【082】果たされた約束
この南大陸でも三本の指には入る大国、魔法文明によって栄えるルーランス王国。
そこではとあるビッグニュースが巷を席巻していた。
なんでも、第二王子フレイド・ルーランスが行ってきた数々の悪事をその兄である第一王子が暴き、国家転覆を狙った反逆者として国民に向けて大々的に発表したのだ。
一つは現国王を毒殺しようとした反逆の大罪。
一つは国王の命令でしか動かないはずの暗部組織を私的に運用した罪。
一つは王国の病巣とも言える闇ギルドと深く関わっていた罪。
最後に、いままで反逆者フレイドによって犠牲になってきた全ての国民に対する、償いきれないほどに大きな罪。
そういった諸々を第一王子は持ち前の正義感から暴き、最終的に弟を国家反逆を目論んだ王国史上最悪の大罪人として歴史に刻んだ。
また、二度とこのようなことが起こらないよう、徹底的に第二王子と繋がってきた貴族や闇ギルドの者を粛清し、全ての者達に罪を償わせたのだという。
「ひゅぅ! やるじゃねぇか第一王子。あの取り乱す雑魚を見た時は、人間の王族もシケてやがんなぁと思っていたが、これくらいできるならまだこの国にも救いはあるかもな」
そう語るのは事件解決した張本人の一人である、ハーデス・ルシルフェル。
彼女は王都を発ってからも度々耳にするこの噂を聞き、ルーランス王国の評価を改めたのであった。
「いいや。ハーデス嬢、あなたの王族に対する評価は決して間違ってはいなかった。面目ない話だが、あの国は暗部組織という強力な手札に頼り過ぎていたのだ。だからこそ、このような問題が起きてしまった」
強力な手札に頼りきりになれば、その手札が間違った方向に運用されただけで全てが狂ってしまう。
魔法大国ルーランスの政治はこの隙を第二王子に突かれ、今回のような大事件に繋がってしまったのだと常闇の暗殺者、エルガは語る。
「真面目だなぁあんたも。常闇……、いや、エルガだったか? あの凶悪な元暗殺者の兄とは思えないほどに根が素直な奴だぜ」
「フッ……。妹もあれはあれで可愛いところがあるのだ。どうか分かってやって欲しい」
そんなエルガの発言にアルスやガイウス、アマンダも笑顔で頷く。
特にアルスに至っては尊敬する母の兄がこのような素晴らしい人であったことに、感銘を受けてすらいるようであった。
「だけど、母様の故郷を探すために王都で情報を収集しようと思っていたら、まさかお兄さんであるエルガさんが道案内してくれるとは思わなかったよ。ありがとうエルガさん。おかげで里に張られているというダークエルフの結界にも惑わされずに目的地を目指せるよ」
そもそもなぜルーランス王国の暗部であったエルガが、このアルスら一行の旅に同行しているのかといえば、ダークエルフの里への道案内のためであった。
彼はまだ暗部を正式に引退したわけではないが、一度魔法契約が破壊されたことをきっかけに暇をもらい、しばらく故郷へ帰省するという選択を取ったのだ。
いまのルーランス王国は第二王子の罪が明るみになったことで情勢も不安定で、強力な力を持つ常闇の暗殺者というカードをうまく運用できない。
故に、再び同じような過ちの歴史を歩まない為にも第一王子自らが常闇を解放し、しばらく旅にでも出てこいと笑顔で送り出したのだった。
「それこそ気にするようなことではないさ、アルス君。極端なことを言ってしまえば、王国も私も、最終的には君に救われたといっても過言ではないのだ。そんな君の一助となれるのであれば、喜んで力を貸そう」
なにより、君はあの妹の一人息子であり、私にとっても家族のようなものだ。
そう締め括り口角を上げると、人生の先輩としてアルスの肩を軽く叩いた。
エルガとしても、既に妹が奴隷から解放され自由になり、夫を持ち、息子を持ち、家族と幸せに暮らしているという情報は何より嬉しかったのだ。
そんな幸せをもたらしてくれた金髪碧眼の少年、アルスの為であれば、この程度どうということでもない。
「そうだぜアルス! 結局あのゲス野郎以外、誰も殺さずに解決させやがって、イカしてるぜ! この! この! それによぉ、なんだよあの黄金の剣は! あんな技を覚えてたなんて聞いてねぇ! あんときのアルスは、そ、その、なんだ……。カ、カッコよかったぞ……」
一時的に覚醒状態になっていたアルスのカッコよさに赤面し、周囲に仲間がいることも忘れノロけてしまうハーデス。
しかしそれすらも気にならない程に、脳内を覚醒アルスのイケメンシーンで満たされた彼女は幸せそうに表情を崩してしまうのであった。
「はぁ。ガイウス、アンタの弟子はずいぶん罪作りだねぇ。散々女の子を誑かしているっていうのに、こんな可愛いお嬢ちゃんが傍でガードしてたんじゃ、あの娘たちのつけ入る隙がないよ」
「アマンダの言う通りだぜ。おう、ぐうの音もでねぇな! がっはっはっは!」
罪作りなのはガイウスも大概で、今度こそ別れるつもりは無さそうなアマンダを連れて旅をしている時点で同じようなものなのだが、そんなことにこの巨漢が気づくはずもない。
彼はただありのままの事実を受け入れ、この楽しい仲間達との旅に大笑いしてしまうのだった。
◇
「どうやら、アルスは順調に旅を続けているようだな。ガイウスにも目出度く嫁さんが出来そうで、よかったよかった」
やあ、どうもこんにちは。
どこかのゲス王子を石壁に埋めたり、我が息子の冒険譚の録画に余念がなかったりする、どこにでもいる地獄の下級悪魔、カキューさんだよ。
本日はめでたくガイウスに嫁さん候補ができたということで、現在は城の中で妻のエルザと「ガイウスおめでとうパーティー」を二人だけで開いているところだ。
時々美味しそうな料理の匂いにつられてペットの火竜が寄ってきたりもするので、実質的には三人みたいなものかな?
