【083】ネオ・ニュー・メルメル
未開拓であるが故に自然豊かな南大陸の西北端。
別名人間大陸とも言われる西大陸行きの船が往来する、海に面した浜辺にて。
アルスら一行が新たな仲間を増やしつつも旅を続けている頃。
今日も功績を積むために頑張っているちびっこ天使メルメルは、無事に一日を終えたご褒美として、キャンプファイヤーの前で一息ついていた。
「ふぃ~。仕事あがりのミルクはサイコーなのよ。え~っと、今日はなにしたんだっけ? 枯れかけているお花に水をあげて、転んだちびっこをなでなでしてあげて、弱っていた犬にミルクをおすそ分けしてあげたんだっけ? いっぱい功績を積んだのよね~」
こんなに毎日功績を積むなんて、優秀過ぎて困っちゃうわ。
そんなことを独り言ちながら、メルメルは転んだちびっこの親からもらったミルクをチビチビと飲む。
確かに、一つ一つは小さな出来事だ。
だが、確かにメルメルによって救われた花、前向きになった子供、お腹を満たした犬は存在したのだ。
千里の道も一歩から。
ちょっとずつでも誰かに優しくしていくこと。
それが下界に降りてからの三年間でメルメルが学んだ、とても大切なことであった。
そんなことを、もう夜だしということで眠たそうな顔をしながら語る。
しかし、その時だった……。
突然、目の前でちょうど良い感じに調整されていたキャンプファイヤーが轟々と勢いよく燃え上り、全てを焼き尽くさんばかりに暴走しはじめたのだ。
「な、なんなのよ!? なんでキャンプファイヤーがこんなに元気なのよ!」
意図していなかった勢いに大きく慌て、このまま火の勢いが強くなれば浜辺から離れた民家にも引火しかねない、とても大変な事態になってしまった。
早く火をコントロールしなければ、傷つく人も出てきてしまうかもしれない。
もしかしたら、今日助けた子供の家にも火が点いたりするかもしれない。
たとえいつも呑気にキャンプファイヤーを楽しんでいる幼女でも、助けてきた人たちのことを思うと、気楽に構えてはいられなかった。
そんなこと、許せなかったのである。
「負けないのよ! こんな火に、このエリート天使のあたちが、負けるわけないのよ! 鎮まれなの! 鎮まっちゃえなのよ!!」
追放されたことで小さくなってしまった天使の力を精一杯に込めて、必死に火の制御を取り戻そうと努力する。
昔のメルメルであれば、「やっちまったのよーーー!」といって逃げていたことだろう。
だが、とある人間にアイアンクローされて龍脈の危険性を教えてもらったり、龍脈の制御に失敗したことを反省したり、ちょっとずつ重ねてきた善行の影響か、今回だけは諦める気になれなかった。
これこそが、昔までとは違うちびっこ天使の内面の成長だったのである。
「あたちを……! メルメルを、舐めるな! なのよーーーー!!」
そうして火と格闘してどれだけの時間が過ぎただろうか。
轟々と燃えていたはずのキャンプファイヤーは徐々に小さくなり、ついに元の大きさにまで戻ったのであった。
成長したエリート天使メルメルの、完全勝利である。
「ふぅ。やりきったの。中々手ごわい相手だったけど、あたちの敵ではなかったの」
さすがエリート、こんな時でも冷静ね、と自画自賛しながら再びキャンプファイヤーの前に陣取った。
「でも、こんな火を制御するくらいじゃ、まだまだなの。思いあがってはいけないのよ。いつか天使長をびっくりさせてあげるくらいの功績を積むには、ぜんぜん足りないの。あたちはエリートだから、何かおっきなことをしなくちゃ、びっくりしてくれないのかも」
天使長のプレアニスは結構厳しいので、もしかしたらこれくらいじゃ働いたうちに入らないのかもと、少しだけ不安になる。
しかしそんな不安な気持ちを天は見透かしていたのか、キャンプファイヤーの前で火を眺めていたメルメルの背後から、突然声がかかったのであった。
「そんなことはありませんよ。あなたは私の予想を大きく超えて功績を積み続ける、立派な天使です。私もあなたを下界に送り出した者として、この炎の最終試練を課した者として、とても誇らしく思います」
「ふえ? ……あっ! 天使長!」
「かっこよかったですよ、メルメル。まさか、この天使長である私が燃え上らせた炎の制御を、さらに超える制御力で上書きするとは……。ふふっ。本当に、おみそれしました」
そこに現れたのはなんとかつての上司、天使長のプレアニスだった。
プレアニスは抜き打ちで行われた最終試練を突破したメルメルにウインクしながら、「もう火の属性に関しては、完全に私を超えましたね」と絶賛する。
そう、この一連の暴走の全ては天使長の仕業であり、数々の冒険をこなしてきた今のメルメルがどれくらいの成長をしたのか確認するための、試験だったのである。
もちろん意図的に起こしたことであるから、この最終試練に失敗しても火の勢いは勝手に収まっていたし、被害はでなかっただろう。
だがどうやら、そんな心配は必要なかったようだ。
そんな感想を抱きながらも、振り返ったメルメルへと慈愛の籠った微笑みを向けると、ゆっくりと抱きしめた。
「いままで、よく頑張りましたね。私は天界から見ていましたよ。時に誰かに優しく、時に悪を打倒し、時に勇者を導くあなたの旅を、ずっと……」
抱きしめた頭を撫で、「いいこいいこ」しながら、いままで頑張ってきた三年間の功績を語る。
全て知っていたのだ。
小さな善いことを積み重ねていることも。
キャンプファイヤーで邪竜や悪人たちを成敗したことも。
