまでの働きぶりのおかげかは知らないが、とんだビッグニュースである。
まだ女神を信仰しお告げを受けることのできる宗教国家、カラミエラ教国が絡んでないのでなんともいえないところはあるが、とはいえこれは息子の偉業といって差し支えないだろう。
そもそも勇者の力が云々と、そんなことはどうでもいいと俺は思っている。
だってそうだろう。
勇者は誰よりも強いから勇者なのではない。
誰かのために強くあろうと願う優しい勇気が奇跡を起こし、偉業を成してきたからこそ人々はそれを称えたのだ。
そうして後の世が彼は勇者であると認めることで、伝説の勇者は今まで伝説足り得た。
ただ強いだけで良いならば、それこそ魔王だって強いから勇者じゃん、となる。
でも、実際はそうじゃない。
そこは履き違えてはいけないところだ。
であるならば、こうして南大陸の人々に希望と勇気の炎を灯し、数々の奇跡を起こしてきたアルスは誰がどう見ても勇者なのである。
根拠など、それで十分だった。
「あらあら……。教国が認めたわけではない非公式な称号ではあるものの、まさかアルスが勇者として選ばれるなんて……。ふふふ、この私の教育が良かったのですね」
「いいや、俺の教育だな!」
「いいえ、私の教育でございます」
と、そんな不毛な夫婦漫才をしながら夫婦の時間は過ぎていくのであった。
さて、お次は砂漠の国が舞台になるみたいだが、今度の冒険はどうなることやら、だな。
◇
下級悪魔が妻といちゃいちゃする少し前。
港町であるグラツエール伯爵領の件で起きた騒動を報告するため、現在アルスたちは魔法大国ルーランスの王城で国王と謁見していた。
「そうか……。大儀であった黄金の使い手アルスとその仲間達よ。報告を正式に認め、そなたらの働きに感謝するとしよう。……何か望むものはあるか」
「いいえ、僕は僕の正義に従って、当然のことをしたまでです。見返りなど要求するつもりは一切ございません」
そう告げるアルスの表情は頑なで、仲間として一緒に謁見の間に通されたメルメルが「え、あたちは何か貰いたいのよ」と、図々しいお願いを主張するのを完全に無視しているくらいだ。
「ねぇねぇ、あたちは何か」
「見返りなど要りません」
「でも、あたちはやっぱり」
「一切必要としていないのです」
「ふぇ……」
憐れメルメル。
貰えるものは貰っとこうの精神のちびっこ天使としては、どうにかしておいしい思いをしたいらしいのだが、見返りを求めて動いたわけではないということを主張するアルスの意志に阻まれてしまうのであった。
しかし国王の意見はどちらかというとメルメルに賛成のようで、ここまでの働きをした者には何かしら褒美がないと、国としても王としても体裁が成り立たないと判断しているようだ。
「そうはいかん……。父として、そして王として情けない限りではあるが、我が国の汚点であった第二王子フレイドの件を片付けたばかりか、港町やその他多くの町や村を襲った魔族の討伐、国益に繋がる数々の働きを、国民でもないそなたらが成し遂げているのだ。これで手ぶらで帰すようであれば、国王である私が笑われてしまう」
それはまさしく、純然たる事実。
たとえ本人が望んでいなくとも、成果をあげて何もなしでは今後この国のために働く家臣たちの為にもならないし、何より悪しき前例となる。
今後褒美を受け取る者達は、彼らより優れた働きをしなければ相応しくないと、そう外野から糾弾される隙を与えてしまうことになるのだから。
「…………しかし」
「うむ、アルスよ。そなたの想いはよく分かっておる。人となりについては、我が国の忠臣たる常闇から十分に聞き及んでいるのでな。……だから、私は考えたのだよ」
そうして、「ならばこうするのが、もっともよかろう」と一言入れてルーランス王は宣言する。
「数々の奇跡を起こし、人々を救う偉業を成し遂げてきた黄金の使い手よ。南大陸の国家を代表して、この国王ハレイド・ルーン・リア・ルーランスがその名において宣言しよう!! そなたこそ今代の救世主。勇者アルスであると!!」
そうして鋭い視線で周りを一度見渡し、再び言葉を紡ぐ。
「いや、そなた以外の者が勇者など、ありえん!! これは南大陸の国家一同の総意である!! 異議のある者は、いますぐに申し立てるが良い!!」
あらかじめ用意された台詞だったのだろう。
国王ハレイド・ルーン・リア・ルーランスの言葉に反論する者は一人もおらず、いままで勇者の旅に救われてきた貴族、騎士、または他国の重鎮達は揃って異議なしと宣言する。
誰一人として不満の無い、満場一致の可決であった。
「こ、これはいったい……」
「クククク。少し驚かせてしまったかな、勇者アルスよ。しかし、これは私だけではなく、南大陸における国家全ての総意なのだ。受け入れるがよい。……のう、勇者の仲間達よ。お主らもそうは思わぬか」
その言葉にはっとしたガイウスとアマンダは納得し、どこかテキトーな様子で国王の話を聞いていたハーデスなどは「ま、そりゃあ、そうだろうなぁ」とボヤく。
魔族であるハーデスからしてみれば、黄金のオーラ等の神聖な力はそれなりに肌へとピリピリくるものがあり、勇者でなかったらこいつはなんなのだと、そう思わずにいられなかったくらいなのだから。
特にいち早く勇者を見つけ、その力を導いたと自負している勇者学第一人者のメルメルなどは、いまこそ功績を主張すべきだとタイミングを見計らっていたのか、平らな幼女ボディでこれでもかと胸をはりドヤる。
「ふふん、当然なのよ。おじいちゃんもようやく理解したようなのよね~。あたちこそ、勇者のブレイブエンジンを発見し、的確なアドバイスを送ってきた立役者なのよ。なにかご褒美をくれてもいいのよ?」
と、未だなにかしら貰っちゃうことを諦めきれずに自己主張するくらいである。
なんて強欲な幼女なのだろうか。
おいしい思いをすることにかけては、あまりにも手ごわいちびっこ天使だ。
だがそんなちびっこにドヤられたくらいでは国王が憤るはずもなく、孫をみるような優しい目つきで鷹揚に頷く。
他国から来た貴族には声をあげようとした者が居たものの、なぜかこの国の者たちが少しも気にしていないのを見て、それだけの偉業を成し遂げてきた者たちであるからこその態度なのだと、そう再認識するのであった。
おそらく、来週の月曜日から毎日更新に戻ると思います(`・ω・´)




