【080】常闇の覚悟
ギィン、ギィン、と金属同士がぶつかり合う硬質な音が空間に響き渡る。
片や漆黒の黒装束に銀髪を持ったダークエルフの最高位暗殺者。
片や水色の氷竜装具に身を包む巨漢の超戦士。
いまのところ暗殺者と戦士の戦いは戦士側がやや有利であり、このまま戦いが長引けば遠からぬうちに決着がつくかのように思われた。
というのも、超戦士ことガイウスがこの部屋に入り込んでから始まったこの戦い。
正面から戦いになった時の相性という面でも、そしてお互いの存在する実力の階位という面でも、圧倒的にガイウスに形勢が傾いていたのだ。
「な、なにをやっている常闇! そんな筋肉ダルマなど今すぐにでも殺せ! お前が負けたらこの俺はどうなる!? 暗部である貴様に目をかけ、ここまで出世させてやった恩を忘れたのか!?」
「…………」
頼みの綱であった常闇の力が敵に通用せず、大きく狼狽する第二王子フレイド。
だが、もとより暗殺者はしょせん闇に潜み隙を窺うことで事を成す職業。
人類の最終到達点とも言われる最高位のS級を超えた、人外のSS級の領域にすら足を踏み入れている戦士職を相手に、そう長く持つはずが無かったのだ。
それに……。
「おい、あんた。……まさかこのまま、俺に殺されるつもりじゃないだろうな?」
「フッ……」
ガイウスの目から見て、常闇は全力を出し切っておらず、どこか実力を抑えて戦っているようにすら見受けられたのだ。
この会話は高速で戦っているが故に二人からある程度距離がある第二王子の耳には入っていないが、それでも人類としては目や耳といった感覚器官を極限まで強化している、S級斥候職のアマンダには聞き取れた。
「あいつ、まさか。そんな……」
「くそぉおおお!! なぜだ! なぜここにきてこうも俺の邪魔が入る!」
悔しがる第二王子を余所に、自らの問い掛けに不敵な笑みをこぼす常闇の反応を見て、ガイウスは確信する。
この腕利きの暗殺者は、自らの主君という魔法大国の病巣を道連れにして、ここで死ぬつもりであるのだと。
いったい常闇がなぜここまで頑なに、命を懸けてまで第二王子を誅そうしているのかは分からない。
だが、戦士として、冒険者として、仲間や弟子を持ち、そして一人の女を救いにきた男として。
いままで培ってきたあらゆる経験が、「この男は今まさに、何かを守ろうとしている」という予感をガイウスに告げていた。
「そうか……。お前にも俺と同じように、己の命と引き換えにしてでも守りたいものがあった、ということか」
「気にするな、超戦士よ。これは暗部として国に仕えながらもなお、主君である者の命より大事なモノが最初から存在していた、私の落ち度なのだからな。この暗殺者として薄汚れた手が、最後に正義を成すのだと思えば心も軽い」
常闇にとって大切な何か。
守りたかった者。
貫き通したい信念。
そういった全てをひっくるめて、覚悟や感情といった面で理解したガイウスは、ある決心をする。
「うぉぉぉおおおおおおお!! 究極戦士覚醒奥儀! スーパーデビルバットアサルトォオオオオ!!」
「……それでいい。我が生涯最後の好敵手が、お前のような勇敢な戦士でよかった」
ここで決着をつけるつもりなのか、再び発動した切り札で身体能力を極限まで底上げした目の前の戦士に対し、自らの最期を悟った最高位の暗殺者は大剣の間合いに飛び込む。
手に握られたダガーと大剣が正面からぶつかり合えば、リーチの差で必ず先に大剣の攻撃が届くだろう。
そうなれば自分は死に、今もなおアマンダという女性を人質に取り、最後のあがきを見せる第二王子を守る盾はいなくなる。
それこそが、魔法契約によって行動が制限された暗部であるが故に、王族の命を守るという原則から抜け出せない自分ができる精一杯。
いくら王子が人質を傍においていたとしても、この勇敢な男を前にそう長く時間を稼げるとは思えない。
これでようやく魔法大国ルーランスにおける最大の病巣は消滅し、いつの日か第二王子の手から救い出したかった実の妹の尊厳は守られるのだ。
「────さらばだエルザ。兄はお前の自由と、幸福を、願っている」
