【094】救ってきた者達
仲間達と別れ、周囲の森で一人になったアルスは自らの両手を見つめる。
その瞳に映り込む両手は僅かに震えており、いままで失敗といえるような失敗をしてこなかったからこそ、たった一人の生き残りであった少年を救えなかった事実が心にトラウマとして残っているのだろう。
もっと言うのであれば、この失敗が原因で意識を失い、ブレイブエンジンという強い力に飲み込まれた自分自身が、果たして誰かを救い続けることができるのだろうかという疑問を抱いているのだ。
このまま黄金の瞳の力を使い続ければ、誰かを傷つけてしまうのではないか。
次もまた力に呑まれない保証はいったいどこにあるのだと、そして次に自分が暴走してしまった時に、今度もまた仲間達が止められる保証がどこにあるのだという恐れが付き纏っていた。
するとそんな心の葛藤を見透かしたかのように、突然後ろに気配が生まれ、今ここにいるはずの無い者の声が静かに問いかけてくる。
「自分の力が怖いか、アルス」
「なにっ!? 誰だ……! いや、この声は……」
斥候職を専門としているS級冒険者のアマンダほどとは言わずとも、気配察知においても達人並みである自分に全く悟られることなく現れた人物に、大きく動揺して距離を取るアルス。
まさかまだ魔族の残党がいたのかと警戒しつつも、あるはずのない懐かしい声に振り返ると、そこにいたのはなんと……。
「よう、久しぶりだな。父さんのもとを旅立ってから、そろそろ一年くらいか? こうして直接会ってみると、やっぱりデカくなったなぁ……」
「父さん……」
そこに現れたのはなんと自らがもっともよく知る人物。
四つある大陸のどこかしらの拠点で母エルザと過ごしているであろう、父カキューであった。
なぜここに父が居るのかと自問自答するも、もともとあらゆる場所へ転移できることを思い出し、そういえばこの人に距離なんて関係なかったなと思い直す。
それよりも問題なのは、父がさきほど語っていた自分の力への恐怖。
もしなんらかの方法で今の現状を知っているのであれば、きっと相談に乗ってくれるために現れたのだろうと納得するのであった。
「父さんも知っての通りです。制御などできない僕のこの力は、きっと多くの人を傷つけてしまう。僕はそれが怖いんです……。この力が暴走したら、もしかしたら父さんだって……」
傷つけてしまうかもしれない。
そう言おうとして、言ってしまえば現実となってしまいそうになる恐ろしさから口をつぐむ。
ブレイブエンジンは願いの力。
もし想像上のものであっても最悪の未来を考えてしまったら、願いとなって実現してしまうのではないかと思ってしまったのだ。
だが、そんな息子の恐れを見抜いた下級悪魔はニヤリと不気味に口角を上げると、クツクツと笑いだす。
「く、くっくっく……。はぁーーーはっはっはっは! なんだ、そんな事で悩んでいるのか我が息子様は! これは傑作だ! まさかこの父さんを相手に、傷つけてしまうかもなどという余裕を見せられてしまうとは! 冗談が上手くなったなアルス」
もはや堪えきれんと、涙を流しながら大爆笑するその顔には蔑むような感情は無かったが、代わりに、実力において天と地の開きがある息子様ごときでは、そんな心配は冗談にしかならんという余裕が感じられた。
何を隠そうこの下級悪魔、もとい父カキューからしてみれば今のアルスなどまだまだヒヨコ以下。
せめて魔王を倒せるくらいの力を手に入れてから出直して来いと、そう言いたいくらいの力関係であったからだ。
「父さん、僕は真剣に話しているのです!」
「……いいだろう、そこまで言うのならば相手をしてやる。ブレイブだか何だか知らんが、今のお前がどれだけ頑張っても傷つけることのできない、超えられない壁というものを見せてやろう」
父カキューは悪魔の翼と角と尻尾を出現させて、かかってこいとゲスな笑いで手招きする。
もはやここまで挑発されてしまうと、心根は素直でも負けず嫌いなアルスとしては引くに引けず、とりあえず戦ってみる道しか残されていなかった。
息子の性格をよく理解した、実にえげつない煽り方だ。
さすが下級悪魔汚い。
「……どうなっても知りませんよ、父さん」
「ククク……。大した自信だな? そうだなぁ、もし父さんに掠り傷一つでもつけられたら、褒めてやってもいい」
まあ、今のままでは永遠に無理だろうがな。
最後に神経を逆なでする一言をつけ足し、両者は睨み合う。
片や既に黄金の瞳を発動させオーラを剣に変えたブチギレ寸前の勇者。
片やせめてもの手向けとしてデビルモードで相手をしてやると言わんばかりの、余裕しかない下級悪魔。
まず最初に仕掛けたのはもちろん────。
「おっと、手が滑った」
「ガハァッ!? ちょ、ちょっと、余裕たっぷりなわりにやることがえげつない!?」
いや、もちろんではなく、なぜか最初に仕掛けたのは下級悪魔こと父カキューであった。
彼は睨み合い正面に集中する息子の不意を突き、真後ろに魔弾を転移させて後頭部を狙い撃ちしたのだ。
汚い、あまりにも汚い。
まるで先手は譲ってやるとばかり思わせておいて、その実先制攻撃のチャンスを狙っていたのだ……!