勇者の旅にこっそりと同行し、ちょっとした幸運で助け、導き続けていた事も、全部。
「あたち、天使長をびっくりさせてあげられた?」
「ええ。とても驚きました。まさにエリート天使の名に相応しい、目覚ましい活躍ぶりでしたよ」
「そっかぁ……」
それならもしかして、今の功績を積んだ自分なら、旅をして色んな経験を積んだ自分なら、エリート天使の座に返り咲くことも夢ではないかもしれない。
だったらもう、天界に帰ってもいいのかな。
なんて、そんなことをちょっとだけ思うメルメルであった。
「どうしますか? 天界に帰り、またエリート天使として復帰しますか? 私はそれでも構いませんし、嬉しく思いますよ?」
「う~ん」
でも、なぜだろうか。
いまのメルメルの中にはやり残したこと、もっとやりたかったことが一杯あって、このまま下界から離れてしまったらもったいない気がしたのだ。
なぜならこのちびっこ天使は……。
「ううん。やっぱりやめておくの。あたちなら、まだまだビッグなことができる気がするから。見くびらないで欲しいのよ」
そう。
なぜならこのちびっこ天使は、どこまでも大きな目標を掲げる偉大な幼女天使だったのだ。
いうなればこれは、メルメルスーパードリーム。
持ち前の幸運と自信、そしてキャンプファイヤーで果て無き夢を追いかける最強のチャレンジャー。
それこそが、この下界で成し遂げたい何かであった。
「そうですか。……ふふ。ですが、あなたならきっとそう言うのではないかと、うすうす感じていました。そこで、炎の最終試練を突破したお祝いも兼ねて、私からもプレゼントを用意しています」
プレゼントと聞いて、なんだかわくわくして目をキラキラさせてしまうメルメル。
基本的に貰えるものはなんでも貰っておく逞しい性格なので、こういうイベントは大好きなのであった。
「なになに? なんなのよ? あたちに何かくれるの?」
「ええ、とっておきのプレゼントです」
そう言うとプレアニスはそっとおでこに口づけして、どこからか取り出した金メダルを首にかける。
その金メダルには天使姿のメルメルが描かれており、ピースサインをしながら笑っている微笑ましいものであった。
しかも金メダルの裏に書かれていたのはなんと────。
────あなたを火と幸運の権能を司る導きの天使メルメルとして、ここに認定致します。
────エリート天使の今後に期待を寄せている、天界の仲間達一同より。
という、応援の言葉であった。
これにはちびっこ天使もニッコリである。
「えへへ。あたち、みんなに凄いって言われたの?」
「ええ、そうですよ。あなたは凄いんです。そしてついでに! ここに頑張ったあなたへのご褒美として、私のおやつにしようと思っていたチョコマシュマロ一箱をプレゼント! どうです、やる気が出ましたか?」
プレアニスから金メダルとチョコマシュマロを受け取り、大事そうに抱えるちびっこ天使。
念願の「いいこいいこ」と、天界のみんなからの応援、ついでに美味しそうなチョコマシュマロを貰えてご満悦なのであった。
ただ、どちらかというと目線は金メダルよりもチョコマシュマロに向いており、涎が垂れていることから、もうそのことしか頭にないことが分かる。
またそのタイミングで、そんな食いしん坊なちびっこ天使の新たな旅路を祝福するように、小さい身体に秘められたとても大きな夢があふれ出すように、キラリと光る虹色の流星が夜空を照らすのであった。
「さあ、お行きなさい。火と幸運を司る導きの天使、メルメルよ。今日からあなたはネオ・ニュー・メルメルとして旅発つのです!」
「うい……! なんだか力が湧いてきて、すごいのよ! あたちは今日から、ネオ・ニュー・メルメル! 無敵になっちゃったのかちら!? ふぁいあー! ふぁいあー! FHOOOOO!」
なんだかちょっとノリノリな天使長は新たなニックネームを授けると、表彰されたちびっこ天使を送り出す。
だがこんな軽い調子の盛り上がり方でも天使の力は健在で、火の制御をマスターしたメルメルのキャンプファイヤーはいつもより盛大に燃え上る。
ただし、どれだけ燃え上ってもなぜか熱くはない、邪悪なる者だけを滅する「天の聖火」として煌めくのであった。
よかったねメルメル。
これからはおもいっきりキャンプファイヤーができるね。
ちゃんと試練を与えてくれた天使長にお礼を言うんだよ。
「ありがとうなの。それと、ばいばいなの天使長! あたち、きっとビッグになって帰ってくるから、期待しててなのよ!」
みんなに認めてもらえたことでテンションが振り切れたのか、背中から天使の翼を生やして元気に飛び去って行く。
とても上機嫌な飛びっぷりは縦横無尽で、これからちびっこ天使が何を成していくのか予想がつかない、そんな旅路を体現しているかのようであった。
「いってしまいましたね。あの方角だと、西大陸のカラミエラ教国付近に辿り着くのでしょうか。……なんにせよ、あの子の活躍がまた見れるのだと思うと、不覚にも私、わくわくしてきました。ふぁいぁ~! でしたっけ? ふふ」
まるで弾丸のようにして去って行った部下の天使、いや、自らの子供のように思っているちびっこ天使の真似をすると、ちょっとだけ幸せな気持ちになった天使長プレアニスの姿は、いつの間にか見えなくなっていたのであった。
次回、幕間の章
教国の腐敗編
はじまります。
幕間が終わり次第、メルメル後編に移ります。
作品を楽しんでいただけましたら、評価、感想、レビューあると嬉しいです。