次の瞬間。
武器に貫かれたその身体から、真紅の血が宙を舞った。
◇
時は遡り、今の時代から二十数年は昔の魔法大国ルーランスにて。
まだダークエルフの兄妹がお互いに切磋琢磨し高め合い、暗部として配属された先にいる王族の下で任務を遂行し続けている時代。
彼ら暗部は国の安寧に仇成すあらゆる敵と戦い、内外問わずに活躍する魔法大国最強の切り札として君臨していた。
そして、そんな暗部の中でも特に目覚ましい働きをする者が二人。
既に最高位の暗殺者として名が売れはじめ、国内の貴族達には知らぬ者はいないとまでいわしめる存在がいた。
「ほう。常闇と宵闇がまた功績を挙げたか……。敵国と内通している大貴族の首を狩るだけといえば簡単そうに聞こえるが、既に王家の忠臣たるこの二人の暗部の存在は知れ渡っている。警戒される中で、よく確実に任務を成功させるものよのう」
そう語るのは魔法大国ルーランスの国王その人である。
どうやら今回、大国であるが故に必ず生まれる国内の腐敗を切り捨てる為、秘密裏に忠臣の中でも最強と呼ばれる二人の暗殺者を差し向けていたようであった。
しかし、国王である彼が言うように、実力ある者や力を持つ者というのはどんなに隠し通そうとも知れ渡るもの。
それが自らの命を脅かすような存在のこととなれば尚の事、情報を集めるのは必然。
故に、さすがに大貴族を相手とする今回の任務ばかりは多少の失敗も覚悟し、最悪反逆の証拠さえつかめれば御の字と思っていたのだが、まさか命令通りに暗殺を成功させてくるとは国王にも予想外であった。
「優秀だな、あの兄妹は。いずれそれなりの褒美を用意してやるべきだろう」
「そうですね父上。だが、それだけに実に惜しい……」
「む、なんだフレイド? いま、何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません父上。きっと空耳でしょう」
いずれ国を支える大きな柱となる者として、暗部からの報告を受けた国王の傍にいた第二王子フレイドは誤魔化し、考察する。
この兄妹が予想を超えて優秀であるが故に、いずれ魔法契約の穴を突かれ寝首をかかれてはたまらないと。
だからこそただ魔法契約で縛られた暗部の道を歩ませるのではなく、なんらかの濡れ衣を着せることで奴隷に落とし支配するのが適切であると、本気でそう考えていた。
自らが下劣であるが故に他人の善意や良心を信用できず、全てを支配できなければ納得できないという外道の考え方。
それこそがこの第二王子フレイド・ルーランスの本質であった。
まず狙い目なのは宵闇。
兄である常闇に比べて情が厚く、いままで好待遇で迎え続けた我ら王家に対し、盲目的に忠誠を誓っている節があるからだ。
一度宵闇を支配してしまえばあとは簡単。
妹を奴隷として人質に取られた常闇はより従順になり、魔法契約で縛られた制限以上の働きに期待できるだろう。
何より、一度奴隷として身を落とす事さえできればあの肢体、心、力の全てを手に入れることができる。
そうなればあらゆる政敵を葬り、第一王子である兄との権力争いに優位に立てるはず。
そう考えた第二王子フレイドは心の中でほくそ笑むと、次の日から様々な妨害を宵闇の前に用意した。
時には父である国王に虚偽の報告を行い濡れ衣を着せ、時には決定的なタイミングで妨害を行い任務を失敗させたのだ。
あまりに急に任務での粗が目立つようになった宵闇に国王は不自然さを感じながらも、この時はまだ表向きに優秀な王子を演じていたフレイドを疑うようなことはできず、そもそもいくら優秀とはいえたかだか一人の暗部相手にそこまで心を砕くこともなかった。
そうして、国王が油断している隙を狙い行った策謀が功を奏したのか、宵闇を手に入れると決意し数年の時が経った頃、ついにその時が訪れる。
数々の失敗と濡れ衣で雁字搦めになった宵闇はついに、その罪を背負わされ奴隷に落とされることが決まったのだった。
「どういうことですフレイド様! 宵闇が、妹が、王への裏切りを画策しているなど! どう考えても誤解です! 何か裏があるに違いない!」