「何がえげつないものか。このくらいの不意打ち、父さんの故郷では常套手段だったぞ」
「父さんの故郷っていったい……」
だがいまの先制攻撃はあくまでも挨拶のつもりだったのか、大したダメージを負ったわけでもないアルスは気を取り直し、再び剣を構える。
そうして黄金の剣とオーラを纏ったアルスは一息に距離を詰めると、余裕の表情でニヤけている父に向けて全力で剣を振り下ろした。
「ブレイブ・ブレード!!」
「うむ。では、デビル・ブレード」
「はぁ!?」
ギャリギャリギャリ、と硬質な金属音を立てて防がれた黄金の剣の先には、なんと同じ形状をした赤黒い魔剣が握られていた。
魔剣はアルスの持つ黄金の剣と同じようにオーラを固めて出来たものであり、その性質は謎に包まれているものの、どうやら今引き出せるブレイブエンジンの力では押し切れないエネルギーを秘めていることが分かる。
その証拠に、徐々に赤黒い魔剣は黄金の剣を押し返し、ついにはアルスの黄金の剣を打ち砕いてしまったのだ。
「まだまだ、こんなものじゃないだろう。遠慮せずにそのナントカっていう暴走状態とやらでかかってこい。しっかりぶっとばしてやる」
「くっ……! そこまで言うなら……! もう後悔しても遅いですからね、父さん!」
挑発をもろに真に受けたアルスは感情を高ぶらせると、あの少年を救えなかった無力感と、村を滅ぼした魔族の悪意を思い出し暴走状態へと入る。
周囲には黒い落雷が迸り、縦横無尽に標的である父カキューへと迫るのであった。
「ああああああああああああああああああ!!!」
「ほほ~う。なんというか、アレだな────」
────まるで、話にならんな。
直後、落雷の全てを魔剣の一振りで消し飛ばした父カキューは、暴走しているアルスの正面まで辿り着くと真顔で鳩尾にボディーブローを決めた。
そのあまりにも無慈悲な衝撃で一瞬で正気を取り戻したアルスは口から空気を吐くと、深刻なダメージにうずくまってしまう。
「はぁ、やれやれ。満足したか? まさかこの程度の力で他人を傷つけるだのなんだのと、面白い冗談だったぞ我が息子様よ。これだったら、まだ瞳の力を制御しているいつものお前の方が、百倍強い」
「そ、そん、な……」
「それに、だ。お前の本領は他者を傷つけることではない。その力で救われた人たちのことを思い出してみろ……。ほら、例えばこれだ」
強烈なパンチに沈み息も絶え絶えの息子の前で、謎のアイテムを取り出し語り始める。
アイテムは空中に映像を投影させると、アルスが旅の中で救ってきた様々な場面が映し出された。
一人目は、ルーランス王国で助けた馬車に轢かれそうになっていた少年。
彼は助けられたその後、命を救われた自らもいつかあのヒーローのようになりたいと、誰かを救う人になりたいと願い毎日模造剣を振り、冒険者を目指していたのだ。
既にその剣には正義の意志と勇気の炎が宿る、未来に誕生するであろう小さな英雄の姿が映っていた。
二人目は、宝石屋の店主と、その娘。
そして三人目は、四人目は、五人目は…………。
次々と流れるいままで助けて来た人々の笑顔と、その後の躍進。
確かにアルスの旅に救われてきた人たちは存在していて、……いや、それどころか大きなうねりとなってこの南大陸を勇気の炎で包み込まんとする勢いであったのだ。
「みんな……」
「どうだ、理解したかアルス。お前の旅は、その力は、これだけの人々を救い続けて来たんだ。それなのに暴走がどうのこうのと、二度寝している父さんでもあるまいに、なに寝言をいっているんだ。そんな黄金の瞳の力など、お前の意志で飲み干してしまえ」
意志の力で、黄金の力を飲み干す。
お前になら、それができるはずだと語り掛ける。
もとより感情の方向性というのは意志によって定められ、制御される。
結論から言ってしまえば暴走するもしないも、いうなれば本人の意志次第なのであった。
故に、いまのアルスに足りていなかったのは、恐れを踏み越えていく勇気そのもの。
もしかしたら、万が一の確率で、そういうケースに陥ってしまえばという、他人を傷つける可能性ばかりを気にしてしまい、自分自身に打ち勝ち勇気をもって立ち向かうという心こそが足りていなかっただけなのだ。
だからこそ先ほどのアルスの暴走は、自らに立ち向かうことを恐れて逃げ出した負け犬のそれでしかなく、一切の攻撃が通じなかったのだろう。
「そうか……。僕はいつの間にか、自分自身に負けかけていたんだ……」
「ま、そういうことだ。分かったのなら仲間達のもとに戻れ」
────みんな、近くでお前の戦いを見ていて、心配していたみたいだぞ。
それだけ言い残すと父カキューはいつの間にか姿を消していて、既に気配すら無くなっていた。
「ありがとうございます、父さん。少し目が覚めました。もう、二度と自分には負けません」
声が消えて行った方向へと深いお辞儀をしたアルスの顔には、先ほどまでの弱気な表情は消え去っていたのであった……。
ストックが残り少ないので、お話を考えるために二日に一度の更新にします、したいです……!




