【093】だからこそ、俺が止める
「ああああああああああああああ!!」
「おいおい、こいつはヤバいな。無秩序に暴走しているように見えて、死角を作らねぇようにしてやがる。……こんなところで弟子の成長を見れるたぁ、これも師匠冥利につきるってやつかね。しかも、徐々にオーラの勢いが強くなってねぇか?」
隙を窺い、いつ切り込もうか迷う一同の前で暴走するアルスは、徐々に黒いオーラを強めていき力を増していく。
故に持久戦になれば敗北することは必至で、どうにかしてオーラの隙を掻い潜ろうとするも、それができれば苦労しないというジレンマに陥るのであった。
前衛である戦士職のガイウスだけではオーラを受け止めきれないし、攻撃に余力があるアルスを相手にアマンダとハーデスが突っ込むわけにもいかない。
まさに、八方ふさがりといったところである。
だが忘れてはいけない。
ここにはとびっきり優秀なエリート天使、メルメルがいるのだから。
「ふふん。こんな時こそあたちの出番なのよね~。暴走した神聖な力をコントロールするのは、プレアニスの試練でもう乗り越えてきたのよ。くらえっ! なのよー!」
天使の翼をはためかせるちびっこは手に魔力を込めると、「ふぬぬ~!」と黒いオーラを押し返す。
勢いそのものが衰えたわけではないようだが、腐っても神聖な力を秘めている黒いオーラのことは、多少メルメルがコントロールできるようであった。
「おおっ! ナイスだぜチビ、これで俺様の魔法が活きる。大魔法結界・闇! グラビティ・デス・フィールド!」
黒いオーラが仲間に降り注がないようにコントロールしはじめたことで、魔法を使う余裕ができたハーデスが足止めのために重力結界を発動する。
指定した空間内部を超重力で圧縮することでアルスの行動を鈍らせ、ガイウスが最初の一撃を加える隙を作る作戦なのだろう。
そうして絶好の機会を得た超戦士ガイウスは、落雷のように降り注ぐ黒いオーラが途切れるタイミングを見切り、勢いよく飛び出す。
「究極戦士覚醒奥儀! スーパーデビルバットアサルトォ!」
「あああああああああああああ!!」
「なにっ!?」
しかし、まるで飛び込んでくるのが分かっていたかのようにアルスから追加の落雷が発生した。
ただでさえ攻略が難しい局面で追加の落雷が降り注げば、さすがの超戦士も避けきることができない。
そうして再び吹き飛ばされることで、攻略が振り出しに戻るかと思われた、その時。
「甘いよ坊ちゃん! このアマンダ様を忘れてもらっちゃ困るねぇ!」
「……よしっ! でかしたぞアマンダ!」
「礼がしたいなら、あとで酒でも奢りなガイウス!」
黒き落雷が降り注ぐ地点を見切り、サポートのために気配を消していたアマンダが、予備の短剣を投げつけて避雷針としたのであった。
これは、圧倒的な破壊力で押し切ろうとする暴走状態のアルスに対して、真逆の性質を持った手数の力で切り抜ける、まさにチームワークの勝利だろう。
「先に言っておくが、さすがだぜアルス。もうお前は完全に俺を超えている。だが、それでも……」
アルスのもとへ駆け抜けるガイウスは、たとえ意識がないと分かっていても伝えずにはいられない。
かつてはまだ小さかったあの子供が、もう自分などとうに追い越すくらいの立派な男として成長を果たしているのだ。
師匠として、友人として、ずっとそばで見守ってきた家族のような存在として。
だからこそガイウスは、ここで引くわけにはいかなかった。
「だが、それでも! 道を踏み外しそうなお前を踏み止まらせるのはなぁ……! この、俺の、役目なんだよぉおおおおお!!!」
「…………ッ!!」
そうしてついに、アルスの目の前へと辿り着いたガイウスの拳が、その横顔を捕らえた。