まあ、そんな細かい話はさておき。
「いやぁ、ああは言ってるけど、アマンダさんもけっこうガイウスにベタ惚れだねぇ。いくら旅をするにはちょうど良いとはいえ、けっこうガチな感じで同行を迫ってたよね。こう、連れて行かなかったら刺すみたいな表情で。女って怖いわ」
彼女、今度こそガイウスを手放すまいとけっこう必死で、同行を提案する時もあの手この手で自分の価値をアピールしていたのだ。
このパーティーには斥候職が足りないとか、現役のS級冒険者を一人でも旅に加えることは大きな益になるとか、その他あらゆる意見をいろいろと。
確かに言っていることはとても正しいので、交渉力の足らないこのパーティーにはうってつけの人材ではあった。
なのでみんなも旅に同行することを笑顔で承諾したし、何よりアルスは自分のせいで婚期を逃しつつあるガイウスに、世話になった弟子としてせめてもの恩返しをしたかったのだろう。
今回その恩返しが成ったことで、まるで心の重しが一つ取れたかのように晴れやかな笑顔を振りまいている。
「ふふふ。私はあのアマンダさんの気持ちも分かりますよ。もし私が旦那様と離れ離れになるかもしれないのなら、少なくとも交渉のために、まずは首へナイフを当てます。話はそれからですね」
「そ、そうでしたか……」
まてまて!
怖いよエルザママ!
いや、愛してくれているのは嬉しいんだけどね!
それに本当はナイフを当てるだけで、実際には首を掻き切ったりしないよね?
もちろん冗談ですよね?
冗談って言って下さいエルザママ!
「……ふふ。冗談でございます」
こ、怖ぇええええ!
え、なんでいま間が空いたの!?
え、なんで!?
その冗談の部分をまったく信用できないのですが!?
「まあ、そのようなことは起こり得ませんので、このお話はもうよろしいでしょう。それよりも、我が兄の為、そして私の為に旦那様がお怒りになって下さったことが、私は嬉しいのです」
「…………」
当然だ。
あの時、必ずエルザの復讐を手伝ってやると約束したからな。
であるならば、最後まできっちり面倒を見るのがこの俺の役目というものである。
それに、俺は下級とはいえ悪魔だ。
そして、悪魔が交わした契約は、絶対に破られることがない。
嘘や騙し打ちが基本な地獄界でも唯一の、いや、唯一だからこそ絶対不変のルールなのだ。
まあ、だからこそ悪魔が契約を交わすのは、よっぽど信頼し、気に入った相手の為でなくてはならないという面もあるのだけどね……。
「しかし、これで旦那様が私に拘る理由の一つが無くなってしまったと思うと、少し寂しくもありますね……。今回は状況的に仕方のないことだったとはいえ、あのようなゴミ、もはや興味すらなく放置していても良いと思っていたのですが……」
そう言うエルザの顔には少しだけ哀愁が漂っており、いままで俺を独占する理由にもなっていた約束が達成されてしまったことに、若干の後悔も見受けられた。
何をいまさら。
そんなことで妻となった女を手放すことも、裏切ることもあり得ないというのに、とは思わなくもない。
だが、こういうのは態度で示すものだ。
であるならば、こうするのが適切であろう。
「大丈夫だエルザ。俺はお前を愛しているし、その気持ちはこれから先もずっと同じだ。何も心配しなくていい」
「あ、あの……? 旦那様、なにを……」
なに、ちょっと俺の美しいお姫様を優しくだっこして、ふかふかのベッドに直行するだけである。
そう、心配などしなくていいのである。
「もう。仕方のない旦那様ですね」
「はっはっは! よく言われるよ! 特にこの美しいお嬢さんにはね!」
「ふふふっ」
こうして、俺とエルザの間で交わされた十三年前の約束は、見事に果たされたのであった。
次回
ネオ・ニュー・メルメル
プチエピローグのラストを、お楽しみに!