「それは出来ぬ相談だなぁ常闇。既にこれは国王である父上が決定したことなのだ。覆らんよ。なぁに、お前が大人しくしていれば宵闇の命だけは救ってやらんこともない。なあ、どうする? 俺に従順な忠誠を誓うか? それとも、お前も一緒に奴隷へと落ちるか?」
そうニヤついた笑みで語る第二王子の姿に、常闇は全てを悟った。
彼としても最近、主であるはずの王族からやけに評価が落ちていると思っていたのだが、まさかその元凶が今まで忠誠を誓っていた第二王子だったとは思いもよらなかったのである。
彼らも暗部であるからこそ、任務の失敗によって命を落としたり切り捨てられることは覚悟しているつもりだ。
だが、さすがにこれはあんまりであった。
この切り捨て方はもはや国の為ですらなく、自分達へのただの裏切りであるからだ。
とはいえ魔法契約によって縛られた自分にできることは今のところ何もなく、訴え出たところで妹と一緒に奴隷落ちになるだけ。
ならば、今は雌伏しこの王子を決定的に誅殺する絶好の機会を待つしかないだろうと、常闇はそう考えたのだ。
「……承知しました。あなたに従いましょう、フレイド様」
「はっはっは! それでいい! よぉし、人質を取られたお前の事は、今日からとことん信用してやる。まあ、出世には期待しておけ。俺に従っているうちは良い思いをさせてやるさ! はははははは!」
もはや笑いが止まらないといった風体の外道を一瞥すると、その日から常闇はこの男を陥れる為に手を汚す決意を固めた。
妹の為にあらゆる汚れ仕事を覚悟した自分は、いずれあの世で罪を償うことになるだろうが、それすらも承知の上。
たとえ自分の命と引き換えにしてでも、必ずこの男の魔の手から妹を救い出して見せると決めたのであった。
◇
時は戻り、闇ギルド本部での戦いにて。
最高位の暗殺者が持つダガーに貫かれた超戦士の腹部から、真紅の血が宙を舞う。
いくらダガーによる攻撃だろうとも、これだけ思い切り武器が突き刺されば命にもかかわるだろう。
もはや致命傷といってもいい最後の決定打は、この勝負における超戦士ガイウスの敗北を示していたのだった。
「馬鹿な、なぜ……」
「ごほっ……。くくくっ、まあ、待てや。そう簡単に命は投げ捨てるもんじゃねぇぜ? エルザ夫人のご家族さんよぉ……。どこかで見た面影だと思ったら、そういうことかよ。納得したぜ」
なぜか敗北したはずのガイウスは大の字に床へ倒れると「全てうまくいった」といった風体で満足そうに大剣を手放す。
そのことが常闇には信じられず、いや、というよりもなぜ自分がこの男の大剣に貫かれ死んでいないのかが不思議でならなかった。
本来であれば、リーチの短い自分の攻撃がこの男に届くはずがない。
であればなぜ、いま自分はこの場で生きながらえているのか。
そういった思考がぐるぐると巡り、呆気にとられた常闇はその場で立ち尽くす。
「よぉおし! いいぞ常闇! さすがは俺の信頼する部下だ! そのままその筋肉ダルマにトドメを刺せ! 殺せ! 殺すんだよぉ! いや、この俺がトドメを刺してもいいなぁ! はははははは!」
自らの部下の勝利を確信したのか、もはや人質すらも必要ないとアマンダを手放しガイウスに歩み寄ろうとする。
しかし常闇が放心し立ち尽くす中、そんな第二王子の姿を見たガイウスは逆にしてやったりと笑う。
「ごほっ……。そうか、そうか。なら、やれるものならば、やってみるといいぜ。第二王子殿下?」
「ククク……。強がりを。いいだろう、ならば一思いにお前の首を────」
王子ですら、そして暗殺者の常闇ですらガイウスの死を確信し、そう言いかけた時。
突然、背後から差し込む黄金の輝きと共に、少年の声が響き渡ったのだった。
────ああ、あなたが馬鹿でよかったよ王子さま。
────これでようやく、この問題を終わらせられるんだね。
そこには瞳を黄金に輝かせた少年が、人質となっていたアマンダの拘束具を砂に変える、とても信じられないような光景が広がっていたのだった。
次回
いしのなかにいる
アルスの最強武器をお楽しみに!