戦士職として人類最高の域にいる大男が繰り出す、あまりにも強力な右ストレートによって吹き飛んだことで、まるで先ほどまでの暴れ方が嘘のように静かになる。
どうやら力に取り込まれ暴走状態だったアルスの意識は、強烈な打撃によって再び覚醒したようであった。
「ガハッ! い、いてててて……。い、いきなり殴るなんて酷いよガイウス。って、あれ? 僕はいったい何をやっていたんだ?」
「へっ……。ようやくお目覚めかアルス。全く、世話を焼かせやがってよ」
「ええ? なんのこと?」
意識を取り戻したアルスは暴走していた時の記憶がないらしく、一面砂だらけになった周囲の様子を見渡し、きょとんとするのであった。
◇
「そうか……。僕は、そんなことになっていたんだね……」
意識を取り戻したその日の深夜。
ことのあらましを聞いたアルスは静かに目を伏せ、少年を救えなかったことと、それが切っ掛けで暴走してしまった自分の弱さを受け止め、現実を噛みしめていた。
「ああ、あんときはビックリしたぜ。なにせ俺様のことも目に入ってないみたいだったからな。いったいどうしちまったのかと思った」
「ごめん、ハーデス。僕は……」
「いいっていいって。あんなの気にしてないからさ。アルスはいつだって俺様のことを第一に考えてくれてるのは分かってる。なあ、みんな?」
当時のことを思い出しつつも、意識が無かった時のことなどノーカンだと、軽く手を振りながら許すハーデスとその仲間達。
仲間だからこそ、気持ちは分かるのだ。
平和な村を一方的に蹂躙した魔族が許せないのも、そんな中で唯一の生き残りを救おうとしたアルスが涙するのも……。
全ての者達は皆、同じ気持ちだったのだから。
「こまけぇことはいいのよ、なの。全てはもう解決したことなのよね~。それよりも今はキャンプファイヤーをしてるのだから、もっと楽しむべきなのよ」
魔族の襲撃が切っ掛けで滅びた村を野営地として、メルメルが盛大なキャンプファイヤーを楽しんでいるのだから、もっと笑顔になるべきだと主張する。
本人としてはこのキャンプファイヤーこそ命の弔いであり、犠牲になった者達へ向けた、今を生きる者達の笑顔の光であって欲しいのだ。
「メルメル……」
「ほぉう、いいことを言うじゃねぇか。そうだな、その通りだ」
「この、たまに翼が生えてくるおチビちゃんは何なのだろうねぇ? まさか天使様じゃあるまいし、摩訶不思議な種族もいたもんだ」
その言葉にメルメルが、「いや、天使ですけど?」といった表情を向けるも全く相手にされず、見た目通りの年齢ではないにせよ、何らかの特殊な種族だとして受け入れられてしまうのであった。
とはいえそんな細かいことを気にするメルメルではないので、ぶっちゃけ本人としてはどうでもよかったらしい。
「とにかく、なのよ。いまのちみには、あたちがついていないとダメね? またブレイブエンジンが暴走しないように、このエリートのあたちが見張っておいてあげる」
胸をはってドンとこい、といった風体のちびっこに少しだけ毒気を抜かれたアルスは、くすくすと笑い気を取り直す。
「あはははは……。参ったね。今まさにメルメルに救われた身としては、嫌だとは言えないよ」
「ふふん。任せておくがいいの」
「だけど、今日だけはゆっくりさせて欲しいかな……。やっぱり、少し頭を冷やしておく必要があるみたいだ……」
そうして火の番をしている仲間達とは一旦別れ、頭を冷やすためにこの場を離れるのであった。
この時は誰も気づいていなかったが、立ち去っていく彼の横顔には後悔と、そして何か恐ろしいモノに揺れる碧眼が月に照らされていたのであった。
次回
救ってきた者達
あの下級な男が登場。
本気の勇者と下級な男の初バトル、始まります。




