【095】蠢く者達
「いや……。改めて見ると、やっぱりすげぇなご主人の力は。本気を出したアルスをああまで一方的によ……」
「そうだねぇ。アタシもまさか、人類にこんなヤバい奴がいるなんて思わなかったよ。親があの調子なら、坊ちゃんの実力にも納得といった感じだ」
カキューが息子と戯れ、軽い運動をするかのようにあしらっていた戦闘を確認して、隠れて見守っていた二人は冷や汗を流す。
いまや自分達の中で最強とも言えるアルスの実力をもってしても、父親であるあの男には、指一本すら触れることが叶わなかったのだ。
分野は違えど、人類最高峰の実力を持ったこの二人であるからこそ、いまここで起きていることの異常性が良く分かったのだろう。
「確かにな。だが、俺様としちゃ複雑なところもあるが、今回はこれで良かったと思うぜ。見ろよあのアルスの顔を。もう吹っ切れたって感じで、こう、なんていうかさ……。カ、カッコいいよな……」
邪悪なおっさんのことよりも、まずは大好きなアルスの状態に目が行ってしまうハーデス。
彼女も彼女で通常運転であり、いまは手に負えないあのおっさんよりも、目の前にいる想い人のイケメン具合のほうが大事であると、恋する乙女脳全開で瞳を輝かせてしまうのであった。
まったくもって、魔界の王太子であるだけに大した器である。
自分を第一に考えて優先してくれるアルスを愛してやまない、強がりだけど純情なハーデスらしい感性とも言えるだろう。
そして最後に……。
「なのよーーー!? なんなのよ、あの人間は! 恐ろしい化け物なの……。あたち、怖くて夜おトイレにいけなくなっちゃったのよ……」
以前出会った時とは違う、下界で初めてみた意味不明な実力を持つ下級悪魔に対し、特殊能力は優秀でも戦闘力そのものは大したことが無いメルメルなど顔を青ざめさせ、ぷるぷると震えてしまうのであった。
というか既にちょっとチビリかけており、「もうおうち帰るの!」とか、「助けてなのプレアニス!」などと、錯乱してしまっている状態だ。
だが錯乱したメルメルは時々「ふぁいあー!」を発射して危ないので、仲間の女性陣の中ではもっとも母性があるアマンダがよしよしと手なずける。
その発想が良かったのか、ちょっとだけ安心したちびっこ天使は大人の女性の胸にダイブし、まだ少しぷるぷると震えながらも平静さと落ち着きを取り戻すのであった。
「おチビちゃんにはちょっと刺激が強すぎたみたいだねぇ」
「うぅ……。ヤバいのよ、あの人間はヤバいのよ……。いくらエリートでも、メルメルにだって怖いものはあるの」
「はいはい。よしよし」
憐れ下級悪魔。
本人は息子を励ましに来ただけなのに、ちびっこ天使の中では既に、触れてはならない禁忌として怖いものリストに載ってしまうのであった。
そうして仲間達が見守る中、父カキューに活を入れられ一人佇んでいたアルスは顔を上げる。
もう少年の態度には落ち込んでいた頃の陰りなど一切なく、むしろ心が折れかけた経験を積んだことで、より一層精悍な顔つきに深みが増しているように見えた。
人間として、一皮むけたといったところだろうか。
「みんな、心配かけてごめん。もう大丈夫だよ」
心配していた仲間達へと振り向き、誇りと自信を取り戻したアルスの笑顔は、いつもより逞しく輝いて見えた。
◇
魔法大国ルーランスからさらに南へと下った灼熱の大地。
そこに存在する、一般的には砂漠の国と言われる王国のとある場所では、四本の腕を持った巨大な人型のナニカが部下の上級魔族から報告を受けていた。
「何、全て失敗しただと? 力しか能の無い筋肉ダルマの上級魔族を派遣したとはいえ、智謀に優れたお前がついていて、か?」
「はい、左様でございます。ヘカトンケイル様」
ヘカトンケイルと呼ばれた巨人は、頭にターバンを巻いた人間の商人のように見える部下の報告を吟味し、うぬぅ、と唸りを上げる。
しかし部下の報告は明らかに事実のようであり、証拠として筋肉ダルマと呼ばれた牛頭の上級魔族の亡骸の一部を、こうして持ち帰ってきているのだ。
これにはさすがの巨人も納得せざるを得ず、人間が部下を打倒するなどという馬鹿なことが起こり得るのかと思いつつも、改めて計画を練り直すしかなかった。
「何が、いったい何が起きている。ようやく重い腰を上げた陛下の命により、人間界を侵略する手筈を完璧に整えたはずだ。それがまさか、教国に打撃を与えることも叶わず、そして人間達の交流の起点となっている、グラツエールの港町を攻略することにも失敗するとは……」
誰に聞かせるためでもなく、一人ぶつぶつと呟き何がいけなかったのか、もしくは何が足りなかったのかと自問自答を続ける。
このままでは魔王陛下になんと報告すれば、いや、そもそもなぜ上級魔族がこうもあっさり、と悩むも答えは出ず時間だけが過ぎていく。
何を隠そう彼こそがここ最近起こった魔族騒動の首謀者であり、四天王の一人、巨人ヘカトンケイルなのだ。
「うぬぅ……。やむを得ん。報告にあった聖女の実力はともかくとして、上級魔族を打ち滅ぼしたという黄金の使い手だけは、我が直接相手をするしかあるまい」
人間にしては強い剣聖と、同じく人間にしては優秀な聖女は放っておいても大した事はできない。
なぜなら聖女の力は直接的な戦闘能力に影響せず、あくまで勇者の存在があった上で有効に働くサポート能力だからだ。
であるならば、まずは上級魔族を単騎で滅ぼせるという危険な黄金の使い手と、その仲間達に焦点を向けることが先決であろうと考えるのは自然であった。
人間の成長というのは著しい。
故に、いまここで若い黄金の使い手を放置するということは、致命的な失策になり得るかもしれないのだから。
「仰せのままに、ヘカトンケイル様。それでは、やつらをおびき寄せるための策を練って参ります」
「任せたぞ。魔王陛下直々の命でお前を相談役につけてはいるが、そんなものは抜きにその智謀には期待しているのだ」
「ははぁ」
ターバンを巻いた商人魔族は平伏し、首を垂れる。
しかし頭を下げる中、その顔に映っていたのは力しか能のない馬鹿な巨人への、嘲笑いであった。
魔王直々の命で派遣されたというこの商人魔族が、なぜこのような態度であるのか。
なぜ黄金の力を持つ少年の傍にいたのが、「魔界の王太子ハーデス」であると報告をしていないのか。
その答えは、いまだ闇の中に包まれているのであった。
ただ、それらを抜きにして一つだけ分かっていることは、商人に偽装した魔王の忠臣たるこの上級魔族が、四天王の命などどうでもよいと思っている、ということであろうか。
次回
そなたこそ、勇者であると
お楽しみに!
あと、ストック順調にたまってます(`・ω・´)




